おっさんと僕とマクダフ 乗り合い馬車で その2
馬車は数日ほど走り、日が傾きはじめた頃、次の中継地点が見えてきた。
遠くからでも分かる。
門の前に、人が集まっている。
ただの行列ではない。ざわざわとした空気と、何かを訴えるような声が、風に乗ってこちらまで届いてきた。
「……なんだありゃ」
おっさんが目を細める。
さらに近づくと、その声ははっきりと聞こえた。
「竜騎士団反対!」
「竜騎士団反対!」
「もう来るな!俺たちの村の上を通るな!帰れ!」
門の前には、町や周辺の村の住民らしき人たちが集まり、口々に同じ言葉を叫んでいた。
手には粗末な旗や板きれ。中には、家畜用の縄や農具を持ったままの者もいる。
僕は思わず身を乗り出した。
「竜騎士団って……あの、ドラゴンに乗ってるやつだよね?」
「そうだな」
おっさんは短く答えた。
「王国の切り札みたいな連中だ」
マクダフが肩をすくめる。
「普通はありがたがられる存在なんですけどねぇ……あの様子じゃ真逆だな」
馬車はそのまま速度を落とし、門の手前で止まった。
御者が困ったように声を上げる。
「おいおい、道を開けてくれ!通れねぇぞ!」
すると、前にいた中年の男が振り返り、怒鳴った。
「通れねぇのはこっちの台詞だ!またあいつらを通す気か!?」
「違う違う、ただの乗り合い馬車だ!」
「どうだかな……どうせ王都の連中は、俺たちのことなんかどうでもいいんだろう!」
周囲からも声が上がる。
「この前だってそうだ!竜が上を飛んだせいで、牛が全部暴れてな!」
「うちの山羊なんか、三日も乳を出さなかったんだぞ!」
「畑だってめちゃくちゃだ!お前たちは竜騎士団がおらの村の上空を通った後を知ってるか!苗が倒れたんだ!」
「今年の作物、どうしてくれるんだよ!」
叫び声は次第にヒートアップしていく。
僕は思わずつぶやいた。
「……そんなにひどいの?」
近くにいた年配の女性が、それを聞いて振り向いた。
「ひどいなんてもんじゃないよ、坊や」
その顔には疲れがにじんでいた。
「竜なんてね、あんな大きなものが空を飛ぶだけで、家畜は怯えるし、大地だって落ち着かなくなるんだよ」
「大地が……?」
「作物は繊細なんだ。少しの風でも、音でも、影でも影響が出る。あんな化け物が何度も上を通ればね……そりゃあ出来も悪くなるさ」
別の男も口を挟む。
「それなのに王国は何も補償しねぇ!『軍事行動だから仕方ない』の一点張りだ!」
「守ってやってるんだから我慢しろ、って顔してな!」
「ふざけるなって話だ!」
怒りが渦巻いている。
僕は黙ってそれを聞いていた。
確かに、竜騎士団はすごい存在なんだろう。
でも――そのせいで困っている人たちがいるのも事実だった。
「……めんどくせぇ話だな」
おっさんが小さく呟いた。
「強いもんはどこ行っても影響が出る。良い意味でも悪い意味でもな」
マクダフが笑う。
「旦那ぁ……つまり“力”ってやつは使い方次第ってことですぜ」
「……そうだな」
僕は、自分の手を見た。
その手の中には、あの指輪がある。
まだ何の力があるのか分からない。
でも――もし強い力だったら。
それも、誰かにとっては迷惑なものになるのだろうか。
「……ジョン」
おっさんが声をかける。
「こういうのはな、覚えとけ」
「え?」
「“正しい側”なんてのは、立つ場所で変わる」
門の前では、まだ叫び声が続いている。
「竜騎士団反対!」
「生活を守れ!」
その声を聞きながら、僕たちの馬車はしばらく足止めを食らうことになった。
門前の騒ぎは収まる気配がなかった。
怒号と不満が渦巻く中、ふと――誰かが空を指さした。
「あれ見ろ……!」
僕もつられて見上げる。
ちょうどその時、遠くの空を一体の竜が横切っていった。
その背には、人影――竜騎士だ。
そしてその後ろに、細く長く、白い筋のようなものが空に残っていた。
雲のようにも見えるが、やけにまっすぐで、不自然だった。
「あれ……なに?」
