12話
畠中 彩菜
土曜日。ついに映研の映画がクランクインの日を迎えた。私は裏方のメイクスタッフなのに、何だか緊張と楽しさで、昨晩から非常にワクワクしていた。集合時間は早くて、朝の9時集合。学校がある日とそんなに変わらない。私は、ちょっといつもよりも力を入れてパパーっとファンデを顔に塗りたくり、朝ご飯をかき込んで家を出た。
学校に着くと、グランドの方では野球部がもう練習を始めている。大変だねえ、野球部は。私は下駄箱で上履きに履き替えると、自分のクラスの教室に向かった。
「おはようございます〜。」
教室のドアを開けると、すでに多くのメンバーが集まっていた。当然というべきか、映研メンバー達はもうすでに揃っているみたいで、機材やらなんやらを準備している。
「おはよう畠中さん。」
「おはよーあやちゃん。よく来てくれました!」
「おはよー高梨君、まっすー。ついにこの日が来ましたなあ!」
まっすーと高梨君はすでに集まっていた。まっすーの髪の毛のツヤがいつもと違う事に、私はすぐに気が付いた。
「まっすー、トリートメント変えたでしょ。」
「バレたか。ちょっといいやつに⋯。」
「やる気バッチリじゃん。」
「そりゃそうよ!映像に残るんだよ!?出来る事はやりますよ!」
「他に何かやった?」
「⋯実はダイエットを少々。」
「マジ!?」
「運動出来ないから、実は家で腹筋とか、食事制限とかしてた。」
確かにまっすー、昼のお弁当がヘルシーメニューだなーとは思ってたけど、そんな事までしていたとは!
「体重落ちたの?」
「1.6キロ落ちた⋯。」
「スゲー!もう女優じゃん!」
「女優って言わないでっ!私はただのノッポな陸上部員です!」
まっすーとワチャワチャ話していると、泉屋君が教室に入って来た。
「お、畠中来たな。」
「おはよー、泉屋君。」
「おはよう。今日はありがとな。」
「ううん。私、楽しみにしてたから。」
「楽しみにしないでよ!くそう⋯あやちゃんも出なさいよ!」
「私はそういうんじゃないから。さ、メイクでしょ?泉屋君。」
「そうそう。頼みます。」
そう言うと、何処から持ってきたのか分からない大きい全身鏡を、映研部員の1人が使って下さいーと言いながら運んで来た。
「じゃあまっすー、まずは顔面作るから座って。」
「よろしゅうたのんます。」
まっすーを適当な椅子に座らせて、鏡を移動させると、角度を調節する。
「あの⋯。」
「何?」
「ん?」
高梨君と泉屋君がポカンとしている。
「メイクしてる所見られるの、すんごい恥ずかしいから見ないでくれるかな⋯。」
まっすー、お前は可愛いかよ!
「泉屋君は監督だから、いいんじゃないの、いても。」
「じゃあ⋯高梨君は私を見ないでね。」
「俺だけ駄目なの?」
「いいからっ!」
「わ、分かったよ。」
乙女のまっすーを見れて、私はさらに楽しくなって来た。まっすーの前髪をヘアピンで止めて、軽くファンデを塗っていく。
「監督、ご希望は?」
「化粧なんてよく分からん。なんかこう⋯自然な感じで。」
「それがムズいな。可愛ければいいでしょ?可愛ければ?」
「そうだな。派手にならなければ大丈夫。」
泉屋君とその隣でメガネの人が熱心に見てくる。確か尾崎さんだっけ。
「ねぇねぇ、あやちゃん。」
「んー?」
「私、ヒゲとか鼻毛とか大丈夫?昨日剃ったんだけど。」
「剃ったんだ!まっすーウケんだけど!」
「だってぇ!そりゃ剃るでしょ!鼻毛出てたらヤバいもん!」
「大丈夫だって!あんたは可愛いよ!」
まっすーにそれっぽくメイクをしてみた。チークが実にいい感じ。おお、可愛く出来たんじゃないのこれは。モデルが良いと、メイクしがいがあるな。髪の毛は清楚系ストーレートヘア。軽くブラッシングしてあげると、新しいトリートメントの良い匂いが漂って来る。まっすー、いつもよりも絶対可愛い!
