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1話

プロローグ


【青春】

若く元気な時期を指す言葉で、成長や未熟さ、純粋さの象徴。人生の輝かしい時期を指す言葉⋯らしい。


私調べ。


【アポカリプス】

ギリシャ語で「暴露」を意味する。現代では、「世界の終末」「大災害」「文明の破壊」を指す言葉として広く使われている。


これも、私調べ。

増田ますだ 来佳美こよみ



ね、眠いっ!瞼が重くて、どうにかなっちゃいそう。英語の授業は、本当に睡くなる。しかも、お昼ご飯後の5時間目に設定された英語の授業なんて、私にとって地獄そのもの。はい増田さん、寝て下さいねと言われてるようなものじゃないか。


私は昔から英語が苦手だ。笑っちゃうくらい苦手だ。他の教科は、そつなくこなせてる自負があるけど、英語だけはマジでダメだ。英単語、英文法、どれも苦手で、どれだけ勉強しても全く頭に入って来ない。とはいえ、これまでテストで赤点を取った事はないから、まあ必要最低限は出来ている、とは思っている。


小林先生が長ったらしい英文を、達筆なチョーク捌きで板書し始める。小林先生は、この高校の教師陣の中でもかなり年配の男性の先生で、長年この高校で英語を教えてきたらしい。ぶっちゃけ滑舌が悪くて、何を話してるのか全く分からない時があるけど、基本的に優しいおじいちゃん先生だ。


でも、5時間目の小林先生のゆったりとした滑舌の悪い話し方は、より眠気の強さを助長させる。いや、マジで、本当にキツい。何とかノートに板書を書き写すけど、今すぐにでもこのシャーペンとノートを投げ捨てて、机に突っ伏したい。


周りの皆も黙って板書を書き写しているけど、絶対眠気に襲われているはずだ。ほら、やっぱり!右隣に座る中川君の事をちらっと見ると、ノートに板書を写していると見せかけて、下を向いて目を瞑っている。そりゃそうだ。小林先生の催眠に勝てる訳がないよ。


そのまま目線を前の方に移す。私は中川君の前の前の前の前の席に座る彼の背中を見た。彼は真剣に授業を聞いているようで、ノートに板書を写しながら、時折教科書をチラチラと確認しているようだった。高梨雄介君。私が気になっている人。いや、気になっているというより、もはや確定的に好きな人。意中の男子。


この間、高梨君と話したら、どうやら彼は英語が得意だという事が分かった。何かの会話の流れで得意科目はー?って聞いたら、うーんと悩んだあげく、強いて言うなら英語かなって教えてくれた。1学期の期末テスト、高梨君は英語で98点を取ったらしい。凄すぎる。ちなみに私は64点だった。しのっちとあやちゃんに、ロクヨンだよロクヨンー、スマブラスマブラーって言い回ったけど、2人とも普通に70点とか80点くらい点数を取ってて気まずかったな。


私は眠気に打ち勝つために、小林先生の美しい板書ではなく、高梨君の事をじっと見つめる事にした。高梨君とは今年から同じクラスになった。物静かな人で、うるさかったりやかましかったりする男子達とは全く違うタイプの人だった。でも、そういった子達と仲が悪い訳ではなく、普通に友達付き合いもしているし、たまに女子友とも話したりしている。とはいえ目立つような男子ではないし、何というか自らを貫いている。そんな雰囲気の男の子だ。


そんな高梨君の事を、私はいつからか好きになっていた。好きになった理由はまあ、色々あるけど、基本的に高梨君は優しい。凄く優しい、と思う。私のつまらないマシンガントークにも、最後まで相槌を打ってちゃんと付き合ってくれるし、私が風邪気味で喉が痛いと知った時には、鞄からすぐに喉飴を取り出したくれた。私が高梨君のお弁当を見て、唐揚げ美味しそうだねと言うと、じゃあ上げるよと言ってくれたりする。とにかく高梨君はそういう人。彼の日頃の優しさの積み重ねが、私を高梨君に惚れさせたのだ。あ、あと普通に顔がタイプです。



6時間目の授業は体育。昼食後の運動よりも、1日の締めの運動の方が個人的には嬉しいし、しっくりくる。さっきから小雨が降ってきたので、やっぱり外ではないらしい。体育館に集まって下さいと、担当の川内先生に確認してきてくれた体育委員の佐々木ちゃんが、皆に声を掛ける。体育館か。マットじゃなけれゃ何でもいいや。


