3話
畠中 彩菜
私の目の前でまっすーの顔面にバスケットボールが炸裂した時、私は思わず爆笑してしまった。凄い光景だった。ベストな画角で見てしまった。まっすーには悪いけど、あまりにも面白過ぎた。だって、まっすーは明らかに男子の方を見ていた。完全によそ見をしていたぞ、こいつ。ああなるほど。高梨君が試合に出てたからか。
まっすーは高梨君の事が好き、だと思われる。だって高梨君と話したりする時、分かりやすく嬉しそうにテンションを上げている。あと、まっすーの事をよく観察していると、時々高梨君のことをじーっと見つめている。間違いない。まっすーは高梨君の事が好きなんだ。
おそらく、この事実に気が付いているのは私だけだと思う。まさか、まっすーが高梨君の事が好きだなんて、普通は誰も思わない。タイプがあまりにも違うもん。レンタルビデオ店に行ったら、まっすーはアクションの棚に、高梨君はヒューマンドラマの棚に陳列されていると思う。ジャンルがマジで違う。
恋愛って、ほんとに分からんもんだ。誰が誰を好きになろうと、そんなの自由なんだけど、『えっ!こことここが!?』みたいな驚きが時折巻き起こる。私達の年頃の恋愛なんて、引っ付いたり離れたりの繰り返し。え、もう別れたの?みたいなスピード破局とかざらにある。ようは、恋愛のお試し期間みたいな感じだと思っている。将来に向けての人間関係練習期間、みたいな。極稀に、この期間に付き合った人と結婚する人もいたりするけど。それはレア中のレアだね。
体育の授業が終わり、教室に戻って、制服に着替え始める。しのぴーがごめんごめんと、まっすーにまだ謝っている。いや、絶対にしのぴーは悪くない。
「てか、みんな私にパス回しすぎな。私バスケ部じゃないからね?」
まっすーが体操着を脱ぎながら悪態をついている。下着姿のまっすーは、中々にエロい。まっすー普通に胸あるし、黙ってりゃ美人だからな、こいつ。しのぴーも、程よく胸があるし。良いなあ、2人とも。羨ましいわ。無い物ねだり、ここに極まれり。
「まっすー、おっぱいデかいよね。」
私が真剣な眼差しで呟くと、まっすーはそうかなぁと言いながら横腹をポリポリと掻いた。
「ぶっちゃけ邪魔だよ?陸上部にとっては。とはいえ、ブラちゃんと付けてないと垂れちゃうしさあ。なんだっけ、クーパーなんとかが。」
「クーパー靭帯だよ。」
しのぴーが補足する。こういう話が出来るのって、なんか良いなあと思う。まさに女子トークってやつだ。
放課後になると、私は途端に不機嫌になってきた。それはそれは部活に行きたくない。恥ずかしながら、同じ軽音楽部に所属している年上の彼氏と、現在喧嘩中だからだ。3年D組の山崎慎太郎。天パだけど、見た目はそんなに悪くない私の彼氏は、ここ最近、軽音楽部の活動に厳しい。厳しいというか何というか、面倒くさい。
そもそも、我が校の軽音楽部のレベルは大した事ない。いやマジで。人数も少ないし、みーんなコピーバンドで、好きな曲をワイワイガヤガヤ演奏してるだけ。楽器だってそりゃまあ弾いてるけど、高等テクニックなど誰も持ち合わせてはいない。私はギターが出来るけど、別にギターが好きだからやってるだけで、バンドでどうこうなろうだなんて微塵も思ってない。楽しく部活動生活が送れれば、それでオッケーなのだ。
私は軽音楽部内のメンバーでバンドを組んでいる。バンド名は『AFTER LIFE』。慎太郎が付けた、よく意味が分かんない恥ずかしい名前だ。私はそこのギター担当。慎太郎はベース担当。ボーカルは同じ学年の菊池ちゃん、ドラムは3年の堀之内君が担当している。菊池ちゃんは、いかにも軽音楽部ですという雰囲気を持っていて、ショートカットがよく似合うボーイッシュな女の子だ。歌も上手くて、正直、菊池ちゃんがいるからバンドは成立している。楽器を担当する我々3人は、技量的にうん⋯って感じなので、ほんと彼女には感謝している。
昨日のこと。慎太郎が自分で曲を作るから、これを文化祭で演奏しようと言い出したのだ。私は当然難色を示した。私の彼氏は、ハッキリ言ってセンスが無い。ぶっちゃけベースもそんなに上手くない。いや、全然上手くない。リズム感もすんごい悪い。いや、別にいいんだ。部活動なんだからレベルが高い必要はない。でも、自分達のオリジナル楽曲となると、話が変わってくる。しかも誰よりもセンスのない慎太郎の曲でしょ?。それを文化祭で、人前で演奏するだと?
