10話
泉屋 修二
映画【想いが、溢れる。】は、予想以上にいい脚本になったと自負している。もちろん素人学生の脚本にしては、の話だ。過度に期待されてもそれはそれで困る。にしたって、我ながらよく書き上げたと思う。最終的な細かい修整やセリフの言い回しは、尾崎先輩や他の部員達と行ったけど、この脚本は間違いなく俺の作品だと、言い切っていいと思う。まさか俺が、恋愛映画の脚本を書く事になろうとは。
あと何よりキャスティング。これが上手くいったと思っている(今の所)。まさに、持つべき者は友達だ。あの手この手を使って、頭を下げてお願いした甲斐があった。もし俺の脚本を映研メンバーだけで演じていたら、おそらく地獄絵図になっていただろう。
増田、高梨、中川。メインの演者達のビジュアル面は申し分ない。よく揃ったな、本当に。問題は演技力だ。上手くなくていい。下手に見えなければいいんだ。誰が見ても『お、そこそこ頑張ってんじゃん』と思わせるような、そんな演技をしてくれれば、もう何の不満も無い。
「わたしぃ、だいじょうぶだよ、きみとなら。」
「カット。ちょっと待ってあれ思ってたよりヒドいな。」
放課後の教室で、芝居の練習をしてみる。増田と高梨に向かい合うように立ってもらって、セリフを口に出してもらう。俺は増田のあまりの棒読みに、思わずカットをかけてしまった。
「だから言ったじゃんか!ド素人だよって!」
増田が顔を真っ赤にしながら、ぷんぷんしている。分かってたけど、それにしたってちょっと下手過ぎる。
「セリフを読んでる感が強過ぎ。自分が頭の中で考えて出した言葉だと思って。」
「自分が頭の中で考えて出した言葉じゃないもんっ!」
「それはそうだけども!」
「増田さん、リラックスして。」
高梨が増田を励ます。そうだよ増田。このキャスティングの意味はお前達の関係にあるんだ。きっと増田は、高梨の前で芝居をするなんて恥ずかしいだろう。でも、きっとそれがいい感じに芝居に反映される。俺は、そう確信しているんだ。
「さ、もう一回。」
「うう⋯辞めたい逃げたい消え去りたいよう⋯。」
増田、俺はお前を信じてるぞ。
「よーい、アクション。」
増田がゆっくりと顔を上げて、じっと高梨の事を見つめる。高梨も増田の事を見つめ、彼女から目を逸らさない。増田の顔がまた赤くなってなってきた。完全に乙女の顔になっている。増田お前⋯今、むっちゃ可愛いくないか?
「私、大丈夫だよ、君となら。」
間違いなく俺と高梨は、増田のそのセリフを聞いて、息を呑んだ。
「俺も、君となら。」
高梨もセリフを返す。2人はそのままじっとお互いの事を見つめ合う。何だか俺が恥ずかしくなってきた。
「はい、カット。」
「いゃぁあぁぁ恥ずかしいんですけどぉぉおぉ!」
増田が両手で顔を隠し、その場にしゃがみ込んだ。
「増田!今の良かったよ!それそれ!」
「うん。増田さん、凄く自然にセリフ言えてた。」
「高梨も良かった!」
「そうかな⋯?」
「恥ずい恥ずい恥ずい⋯!これが映像に残ると思うと背筋が凍るんですけど⋯。」
「増田、今の感じ、良かったよ。」
「はいはい⋯。」
「いや本当に。本当に良かった。」
「あ、ありがとう⋯。なら良かったよ。」
今の感じが出せるなら、全然良いぞ2人とも。これはちょっと、もしかしたらキタかも知れない。映研史上、最高傑作が誕生する予感がする。その後もシーンを変えて、セリフの練習を行った。増田はムラがあるけど、落ち着いてゾーンに入れば凄く良い芝居をする。高梨も予想通り、そつなくこなしてくれている。恋愛映画なんかと思っていたけど、俺は俄然やる気になっていた。
