6話
増田 来佳美
泉屋君が所属する映画研究部が、普段どんな事をしているのよく分かんないけど、どうやら本当に恋愛映画を作って、文化祭で上映するつもりらしい。恋愛映画って!絶対恥ずかしい黒歴史になるのが目に見えてるじゃん!芸能人同士の恋愛ものだって、時々見てると、体が痒くなってきたりするんだよ?素人同士のそんなもん見せられたら、私は恥ずかし過ぎて、その場から逃げ出しちゃうかもしれない。とてもじゃないけど見てらんないよ!
泉屋君に恋愛相談(?)をしてからというもの、彼は何かと私と高梨君を近付けようとしてくる。嬉しいんだけど、別にいいんだけどな、ほっといてくれて。泉屋君なりの応援だとは思うけど、彼の熱意が凄いのよ。もしかしたら面白がっているだけかもしれない。あんにゃろう。
泉屋君は、休み時間に読書をするようになった。どうやら、図書室で高梨君から紹介されて借りた恋愛小説を読んでいるらしい。マジで研究してるじゃん。
「泉屋氏。」
「なんだ、増田氏。」
「マジで研究してるってわけだ、恋愛を。」
「恋愛“作品”な。恋愛を研究すべきはどちらかな。」
「どういう意味だね。」
「文字通りの意味だよ。」
泉屋君が読んでいる文庫本の背表紙には『エメラルドの病室で』というタイトルが書かれている。原作者の名前は聞いた事がない。というか漢字が難しくて、何て読むのか分からない。泉屋君の机にはノートが置いてあって、何か色々と書いてある。多分セリフとかそんなのが。これって脚本ってやつかな。本当に書いてるじゃん。
「映研、マジで恋愛映画作んの?」
「うん。決まってしまった。」
「はええー。ほんと、よーやるね。」
「映研女性陣とさ、顧問の遠山先生が盛り上がっちゃってんだよ。どうせなら作った事のない作品を作ろうって。学生映画で恋愛物なんてあんまりないから、凄いの作ろうって。」
「泉屋君は、相変わらず反対なのね。」
「当然。地獄を見るのが目に見えてる。でも一応部活動だからさ。やるってなったら、やるしかないのよ。そうとなれば真面目にやるよ、俺は。」
「脚本、どうなの?」
「まあ⋯なんかそれっぽく書いてみてる。どうせやるなら、キャストはともかく、せめて物語くらいはしっかりしてたいじゃん。」
そう言うと泉屋君は、私の顔をじっと見つめ始めた。
「な、なに?」
「うん。」
嫌な予感がした。だから私は、先手を打ってやった。
「出ないからね?」
「うん。」
「本当に出ないからね?私、嫌だからね?」
「うん。」
「演技とか出来ないし。」
「うん。」
「部活動もありますので。」
「うん。ありがとう。」
「何でお礼言ってんの?」
「何してんだお前ら。」
中川君がやって来た。
「最近ずっと本読んでんな、泉屋。」
「部活動の一環だよ。」
「本読むのが?」
「研究だよ。恋愛ものについて。」
「恋愛?映研、恋愛ものやんの?」
「らしいよー。」
「マジ!?」
中川君が爆笑している。そりゃそうだ。
「恋愛映画見るのはちょっと耐えられないから、小説で研究中。」
「それでそんなの読んでんのか。」
「じゃなきゃこんなの読まん。たけど、意外と面白いわ。色んな世界があるもんだ。」
泉屋君は本の終盤まで読み進めている。果たしてどんな脚本を書くんだろうか。中川君がふらーっと何処かに行くと、泉屋君は急に声色を変えた。
「増田。」
「な、何。」
「映画、本当にお願いしたら、出てくれる?」
目がマジだ。マジでお願いされている。
「いや、だから⋯。」
「本当に本当に本当にお願いしたら。」
むちゃくちゃお願いしてくるじゃん。何で私なのよ、泉屋君。
「⋯わ、脇役とかなら、まあ。」
「ううん、ヒロイン。」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。」
何言ってんだコイツは本当に!
「増田、お前はヒロイン出来るよ。俺が保証する。」
「泉屋君に保証されても、嬉しくも何ともないのよ!」
「高梨にも、出演お願いしてるよ。」
ああっ、ズルいぞこいつ!高梨君を出してきやがった!