「いや、あの、止めとこ。」
私は、ぽつりと言葉を漏らし、慎太郎を止めた。
「何で。」
「無理でしょ。」
「無理じゃない。俺はやる。」
「止めときなって。良いことないよ。」
「何でだよ。」
センスねーだろと言いかけて止めた。でも、話を黙って聞いていた菊池ちゃんと堀之内君は、私が何を口にしようとしていたのか、多分分かってたと思う。
「3年は文化祭で引退だ。有終の美を飾りたいんだよ、俺は。」
3年生は受験があるから、文化祭に出なくてもいいんだけど⋯まあそりゃ出たいんだろうなあ。慎太郎はそうだよな?という表情で堀之内君の事を見た。堀之内君は、う⋯うんという苦笑いを浮かべた。ほら見ろ、困ってんじゃねーか。
「それはいいけど、いつも通りやればいいじゃん。」
「コピーバンドで終わりたくないんだよ。」
「終われよ。こちとら恥かきたくないんだよ。」
「何で恥かくんだよ。コピーバンドよりも、よっぽどカッコいいだろ?」
「それは楽曲によるじゃんか。」
「⋯だから俺頑張る。」
「慎太郎、センスないじゃん。」
あっ、言っちゃった。菊池ちゃんが思わずオーマイガーという顔になり、堀之内君が言いやがったよコイツという目線を私に向ける。
「何でそんな事言うんだよ。」
おそらく慎太郎は、自分の音楽センスの鈍さに気が付いていない。これまで黙っていたけど、もう言っちゃったからなあ。
「巻き込まれたくないんだよ。慎太郎のセンスに。」
「は?」
「コピーバンドで、みんなで音楽を楽しむ。私はそれでいい。センスの無さや技術の無さを、他人に晒してまで演奏したくない。私はイヤだ。」
ヤバいわ。慎太郎に言いたいことが出てくる出てくる。溜まってたのかな、私。
「彩、ちょっと⋯。」
菊池ちゃんが気を使ってくれる。
「⋯うん。」
うんって。堀之内君は多分、私と同じ考えなんだ。
「や、やってみなきゃ分かんないだろーが!」
慎太郎がキレてきた。
「まともに演奏が出来るようになってから、オリジナリティを語りやがれ!」
私も取り敢えずキレてみた。他の皆は慎太郎にこんな事言えない。これでも軽音楽部の重鎮だから。私は慎太郎の彼女だから言えるんだ。だったら私が代わりに言ってやらー。
「一生懸命やってんだし、これからさらに一生懸命やろうとしてんだろ!」
「だからそれを発揮するにしても、慎太郎はセンスが無いって言ってんだよ!下手くそ!」
私はそう言うと立ち上がって、その場から撤退した。もう知らん。どうにでもなれ。ごめん菊池ちゃん、堀之内君。後は任せた。私は地雷を踏んで大爆発を引き起こし、後処理をせずにギターケースと鞄を持って、そのままとんずらした。誰も私のことを追っては来なかった。
その後、下駄箱で上履きから外靴に履き替えていると、声を掛けられた。高梨君だった。
「お疲れ、畠中さん。」
「お疲れ、高梨君。帰んの?」
「うん、図書室に少しだけ寄ってて。」
高梨君とは、1年生の頃も同じクラスだった。高梨君は静かな人だけど、その場の状況によって、適材適所の行動が取れる人だ。だからクラスが盛り上がる空気の時は、静か目の高梨君も盛り上がる。クラスで誰かが率先して何かをしなければならない時は、高梨君が率先して行動してくれる。私みたいな、一見高梨君とは絶対に交わらなそうなギャルのなり損ないみたいな私にでも、優しく接してくれる。いやあ、ほんと、出来た人だと思う。