「マットだったら、やだなー。」


早々と体操着に着替え終わったしのっちが、私の隣で大きくあくびをしながら呟いた。


「分かるー。マットつまんない。バスケかバレーがいい、私。」


「そりゃ来佳美は背が高いからでしょ。私はバスケもバレーも嫌だね。」


しのっちは嫌味のように、下から私を見上げた。確かに私は背が高いけど、しのっちが小柄だから、私がより高く感じるんだろう。


「じゃあ、しのっちは何がいいの?」


「ドッチボール。もしくはキックベース。」


「小学生の体育かよ。」


結論から言うと、体育はバスケをする事になった。しかも試合。私はよしっとガッツポーズを作ったが、しのっちは舌打ちをして、やれやれといった感じだった。私達のクラスは女子が15人いるから、5人のチームが3つ作れる。今日は欠席者や見学者もいないから、なおさら丁度いい。川内先生が戦力バランスを考えて、適当な3人のグループを作らせると、その中でグッチョッパーしろと指示を出した。チーム分けの結果、私は偶然しのっちと同じチームになった。


「しのっちパス回すからね。」


「ええっ、いいよ。いらないいらない。私が圧倒的に不利なスポーツなんだからね?」


「部活じゃないんだから、関係ないって。」


「いいからほんとに。私ボール持ったらトラベリングするよ?むっちゃ歩くから。」


「それは困るな。迷惑だわ。」


体育館を大きく半分ずつ使って、男女が別れて体育の授業に励むわけだけど、どうやら今日は男子もバスケをするようだった。しかも、こちらと同じ様に試合をするようだ。つまり、バスケをプレイする高梨君の姿を見る事が出来るというわけ。


高梨君は他の男子に比べて小柄だ。私は女子の中では背が高い方で、170.4センチもある。高梨君は私よりも、少し背が低い。聞いた事はないけど、多分165〜6センチくらいじゃないかと思う。でも、そんな事は私にとって何の関係も無い。確かに一般論で言えば、女性は自分より背が高い男性が好みかもしれない。だけど、私は身長なんて気にしない。私の背がデカいだけで、高梨君には何の非もない。むしろ、高梨君の身長は何というか、165〜6センチくらいがベストな気がする。それくらいの身長が似合うというかなんというか。説明がムズいけど、そんな感じなのだ。


もしかしたから男性の方が、自分より背のデカい女性なんて嫌かも、とは思う。高梨君も、自分より背のデカい私の事なんて、眼中にないかもしれない。むしろ、しのっちみたいな小柄な子の方が、男性は好みだと思う。しのっちは、よく私に身長を少しよこせとか言ってくるけど、いやほんとに渡せるものなら渡したい。背が高い事って、女子にとって何のステータスにもならない。モデルやスポーツくらいですか、有利に働くのは。


「あっ。」


ディフェンスを掻い潜り、完全なフリー状態だったのに、私は思い切りレイアップシュートを外した。この外し方が、バスケの中で1番気まずいし、恥ずかしいよね。何となく男子の方を見ると、丁度高梨君が試合に出場していた。何となくそれっぽく動いてるけど、パスが回って来ず、高梨君はあたふたしているように見える。かわいいかよ。


「来佳美!」


しのっちに名前を呼ばれたと思った瞬間、バスケットボールが私の顔面にめり込んだ。乾いた音が鳴り響く。私がレイアップシュートを外した後、たまたまボールがしのっちの所に飛んでいき、取り敢えずゴール下に立っていた私にパスを出したようだった。それにしても、すごいスピードとパワーだ。信じられないくらい痛い。私を破壊しようとしたの?しのっち。川内先生が笛を吹いて、試合が一時中断する。みんなが私の周りに集まって来た。


「ねぇ来佳美!口から血出てる!」


「えっ。」


どうやら唇か口の中を切ったらしく、周りから見ると、まるで私が吐血している様に見えているらしい。私は大丈夫だよーと笑顔で振る舞ったけど、川内先生が保健室に行ってこいと指示を出した。大丈夫なのに!てか、今高梨君が試合中なんだよ!体育館から離れたくないんですが!