「そ、それとこれとは話が別でしょうが!」
「聞いてみ?本人に。」
私は泉屋君に言われるがまま、高梨君の所へと向かった。高梨君は休み時間だというのに、先生が授業中に配った歴史のプリントを、ノートに綺麗にまとめているようだった。真面目だなあ。
「高梨君。」
「どうしたの?」
「泉屋君に、ちゃんとお願いされたの?映画に出演してって。」
「ああ、まあ、うん。された。」
「オッケーしたの?」
「⋯した。」
うえええマジ!?嘘でしょ高梨君!?何でオッケーしたんだい!?
「な、なんでぇ?」
思わず私から気の抜けた声が出た。
「泉屋の熱意に負けたというか。それにほら、俺帰宅部だから。そういう活動に参加してみるのも、なんか面白いかなーって。」
「た、高梨君は何の役でお願いされてるの?」
「分かんない。まだ泉屋、脚本書いてる途中だし。」
「そ、そっか。そうだよね。」
「まあ多分だけど脇役じゃないかな。俺チビだし、脇役の雰囲気凄いし。」
ううん、全然そんな事ないよ、高梨君は主役顔だよ、むしろ主役やってよ、高梨君の恋愛映画、何それ超見たいんですけど。
「私もさあ、何か頼まれてんだよね。泉屋君から。」
「お互い、本当にお願いされるとはね。」
泉屋君の事を見ると、細目で私達の事を見つめていた。だからなんなんだよ、その目は!
で、その日の放課後、部活中の出来事。私はいつものようにグラウンドを走り回っていた。ランナーズハイってやつ?しんどいを超えて、走るの楽しーってなっていた時だった。足下に、いきなり何かが転がってきた。おそらく遠くて練習していたソフトボール部が使っていたボール。私はそれを避けようとして、変なステップを踏んでしまった。なーんか嫌な感覚が足を貫いた。やばっ、これはやってしまったかもしれん。私は何とか華麗に転がって、恥ずかしいコケ方になるのは回避した。とはいえ、陸上部のみんなが心配して私の所に集まってくる。そりゃそうだ。右足首がじんじんする。あらららら。
結果、私の右足首は重度の捻挫と診断された。なんか色々説明されたけど、全治1ヶ月半くらいはかかるらしい。完全にやってしまった。なんてこった。歩けるけど、早歩きは無理、まあ痛い。走るなんてとても不可能だ。
「じゃあ、来佳美はしばらく帰宅部になんのか。」
しのっちが可哀想にという目で、私の右足首を見つめてくる。
「残念ながらそーだ。参った参った。」
「捻挫にも、色々あんだね。可哀想に。」
あやちゃんが赤い午後ティーのペットボトルを飲みながら、私の頭をよしよししてくれる。
「ああ、憂鬱。これは体力落ちるわ。」
「いいじゃん。しばらく帰宅部生活を堪能したら。」
「暇じゃん。私と遊んでよ。」
「美術部があるんで。」
「軽音部があるんで。」
「けっ、そうですか。」
そんな話をしていると、泉屋君が私達の所にやって来た。
「増田、どうしたの?」
「まっすー、足首捻挫したんだって。しばらく帰宅部生活。」
「えっ、そうなの?」
待ってヤバい。ヤバい気がするぞ、これは。
「だ、だから帰宅部生活を満喫しよっかなーと思って⋯。」
「増田、ありがとう。」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「今日の放課後、俺に付き合ってくれ。」
しのっちとあやちゃんがどういう事?と質問してくる。そりゃそうだ。私が、かくかくしかじかでーと説明すると、2人はそりゃいい!やれやれと私をまくし立てた。この野郎、他人事だと思いやがって!
映画研究部の部室に始めて入った。おお、さすが映研。壁一面に様々な映画のポスターが貼られている。昔の有名な映画や、比較的新しい映画まで、多種多様なポスターが目に飛び込んで来る。私も映画が好きだから、普通にテンションが上がってしまった。奥には少し大きめのテレビが置いてある。これで映画見んのかな。
「お疲れ様でーす。」
泉屋君が挨拶すると、他の部員達が挨拶を返す。何というか、説明が難しいんだけど、映研!って感じの人達ばかりだ。
「お、お邪魔しまーす⋯。」
私も泉屋君に続いて小声で挨拶してみた。皆が私の事を一斉に見てきた。こわっ。
「泉屋君、この方が?」
テレビの前に座る眼鏡を掛けた女性が、私の事を凝視する。
「そうっす。」
彼女は立ち上がると、私の前にやって来て、私の事をじっくりと観察し始めた。何この人、怖いんですけど!むっちゃ私の体見てくる!いやらしい!