「軽音楽部、今日は行かないの?」
高梨君が、私が背中に背負っている黒いギターケースを見た。
「ああ、何か色々あって⋯今日はもう帰ろうと思ってさ。」
「そうなんだ。あ、あのさ。」
「うん?」
「畠中さんに聞きたい事があって。途中まで一緒に帰ってもいいかな?」
「うん、いいけど。」
珍しい事もあるもんだ。まさか高梨君から話があるなんて。私達は一緒に外に出ると、まっすぐ正門を抜けた。フェンス越しに校庭が見え、部活動に励む沢山の生徒達の姿が見える。遠くの方で、まっすーがグラウンドを走っていた。陸上部の練習だ。大変だなあ、しかも長距離。運動は好きだけど、マラソンとかはマジで良さが分からん。まっすーは気が付いてないけど、今私の隣には高梨君がいる。なんか、ごめん。
「で、何?聞きたい事って。」
「ああ、うん。畠中さんってさ、増田さんと仲良いよね?」
高梨君にそう言われて、私はドキッとした。思わず足が止まりそうになる。
「仲良いけど、なんで?」
「増田さんってさ、彼氏とかいたりするか、分かる?」
きゃーマジかよおいおい!ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん!
「えっと、ど、どうだろ。多分、いないと思う。」
「そっか。いないのか。」
なんで?高梨君、君はまっすーの事が気になっているのかい?好きなのかい?どうなんだい?私は心の中で1人盛り上がった。
「どうして、そんな事聞くの?」
「いや、まあ、その⋯。」
高梨君がモジモジしている。可愛いなこの人。
「まさか高梨君⋯。」
「ちょっと、確認して欲しいって頼まれたんだ、友達に。」
「⋯へえ。」
本当に?嘘なんじゃないの?という意味を込めて、私はへえと言った。
「まっすーなあ。あいつ、あんまり自分の恋愛あれこれとか話さないから、真実は分かんないよ?でも、彼氏はいないと思う。多分だよ、多分。」
「分かった。ありがとう。」
とまあ、昨日そんな事があった。高梨君はまっすーの事が好き、という可能性が出てきたのだ。高梨君は否定してたけど、私は疑っている。うふふふふ。勿論、この事はまっすーには話していない。まっすーは高梨君の事が好きだという事を隠している(バレバレだけど)から、私がこの話をするのは変だ。教えて上げてもいいんだけど、高梨君の事を考えて黙っている事にした。
恋愛話って楽しいよね、本当に。私は周りに慎太郎と付き合っている事を公言しちゃっているから、よくイジられるけど、そりぁイジりたくもなるだろう。私だったらイジりまくる。
さあ、そんな私へのイジりの種がまた増えそうだ。放課後、軽音楽部の部室へと向かう足取りが、重いったらありゃしない。昨晩は慎太郎からも、誰からも連絡が来なかった。もしかしたら、会話をぶっちした私の事を、慎太郎だけじゃなくて、菊池ちゃんも堀之内君も怒っているのかもしれない。
「あっ、彩。」
菊池ちゃんが私を見つけると、早足で私に近寄って来た。
「菊池ちゃん、昨日はごめんね。」
「いや、まあ、私はいいんだけど。山崎先輩、やっぱり曲作るってよ。」
「ええっ。」
あんだけ恋人が反対したのに、効果ないの!?