「ごめん来佳美。」


さすがにしのっちが、申し訳なさそうに私に近寄る。


「大丈夫大丈夫!気にしないで気にしないで!」


「いや、完全に増田がよそ見してたよ。」


「増田ちゃん、上の空だったよね。」


「増田が悪い。」


「急にバスケしてた事、忘れたんじゃないの。」


友達達が私の事をディスる。こちとら口から血を流しているというのに!あやちゃんも私の事を指差して笑ってやがる!仕方なく私は高梨君を横目で追い掛けながら、体育館から一時撤退した。頑張ってね、高梨君。


保健室で唇をガーゼみたい物でトントンされた私は、直ぐ様体育館に舞い戻った。高梨君のチームは観戦中のようで、皆が並んで体育館の舞台の縁に腰掛けていた。


「戻って来るのはやっ。大丈夫?」


「大丈夫。唇が少し切れただけだよ。」


「まさかあんなに綺麗に顔面にヒットするとは思わなかったよ。ごめん。」


「しのっち、あんな豪速球パス出せたんだね。私、鉄の塊が衝突したのかと思ったよ。」


私のチームは一旦観戦タイム。バスケって本当に経験者じゃないと上手く動けないスポーツだと思う。現に今も、バスケ部数名のショートカット女子ーズがほぼ無双状態だ。手加減してあげればいいのにと思う半面、彼女達以外に動ける子達がいないから仕方がない。頑張れ、バスケ部。


私は彼女達を見ていると思わせながら、その奥にいる高梨君を見つめる。高梨君は部活をしていない。いわゆる帰宅部だ。だけど、放課後はよく図書室にいる。読書が趣味みたいで、よくそこで本を読んでいる。放課後、たまたま図書室を覗いたら高梨君がいたから、普段絶対に入らない図書室に入った事がある。ちなみに私は読書はほとんどしない。活字を読むのは得意じゃないのだ。読書をしている高梨君の前にいきなり座ると、高梨君は小さくおおっと声を出した。何してるの珍しいねと言われたから、気になってる本を探してるんだよねーと適当な嘘を着いた。高梨君は私でも聞いた事がある、東野なんとかっていう人の推理小説を呼んでいた。なんだか話が盛り上がって、思わず私も推理小説を読む流れになりかけて、焦った覚えがある。


そんな高梨君だけど、彼は別に運動神経が悪い方ではない。いや、むしろ良い方だと私は思う。ほら、また。再び試合に出ている高梨君が、ディフェンスを抜いて、華麗にレイアップシュートを決めた。さっきの馬鹿恥ずかしい私のレイアップシュートとは大違いだ。カッコいいなあ、高梨君。その後、私も再び試合に出たけど、特段良いところは無かった。私の背がデカいからというだけで、しのっち含め他のメンバーがどんどん私にパスを回してきた。いや、私バスケ部じゃないからね?身長で判断しないでくれ。



放課後、しのっちと軽くだべると、私は急いで部室へと向かった。勿論、横目で高梨君にまた明日ねと心で呟きながら。私は陸上部に所属している、一応。いや、真面目に練習しているけど、陸上は別に 好きとかそういう訳じゃない。


1.球技が苦手(好きと得意は別の話という良い例)、2.周りに気を使わなくて良い、3.どうせ入るなら運動部がいい、4.親から絶対に部活に入れと言われた。


以上の条件を元に、私は消去法で陸上部に入部した。始めての陸上体験。勿論、入部当初は痛い目にあった。陸上そのものを舐めていたのだ。練習が激鬼ハード過ぎて、それはそれは後悔した。吐いた事もあるし。でも、何となく自分の性に合っていたのか、不思議と続けられた。今は長距離走の選手として、毎日練習に励んでいる。あ、ちなみに私は全然強くも凄くもない選手だ。ただ走るのが好きで、無心で運動が出来るから続けてるって感じ。健康にも良いし、ダイエット効果も期待出来る。大会とか、自分の中では存在しません、はい。


そんなこんなで10キロの指示が出た。文字通り、10キロ走れという事だ。校庭の地面に刻まれたレーンは1周400メートル。つまり、今から25周走らなければならない。はあ、しんど。唇の傷を指で触りながら、私は覚悟を決めて練習を開始した。


