7話
篠宮 楓
文化祭といえば、そりゃあ学校で1番と言ってもいいくらいの特大イベントだ。我が2年B組は、お化け屋敷をする事になった。ベタ中のベタだけど、まあ確かに楽しそうだ。他のクラスからも、お化け屋敷をやりたいという所が出たんだけど、学級委員長の古川君が、最強のくじ運を発揮したらしく、ウチらのクラスがお化け屋敷を行う権利を勝ち得たのだった。
それよりも気になっているのが、映画研究部が文化祭で上映するという恋愛映画についてだ。なんたって出演者!なんと、来佳美がメインヒロイン役で出演するのだ!ウケる!ヤバい!そして相手役と言う名の主人公は、高梨君が演じるというじゃないか!なんだ、この私が得する恋愛映画は。
来佳美に泉屋君が出演オファーをかけていたのは知っていたけど、まさか本当に来佳美が出演を承諾するとは思ってもみなかった。絶対、断ると思っていたのに。多分、足首を怪我したタイミングも関係あるんだろうな。来佳美の演技、いやあ、これは見ものでしょう。
高梨君の演技も楽しみだ。高梨君って、意外とノリがいいというか、こういうのに参加するんだーと驚いた。高梨君って、なんかアイドルみたいな顔してると思ってたから、個人的には主役にピッタリだと思う。
そんな中、泉屋君が主導で書き上げたという恋愛映画の脚本が、遂に出来上がったらしい。1時間目の授業が始まる前、取り敢えずメインの2人にはと、来佳美と高梨君に泉屋君が脚本のコピーを手渡した。タイトルは『想いが、溢れる。』か。ひゅー。
「読んで感想を教えて。1時間目の小林先生の授業で読めるでしょ?」
中川君が2人にお願いしている。
「つ、ついに脚本が⋯私の手に⋯!ひえええ。」
「頑張れよヒロイン。」
「よっ!月9女優!」
「目指せ最優秀主演女優賞!」
私と彩菜と中川君が、来佳美の事をそれはそれはイジる。
「やめてええイジらないでええ。」
「分かった。読んでみる。」
来佳美を他所に、高梨君は至って冷静だ。さて、どんな物語なんだろう。私までドキドキしてきた。文化祭で1番楽しみにしていると言っても過言ではない。私はアリーナ席で小林先生の英語授業を受けながら、なんだか勝手にワクワクしていた。
英語の授業が終わると、泉屋君が真っ先に来佳美の所に向かった。それを察知して、高梨君も動く。私も釣られて向こうに行ってみる。
「どうだった?」
泉屋君が2人に尋ねた。
「うん⋯あのお⋯これは⋯ねえ、高梨君?」
「恋愛⋯だね。」
「だって恋愛映画だもん。当たり前だろ。」
「さ⋯最後のシーンって、これどうするの?」
来佳美の顔が真っ赤だ。
「そこはカメラアングルで何とかするから大丈夫。」
「キスシーンでもあんの?」
中川君が的を得た質問をした。来佳美も高梨君も黙り込んだ。正解じゃん!もうそれは!
