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092-5-18_セシリカの秘策

 セシリカにはヒーリング魔法が良く効く。軽く魔力を流してやると、直ぐに効果が出てきたようだ。


「な、何だか気持ちが落ち着いてきました~~~。ど、どうなってるんですか? 私~~~」


 彼女はだらしなく椅子からずり落ちそうになっている。


 ラヒナがいたら、怒られるだろうね。


 セシリカは涎を手の甲で拭き取ると、何とか椅子に座りなおした。男爵は苦笑いしているけれど、ローズ夫人は、セシリカの様子を見て、楽しそうに微笑んでいた。

 

「セシリカ。男爵様に、セシリカの策を説明してあげてよ」


 そう言うと、セシリカが、「はい」と言って立ち上がった。彼女は、緊張がほぐれて彼女本来の調子を取り戻したようだ。


「先ほど、エリア様からもございましたが、一連の事件について、アトラス派の関与は確実でございます。今、ローズ男爵様ご夫妻は、王宮にその御身が囚われておいででございますが、私は、国王様の赦免を頂けるよう最大限の努力をしてまいりました。ところが、これまでは、資金が思うように調達できないまま、途方に暮れていたのです。しかし、エリア様のお力をお借りすることで、まずは、補償金の工面に道筋が見えて参りました……」


「ほう。それはどういう策なのだ?」 


 男爵は、興味深そうにセシリカの話を聞いた。


「はい。策の全体像は、小麦に関しての先物契約を有利に行うというものでございます。現在、小麦の卸売価格は三年前の四倍近くになっておりまして……」


 セシリカの説明によると、小麦卸売価格が高騰している原因は、ローズ男爵領での小麦生産高がゼロになったことに起因して、主にアトラス派貴族たちが大量の小麦を買い込み、市場への供給量を意図的に減少させているからだと言う。セシリカは、その状況を利用すると言った。


「毎年、小麦は、ちょうどこの時期に作付け面積が分かりますので、先物契約の価格が動き出します……」


 セシリカの説明は少し難解だけど、男爵は良く理解しているようだ。


「セシリカ女史。つまり、小麦先物契約市場では、今年のローズ男爵領産小麦が芽を出さん事を折り込み、高値が続くだろうというのは分かったが、それを逆手に取る具体的な策とは、一体どうするのだ?」


 セシリカは、メガネのズレを整えると、得意げに説明を始めた。メガネの内側で彼女の瞳が輝いた。


「はい。昨日、エリア様のおかげで、ローズ領でも農民たちが今年の種まきを今日にも予定通りすることとなりました。しかし、今申しましたように、アトラス派の貴族たちは今年もローズ領産小麦の種の発芽は無いと見ております。もちろん、何もしなければそうなりますが、二週間後にエリア様によって種の浄化が行われ、来年の収穫は豊作が期待できます。通常、種まきから十日の後には発芽いたしますが、今年は、敢えて四日程遅く発芽させることになります。この四日というのが重要でして……」


 つまり、アトラス派貴族たちは種まきから十日が経っても発芽しないことを確認すると、流通量のさらなる現象により小麦価格の値上がりを見込んで、我先にと仲卸や大口生産者との小麦先物契約を交わそうとする。セシリカの読みでは、現在の卸売価格よりも一割以上高くなるだろうということだ。しかし、その四日後には、ローズ男爵領の生産量が復活する見込みと分かる。すると、アトラス派貴族が抱える小麦在庫が一気にダブつくこととなり……。


「なるほど、来年産の小麦卸売価格が一気に暴落するということか」


 男爵が感心しながらそう言った。セシリカは、男爵の言葉の意味を補うように言った。


「はい。なにせ、ローズ男爵領の小麦生産量は、王国全体の五割を占めておりますので……」


 セシリカの言葉は自信に満ちていた。彼女の読みでは、ローズ男爵領から市場への小麦供給が三年間滞っていたものの、小麦価格の推移から見て、アトラス派貴族が抱きかかえている現物小麦の量は、クライナ王国での年間需要量をはるかに超えているだろうということだ。


「う〜む、しかし、セシリカ女史、アトラス派貴族どもは、ローズ領産小麦は発芽しないと考えておるのであろう? ならば、誰もローズ領産小麦の先物契約などせぬのではないか?」


「いいえ、むしろ逆なのです」


「どういうことなのだ?」


「実はですね……」


 セシリカによると、アトラス派貴族たちは、来年のローズ男爵領の小麦生産は無いと見ており、もし、セシリカが先物契約を行えば、その契約は、不履行になると考えるはず、との事だ。実際にそうなれば、ローズ男爵家が商業ギルドに預けている先物契約の保証金は没収されることとなり、ローズ男爵家は虎の子の資金を失い、領地の権利は一切合切アトラス派貴族に渡ってしまうことになる。こうなれば、ローズ男爵家は完全に終わる。それは、アトラス派貴族の狙いでもあるのだという。そのため、アトラス派貴族たちは、先物契約の価格が少々高かろうが、糸目などつけないだろうということだ。


「……私は、十日後には王都で小麦の先物取引を行います。最初は、今の卸売価格よりも一割程度低い価格で来年の生産量を見越した先物売りをいたします。とてもお値打ち価格ですので、強欲なアトラス派貴族たちはこぞって買い求めるでしょう」