僕がつぶやくと、おっさんが小さく鼻で笑った。
「ケムトレイルだな」
「ケム……トレイル?」
「竜が飛ぶ時に残す“跡”みたいなもんだ。ああいうのが空に残ることがある」
マクダフが横でニヤつく。
「旦那ぁ……また適当なことを……」
「適当じゃねぇよ。知らねぇのか?」
おっさんはわざとらしく肩をすくめた。
そのやり取りを、近くにいた村人たちが聞いていた。
「……ケムトレイル?」
「なんだそれは……」
ざわざわとざわめきが広がる。
さっきの年配の女性が、恐る恐る聞いてきた。
「それは……作物に影響があるものなのかい……?」
おっさんは一瞬だけ間を置いてから、適当に答えた。
「さぁな。あるって話も聞くし、ないって話も聞く」
「た、たしかに……あの筋が出た後は、畑の調子が……」
「言われてみれば……家畜が落ち着かなくなる日と重なってる気も……」
「やっぱりそうだったのか……!」
一気に空気が変わった。
今まで“なんとなく不調だった”ものに、理由が与えられたのだ。
マクダフが小声で僕に言う。
「……始まりましたぜ」
村人の一人が門の兵士に詰め寄る。
「おい!あの空に残るやつは何だ!ケムトレイルって言うらしいぞ!」
「は?なんだそれは……」
「とぼけるな!竜騎士団が撒いてるんだろう!」
「そんな話は聞いていない!竜騎士団様はこの国を……お前たちも守ってくれてるんぞ。」
対応に追われている兵士さんたちは、困惑している。
突然聞いたこともないことを、みんなが知っているかのように話しているのだ。
「じゃあなんであんなものが残るんだ!説明しろ!」
別の男も加わる。
「だから作物の出来が悪いんだ!全部あれのせいじゃないのか!?」
「家畜もだ!あれを見た日は明らかに様子がおかしい!」
「王国は何を撒いてるんだ!」
兵士たちは明らかに困惑していた。
「落ち着け!我々はそんなものは知らない!何も聞かされていないお前たちと一緒だ!」
「知らないで済むか!門を守ってるんだろうが!」
「住民の安全を守るのがお前たちの仕事だろう!」
さっきまでの不満が、一気に“確信”に変わっていく。
僕はその様子を見て、少し怖くなった。
「……おっさん、あれ本当にそうなの?」
「さぁな」
あっさりとした返事だった。
「でも、みんな信じてるよ……」
「人間なんてそんなもんだ」
おっさんは淡々と言う。
「理由が分からねぇ不安より、“それっぽい理由”の方が安心できるんだよ」
マクダフがくすくす笑う。
マクダフの笑い声は近くにいた村人の人たちには聞こえていたかもしれない。
「トリポリオの旦那ぁ……“それっぽい言葉”があると一気に広まりますからねぇ」
門の前では、さらに声が大きくなる。
「ケムトレイルをやめろ!」
「竜騎士団は帰れ!」
「王国は説明しろ!」
さっきまでの単なる不満が、明確な“敵”を持ち始めていた。
僕は空を見上げた。
まだ細く残っている白い筋。
あれが本当に何なのか、僕には分からない。
でも――
「……怖いね」
思わずそうつぶやいた。
「何がだ?」
おっさんが聞く。
「なんか……知らないうちに、みんな怒ってる方向が決まっていくのが……」
おっさんは少しだけ笑った。
「いい勉強だな」
馬車はまだ動けない。
だけど、ただの足止めじゃなかった。
ここで起きているのは――
“情報一つで空気が変わる”ってことを、僕は初めて目の前で見たのだった。
その情報は別に真実でも嘘でもいいのだ。こんなのむちゃくちゃだと僕は思う。
ステータスのスキル一覧と所持金とアイテム袋内アイテム
武器スキル類
刀剣スキル 18
盾スキル 3
戦闘技術スキル 11
生産スキル類
料理スキル 13
その他
鑑定スキル 0.3
所持金
671g(銀行預け金:11,250g(銀貨11枚、銅貨2枚、半銅貨5枚) 蛇肉たくさん ???のスクロール6枚 武器破損した剣 木剣2本 ???の指輪(バンステ金策で入手)
装備品
水トカゲの手袋(呪)骨護札の首かざり
奴隷のマクダフ