「いやあ⋯。」
「な、何?」
「まっすーよ。」
「は、はい。」
「超可愛いよ!マジで可愛い!ぎゅーしてあげる!」
「ぎゃーす!」
私はまっすーを後ろから抱き締めた。
「ありがとう、あやちゃん。あやちゃんはやっぱりメイク上手だね!泉屋監督、あやちゃんがメイクしてくれたよ!どう?私、どう?」
「あ、うん、いいと思いまーす。」
「うーん⋯もっと⋯こう⋯なんかあるでしょ!」
私は高梨君に話しを振ってみる事にした。
「高梨君、どう?まっすーの事見てあげて!」
ぼんやりと外を見ていた高梨君が、私の声に反応して、すぐにまっすーの事を見た。まっすーは見るからに恥ずかしそうだ。
「増田さん、可愛いと思うよ。」
高梨君がナチュラルにまっすーの事を褒めた。高梨君は、こういう所が憎いなあ。
「あ、あ、あ、あ、ありがとううううううう。」
いかん、まっすーがバグり始めた。
さて、映画研究部制作・泉屋修二監督作品『想いが、溢れる。』は、思春期特有のコンプレックスを描いた恋愛青春映画だ(泉屋君いわく)。主人公の山本ハルキ(演・高梨君)は、同じクラスの鈴木ミナミ(演・まっすー)に片想いをしている。ミナミはいわゆるクラスのマドンナで、ハルキは自分に自信が無く、人気者のミナミに話し掛ける事すら出来ない。ある日ハルキは、ミナミが同じクラスの三井シンジ(演・中川君)に告白されている所を偶然目撃してしまう。ハルキに告白を見られていた事に気が付いたミナミは、ハルキに恋愛相談を持ち掛ける⋯といった筋書きだ。
なんかほんと、泉屋君よく考えるよなーって感じ。普段全く恋愛物に興味が無い泉屋君は、ちゃんと恋愛物を自分なりに研究した上で、脚本を考えたらしい。休み時間に小説とか読んでたもんね。
映画の撮影って、物語を順番通りに撮影していく訳じゃないらしい。撮影場所や時間帯、演者のスケジュールによって撮影するシーンを決めていくんだって。だから作品によっては、最後のクラスマックスのシーンを最初の方に撮影したりするらしい。初めて知ったよ。
今日、今から撮影するシーンは、放課後の教室でハルキとミナミが会話するシーンだ。教室にたまたま残っていたハルキのところに、ミナミがやってくる⋯みたいなシーンらしい。
「さあ、皆ちょっといいかな。」
泉屋君が周りに声を掛けた。
「今日がクランクインです。頑張っていい作品にしましょう。この作品は、俺達映研部員以外の方も撮影に協力してくれています。改めて本当にありがとう。」
映研メンバーが私達に頭を下げる。
「ではキャストの紹介を。山本ハルキ役の高梨雄介君です。」
泉屋君が紹介を始めた。
「高梨です。よろしくお願いします。素人なので多目に見て下さい。」
高梨君が恥ずかしそうに挨拶すると、皆から笑いが起こった。
「はい次。鈴木ミナミ役の増田来佳美さんです。」
「増田です。ご、ご迷惑をお掛けするとは思いますが、どうぞよろしくお願い致します。」
「かてーよ増田。」
「だ、だって⋯!よ、よろしくお願いしますぅ!」
またまた拍手が巻き起こる。頑張れまっすー。
「あとメイクスタッフとして、畠中彩菜さんも来てくれてます。」
「畠中です。よろしくお願いしまーす。」
私にも拍手をしてくれる。なんか良い雰囲気で嬉しくなってきた。
映研メンバーが準備を始める。まっすーと高梨君も脚本を手に、泉屋君と相談し始めた。いよいよ撮影だ。私がワクワクしてきちゃったよ。撮影場所は実際の私達の教室。高梨君は決められた座席に座り、カメラマンを担当する映研の峯岸君って子が、高そうな専用のカメラに三脚を付けて、高梨君の後ろに陣取った。みんなも峯岸君の周りに集まる。私もその中に入って、撮影を見守る。
「準備はいいかー?増田ー?」
廊下にスタンバっているまっすーに、泉屋君が声を掛けた。
「い、いいよー。」
「じゃあ、カメラ回して。」
泉屋君がそう言うと、峯岸君がカメラの録画ボタンを押した。部員の1人がカチンコを持って、カメラの前にそれを写した。シーンとか何か色々書いてある。ドキドキしてきたあ!