 ハゲタカのような奴らだな。


 セシリカは続けた。


「……しかし、ローズ領産小麦の発芽情報が発表されると、小麦価格の暴落が始まります。その価格は、三年前の適正価格よりもさらに下がることが予測できます。先程も申しましたように、ここ三年分の市場に出回っていない在庫が大量にあるためです。恐らく、アトラス派貴族は、自分たちの在庫も全部吐き出す勢いで、少しでも損を防ごうとして損切に走り、在庫の現物売りを行うでしょう。市場が混乱している間に、最後の仕上げとして、それらを、全て買い占め致します。そうなれば、後は……」


「卸価格が思いのままか」


 男爵がポツリと呟いた。


「何んと大それたことを思いつく! しかし、恐れ入った! 流石は、国内随一を誇る小麦生産地の会計責任者だな」


「滅相もございません」


 男爵の言葉に、セシリカが謙遜して言った。


 当然だよ。演算スキル上級持ちだもんね。そこいらの相場師では、セシリカに太刀打ちできないよ、きっと。


 しかし、そこで、セシリカは言葉を濁らせながら、伏し目がちに話した。


「ただし……、残念ながら、今のローズ家には資金がございません。今の計画で可能なのは、小麦の先物契約を行うまででございましょう。それでも、通常価格の三倍以上で取引できますので、補償金は何とかなりそうです……」


 男爵が、また腕組みして目を閉じた。しかし……。


 あれ? 男爵の肩が揺れているようだけど?


「フフフッ。フッフッフッフッ。ワッハッハッハ―、ワッハッハッハッハッー。おもしろいっ!」


 男爵が一人で笑い出した。そして、叫ぶように言った。男爵は少し興奮しているようだ。


「その資金、ワシが何とかしようじゃないかっ!」


 声が大きいよ。でも、マジで!? ちょっとノリ過ぎじゃないの? 


「そんな事して大丈夫なの、男爵様?」


「エリアよ、この勝負はな、クライナ商業ギルド副会長でカバール商会会頭のジャブロクという男が相手なのだ。奴は、アトラス派貴族の旗頭、マラジーナ伯爵の後ろ盾でのし上がった男だが、王国の経済を裏で牛耳っておる男だ。一連の小麦の値上がりも、奴が関係せねば成り立たんだろう」


 そう言って、男爵が楽しそうにニンマリと笑う。男爵によると、カバール商会は、貸金業の他、貴金属、製鉄、木材、織物、綿花、菜種油、食糧、その他奴隷までも取り扱っており、クライナ王国における経済活動のほぼ全てに影響力を持つ国内最大の商社ということだ。そして、特に、アトラス共和国とのパイプが太く、両国の取引はカバール商会を通さずには成り立たつことはないのだそうだ。その商会を一から起こしたのがジャブロクであり、彼は、マラジーナ伯爵の潤沢な資金を背景に、商売を今のように大きくしてきたのだった。


 待てよ、ジャブロクってどこかで聞いたことがあるような……。あっ! あれだ、奴隷市場に僕を見に来てたぞ。確か、太ってふんぞり返っていた奴だ。んっ!? すると、もう一人の変態貴族っ! あいつがマラジーナ伯爵!? あの髭野郎だ、絶対っ!


 しかし、そんな取引のプロとやり合えるのだろうか?


「でも、相手が悪そうだけど……」


 そう言うと、男爵がニンマリとして言った。


「な~に、それほど恐れる必要もないぞ、エリア。国内最大の商社とは言え、いくつかある大商会の中で、僅かに優位というだけであるし、それに、後ろ盾のマラジーナ伯爵だが、伯爵殿の基幹産業である木材と製鉄事業は、ここ最近、戦争もなく需要が落ち込んでおるからな。まぁ、ワシのところもそうなのだが。それに、ワシらには奥の手があるだろ? 後でレピ湖の様子でも見に行ってみようじゃないか」


 男爵の顔が自信満々だ。


 いや、まさか? レピ湖の魔石を当てにしてるの? 国内最大の商会と勝負だなんて、流石に必要な資金の規模が違うでしょ? レピ湖の魔石でなんとかなるとは思えないけどね。


 しかし、男爵の言葉を聞いて、セシリカが突然立ち上がった。


「男爵様っ、その、現物買いの勝負ですが、私に采配をお任せ願えないでしょうかっ?」


 セシリカは、男爵に向かって気迫を込めて言った。


 何だ? セシリカ、真剣だな。


 しかし、今、セシリカが男爵にお願いしたことは、通常では考えられない行為だ。いくらセシリカが優秀な会計責任者だとしても、他所の男爵の使用人なのだ。セシリカのお願いは、完全に彼女の立場を逸脱している。ボズウィック男爵にすれば、個人に資金運用を任せる形になり、何の保証も無いのだから。男爵は、セシリカをじっと見た後、しばし黙考し、そして、ゆっくりと目を開けた。


「セシリカ女史、君のその決意は何のためだ?」

「面白いかも!」


「続きが気になるぞ!」


「この後どうなるのっ……!」


と思ったら


下の ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願い申し上げます。


面白かったら星5つ、つまらない時は星1つ、正直に感じたお気持ちで、もちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当に励みになります。


重ねて、何卒よろしくお願い申し上げます。

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