4話
中川 輝之
担任の須藤先生が教室に入って来た。朝のホームルームが始まる。プリントが配られ、前の座席から順に後ろへと回ってくる。『当校生徒による通学中の迷惑行為について』というタイトルが、太字で大きく印字されている。
「道を歩いているのは、お前達だけか?っちゅう話だよ。普段から言ってるよな?横並びになって歩くなって。」
須藤先生が、呆れた物言いで皆を注意する。時折、お前達じゃないと思うけどと、言葉を付け足してくる。いや、絶対このクラスの連中もやってるはずだ、横並び登下校。ねちねちいろいろ言われたあげく、須藤先生からの「俺はお前達を信じてる」という重い言葉でホームルームは締め括られた。
「でもさあ、横並びにならないと話せなくない?前後に並んで話せってこと?」
左真横の席に座る増田が、皆が思っているであろう事を代弁した。
「話すなって事じゃない?口を噤んで、黙って帰れってことよ。」
増田の前の座席に座る畠中も、嫌味を話す。
「男バスじゃないの〜?よくみんなで帰ってるじゃん。」
増田からいきなり話を振られた。
「可能性はあるけどよ。でも、他の部活の奴らだって並んで帰ってるじゃん。特に女子。」
「陸部は違うなあ。私達いい子だもん。いい子集団で構成されている。」
増田がドヤ顔を作った。
「まっすーがいい子?」
「え?」
「え?」
「お?」
「お?」
増田と畠中がやり合っている。俺は机の中から必要な教科書とノートを取り出して、早々に授業を受ける準備を終わらせた。1時間目は古典の授業だ。
「おい仲良しコンビ、1限の古典のプリントやってきた?」
「やってきたよ。」
「は、何それ知りませんけど。」
増田が唖然とした表情を浮かべた。
「何それって、だからプリント。宿題。今日提出だろ?」
「まっすー、忘れたのか。終わったな。」
「待って待って待って待って。」
増田は古典の教科書やノートを引っ張り出し、パラパラとめくり始めた。どうやらプリントを忘れたようだった。
「何だそのプリントは⋯。貰った覚えも、やった覚えもないんだけど⋯。」
「増田、詰みじゃん。」
「いやいや、絶対持ってるよ。どっかに挟まってるて。まっすー、よく探しなよ。」
「ええ〜無いよだって。てかもう時間ないじゃん!ええーん。」
あーだこーだしてると、あっという間に1時間目開始のチャイムが鳴った。
「地面にめり込むくらいの土下座したら、大塚先生許してくれるかな。」
「まっすーの土下座なんて安いもんだろ。」
しかし、少し経っても古典の大塚先生は教室にやって来なかった。代わりにやって来たのは、生活主任の山下先生だった。いきなりイカつい生活主任が教室に入ってきたから、みんなは一瞬で固まり、静かになった。
「えー、古典の大塚先生は今日体調不良でお休みです。だから1時間目は自習になります。」
山下先生がそう言うと、クラスが一瞬ざわついた。多分、増田みたいに宿題をやって来なかったヤツが、他にもいたんだと思われる。
「はいうるさい、静かに。黙って自習しろよ。騒がしくしたら分かってるなー?」
そう脅すと、山下先生はすぐにいなくなった。
「や、やった!私やったよ!助かった!生き延びた!勝ったんだ!」
「でも、プリント探さないとじゃん。」
畠中にそう言われ、増田は再びプリントをごそごそと探し始めた。すると、机の奥深くから、しわっしわのプリントが1枚出て来た。
「あ、あった。良かったぁ。」
「良かったね、まっすー。」
「そんなにボロボロなら、やった所でそのボロさ加減を怒られそうだな。」
「やってあれば大丈夫でしょ。安心安心。あやちゃん、プリント見せてよ。」
「嫌だよ。どうせ自習なんだから自分でやりな。」
「えー、けちんぼー。」
増田はこういう奴だ。元気というか、騒がしいというか、面白いというか。友達も多く、人気者のイメージがある。あと、まあ普通に可愛いと思う。横の席から増田を見ると、彼女の横顔を間近で見る事が出来る。シュッとした顔の輪郭が、よりハッキリと分かる。黙ってりゃクールそうな美人に見える。黙っていないと騒がしい面白人間に変貌する。でも、それが増田のギャップだし、人気の理由だと思う。