のだが、今日はコンディションが悪い。全然上手く走れない。10キロ走り切ったけど、もう限界お疲れ様帰りますってしたい。当然、小休憩を挟んで練習は続く。はあ、今日は早退しようかな。持参した水筒の中身をあっという間に飲み干した私は、水を組もうと、校庭から少し離れた体育館前にある、水飲み場へと向かった。首にタオルを巻いたまま、滴り落ちて来る汗を拭いつつ、私は深く深呼吸をした。


水飲み場について、水筒に水を注ぐ前に、蛇口から直接水をがぶ飲みする。ここの水道は水圧が強いから、気を付けないとびしょ濡れになってしまう。ああ、水、最高。すると、視線に気が付く。顔を上げて、ふと横を見ると、そこには意中の人物が立っていた。


「えっ、高梨君?」


思わず声が出てしまった。


「増田さん、お疲れ。」


何でこんな所に高梨君が?いや、嬉しいけどなんで?


「ど、どうしたの?こんな所で。珍しいじゃん。」


「たまたまちょっと、ここで泉屋を待ってて。」


「泉屋君。そうなんだ。」


高梨君は私の事をじっと見つめている。


「大変だね。」


「ん?」


「いや、陸上部。増田さん長距離でしょ?」


高梨君にそう言われて、私は途端に恥ずかしくなってきた。私は今、練習着という名の白い半袖Tシャツと、黒の短パンに身を包んでいる。はい、ダサい。それに何と言っても、汗だく。全身びしょびしょ。Tシャツが終わってるのよ、Tシャツが。顔も汗でベッタベタで、テカりまくっているだろう。鼻とかヤバそう。


「い、いやあ全然。もう慣れっこだよ。ぶっちゃけ今日はサボって帰りたい気分なんだけどね。」


私は苦笑いを浮かべながら、何とか恥ずかしさを表に出さぬよう我慢した。


「俺なんか絶対無理だよ、陸上なんか。」


「そうかな。いやだって、走るだけだよ。」


「走るっていってもレベルが違うよ。スピードも距離も。」


「いやいや、私なんか全然雑魚だよ。」


高梨君は、声もいいなあ。落ち着く声色をしてる。


「そう言えばさ、さっき大丈夫だった?」


「ん、何が?」


「ほら、体育の時間。」


「えっ、見てたの?」


「見てたというか、なんか女子の方でザワザワしてたし、増田さん途中で何処かに行ったみたいだったから。」


「ああ、えーっと。」


「周りから聞いたけど、ボールが顔に当たったんでしょ?大丈夫だった?」


あなたを見ていたら、仲の良い友達からの豪速球パスを感知出来ず、顔面に食らって唇を切ったよ!なんて言える訳がない。


「大丈夫。唇をちょっと切ったけど、それだけ。自分でも気持ちいいくらい、顔面にクリーンヒットだよ。」


「それは痛いね。」


恥ずかしい。恥ずかしいけど、こうやって他愛もない話が出来る事が、今は嬉しい。でも、残念ながら部活中。早く戻らないと、誰に何を言われるか分かったもんじゃない。私は蛇口を一気に捻り、猛烈な水圧で水筒に水を注ぐ。


「ごめんね、私そろそろ戻らないと。」


「あ、そうだ。」


そう言うと、高梨君がいきなり私にぐっと近付いて来た。ええっちょっとまって近い近い今はちょっと私汗凄いからええっとあのぅ。


「これ。」


そう言うと、高梨君は鞄から1本のペットボトルを取り出した。運動部には欠かせない、スポーツ飲料水だった。高梨君はそれを私に手渡してくれた。


「何これ?」


「今日朝コンビニに寄ったら、なんか今抽選?みたいなのやってて。ほら、たまに商品当たるやつあるじゃん?それで当たったんだ。俺別に運動してないし、飲まないから増田さんにあげるよ。冷えてないから申し訳ないんだけど。」