「えっ!あんの!?すげぇ!」
中川君が楽しそうだ。
「マジ!?まっすー、おめでとう!」
「おめでとうって何!?」
「来佳美が女になるのか⋯。」
「その言い方やめんかっ、しのっち!」
「にしても泉屋凄いね。本当に脚本になってる。」
高梨君は恥ずかしさよりも、泉屋君の脚本に感心しているようだ。来佳美よりも、よっぽど大人に見える。
「俺がメインで書いたけど、俺だけじゃないよ。まとめる時は、尾崎先輩とかと一緒にやったから。」
「にしても凄い。俺が教えた小説は役に立った訳だ。」
「その通り。頼むぞ、主演。」
「そうなんだよなー。」
高梨君が苦笑いを浮かべながら、脚本をパラパラとめくる。一体そこには、どんな物語が描かれているんだろう。
「ぐぁぁぁ⋯無理⋯やっぱり私には無理ぃ⋯!代わって⋯誰か代わってぇ⋯!」
来佳美が悶えている。
「頑張れ来佳美。応援してるよ。」
「代わってぇ⋯しのっち代わってぇ。」
来佳美が私に手を伸ばすが、私はその手をひょいっと払い除ける。
「まっすーの演技楽しみになってきたわ。高梨君は何か大丈夫な気がするし。」
「そんな事ないよ!全然大丈夫じゃないって!」
「香盤表は絶賛制作中なんで、しばしお待ちを。」
「こーばんひょーって何ですか⋯?」
来佳美が机に突っ伏したまま、質問した。
「スケジュール表みたいなもん。」
「なるほど⋯分かりました⋯いや、分からんけど⋯。」
美術部では今、みんな画用紙に文化祭で展示用の絵を描いている。美術部の展示なんて誰が見るんだろうと思いながら、まあこんな時くらい真面目に書こうと、皆が真剣に取り組んでいる。絵のテーマは自由。決めてくれた方が描きやすいんだけどなあ。
隣で森田が鉛筆で下書きをしている。いつも私とダラダラしている事が多い森田だけど、こう見えてこいつ、絵が上手い。
「なに森田、もう決めたわけ?テーマ。」
「うん。」
「ちなみに何?」
「『文化祭』。」
「それアリ?」
「自由なんだから、何でもいーっしょ。」
私は何にも決まっていない。テーマ⋯何にも思い浮かばないなあ。映研の恋愛映画の事が気になり過ぎるんだ。楽しみではあるんだけどね。キスシーンあるのかな。あの感じだと、ありそうだよね。学生映画でキスシーン⋯ほんとに?まあ確かに泉屋君が言ってたけど、カメラアングルでいくらでもしてる“風”に見せられるもんね。
来佳美と高梨君が、キスか。ふうん。
フィクションの中の話じゃないか。私は何を気にしてるんだ。映画だよ映画。たかだか高校生の自主制作映画の話。でも、なんか、違和感というか⋯嫌、というか。だって仕方ないじゃん。好きなんだもん。
「ごめん、私、夜風に当たってくる。」
「夜ではないよ?」
森田にそう言うと、私は美術部をふらふらと抜け出した。今頃、来佳美は高梨君と映研の部室に徴集されているはず。来佳美は高梨君の事が好き、かもしれない。だとしたら、この恋愛映画制作は、来佳美にとって高梨君と近付く絶好のチャンスだ。羨ましい⋯のか?私は。
何となく校内を徘徊する。特に何も考えず、気が付くと私は、自分の教室へと向かっていた。無言のまま、足音も立てずに前の扉から教室に入った。
「びっっくりしたあぁあぁあぁっっっ。」
彩菜が自分の席で、スマホをポチポチと触っていたらしく、急に現れた私に驚愕した。
「彩菜じゃん。何してんの。」
「こっちのセリフじゃい。」
私は彩菜の隣の席に、つまり来佳美の席に腰掛けた。
「軽音部はどうしたの。」
「んー、まあねー色々と。」
「色々か。」
「美術部はどうしたの。」
「んー、まあねー色々と。」
「色々か。」
私達は、何となく遠くを見つめながらぼんやりした。
「彩菜ってさ。」
「うん。」
「何で山崎先輩に告白したの?」
「はあ?何で今更そんな話。」
「そういえば聞いた事ないなーって。」
「そりゃあれだよ。好きだったからですよ。」
「そうじゃなくて。何で好きになったのかって事よ。」
「えー。まず顔。」
「おお、分かりやすい。」
「顔は大事っしょ。いやマジな話。中身が大切とか言うけど、顔がタイプなヤツの中身しか気にならないっつーの。」