バスケ部の連中と、女子の可愛さ格付けをやった事がある。なんと失礼な企画であろうか。まあ、男子なんて所詮こんなもんだ。ぶっちぎりで1位だったのは、橋本さんだった。橋本さんはもうレベルが違うよねとか、付き合いてーとか、そんな話がこれでもかという程出た。色んなクラスの、色んな女子の名前が出た訳だが、その中で増田の名前も上がった。同じクラスの人間なら、増田の騒がしさを知っている。でも他クラスの奴からしたら、スラッと背の高い、寡黙な美人陸上選手に見えるらしい。ちょっとウケる。
寡黙な美人、か。5時間目の英語の授業中、バレないように、ゆっくりと増田の事を見た。何だか険しい顔をしている気がする。多分、眠いんだろうな。小林先生の英語の授業は仕方がない。にしても、本当に綺麗な横顔だな。増田って、今彼氏とかいるのかな。
そんな事を思った瞬間、いきなり増田が俺の方を向こうとした気がした。俺は慌てて顔を伏せ、目を瞑って居眠りのフリをした。あっ、あぶねー。
6時間目の体育の授業に備えて、体操服に着替える為、男子は空いている他教室に移動しなければならない。
「高梨、行こうぜ。」
「うん。」
早く教室から出て行かないと、女子がうるさい。高梨と体操着袋を持って、さっさと廊下に出た。
「ほんっとに小林先生の英語ってダルいよな。」
「俺は、そんなに嫌いじゃない。」
「マジ!?」
「逆に楽じゃない?小林先生の授業。」
高梨は頭が良い。特に英語。前に教えてもらったこともある。
「体育館なら、バスケになんねーかな。」
「どうだろうね。」
どうせ後で部活でバスケをするんだから、他の種目でもいいんだけど、やっぱりバスケが好きだからバスケがいい。経験者だから容赦なく無双出来るし。俺は背が高い。181センチある。小学生の時からバスケをしているから、ここまで伸びたんだと思っている。一方、隣りにいる高梨は背が低い。だから俺達が並んで歩くと、お互いの身長差がより目立つ。なんか高梨に悪い気がしないでもないけど、こればっかりは仕方がない。
嬉しい事に、体育の授業は見事バスケの試合をする事になった。戦力的なバランスを考慮したチーム分けが終わり、試合が始まる。なんかこういう時って、それぞれの部活の個性が出ている気がする。例えば野球部の奴。別に上手くないんだけど、元気が凄くて、とにかく動き回る。体育を心から楽しんでいる感じ。サッカー部の奴は、ちょける。怒られないギリギリのラインで動いてる。でも、サッカーになるとガチになって、急に上から目線になる。ちょっとウザい。テニス部の奴は、淡々と行動してる感じ。迷惑にならない程度には動くし、けっして邪魔になるような動きは取らない。なんかやっぱり、その部活に合ってる奴が、その部活に入るべくして入ってる気がする。
てか、高梨が上手い。普通に上手い。高梨ってこんなにバスケ出来たっけ。同じチームの高梨は、未経験者とは思えないほど、よく動けている。ドリブル1つで分かる。あ、こいつ出来るなと。俺は背が高いから、取り敢えずゴール下を守っている。俺がここにいるだけで、相手からしたら十分な圧だろう。
野球部の広澤が、無謀なスリーポイントシュートを放った。馬鹿、無理だろそれは。ボールは思い切りゴールボードにぶつかり、あらぬ方向に跳んで行った。そのボールを泉屋が取るが、どこにパスを出していいか分からないようだ。味方の高梨が懸命に動いてパスを貰おうと努力しているが、中々パスが回ってこない。高梨の動き損だ。
次の瞬間、乾いた音が向こう側から聞こえてきた。何だか痛そうな音。女子の方からだった。見てみると、増田が顔を抑えていて、彼女の周りに皆が集まっている。どうやら、増田の顔面にバスケットボールが当たったらしい。大丈夫かよ、あいつ。川内先生が何やら増田に指示を出している。すると、増田は体育館の入口に向かって歩き始めた。横目で男子の方を見ている気がする。丁度ボールを持っていた俺は、スリーポイントシュートを放ち、シュートを決めた。チームメイトがナイスーと祝福してくれる。目線を戻すと、もう増田はそこにいなかった。保健室かな。口でも切ったか。
