099 ガストン・ヴィアラット
「もう、そんなに心配しないでください。このくらいなら平気ですわ」
そう言うアポリーヌのお腹は、服の上からでもわかるくらい丸く膨らんでいた。中に子どもがいるのだ。ワシとアポリーヌの子が。
アポリーヌは、アベルを産んだ翌年にも身籠ったのだが、残念なことに死産であった。あれ以来、アポリーヌが妊娠することはなかったからもう半ば以上諦めていたのだが、アポリーヌは身籠ってくれた。よくやったと大声でアポリーヌを称えたい気分だ。
アポリーヌも長い間子ができなかったことを気にしていた。離縁してほしい、それがダメなら愛人を作ってほしいと言われたこともあるくらいだ。
まぁ、ワシは断ったが。
当然だろう? ワシが愛しておるのはアポリーヌただ一人だからな。
だが、長年の夢がようやく叶ったのだ。また死産ということになってはアポリーヌが悲しむ。
「大事にしなくてはいかんぞ? もう一人の体ではないのだからな」
「でも、早くあなたに会いたくて」
嬉しいことを言ってくれる。何年連れ添っても、未だに純な生娘のようなところがあるアポリーヌが愛おしくて堪らない。思えば、アポリーヌがいたからこそ、ワシは辛い時も耐えられたのだろう。そういう意味でもワシはアポリーヌに感謝している。
「では、中に入ろうか」
「はい」
ワシは慣れた手つきでアポリーヌの腰に手を回すと、ゆっくりと歩き出す。
「アポリーヌ、もう少し待ってていてくれ。エタンから収支報告を聞かねばならん」
「はい……。では、居間でお待ちしております」
「そうしてくれ。温かくするのだぞ?」
「はい。あ! そういえばあなたにお手紙が来ていましたよ。ダルセー辺境伯様からです」
「辺境伯からか……」
思わず苦い顔になったのが自分でもわかる。
「また借金返済の催促でしょうか? 飛空艇の譲渡要求でしょうか?」
「わからん。アポリーヌは気にしなくていいぞ。借金は返しているし、飛空艇も譲るつもりはない。なにも心配することはない」
「はい……」
アポリーヌから手紙を受け取ると、ワシはアポリーヌと別れるとエタンを待たせている応接間へと急いだ。
応接間のドアを開くと、すぐに壁に飾られた鹿の剥製と目が合う。他にも熊などの毛皮などで飾られたそこそこの広さの部屋。ここが精いっぱい飾り付けたヴィアラット自慢の応接間だ。
「すまん、待たせたな」
「いえいえ。とんでもございません」
「すまんついでにもうちょっと待ってくれ。辺境伯からの手紙を読まねばならん」
ワシはエタンの向かいの席にどっかり座ると、ワシはさっそく封筒の封蝋を割り、手紙を取り出す。
「ふむ……」
手紙の中身は、とにかくダルセー辺境伯の屋敷に顔を出せの一点張りだった。いつものような過剰に装飾された挨拶文などはなく、伯爵本人が書いたと思しき走り書きだけだった。
今までこんなことはなかったのだが……。何が狙いだ? やはり、飛空艇か?
「行くしかないか……。待たせたな、エタン」
「もうよろしいのですか?」
「ああ」
もう夕方だ。ダルセー辺境伯に会うのは明日でもいいだろう。
わからないことをあれこれ考えても仕方がない。それよりも、エタンの報告の方が気になる。
「報告してくれ」
「かしこまりました。今回の収支はトントンくらいです。いつものように物々交換が主でして、仕入れた物を売れば多少の儲けは出るかと」
「どのくらいだ?」
「金貨にして七枚ほどの予定です」
「素晴らしい」
さすがエタンだな。たった一日で金貨七枚も稼ぐとは。
まぁ、ここからエタンや今回航空戦闘団に参加した者たちの給料が出るので、ワシにはあまり残らんがな。
人によっては、飛空艇を一日使って金貨七枚しか稼げないワシの商才を嗤うだろう。
だが、ワシが嗤われるだけで辺境が助かるのならば、いくらでも嗤えばいい。
ワシだって、もっと大々的に貿易すれば大きな儲けが出ることなどわかっている。
だが、ワシが、ヴィアラットだけが儲けても意味がない。ワシは辺境全体で豊かになりたいのだ。
しかし、金貨七枚分も稼いだとなると、ビュルル男爵領は大丈夫なのか?
「取り過ぎていないだろうな?」
「大丈夫でございます。輸送代がかからない分、ビュルル男爵領の皆様も普段よりも安く取引ができたと自負しております」
「なるほどな」
「男爵様、私は考えを改めたのです」
「そうなのか?」
「はい。今までの私は、自分が儲けることだけを考えていました。おぞましいことですが、そのためならば他人など踏みつけていいと本気で思っていたのです。ですが、男爵様にお会いして、私は自分が恥ずかしくなりました。私も辺境の生まれです。この地が豊かになるのは、私の望みでもあります。私も男爵様の夢に協力させてください」
そう言うエタンの顔には、透明な澄み切った笑顔が浮かんでいた。
エタンとは最初の頃こそよく意見の衝突していたが……。最近は衝突もない。そのことを不思議に思っていたが、そういうことだったのか。
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