「あんた、それを言っちゃーおしまいだよ。」
「⋯。」
「えっ、顔だけ?」
「ほぼ。」
「マジかよ。」
「あとちょっとだけ、一緒にいたら面白いかなーとは思ったかな。」
「何て言って告白したの?」
「ええーそれも聞くの?」
「聞きたい。」
「つまんないよ?ふつーに『先輩の事が好きです。よかったら私と付き合って下さい』って言った。」
「ひゅーひゅー。」
彩菜は凄いと思う。よくそんな事言葉に出して言えるわ。尊敬するよ、ほんと。
「で、どうしたの。」
「ん?」
「何かあったでしょ。何かあったなーこれは。」
「無いよ別に。」
「恋バナなら、私が聞いてやるよ。」
「恋バナ、ねー。」
「お、やっぱり恋バナか。」
「うーん、どうだろ。」
「どうだろ?」
「私さあ、何つーか、自分が嫌いなのよ。」
「ねえ、いきなり重いんだけど。」
「いやマジで。」
「う、うん。コメントしづらいわあ。」
「彩菜ってさ、身長何センチある?」
そう聞くと、彩菜は少しだけ間を置いて答えてくれた。
「160かな。」
「私さ、さすがに小さ過ぎない?」
「そんな事ないよ。」
「そんな事あるよ。我ながら小さ過ぎる。」
「女子の小さいは、そんなに気にする事なくない?男子の小さいと訳が違うよ。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
なんだろう。なんか感傷的になっちゃった。
「そんな事言ったら、私だって。」
「何?何があんの?」
「おっぱい。」
「はあ?」
「おっぱいが無いのよ、私。」
「お、おお⋯。」
何てコメントしたらいいんだ、これは。
「しのぴー、何カップあんの?」
「ええっ。」
「カップ数よ、カップ数。おっぱいの大きさ⋯。」
「分かってるよそれは!」
「ブラのサイズは?」
「えーっと⋯一応Cカップ付けてるよ。」
「かあっ!いいなあっ!私は見ての通り無いよ!AカップよAカップ!ぶっちゃけブラいらないもん!カップ付きのキャミで充分!」
「おお⋯なんかごめん。」
「謝んないでよ。悲しくなるわ。」
「でも彩菜、彼氏いるんだからいいじゃん。」
「だけど胸が無いって、やっぱり嫌よ?そういう時も、なんか気まずいし恥ずかしいもん。」
「そういう時って⋯。」
「セックス。」
私は思わず取り乱しそうになる。こいつはほんとに、当たり前のようにそういう事言うなあ。
「みなまで言うんじゃないよ!恥ずかしいわ!」
「なんでしのぴーが恥ずかしいのよ。恥ずかしいのは私!」
「む、むう。」
「とにかく大丈夫大丈夫!しのぴーはおっぱいがあるんだから。」
「⋯それは喜んでいいのか?」
「いいでしょ!」
「わ、分かった。」
「うむ。」
なんかよく分かんないけど、彩菜に励まされた。どうやら彩菜も彩菜なりに悩んでいるみたいだ。
「で、Cカップのしのぴーは誰が好きなの?」
「それやめんか!」
「誰誰〜。知りたいなあ〜。」
「べ、別に。」
「てか、好きな人はいるんだね?」
「⋯いる。」
「ウチのクラス?他のクラス?」
「それ言ったら大分絞られるじゃん。」
「ウチのクラスだな、その言い方は。」
「うう⋯そうだよ!」
「うひょー!楽しくなってきた。」
「何でこんな話してんだろ。」
「で、誰よ?」
「さあねー。」
「男子の名前1人ずつ言っていっていい?」
「ダメっ!」
「じゃあヒント!ヒント頂戴よ。」
「ヒント〜?」
ヒント⋯どうしよう。何て言えばいいかな。
「分かった!じゃあ何部に入ってる?」
「それ、もはや分かるでしょ!」
「はやくー。」
まあ別にいいか。彩菜だったら。こいつは恋愛経験知がかなりあるもんな。
「き、帰宅部。部活には入ってない。」
「ん?あ、そう。ん?」
「何よ。」
「身長は?高い?低い?」
「低い方。」
「うん?えーっと⋯。」
「名字が“た”から始まる人?」
「⋯そう。」
いきなり彩菜が音を立てて椅子から立ち上がった。
「何よびっくりさせないで!」
「ああそう。ああ、そうですかそうですか⋯。」
彩菜が教室の中をウロウロし始めた。さすがにバレたか⋯バレたよね。