「作曲も作詞も自分でやるから、待っとけだって。」
「それってヤバいじゃん。激ヤバじゃん。」
「う⋯うん。」
「だって、菊池ちゃんも分かるでしょ?分かるよね?慎太郎のセンスの無さ。」
「私はノーコメントで。」
「作詞とか絶対にヤバいって。菊池ちゃんが、それ歌うんだよ?」
「それ言われると考えちゃうな。でも、山崎先輩やりたいんだよ、自作の曲を。」
話をすれば、慎太郎がずんずんと歩いて来た。見るからに不機嫌そうだ。
「ねえねえねえ、曲作るの反対だって言ったよね、私?」
「だからなんだよ。俺はやるんだよ。もう楽曲のタイトルだって決まってんだ。」
その言葉を聞いて、私と菊池ちゃんに緊張が走った。
「⋯ちなみに、何てタイトルよ?」
「『To The Sky』。」
「却下。」
すぐに言葉が出た。何でこう、慎太郎はセンスが無いんだ。“空に”どうすんだよ!その後も私は、散々コピーバンドでいいってと説得を続けたけど、慎太郎は折れてくれなかった。だから私はまたブチギレて、ダサ襟足と悪口を言って、部室を後にしたのだった。
2日連続で部活をぶっちしてしまった。でも知るか!嫌なもんは嫌なんだ。軽音楽部は基本、目立ちたがり屋が集まる所⋯確かにそういう人もいるけど、私は別にそうじゃない。ギターが好きだから、ギターが弾ければいい。そう、それだけなのよ。志が低くて何が悪い!
あーあ、どうしよっかなこれから。帰る?そりゃ帰るしかないんだけど、うーん、どうしよう。6時間目の体育の時間に降っていたと思われる小雨はとっくに止み、運動部が校庭にわんさかといる。私は何となくトボトボと散歩を始めた。超つまんねーから何か面白い事でもないかなという、淡い期待を抱きながら。
校庭の端っこの方を歩いていると、たまたま陸上部の女子ーズ連中が休憩している所に出くわした。その中で1番背の高い子が、すぐに私の存在に気が付いたようで、ダッシュで近寄ってきた。
「あやちゃんじゃーん!何してんの?」
「散歩という名の逃避行。」
「逃避行?」
まっすーの白い半袖Tシャツが、汗で湿っているのが分かる。よく見たら顔も真っ赤で、相変わらず走りまくっているようだ。
「あやちゃんも特別に一緒に走る?」
「走んねーよ。」
動きやすい、タイトなTシャツを来ているせいか、まっすーの胸が、いつもよりも大きく見える。正直言って羨ましい。
「何?」
「まっすーは、ほんとあれだね、いい体してるわ。」
「何それ!エッチ変態スケベ野郎じゃん!」
私は胸が無い。まあ無い。Aカップ⋯もあるのかな。まあなんだ、やっぱり女性としてこの世に生を受けた以上、女性らしさっていうの?そういう部分、象徴みたいな物が欲しいわけ。私の中でそれは胸。なのに、私の胸は全く膨らむ気配を見せてくれない。
恥ずかしい話だけど、私は処女じゃない。慎太郎とそういう事はすでに経験済みだ。だけど、人生で初めて男性とそういう事をする流れになった時、私は恥ずかしさと羞恥心を爆発・炸裂させた。だって、さすがに全裸になるわけで、私の貧乳を露わにしなきゃいけない。慎太郎だって、そりゃ彼女の乳を見たいはず。でも、私には見せれるような乳は無い。まあ見せたんですけど⋯。慎太郎は別に何も言わなかった。言うわけないか、『お前乳無いな』なんて。さすがに慎太郎も、そこまでデリカシーが無い男じゃない。でも私はなんかその、申し訳なくなってしまった。ごめんね、胸が無くて、って。
「あやちゃん何かあった?元気なくなーい?踊ってあげようか?」
「まっすーは元気あるな。なんかいい事でもあった?」
「⋯ううん、別に。」
あったな、こいつ!
「えっ、何何何?何があったの?」
昨日の高梨君との会話が、急に私の中でフラッシュバックする。
「じゃあ、そろそろ戻らなきゃだから!まったねー!」
まっすーは逃げるようにみんなの所へと戻り、また校庭の方へと歩いて行った。整理しよう。高梨君は、まっすーに彼氏がいるのかどうか知りたがっている、誰かから頼まれて私に聞いた、と言っていた。高梨君の嘘の可能性もあるけど、もし本当に彼の言う事が本当だったとしたら、誰かがまっすーに好意を持っている事に⋯なるのかな?彼氏がいるかどうか気になっているのなら、そういう事だよね、多分。
また校庭をぐるぐると走り出したまっすーを見つめる。走る姿がカッコいい友達の事を応援しながら、私は高梨君が嘘をついている可能性を祈った。
にしても、『To The Sky』はねええだろおおおお。




