第9話 暗闇の中の意識に、真っ暗な部屋
もしかして、なんて合っているか、間違っているかもわからない予想が過ろうとしたときだ。
俺の視界も意識も、轟音と共に真っ黒に染め上げられた。
例えるならば、俺の頭が除夜の鐘にすげ変わったのかと思えるほどの広く響き渡る音。
そう思うのが精一杯の意識に、ぐらりと左斜めに傾き、横倒れになる前に暗転する視界。
だが、前者はかろうじて動いていたらしく、真っ黒な暗闇の中で動いていた。
か細い意志は、漆黒の泥に飲み込まれ、何一つ見えないまま、どこに向かっているかもわからず進んでいく。
一歩一歩着実に進む亀以上に鈍い速度で進むそれは、ただそれだけで苦しみに苛まれていた。
まるで、形ある意思の塊全体に、魚の骨が木の小枝が満遍なく刺さっており、進めば深く沈み込んでいくようだ。
微弱で、けれど看過できない鋭い痛みに邪魔くさくとも、形なきそれは取ることなどできない。
だが、謎めく前進と苦痛に耐えるしかないと、覚悟して、ふとその意識が浮き上がるのを感じ取る。
「ぅ……」
瞼が震わせて、俺は意図せず目を開く。
暗い。だが、先ほどまで感じていた闇ほどではない。
電気が消された部屋の中にいると、見覚えのない、鮮やかな模様を施された天井から気づく。
辺りを見渡せば、これまた見慣れない煌びやかで厳かな装飾が目白押しの一室だった。
一言で言えば、どこかの皇女様の私室と言ったところか。
暗がりでも光を煌めかせる、シャンデリアや化粧台などの光沢のある家具たち。
そのデザインだけで、一般庶民が手を出すことを憚れると思い知らされるものばかりだ。
さて、そんなお姫様の部屋に、俺がいて桃色のハートと金色の菱形模様で埋め尽くされたベットで眠っているのかというとーー。
「いや、わからねぇ……どうして俺はこんな部屋で眠らされていたんだ……?」
和らがない痛みが伴う頭を抱えても、全然思い出せない。
マフォルとの会話中に、唐突に視界が倒れ黒ずみ、気がついたときには、この部屋だ。
その前後には、気絶中に運び出されて、この部屋がある家屋にぶち込まれた経緯があるはずだ。
「どうしてか……はわかるんだけど……」
おそらく、いや、十中八九、俺を誰かの見間違えた誰かによって誘拐されたのだろう。
なんの目的かもわかる。感動の再会を果たし、あるべきだった日々を取り戻そうとしているのだろう。
だけど、それは当人とすべきであって俺じゃない。
俺は一刻も早く離れなければならない。
否定し、逃げることで、多くの人を傷つけようともだ。もう、受け入れることなどできない。
ここまで来るまで、多くの人間を傷つけてきたのだからーー。
「とはいえ……なにができるのやら、だよな」
試すままでもないがと、俺はベットから体を、
「ーーっ、動か、ねぇ……っ!?」
立ち上がろうとする意思に、身体がついてこない。
だが、力が入らないわけではなく、ベットの掛け布団がマットレスとフレームの間に入れられているみたいだ。
体を捩っても、びくともしない。
声を漏らし力を入れて試みるほど四回。なに一つ手応えがなく、俺は別のアプローチに切り替える。
「なぁ、なんでここまで俺を抑えるんだ? 俺の独り言聞いていたんだろ? せめて顔を出して話でもしようよ……」
モノがヒトとなる異世界。
擬人化異世界であると身をもって体験した以上、俺は俺を抑える掛け布団もまた、擬人化できるのだろうと対話を持ちかけた。
望めるなら、対話が成立し、こちらの否定を受け入れてくれる暖かいヒトであれ。
まぁ、十中八九無いんだろうけどっ!