体育館の舞台袖に座って、休憩という名の観戦タイムになった。高梨と並んで試合を観戦する。
「高梨って、バスケしてたの?」
「ちょっとだけ。」
「へー。」
別にそれ以上は聞かなかった。それならあの動きも納得だ。
「高梨お前、女子の方見てねーか?」
「見てないよ。やめろよ。」
高梨はそう言いながら、俺を小突いた。
「なあ高梨、ウチのクラスだったら、誰がいい?」
「なに、誰がいいって?」
「だから女子だよ、女子。誰が可愛いと思う?」
「えー、誰だろ。」
俺と高梨はバスケをする女子達を見つめる。
「中川は?」
「何だよ、質問返しかよ。」
「うん。」
「うーん、そうだな。可愛いで言えば⋯板倉さんじゃね?」
今、試合に出ている板倉さんは、バドミントン部に所属している子だ。彼氏がいるかどうかは知らん。
「じゃあ⋯俺も板倉さんで。」
「何だそれ。お前ずりーぞ。」
「俺も混ぜろよ。」
広澤が会話に入って来た。
「板倉さんは確かにアリだな。」
「何がアリなんだよ。」
「俺は今野さんもアリだな。乳デカいし。」
「最低だなお前。」
「何でだよ。大切なポイントだろーが。」
「そうだけど、そうじゃねーんだよ。」
「高梨も、貧乳より巨乳の方がいいだろ?」
広澤が高梨に絡む。
「どうだろう。俺、あんまり重要視しないかも。」
高梨が当たり障りのない答えを広澤に返したその時、増田が小走りで体育館に戻って来た。恥ずかしそうにしながら、体育座りをしている篠宮の横に座座る。怪我は大丈夫だったんだろうか。
「そういえば、増田も乳でけーよな。」
広澤がそう言うと、俺は無言で睨んでやった。こいつに彼女は出来ないだろう。
「でも増田はなー。可愛いとは思うけど、ちょっと身長がデカいわ。デカ過ぎる。俺は小動物系がいいから。」
「誰も聞いてねーよ。」
「黙って聞いてたら、お前ら失礼集団だな。」
近くで話を聞いていた泉屋が、ぼそっと呟くように、俺達に釘を差した。どう考えても失礼なのは広澤だろ!
体育が終わり、帰りのホームルーム前。俺は帰り支度をする増田に声を掛けた。
「増田、体育の時どうしたの?」
「えっ。」
「あはっ!」
畠中が爆笑した。
「まっすー、顔面にバスケットボールが直撃したんだよ。マジウケんだけど。」
「ウケてんじゃないよ!」
「はは、大丈夫だったん?怪我とか。」
「大丈夫大丈夫。みんな酷いんだよ!?誰も私の心配しないの。笑ってばっかりで。人の不幸を笑うなんて、罰が当たるね、これは!」
「先にまっすーが罰当たってんじゃん。」
「これは違わい!」
須藤先生が入って来て、帰りのホームルームが始まる。朝言った事分かってるよな?と横並びになって帰るなとさらに念押しされた。
ホームルームが終わると、皆で一斉に椅子を机に上げた。放課後は掃除の時間だ。しかも俺は今日、掃除当番の日だった。さっきまで忘れていた。該当する何人かが、掃除箱から箒を取り出して、簡単な掃除を始める。俺は黒板と黒板消しを掃除しようと動き出した。教壇の所で、増田が篠宮と話しをしている。
「中川君、この人が私にボールをぶつけた人。」
「だからごめんって。」
「篠宮がぶつけたんだ。」
「違うの。来佳美がよそ見してたんだよ。冤罪だよ冤罪。悪かったけど、来佳美も悪いの。」
こうして2人が並ぶと、身長差が凄い事になっている。増田は背が高いけど、篠宮が極端に背が低いんだ。
「んじゃ、私はちとダイエットしてくるわ。バイバイ〜まった明日〜!」
増田はそう言うと教室を、颯爽と出て行った。
「元気だな、あいつ。」
「篠宮もこれから部活?美術部だっけ。」
「そう。いやあ、中川ってやっぱり大っきいね。」
篠宮が俺の事を見上げる。
「中川って身長何センチあんの?」
「181センチ。」
「でっっかっっ!私より30センチ以上デカいって事!?」
「篠宮、150センチ無いのか。」
「しまった。ほ、ほぼ150だから。」
「ふーん。」