2人と別れて、映研の部室に顔を出す。部員の皆が、それぞれの活動をしている。ホワイトボードを使ってカメラの画角の考えたり、映画で使えそうな著作権フリーの音源をパソコンで探したりしている。
「監督。」
尾崎さんに呼ばれた。そう、俺はこの映画の監督に就任した。本当は尾崎さんが監督のはずだったが、『私に恋愛は分からない』と言われ、真剣な眼差しで監督を任された。他の部員も反対しなかった。俺はこの映画の監督・脚本というわけだ。とはいえ、監督と呼ばれるのはなんか恥ずかしい。
「いつも通り、名前で呼んで下さいよ。」
「じゃあ、泉屋君。メインの2人、お芝居はどう?」
「大丈夫です。きっとやってくれます。少なくとも、平均値は叩き出してくれますよ。」
俺は自信満々で尾崎先輩に報告した。クランクインまでもう少し。撮影が楽しみになってきたな。
「そうだ、泉屋君。お願いばかりで申し訳ないんだけど。」
「なんですか?」
「メイクが上手な子を勧誘したいの。」
「メイク⋯ですか?」
尾崎さんにそう言われて、俺は確かに!と思った。演者に化粧をするべきだ。特に、この手の映画は。全く考えに無かったな。俺も所詮、素人ってわけだ。
「ちなみに私は化粧とかよく分からない。他の女性部員も同じです。」
「そ、そうですか。まあそうですよね。」
ん、何か失礼な事を言った気がしたぞ。
目的地に近付くにつれ、楽器の音が聞こえてくる。ギターとかドラムとか、そんな音。俺は部室の扉を一応をノック(絶対聞こえてない)してから、ゆっくりと開けた。畠中がちょうどギターの練習をしていた。ドラムとベースの人も、一緒になって演奏している。やかましいなあ、軽音部は。すると畠中は俺に気が付いたようで、演奏する他のメンバーに声を掛けて、演奏を止めた。畠中はギターを置いて、すぐに俺の所に来てくれた。
「泉屋君じゃん。どうしたの、こんな騒音室に。」
「本当にうるさいわ。」
「慣れない人にはそうだろうね。」
他の部員からジロジロ見られる。軽音部の人間って、何かちょっと怖いな。
「畠中に話があるんだけど。」
「私、彼氏いるよ?あそこのベース持ってる人。」
「ちげーよ、そういう話じゃないわ!」
「あははは。分かってるよ、冗談!どうせ映研の何かでしょ?」
「そう、御名答。」
畠中は俺が知る中で、どう考えても1番メイクとかに詳しそうな女子だ。なんだったら今だってメイクしてるし。そもそも、その髪色はなんでオッケーなんだ?軽音部バリアーが発動してるのか?畠中は、ここうっさいからと、俺を部室から連れ出した。廊下に出る間際、畠中の彼氏から細目で睨まれた気がした。
「今なんか、畠中の彼氏から睨まれた気がしたんだが。」
「ああ、大丈夫。あいつ視力悪いから。多分睨んでるように見えただけ。」
「あっそう。」
「で、何よ?」
「畠中にも、映画の撮影中、裏方として協力して欲しいんだ。」
「マジ?私が?」
「演者にメイクして欲しいんだよ。」
「やる!やるやる!なるほどね!だから私って訳か!」
畠中は一気にテンションが上がったようだった。
「男子はともかく、女子にはメイクをお願いしたい。恋愛映画だし、ビジュアルをこだわれる所はこだわりたいのよ。」
「オッケーオッケー!いいよ!全然やるよ!任せなさい!」
「理解が早くて助かるわ。」
「まっすーにメイク出来るってことでしょ?」
「増田だけじゃないけど、まあその通り。やり過ぎない程度に美少女にしてあげてくれ。」
「まっすー、そもそも黙ってりゃ美人だからな。あいつ化けるぞ、泉屋君。」
「嬉しそうだな。」
「そりゃそうよ。私、イベント事大好きなんで。」