経験則からの可能性に手を伸ばし、気休めの願望に心の中で涙しながら、相手からの反応を待つ。
だが、相手の反応は沈黙。無反応。
もしや、例外なんてものがーー、
「わ、わかりましたぁ……」
耳元で了承が聞こえ、瞼で塞がなければ、目を焼くと錯覚させる程の極光が放たれた。
閉ざした瞼から感じる熱がなくなり開いたときには、俺の身はあの柔らかな寝具から解放された。
だが代わりに、寝具とは別ベクトルの柔らかさと命の暖かさを全体ではなく節々に感じられる。
匂いも、高級感漂う花の香りだけでなく、恥ずかしくなるものも混じってきている。
胸元を見た。長い三つ編みの髪が垂れた背中が視界にある。
そして、覚えのあるこの暖かさと、緩やかに体を抑えられている感覚。
つまり、俺は少女に抱きしめられていた。
「……おわぁあああっ!? ベット全体が一人の少女だったんかいっ!? なんで、俺忘れてたんだ、あの子のことぉっ!?」
「ぴやぁっ!?」
思わず声を張り上げれば、抱きつく少女が肩に乗せた顔をあげて絶叫。
しかし、決して抱擁は解かない。あくまでも捕える意志は揺らがないようだ。
この状況には覚えがある。
俺の記憶から煙の如く現れた、紫色の家少女の中にいたソファ少女とのやりとり。
だが、対話を求め、実現した今の今まで完全に失念しており、結果として赤面するほどのトラブルを招いてしまう。
体を抑えているのは、もはやベットの布団やらマットレスとフレームの間やらではない。俺の同じ少女だ。
今はなき掛け布団の模様と瓜二つのワンピースで、髪色は白で薄めた桃色。
目も同系色であり、その瞳はどこか不安を感じられる揺らぎがあった。
その現れか、彼女の服装が所々裂けていた。
なんでだろうか、と聞くにはこの怯えをどうにか和ませなければならない。
声を張り上げすぎただろうか。でも、抑える体の震えは一向に落ち着こうとしない。
時折ある。俺の声高なツッコミを怒りと勘違いされることが。
「わ、悪い……驚かせてしまって、で、でも、あの……離してもらえるとありがたいんだけど……っ!」
「ーーっ! や、やです……っ! 離すだなんてやなんですっ! やっと会えたのです。もう二度と離れも傷つけさせもしなんですぅ……っ!」
「ぐっ……だ、誰と間違えたかわからないが、俺は別人だっ! 初めましてなんだよぉ……っ!」
心地よさが薄れ、キツさが顔を出す抱擁に、俺は必死に誤解を解こうとする。
何度も試みて、何度も失敗した、人違いを正そうと。
「っ! そ、そんなはずなんですっ! あなたはバジェのはずなんですよねっ!?」
「ばじぇ……って誰だよ……っ!」
ついには、肉と内臓が押し合い、咳き込んでしまうが、構わず否定した。
一重の右目を閉ざし、口の端から唾液を垂れ流そうとも。
醜態も取り繕えず、苦しさも隠せないとしても、これだけは変えられないのだと。
「ーーっ、もし仮に、万が一、天地がひっくり返ってもなんですっ!」
「すっげぇもしもに備えるじゃん……」
「人違いであっても離せなんですっ! あなたをこのまま離したら、きっと後悔するもんなんですっ!」
「後悔だって……っ?」
「そうなんですっ! 私はきっとまた傷つけさせてしまったって言ってしまうんですっ!」
「傷つけ、させて、しまった……?」
抱擁を弱めない彼女が不安がる最悪の後悔に、俺は引っかかる。
だが、変だと思えた言動はにたものがあった。
『もう二度と離れも傷つけさせもしなんですぅ……っ!』
決死の覚悟に、水を差す罪悪感から見過ごしていたが、変だ。
傷つかせもしないではなく、傷つけさせもしないと言ったのか。
まるで、俺は捕らわれていたのではなく、俺はーー、
「あのさぁ、もうそろそろあたしらも姿見せてもいいかなぁ?」
「うわぁっ! な、なんだなんだっ!? 今どっから声出てきたっ!? 誰が声をかけてきたっ!?」
疑念が確信に変わる狭間、ベットの少女が誰かに話しかけられ、当事者でも無い俺の思考が遮られる。
素っ頓狂な声をあげて辺りを見渡す。
「ぐっ……またかよ……っ!」
視界を見渡すも真っ白で何も見えない。
いや、違う。見てしまったのだ。周囲の物体が人体へと変化するための極光を。
「ぴゃっ! ご、ごめんなんですっ! ど、どうぞっ!」
「ういよぉ。お久しぶりだねぇ、バジェ。あるぇ? まぁだスィエルに会えずって感じぃ?」
「ーーっ!」
声の聞こえた先がわからなかったが、光から解放された視線を動かして、確認した。