「ええっ!いいの!?ありがとう!」


えー高梨君優しい嬉しいカッコいいどうしようどうしよう。私、飲み物貰っちゃったよ。


「ではでは、ありがたく水分補給させて頂きます。」


「うん。」


私、今どんな顔をしてるんだろう。むちゃくちゃニヤニヤしてる気がするぞ。


「じゃあ行くね。また明日。」


「うん、また明日。」


高梨君に別れの挨拶をして、私は校庭に足早で戻る。多分、練習の時より早いんじゃないかというスピードが出ている。このタイミングで、この水飲み場に来て良かった。超嬉しい。ヤバい。テンション爆上げ。このために私は陸上部に入ったのかもしれない。それはさすがに言い過ぎか。でも、それくらい嬉しい。


そう、高梨君は優しいのよ。これよ、これこれ。私が好きな男の子は、優男中の優男なのだ。その後の練習は、何をやったかよく覚えていないけど、結局高梨君に貰ったスポーツ飲料水は、有り難くて練習中には飲めなかった。



翌日登校すると、既に机に座っていたしのっちに、意気揚々と挨拶をした。


「おっはよぉ。」


「わかりやすっ。」


「何が?」


「なんかいい事あったんだろ。あったなこれは。」


「べ、べ、べつにないですげど。」


「あるやつの反応なのよ。」


高梨君も既に机に座って、友達と談笑している。今日も私の推しは輝いて見える。実はというと、1つ後悔というか、すれば良かったかなと思う事があった。私は高梨君の連絡先を知っている。だから昨晩、『今日は飲み物ありがとう!』くらいのメッセージを送っても良かったかなと、もやもやしていたのだ。いやまあ、送れば良かったんだけど、直接お礼は言えてるし、まあいいかと判断してしまった。いやあ、でも会話するチャンスだったはず。私とした事が、実に惜しい事をした。


「おはよう、まっすー。」


「おはよー。」


私の前の座席に、あやちゃんが座った。あやちゃんは、私としのっちの間くらいの背丈をしていて、校則違反ギリギリセーフの茶色い髪色をしている(もはやアウトじゃね?)。あやちゃんは軽音楽部に所属していて、バンドを組んでいる。担当はギター。楽器出来るのって、ほんとに凄い。


「私、軽音楽部辞めたいわ。」


あやちゃんがいきなり愚痴を言い始めた。


「なんで?やっぱりなんかあったの?」


「なんちゅうか、方向性の違いかな。」


「今の時代、それ言う人いるんだね。」


「だって、本当なんだもん。腹立つムカつく。あーマジであの襟足切り落としてやりたいわ。」


なんだ、ただの痴話喧嘩かよ。あやちゃんは同じ軽音楽部で同じバンドメンバーの、1つ上の先輩と付き合っている。名前は山崎さん。山崎さんは天パで、少しだけ髪の毛が長い。襟足がくねくねとうねっているのが特徴だ。あやちゃんはおそらく、山崎さんの文句を言っている。


「また山崎さんか。好きだねぇ、あやちゃんも。」


「今回は本当だから。私、ブチギレてるから。」


「はいはい。」


「本当に⋯。」


「はいはい。」


「もうっ!」


こんなにプンプンしてるけど、2人が付き合い出した時、山崎さんに告白したのはあやちゃんの方だった。あやちゃんは今時分かりやすいツンデレだと私は思っている。可愛いんだけど、時々結構めんどくさい。まあでも、そんな感じの方が異性から受けるんでしょうかね。


何だまた痴話喧嘩かと、私が思った事を口に出しながら、しのっちがやって来た。しのっちは、こういう類いの話が大好物だ。実に嬉しそうにあやちゃんを捕まえる。


「痴話喧嘩言うな!」


「いや、痴話喧嘩でしょ。好きだな彩菜も。」


「ねえ、それたった今まっすーにも同じ事言われたんだけど。」


そう言われると、私としのっちは阿吽の呼吸で笑いながらハイタッチした。


「ハイタッチすんじゃねーわ!」


「いつ、どこで、何があって、痴話ったの?」


「なんだ痴話ったって!」


しのっちとあやちゃんの掛け合いが、私は大好きだ。マジでコンビを組んで漫才して欲しいレベルで愛おしい。私達が3人でぎゃあぎゃあしていると、高梨君は私達の事が気になったのか、こちらを見た。そして私と目が合った。何だかとっても恥ずかしくなった。なんだろう、たまらなく恥ずかしい。昨日の事があったから?それとも、はしゃいでいる姿を不意に見られたから?


高梨君から貰ったスポーツ飲料水は、まだ私のエナメルバッグに入っている。

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