上機嫌な畠中を見て、俺は静かに安堵した。メイクなんて本当に分からないしな。
「あ、そうだ。泉屋君にさあ、聞きたい事があるんだけど。」
「何?」
「そもそも、何でまっすーと高梨君なの?」
「どういう意味?」
「だから、何でその2人をキャスティングしたわけ?」
畠中、もしかして何となく分かってるのか?俺は何と答えるか迷ってしまう。
「⋯ビジュアルが良い。」
「ほう。まあそうね。それは分かる。だけど、身長差があるじゃん?まっすーの方が高梨君より背が高いし。」
「そういったコンプレックスを題材にした内容なんだよ。」
「なるほど。つまりキャスティングする前から、そういう登場人物設定だったわけだ。まっすーと高梨君を、当てはめやすいように。」
「何が言いたいんだよ?」
「んー?いやあ、別に。ただ⋯。」
畠中ってもしかして⋯。
「泉屋君、利用しようとしてるでしょ?まっすーの事。」
やっぱり。分かってるのか。
「その言い方には、棘があるな。」
「そう?」
「知ってるのか?増田の事。」
「見てりゃ分かるでしょ。私しか気が付いてないと思ってたけど、泉屋君も気が付いてるでしょ?」
なるほど。畠中は推測でそう思っているのか。まあ当たってるんだけど。増田本人から聞いてるから。
「⋯利用してる⋯と思われても仕方がないな。リアルな表情とか撮れると思ってるし。」
「やっぱりな。そうだと思った。乙女心を利用するなんて、泉屋君はやっぱり策士だな。」
「策士か。確かに⋯そうかも。」
「私、別に怒ってるわけじゃないからね?本当に嫌だったら、まっすーも本気で出演するの断っただろうし。本人も内心、より高梨君と近付けるかもって思ってるかもしれないよ。」
「それならそれで良いよ。俺は応援する。」
「そりゃ私だって。ただねー⋯。」
「ん?」
畠中は目を瞑って、何かを悩んでるようだ。
「難しいのよ、恋愛ってやつは。」
「急にどうした。」
「誰かが幸せになっても、誰かが不幸せになるかもしれないわけよ。分かる?この悲しい現実?」
「よく分からん。」
「だろうなあ。いいのいいの。気にしないで。メイクは私にまかせんしゃい。」
畠中と別れた後、何となく図書室に行ってみる。中を覗くと、いつもの席に、いつものように高梨が座って本を読んでいた。その高梨の目の前の席に、鞄が1つ置いてある。誰かがその席を使っているようだ。すると、いきなり肩を掴まれた。増田だった。
「驚かせんなよ増田⋯!」
「何してんの?」
「別に。」
「嘘だ!何かあるから図書室来たんでしょ!私の目は誤魔化されないぞ!もう今日は練習しないからね!」
「違うよ。」
「怪しいな。」
「逆に増田は何でここにいるんたよ。」
「便所⋯じゃなくて御手洗い行ってきたの。で、今から勉強するんだ、私。」
「高梨と一緒に?」
「い、一緒にというか。まあ座席は真正面ですけど。」
あれは増田の鞄か。
「畠中が撮影に協力してくれる事になったから。」
「あやちゃん?何で?」
「演者のメイク担当。」
「むっちゃ適役じゃん!」
「増田にメイクするの、楽しみにしてたぞ。」
「私全然そういうの得意じゃないから、あやちゃんにしてもらえるなら嬉しい!さすが泉屋君。勧誘がお上手だこと。」
「⋯取り敢えず。」
「ん?」
「頑張れ&頑張れ、増田。」
「何だ何だ急に?」
「俺はさ。」
何となく増田を見つめる。
「皆が協力してくれて嬉しいんだよ。だから映画、少しでもいい作品にしたい。」
「どうしたの改まって。」
「増田にも感謝してる。」
「お、おお⋯まあ⋯うん⋯いいんだけど⋯私は。」
「応援してるよ、本当に。」