「カメラ回った!よーい⋯ハイ!」
少し間を置いて、まっすーが廊下から歩いて来た。
「はいカット!」
泉屋君がすぐにカットをかけた。
「増田、顔赤過ぎ。」
「や、やっぱり?ごめんなさいぃぃぃ。」
ほんとだ。まっすー、顔真っ赤。
「いいよ、落ち着いて。オッケーになったら声掛けて。」
「⋯分かった。」
そう言うとまっすーはまた廊下の方に戻って行った。そりゃあ緊張するよ。こんなに皆に見られてるんだもん。私だったら絶対無理だ。まっすーはほんと、よく挑戦してるよ。
「よし、いいよー!」
まっすーの声が聞こえてきた。
「オッケー。じゃあいこう。カメラ回して。よーい⋯ハイ!」
また少し間を置いて、まっすーがゆっくりと歩いて来た。教室の中を覗いて、ハルキの存在に気が付いた表情を浮かべると、教室の中に入ってくる。待ってよ、まっすー。ちょっとマジで美人だよあんた。あと、うん。何かいいよ。いい表情してる。演技してる。出来てるよ。目がマジだ。
「山本君じゃん。何してるの?」
まっすーのミナミとしての初セリフ。いい感じじゃない!?
「はいカット!チェック!」
カメラに繋げられた小さいモニターがあって、そこで泉屋君達映研メンバーが映像を確認し始めた。
「はぁっ⋯もう既に疲れたよ私⋯。」
「良かったよ、まっすー!」
「私、まだほとんど何もしてないよ?」
「いや良かった!私が保証する!」
「ありがとう、あやちゃん。大丈夫かなあ。」
「よし、オッケー。」
泉屋君がオッケーを出した。
「増田その感じで。」
「は、はいっ!」
「何でそんな改まった感じなんだよ。」
「緊張し過ぎて馬鹿になってるの。気にしないで。」
次はカメラを移動して、ミナミの位置からハルキのシーンを撮影する。高梨君はまっすーと違って、そんなに緊張しているようには見えないな。まっすーをメイクした後、高梨君のお顔にも、ちょっとだけメイクをしてあげた。肌の色を整える程度だけど。なんとなーくだけど、高梨君はなんか、いつもと様子が違った気がした。だから、メイクをしながら高梨君に聞いてみた。
「高梨君、何かあった?」
「何で?何もないよ。」
「そっか。ふーん。」
「どうしてそう思ったの?」
「うーん、何となく。」
カメラが回って、高梨君が芝居を始める。高梨君は失礼ながら、童貞感溢れる演技が上手だと思われる。
「鈴木さん!?何で!?」
「はい、カットー。チェックー。」
高梨君、セリフの言い回しも上手だ。泉屋君は本当にナイスキャスティングをしたな。
机を1つ挟んで、高梨君とまっすーが向かい合うように座る。いよいよ2人の掛け合いが始まる。まっすー、ヤバいくらい緊張してるだろうな。無理もない。片想い相手と面と向かって、恋愛映画撮ってんだから。
「はい、2人とも用意いい?」
「ちょ、ちょっと待って⋯。」
「大丈夫増田さん?」
「大丈夫。緊張してるだけ。吐きそうだけど。」
「はい、増田落ち着いたらいくぞー。」
「私待ちか。ぐぐぐ⋯はい、いいよ!いけるよ!」
「カメラ回してー。よーい⋯ハイ!」
「あたしゃ⋯。」