「バスケしてるから、そんなにデカくなった訳?」
「俺の場合はそうかも。だげど、バスケしてる奴でもチビはいるぞ。」
「⋯私もバスケするか。」
「マジで?」
「まさか!嘘だよ。でもいいな、身長高いの。」
「身長欲しいんだ?」
「そりゃそうだよ。低くたって、限度ってもんがある。私の低さは限度を超えてるよ。」
バスケ部の練習は、いつも結構殺伐としてる。部員みんな仲が良いけど、練習中は皆ガチの顔になる。3on3の練習、やってやんよの空気が充満する。熾烈なスタメン争いってやつか。5人の選ばれしスタメンメンバーに入る。皆、その一心で練習している。全員がそう思っているとは限らないけど、少なくとも俺の目にはそう写る。
俺は今、スタメンの1人だ。熾烈なスタメン争いを生き抜き中というわけ。だけど、いつスタメンを奪われるか分からない。先輩だろうと、後輩だろうと関係ない。実力がある奴が試合に出れる。当たり前だ。だから、やる気がないなーみたいな日でも、気を抜く事が出来ない。顧問の土屋先生が、何を見てどう判断するか。そりゃ俺だって、どうせバスケをするなら試合に出たいし、活躍したい。スタメンの座は、何としてもキープしなければならない。
土屋先生の激が飛ぶ。今日は練習開始直後から、ずっと土屋先生が皆を見張っている。少しだけ油断して、リバウンドを取り損ねたら、そこで取らなきゃ意味ないぞ!と怒られた。後輩達が、まだ土屋先生にビビっているのが分かる。大丈夫大丈夫、慣れるから。
ここでアクシデント。笹木が、川瀬先輩と衝突した。笹木がオフェンス、川瀬先輩がディフェンス。まあバスケをしていたら仕方のない事だ。だけど、今日はいつもと違った。川瀬先輩は機嫌が悪かったのか、笹木の胸元を強めに押して、痛てーよと言葉を吐き出したのだ。笹木は一瞬驚いたようだったけど、すぐになんすか?と言い返した。練習が止まり、皆が2人を止めに入る。土屋先生も何やってんだとコートに入った。何してんだよ全く。俺はゴール下でぼーっと立ちながら、こういうのはめんどくせーんだよなと苛立つ。どっちもごめんねでいいじゃないか。
練習は一時中断で休憩となった。まあ、あの流れじゃ仕方ないだろう。土屋先生がむっちゃ怒っている。ほら見ろ、言わんこっちゃない。俺は何となく皆から距離を取りたくて、体育館から離れた。すぐ外にある水飲み場に向かい、水をガブ飲みする。何だか今日は、一気にバスケ熱が冷めてしまった。
「お疲れ、中川君。」
隣にやって来たのは、同じクラスでバドミントン部の板倉さんだった。
「お疲れ。バド部も休憩?」
「うん。大丈夫?バスケ部、さっき何か揉めてたでしょ。」
「気付いた?」
「体育館にいた全員が気付いたと思うよ。」
「まあなんつーか、一時のやつだよ。」
「喧嘩?」
「喧嘩⋯なのかな。いや、喧嘩ではないと思う。」
「ふーん。」
板倉さんは水を飲むわけでもなく、ただ俺の隣に立っている。どうしたんだろう。
「ん?どうしたの?」
「えっ?」
「いや、水飲みに来たのかと。」
「あ、ああ、うん。そう。」
そう言うと板倉さんは、水道の口を上向きにして、蛇口を捻った。次の瞬間、もの凄い勢いで水が噴き出した。そう、ここの水道、水圧が凄いんだよな。板倉さんの顔面に水が容赦なく襲い掛かる。すぐに水を止めると、板倉さんは唖然としていた。
「ははははっ、大丈夫板倉さん?」
「⋯さいあくっ⋯鼻に⋯入った⋯。」
手にしていたタオルで、板倉さんは顔を念入りに拭く。可哀想に、びしょびしょだ。
「ここ水圧強いんだよね。」
「蛇口、捻り過ぎた。」
「俺は面白かったよ。ありがとう、笑ったわ。」
「笑わないでよ、もう。」
板倉さんは、見るからに恥ずかしそうだ。
「さて、体育館に戻りますか。」
「あ、あのさあ、中川君。」
「何?」
「いやあの、その⋯。いいや、やっぱり。何でもない!じゃあね!」
そう言うと板倉さんは小走りで体育館へと戻って行った。板倉さんは一体、何を言おうとしていたのか。それよりも、いい加減体育館に戻らないと。土屋先生の機嫌、今日はずっと悪いだろうなあ。




