23話
篠宮 楓
私はゆっくりと目を開いた。ここは何処なの?自分の身に何が起きたのか全く分からない。取り敢えず、自分の知らない場所にいる。それだけは確かだった。私は椅子座らされていて、紐のような物で手足を椅子の肘掛けと足に拘束されている。
目の前には何の変哲も無い四角いテーブルが1つ。天井には白い電球が1つぶら下がっていて、私の事を照らしている。本当なら悲鳴を上げて、泣き叫ぶシチュエーションなんだろうけど、何故かそんな気力が湧いてこない。
私⋯何だっけ⋯来佳美⋯来佳美!そうだよ来佳美!たまたま教室に忘れ物を取りに行こうとしたら、来佳美と高梨君が教室にいて⋯それで⋯高梨君⋯高梨君!高梨君にいきなり男子トイレに連れ込まれて⋯私⋯私っ⋯!
「篠宮さん。」
「きゃぁっ!」
気が付くと、テーブルの目の前に高梨君の姿があった。
「高梨君⋯!」
「大丈夫?篠宮さん。」
「大丈夫⋯じゃないよ⋯この状況は。」
「そうだよね。ごめん。」
高梨君は上下共に黒いスウェットのような格好をしていた。高梨君の私服、初めて見たな。いや、そんな事考えてる場合じゃない!
「高梨君!これは何!?どういう事!?」
「落ち着いて篠宮さん。大きな声を出さないで。お願いだから。」
「私、状況にしては落ち着いてる方だと思うけど?」
「それはそうかもしれない。」
高梨君は何処からか引っ張ってきた椅子に座って、私と向かい合った。まるで意味が分からない。
「まず⋯ええっと⋯何から話せばいいのかな。」
「これは何?何かのイタズラか何か?来佳美とか彩菜が関係してる?」
「してない。」
「じゃあこれは犯罪じゃないの?高梨君。」
「犯罪。」
「そう犯罪。誘拐・監禁でしょ、これ。」
「篠宮さん。まず言っておくと、俺と増田さんは付き合ってない。」
何の話かと思えば。
「⋯キスしてたじゃん。私⋯私見たよ。」
「でも違う。付き合ってないんだ。」
「来佳美からキスしてた。」
「付き合ってない。」
高梨君は頑なに否定する。
「じゃあ何で、来佳美は高梨君にキスしたの?付き合ってないのに、来佳美はそんな事するヤツじゃない。」
「篠宮さんは本当に増田さんと仲が良いんだね。彼女の事がよく分かってる。」
「⋯この紐を解いて。」
高梨君から返事が無い。どうやら私は、ヤバい人の事を好きになっていたみたいだ。自分に男を見る目が無くて悲しくなるよ本当に。
「男を見る目が無い?」
私の後ろから急に声がした。びっくりし過ぎて声も出なかった。私の横から人影がぬっと出て来た。ずっと私の後ろにいたってこと?
「私の息子を悪く言わないでね。あ、言ってないか。」
その女性は黒いワンピースを着ていた。高梨君の横に立って、私の事をじっと見下ろし始める。かなり身長が高い気がする。黒い髪は長くて、胸くらいまである。年齢は40代って感じ。
「誰⋯誰ですか!?」
「俺の母さん。」
高梨君のお母さん?この人が?
「こんにちは。雄介の母です。」
「紐を解いて下さい。今すぐに!」
「大きな声を出さないでと、息子に言われたばかりじゃなかったかしら?」
本能的に分かる。この人ヤバい人だ。私はどんどん恐ろしくなって来た。どう考えても、この状況は異常だよ!