「映画研究部の部長をしています、3年の尾崎です。」
急に自己紹介された。
「あっ、どーも、2年の増田です。」
「あなかが泉屋君が話していた増田さんね。確かにスラッとしてる。失礼ですが、身長はおいくつですか?」
「えっと、170センチです。」
「凄い。モデルさんみたいね。」
「い、いやあ全然そんな。あはははは。」
取り敢えず座ってと席に案内され、私の目の前に尾崎さんが座った。何か面接みたいだな。いや、実際面接じゃないの?これ。
「増田さん⋯失礼、下のお名前は?」
「来佳美です。」
「来佳美さん、素敵なお名前。」
「どーも。」
「増田来佳美さん、泉屋君からお話は聞いていると思うんですが⋯。」
「文化祭で上映する映画の事ですよね?」
「そうです。私達映画研究部は、今度の文化祭で上映する映画を撮影予定です。」
「は、はあ。」
「その題材は、ずばり“恋愛”。私達映研は、始めて恋愛映画に挑戦しようと考えています。」
「らしいですね。泉屋君から聞いています。」
泉屋君は私の隣で黙ったままだ。
「しかしながら、見て下さい。私達のビジュアルを!この雰囲気を!誰も、恋愛映画に出演出来るような身なりをしていません!」
自虐的過ぎるでしょ。そうですねとも言えないし。てか、だったら恋愛映画なんて止めればいいじゃねーかと叫びそうになる。
「そこで今、我々映研では、撮影に協力してくれる方を募集しているのです。」
「協力というのは、出演するという事ですよね?」
「その通りです。増田さん、確かにあなたは泉屋君が言うように、華があります。」
そんな事言ってたの泉屋君!?やめろや!
「背が高くてスタイルも良く、お顔も可愛らしい。」
「そんな事ないですって!でも、ありがとうございます⋯。」
「増田さん、あなたはまさにこの映研が探していた人材です。どうかお願いします。私達の作る映画に、出演してくれませんか?」
部長直々にちゃんとお願いされてしまった。ええ〜困るなぁ本当に。なんだよこの空気。
「増田頼む!俺からも改めてお願いする。」
泉屋君が手を合わせる。
「うぅ⋯い、いやあ⋯あの私、演技とか出来ないですから。」
「学生映画に演技力など求めていません。」
そこは妥協すんのかい!
「あとほら、セリフとか覚えられませんよ?私馬鹿なんで。」
「もしそうならカンペを出します。」
「何よりほら!私デカいんで、その、変に目立ちません?」
「目立っていいんです。増田さんには映画のヒロインをお願いしたいのですから。」
「えぇぇぇっ!ヒロインですか!?私が!?」
「そうです。」
泉屋君が無言で頷く。頷いてんじゃないよ!てかマジでヒロイン役かよ!冗談だと思ってたわ!
「いやいやヒロインなんて無理ですよ!しかも恋愛映画のヒロインですよね!?」
「増田さんにピッタリです。」
「ピッタリじゃないですって!もっとこう何と言うか、小柄でプリプリしたアイドルみたいな子の方がいいですよ!」
「私達が目指している恋愛映画に、プリプリアイドルは必要ありません。」
じゃあ何を目指してんだよ!
「増田は今足を怪我していて、しばらく陸上部には行けないんです。」
泉屋君が尾崎さんに告げ口した。私は泉屋君の顔を見て、思い切りガンを飛ばしてやった。
「なら、丁度いいですね。増田さん、是非お願いします。ほら、みんなも。」
尾崎さんがそう言うと、他の部員達が一斉に立ち上がって、私に向かってお願いしゃーすと頭を下げた。ズルいよ!こんなの断われないじゃんか!やっぱり来るんじゃなかった!泉屋この野郎!
「増田さん、お願いします。」
「⋯いや⋯あの⋯。」
「お願いします。」
「だから⋯その⋯。」
「お願いします。」
「断れるかいっ!あんな状況で!」
私は痛めた右足を庇うようにして廊下を歩きながら、泉屋君に激しいツッコミを入れた。
「増田が優しい人間で良かったー。」
「お黙りっ!」
まんまと泉屋君の思惑通りなってしまった。
「最悪だ。さいあくっ。私は何でオッケーしてしまったんだ?」
「大丈夫だって。自信持てよ。」
「持てるかいっ!」
「増田がヒロイン役なら、相手役⋯主人公は決まったようなもんだな。」
そうじゃん。自分の事で一杯一杯だったけど、誰が主人公やるのか全然聞いてなかった。まだ決まってなかったのか。
「⋯映研の誰かじゃないの?」
「今回映研は裏方とか脇役とか、そっちに回るから。メインどころはやらない。」
「いや、やれよ映研。」
話していると、私達は図書室に着いた。えっ、図書室?中に入ると、やはり意中の彼がいた。勉強してる姿が様になっている。私と泉屋君はゆっくりと高梨君の正面に腰掛けた。幸い、周りには誰もいなかった。
「高梨。」
「お疲れ。増田さんもいるじゃん。」
「あ、うん⋯お疲れ高梨君。」
「どうしたの?」
「高梨、映画のヒロイン役が決まったぞ。」
「へー。誰やんの。」
「ここにいる増田。」
高梨君は驚きの表情を浮かべた。私は途端に恥ずかしくなって、ちょっと俯いた。
「ま、増田さんがヒロインやるの!?」
「⋯なんかそんな流れになっちゃった。」
「おめでとう!」
おめでとうって高梨君!何そのリアクション!
