25話
中川 輝之
出来る限りスピードを出して階段を降り切ると、そこは下駄箱近くだ。皆でそこにゆっくりと近付く。幸い、周りには誰もいないようだ。
「中川君、おんぶありがと。降りるよ。」
「いいよ、またすぐ後ろから来るかもしんないだろ?」
「重くない?」
「重いよ。」
増田に脇腹を殴られた。こんな時にコイツは!
「どうする中川?」
小声で泉屋が振り返って来た。
「やっぱり学校を出るべきじゃねーか?校内は囲まれたりしたら終わるし。」
「確かに。」
「ねぇ待って。高梨君がいない!」
増田!声でけーよ!
「彩の方に行きました⋯見てくるって。」
畠中の軽音部の友達が、そう教えてくれた。
「大丈夫かな、あやちゃん⋯高梨君。」
「今は、とにかく無事を祈るしかない。」
そう言うと、俺達は下駄箱を通って外に出た。気のせいか?外がやけに曇っている。なんか遠くの方で煙が何本も登っているように見える。あと、あの巨人も。
「峯岸、ちゃんと撮ってるか?」
「撮ってます、泉屋先輩。」
映研の馬鹿共が!ん、待てよ。あれは⋯。
「増田、ちょっと降りて。」
「あ、うん。」
俺は増田を降ろすと、少し離れた先にある駐輪場を目指して走り出した。
「何処行くんだよ中川!?」
「待ってろ!」
駐輪場に近付くと、やっぱり見間違いじゃなかった。
「板倉さん!」
「な、中川君。」
板倉さんが駐輪場の陰に隠れていた。怯え切っていて、目に涙を浮かべている。
「大丈夫?怪我は?」
「無い。中川君、一体何が起こってるの?」
「分からない。あれ、今日ってバド部休みだったよね?」
「その⋯ちょっと学校に残ってたから⋯。」
「そうなんだ。と、とにかく一緒に逃げよう。歩ける?」
「うん⋯。」
「良かった。」
「逃げろぉぉぉぉぉっ!」
下駄箱の方から声が聞こえる。泉屋の声だ。見ると、4人の先生が校庭の方向から、泉屋達に向かって来ていた。大変だ!結局、泉屋達はまた校内に戻っていった。増田、足大丈夫なのか!?
俺と板倉さんは身を潜め、校内に入っていく先生達を見つめる。板倉さんの体がブルブルと震えている。怖いよな。そりゃそうだ。俺だって怖い。
「少し、ここにいた方がいいかもしれない。」
「ごめんね。私のせいで、皆と別れちゃって。」
「何言ってんの?板倉さんの事見捨てる訳ないでしょ。」
「⋯ありがとう、中川君。」
とはいえ、いつまでここにいるべきか。多分この感じ、学校は先生達がゾンビみたいになっちまってる。じゃあ学校の外は?まさか、みんな先生達みたいになってる?だとしたら、ヤバいどころじゃない。終わりだろ。何処に逃げたらいいんだよ。
「板倉さん、巨人見た?」
「見たよ⋯何あれ。」
「誰にも分からないよ。」
すると、いきなりドンッドンッと大きな震度がまた来た。すごい揺れだ。さっきとは違い、何度も大きく縦揺れが来る!俺は無意識に板倉さんを庇うように抱き締めた。
「何なのっ⋯中川君⋯。」
「分からない⋯分からないよ⋯。」
遠くの方で叫び声が聞こえる。それもかなり大きな叫び声。それは映画とかゲームとかで聞きそうな、モンスターの咆哮みたいな、そんな声。まさか今度はでっかいモンスターでも現れたのか!?
「これってさ、何か⋯世界の終わりみたいだよね。」
板倉さんがポツリと呟いた。
「世界の終わり⋯か。そうかもね。」
「だってこんなの有り得ないじゃない?」
「そうだね、有り得ない。」
「中川君、クローバーフィールドって映画知ってる?」
「板倉さん、マジ?」
「えっ?」
「いや、なんかさっきもそのタイトルの映画、聞いた気がする。」
「見たことない?」
「ない。板倉さん、映画好きなんだね。」
「ある日、街に巨大怪獣が現れるの。で、その怪獣から逃げるっていう映画。」
「ふうん。最後はどうなるの?」
「主人公と彼女がカメラに向かってメッセージを残して、終わり。」
「それで終わり?」
「あ、多分死んでる。」
「悲しいやつじゃん。」
「なんか⋯今それみたいだなって。」
「いや、俺は死なないよ。板倉さんも。」
そう言うと俺はゆっくりと立ち上がった。そうだよ。こんな所で死んでたまるか!