俺の頭上に、クリスタル付きのピアスを耳に二つ、口元と顎に三つと大胆につけた、金髪の少女が頭上に見える。
服にも夥しい数のピアスに似た装飾品が付いており、カラカラと氷同士がぶつかるみたいな音がしている。
だが、ピアスも装飾品も所々砕けていて、痛々しさを感じてしまう。
「ほんでぇ、離れてくれるかな、ベットちゃん?」
「ぴゃいぃっ!」
いくら身をよじろうとも振り解けなかった拘束が、速やかにあっけなく解かれる。
「いっでぇっ!?」
だが、1秒も惜しいと急いだ踵を俺の太ももを躊躇いなく踏み潰す。
俺は思わず身を屈め、踏まれて赤くなった箇所を押さえた。
元のモノ、ベットであったなら、重みすら感じなかったと言うのに。
人の暖かみや感情があることの代償だろうか、そう思うと仕方ないと諦めてしまう。
「よっとぉ、おっじゃまぁーっ!」
「おわっ!?」
交代だと、俺の背後に飛び降りた金髪シャンデリア少女が体を抱き寄せてきた。
背中全体に暖かみが、首裏に伝わる冷たさが、背中の上部分に柔らかさと鼓動を感じさせた。
「ーーっ! ここの少女らは肌身を合わせずにはいられないのかぁーっ!」
「かもねぇ、感動の再会ってわけだし。あ、でも、あたしはそこまでじゃないかなぁ? ほら、すぐ退くよぉ」
空を仰ぎながら、ツッコミを入れる俺に、同調する彼女は、すぐに俺の首に絡めた右腕を解き、目の前に立った。
手を差し伸べるシャンデリア少女に、俺は息を呑み、すっかり乾いて痛む喉から声を絞り出す。
「退いて……くれるのね」
「おやぁ? もしかして、絶叫しておいてぎゅーされたい系かなぁ? ほら、今だって後頭部を胸元に当ててきてるしぃ!」
「違うわっ! 叫びを上げたかったんだよっ! ーーってか」
飄々とした口調で煽られて、俺は顔を赤くする。
「なんであんただけなんだ? 他にも家具はあるだろう?」
紫の家の少女ときとの違いに、俺は疑問符を浮かべた。
登場を求めたのは彼女だった。だが、彼女以外も、俺の前に姿を表したいはずだ。
俺ではない別人に見えているはずなんだ。
マフォルから例外という線はごく僅かであるとも知っている。
だからこそ、俺は周りを見渡しーー、
「おーいっ! まだいるんだろっ? 全員出てきてくれぇっ!」
一つ一つ、置かれている家具に向けて、俺は大きな声をかけた。
ーーだが、誰の一人も、家具の一つも、動きはしなかった。無反応。
例外はないと、未だ疑いは晴れないがーー、
「まぁねぇ……色々と訳ありなんだよねぇ」
「訳あり?」
「君もちょっと気づいていたんじゃなぁい? ……やんちゃな問題児ちゃんがいるんだよぉ」
「……っ!」
目を泳がせ、気だるけに発した普段よりも低い言葉に、俺は遮られた言葉を思い出す。
そうして、気づく。
彼女たちへ抱いていた違和感が、自身の気づきと繋がっていると。
やっぱりだ。ベットの少女は捕えようとしたのではなく、守ろうとしたのだ。
その問題児からーー、
「ーーっ! ちょっとバジェと二人ともっ! あの子が接近してきてるよっ!」
またも、意識の外、今度は背後から知らぬ声に投げかけられる。
振り返ればドアのノブが控えめな光を放ち、見下ろすほど小さな少女がこちらに叫んでいた。
通常であれば、人となったドアは消えるが、よっぽどの緊急時か『あの子』に気づかれないためか、彼女は小さな姿で現れ、ドアをそのまま残している。
そんな少女の報告に、二人は頬が硬くなる。
俺もなんだかわからないが、緊迫感から思わず喉を鳴らして唾液を飲んだ。
「二人は道具に戻ってっ! バジェはえっと……その……頑張ってっ!」
「え、嘘っ! おいっ!? なんだそのテキトーな応援っ!? ってか、誰だよバジェってっ!? 俺、空谷さんなんですけどっ!? その子の対応知らないどころか、その子を知らないんですけどぉっ!?」
二人の的確な指示に対して、あまりに具体性のない応援。
正解どころかその子の名前や顔も知らない俺には、あまりにも不安を掻き立てるような一言だった。
だが、ツッコミも苦情もドアの少女には届かない。
ベットの少女も、シャンデリアの少女も元の位置に戻り、元のモノへと変わる。
そして、タイムリミット。ドアが雷轟に似た音を立てて開かれてーー。
「あはぁっ! バジェがぁ……起きてるぅ……っ!」
光のない瞳に見つめられ、少女の好調した頬に、俺は冷や汗を額に滲ませた。
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