「⋯紐を⋯解いて下さい。今すぐに。」
「ごめんね篠宮さん。まだそれは出来ないんだ。」
高梨君が申し訳無さそうに声を掛けてくる。
「高梨君⋯これは犯罪だよ?お母様も⋯これは犯罪です。今すぐ私を解放して下さい。」
「これからです。」
「はい?」
「これからあなたに色々するんです。だからここに連れて来たんですから。ねえ、雄介。」
「本当にごめんなさい、母さん。」
「私の力を勝手に使ったりしたら駄目じゃないの。お母さん、その時はよくても、後から疲れが襲ってくるんだから。」
「もうしないよ。約束する。」
高梨君がお母様と見つめ合っている。気持ち悪い!何なの一体!?私は声も出なくなってきて、気が付くと涙を流していた。
「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあら〜。雄介、お友達が泣いちゃったわよ。」
「泣かないで篠宮さん。大丈夫だから。」
「⋯意味⋯わかんないっ⋯!」
どれだけ力を入れても、紐はビクともしない。
「じゃあ用意してくる。ちょっと待ってて。」
そう言うと彼女は何処かへと行ってしまった。私は再び高梨君と2人切りになった。
「篠宮さんは⋯その⋯俺の事が好きだったの?」
好きだった。好きだったよ。でも、
「こんな事する人、好きなわけないっ⋯!」
「そっか。ごめんね、篠宮さん。」
高梨君が立ち上がって、私に近付いて来た。私の真横に立って、私の事をじっと見つめてくる。何なの⋯何なの高梨君!?
「篠宮さんさ。この世界ってどう思う?」
高梨君から唐突かつ意味不明な質問が飛んで来た。私は思わず彼の顔を見上げた。
「⋯どういう意味?」
「文字通りの意味だよ。この世界。俺達が生きるこの世界の話。」
「⋯別に何も⋯思わないよ。」
「そっかぁ。やっぱり気付いてないのかあ。まあそうだよね。篠宮さん、マトリックスとか知らない?」
「高梨君って⋯ヤバい人だったんだね⋯。」
私は軽蔑を込めて、嫌味を言ってやった。
「俺はね、ただそれまでの日を、皆と楽しく過ごしたかったんだ。本当だよ。」
高梨君、君は本当に⋯何を言っているの?
「お待たせ〜。」
高梨・母が戻って来た。手にワイングラスみたいな物を持っていて、中には青っぽい液体がグラスの半分くらいまで注がれている。
「はい、じゃあ雄介。」
「分かったよ。」
高梨君が深く溜め息を吐いた。高梨君はそのワイングラスを手に取ると、それを少しだけ口に含んだ。
そしてまた私に近付いて来た。次の瞬間、高梨君が私の顔を掴んで、思い切り口付けをしてきた!私は混乱して、何がなんだか分からなくなった!しかも、高梨君の口から私の口の中に、何か液体が流れ込んできた。何これ!マズい!気持ち悪い!私は思わず吐きそうになる!
「吐くなっ!飲めっ!飲めっ!」
高梨・母が叫んでる。私は否が応でもそうするしかなく、クソ不味くて気持ち悪い液体を飲み込んだ。すると、ようやく高梨君が唇を離してくれた。
「はい、あと2回。」
高梨・母がまた高梨君にグラスを差し出す。私に口移しで飲ませる必要が何処にあるの!?
「止めてっ!もう止めてっ!お願いだからっ!」
高梨君は泣き叫ぶ私を無視して、またワイングラスの飲み物を口に含むと、同じ様に私を捕まえて口移しを始めた。なんかたまに女性が男性に乱暴されるニュースとかあるけど、私は何で死ぬ気で抵抗しないんだろうと毎回思ってた。私が間違ってた。抵抗なんて出来るわけない。私はまた高梨君経由で、意味不明の液体を飲まされた。
「はい、あと1回。」
これは夢なんじゃないか?きっと私は、悪い夢を見ているんだ。いやだって、そうだよ。現実にこんな意味の分からない、恐ろしい出来事が起こる訳ない。毎日アニメやゲームを見てるから、こんな奇想天外な夢を見るんだ。うん、そうに違いない。今私の頭を掴んで、思い切り口移しをしている高梨君も、きっと夢の中限定の悪い高梨君だ。うん、そうに決まってる。じゃなきゃこんな酷い事、高梨君がする訳ないもん。
「終わったよ、母さん。」
何だか意識が朦朧としてきて、高梨君の声が遠くに聞こえる。
「はいはい。じゃあ記憶やるからね?」
「お願い。」
高梨・母が私の前に座る。何が始まるのか、何をされるのか分からない。ただこれだけはハッキリしている。もしも、これが夢じゃなかったとしたら⋯私は警察に通報しなきゃいけない。