「それでな、高梨。その相手役というか主人公なんだけど。」
「うん。」
「お前がやって。」
「えっ。」
私はびっくりして、顔を上げた。
「いや、さすがにそれは⋯。」
「ううん、お前にやって欲しい。帰宅部のお前なら時間も取れるし、何よりイメージがピッタリなんだ。」
「イメージって⋯。」
「頼む!出てくれるって言ったよな?」
「言ったけど、主人公とは聞いてないよ?」
「増田もお前が良いって。」
「ええっ。」
高梨君は私の事を見つめてくる。
「た、高梨君がいいなあ⋯なんて。ほら、私も出るからさ⋯一緒に黒歴史を作ろー!なんて⋯。」
「黒歴史⋯。」
高梨君は私のその言葉を復唱すると、何かを考えたみたいだった。そして、すぐに笑顔になった。
「分かった、いいよ。出るって約束したし。」
「本当か!?良かった!よっしゃ!」
泉屋君がそれはそれは喜んでいる。なんなら私が折れた時よりも喜んでいる。ん、ちょっと待って。高梨君と私がメインの恋愛映画を撮るって事?何それヤバくない冷静に考えたら。まだ脚本も読んでないし、どんな登場人物を演じるかも分からないけど、私一応ヒロインって言ってたよね?で、高梨君が主人公で相手役?私の⋯相手役!?ひゃあああ、マジで!?ちょっと待ってちょっと待って!えっ、恥ずかし過ぎない!?演技が心配とかそんなんじゃなくて、高梨君相手にその⋯恋愛ものをやんの!?いやあああ!心が耐えられない!私撮影中に鼻血出ちゃうかもしんない!ああ⋯なんかむっちゃ右足痛くなってきたんですけど!泉屋君なんなの!?君の狙いは何なの!?ねえねえ!
「よし、俺は尾崎先輩に報告してくる。」
「そうなの?」
「増田には言ってなかったけど、高梨はもう尾崎先輩と会ってるんだ。さらに実はというと、尾崎先輩とも高梨が主人公やってくんないかなって話はしてたんだよ。」
「それは俺も初耳なんだけど。」
「よしっ。何か脚本もいい感じに閃いてきたぞ。取り敢えず今日は解散でいいから!んじゃ!」
そう言うと泉屋君は、すぐに図書室からいなくなった。勝手に盛り上がっている。よほど私達をキャスティングしたかったみたいだ。
「⋯何かとんでも無い事になっちゃったね。」
「そうだね。泉屋、嬉しそうだった。映画好きだから、恋愛ものに興味無いって言っても、自分で作るってなったら、やっぱり楽しんじゃないかな。」
「高梨君、本当にいいの?」
「もう言っちゃっから。増田さんと一緒に黒歴史作るよ。」
「はあ⋯どうしよう本当に。演技なんてした事ないのに。」
「何とかなるよ。上手いこと演出してもらおう。」
高梨君は意外と動じていない。
「文化祭で上映するんだよ?私、恥ずかし過ぎて阿鼻叫喚、粉微塵になって爆発・飛散するかもしんない。」
「それはそれで見てみたいかも。」
「いやいや本当に!」
それよりも高梨君、私がヒロインで嫌じゃないかな。だって私、高梨君より背が高い。高いんだもん。何か急に不安になってきた。気にならないかな⋯その⋯私と一緒に画面に写るの。
「高梨君はさ。私で大丈夫?」
「何が?」
「その⋯残念ながら私達がメインの映画になるわけでしょ?主役が高梨君で、ヒロインが私。相手役が私になるわけで⋯。」
「何言ってんの。大丈夫に決まってるじゃん。知った仲の人の方が絶対に良いよ。」
「⋯そっか。そうだよね。」
身長の事は、さすがに高梨君には言えなかった。でも、気になる。気になっちゃうよ、これは。しのっち、本当に身長貰ってくれないかな。