「ど、何処に行くの?」
「身を隠せる所がいい。例えば⋯体育館の舞台袖は?」
「いいかも。あそこ狭いし暗いし、見つかりにくそう。」
「少なくとも、ずっと外にいるよりかはいいかもしれない。」
俺と板倉さんはゆっくりと行動を開始した。小走りで、時々物陰に身を隠しながら、体育館に近付いていく。途中、どう見てもウチの学生の死体が転がっていた。先生の誰かにやられたんだ。間違いない。
「板倉さん大丈夫?」
「吐きそう。」
「我慢して⋯!」
例の水飲み場までやって来ると、激しい物音が聞こえてきた。同じクラスで野球部の広澤だ。広澤は金属バットを何回も振り下ろして、誰かの頭を潰している。返り血でユニフォームが血まみれだ。
「広澤。」
「おお、中川か。板倉もいるじゃん。」
「広澤君⋯。」
「それ、誰だ?」
「ああ、顧問の長嶋先生だよ。」
長嶋先生は、頭の原型が留めていないほど、広澤に殴られていた。
「野球部のみんなは?」
「知らん。多分、学校の外に逃げた。」
「そうか。」
「でも多分、外も駄目だ。」
「分かるのか?」
「分かんねーよ。でも、多分駄目だろ。」
広澤の目は何というか⋯もうイッちゃってる。
「俺達はこれから体育館の舞台袖に隠れようと思ってる。お前も来るか?」
「いや、いい。俺はこれから先生狩りをする。」
「広澤⋯。」
「こんな機会ねえよ。どいつとこいつもぶっ殺してやるよ。」
そう言うと広澤は歩き始めた。
「お前ら気を付けろよ?体育館にいた1人は殺したから大丈夫だと思うけど。」
「マジかよ。」
「うん。じゃあな。」
広澤が何処かへと歩いて行く。こいつの背中が見えた時、俺と板倉は思わず顔をしかめた。広澤の背中は服が破れ、皮膚が丸見えになっていた。そして、そこには大きな切り傷が無数に出来ていて、大量の血が流れていた。広澤お前⋯死ぬんじゃねーぞ馬鹿野郎。
俺と板倉さんは体育館を覗いた。真ん中で誰かが大の字で倒れている。多分、広澤が殺したという先生の誰かだろう。バスケットボールやバレーボールが至る所に転がっていて、混乱した場面が容易に想像出来る。みんな何処かへ逃げたんだろうな。多分、外へ。
舞台に上がり、舞台袖へと駆け込む。確かにここはいい。正面からは誰にも見えない。少しスペースもあるし、隠れるには丁度いいぞ。
俺と板倉さんはその場に座り込んだ。ゆっくりと息を吐いて、なんとか自分を落ち着ける。
「大丈夫?板倉さん。」
「大丈夫じゃない。」
「だよね。」
こんな時、何を話せばいいんだろう。
「しばらくここに隠れてよう。いい?」
「うん。」
「きっと何とかなるよ。」
「うん。」
しばらくの沈黙。あいつら⋯大丈夫かな。
「中川君。」
「何?」
「中川君ってさ、映研の映画、出るんでしょ?」
「はは。その通り。今日も撮影だった。だけどこの騒ぎだから⋯。」
「見たかったな、中川君の演技。」
「超大根だから。見られたくないよ。」
「なおさら見たいな。」
「いやあ、本当は嫌だったんだけどさ⋯なんか出る事になっちゃって。」
撮影許可を出した土屋先生も今頃⋯。
「中川君って、増田さんと仲良いよね?」
「そうだね。なんだかんだ仲良いかも。」
「増田さんの事、好きなの?」
「ええっ。」
「違うの?」
「違うよ!好きじゃないよ!」
「さっき、おんぶしてたし⋯。」
「あれはあいつがほら、足怪我してるから。」
「そうなんだ⋯。」
何でこんな話になってるんだ。
「私⋯中川君の事⋯好き⋯なんだよね。」
俺はびっくりして、板倉さんの事を見た。俺今、告白された?