「カット!なんだよ『あたしゃ』って!」
「ごめーん!むっちゃ噛んだ〜!ひーん!」
ちょいちょいNGを挟みながらも、撮影が進んで行く。高梨君もまっすーも練習の成果が出ているんじゃないかな。ほんと、うん、普通に下手じゃない。上手なくらいだよ。全然大丈夫。2人とも頑張ってセリフ覚えたんだもんね。凄い。
「山本君は、告白って、したことある?」
まっすーがミナミに成り切っている。いつもと違う、大人っぽい感じ。なんだよーそのセリフー。私、キュンキュンしてきちゃったよ。
「ないよ。」
「ふーん。ないんだ。」
「鈴木さんはどうするの?」
「告白の返事?」
「そう。」
「すぐに返事出来ないって言っちゃったけど、あれは失敗だね。悪い事しちゃったよ。」
「えっ?」
「考えたけど、私、三井君とは付き合えない。」
「⋯そうなんだ。」
「うん。気になる人がいるんだ、私。」
「カット!チェック!」
泉屋君がそう言うと、演者2人が一気にリラックスモードに入った。
「言えてた?ねえ私言えてた?セリフ合ってた?合ってたかなあ?」
「合ってたと思うよ。だから泉屋止めなかったんだから。」
「まっすー凄いね。高梨君も。マジで俳優じゃん。」
私は2人に近付いて、ちょっとだけ髪の毛とかをいじってあげる。
「あやちゃんどう?私出来てる?」
「マジで出来てる!まっすー演技上手じゃんか!いつもの、お馬鹿丸出しお下品残念野郎とは大違い!」
「私の事、そんな風に思ってたの!?」
「高梨君も上手!主役顔になってるよ、主役顔に!」
「そんな顔になってる!?俺。」
「よしオッケー!2人ともバッチリだ!」
泉屋君がグッジョブポーズを突き出した。良かったねぇ。
あっという間にお昼になった。それぞれ持参したご飯を食べる。まっすーはなんかウィダーみたいなのをチューチュー吸い出した。
「まっすー、昼それだけ!?」
「お腹出ちゃうから⋯今日はこれだけ。」
まっすーが女優魂を見せ付けてくる。高梨君に至っては、何も食べてないぞ!?
「高梨君、お昼ご飯は?」
「今日は止めとこうと思って。あまり食欲無いんだ。でも別に体調不良とかじゃないから。」
「あ、そう⋯。」
私は朝買って来た菓子パンにモリモリ食い付いた。泉屋君は映研メンバーと色々と相談しながら、お弁当を食べている。
「ねーねー、あやちゃん。」
「どうした?」
「全く映画の話じゃないんだけどさ、最近しのっちって何かあったのかな?」
「と言うと?」
「なんか、元気が無いような気がして。」
「うーん、そうかな。私には分かんないけど⋯。」
そりゃそうだよ、まっすー。しのぴーは高梨君の事が好きなんだ。高梨君とまっすーがイチャコラ映画撮ってる事が耐えられなくて、嫌なんだよ。
「どうしたの?篠宮さんに何かあったの?」
急に高梨君が会話に入って来た。
「うん、何か最近元気ないなーと思って。」
「篠宮さんは何か言ってたの?」
「ううん、別になんにも。ただちょっと口数が少ないんだよね、ここ数日。」
「⋯そうなんだ。」
高梨君が真剣な眼差しで何かを考えている。しのぴーの事なのに⋯珍しいな。




