008-1-8_奴隷落ち(挿絵あり)
荷台の檻の中で激しく揺られながら、端っこの角にチョコンと座り、もう一度、手の平と甲を交互に見る。
やっぱり小さい手だな……。
鉄格子の檻は黄ばんだ幌に覆われていて、外の景色も分からない。聞こえてくるのは馬の蹄の音と荷馬車が激しく軋む音だけで、息が詰まりそうだ。
それにしてもよく揺れるよまったく。座布団くらい欲しいんだけど。
轍の後がかなり掘れていたようだから、道がでこぼこになっているんだろうけど、もう、お尻がジンジンとして痛い。これじゃ、僕のお尻は、熟れたトマトの皮みたいになって、真っ赤に腫れてしまうに違いない。
膝を抱えながら手先を見ていると、自分の手足の細さに感心する。
ホントにこれで十八か?
指先を見ていると、今度は自分の髪の毛が目に留まり触ってみたくなる。
へぇ〜、結構、長い髪だ。背中まであるストレートか。
髪をつまんで目の前に引っ張ってみる。
色はシルバーで、メタリックな感じ。とても光沢があって、珍しい色だ。
綺麗な髪……。まさか染めてないよね?
髪をまじまじと観察していると、次は、竜族の身体がどんなだか気になり始めた。そして、自分の身体を見下ろす。
ん? 服は白いTシャツか。着古されて色が褪せているけれど、あんまり汚れてはいないかも。大きくて膝下まであるから大人用かな。
Tシャツの裾から右手を入れて、肩から腹にかけて確認する。
う〜ん、やっぱり大人じゃないよね。普通なら何歳くらいに見えるんだろうね?
下も同じような色の半ズボンを履いている。Tシャツをめくりズボンを上に上げてその下を確認した。どうやら、パンツは履いていないようだ。
このズボンがパンツなの?
そして、一番気になるところ。ズボンの下に右手を突っ込んで股間を確認する。
や、やっぱり……無い……。
流石に違和感が半端じゃない。当たり前にあったものが突然無くなったのだから、不思議でしょうがない。それに、少し恥ずかしい。
でも、あんまり触っちゃ、ダ、ダメ……なんだよね。
足元を見ると、一応、靴を履いていた。その靴は皮でできているようだけれど、かなり薄いものだ。
そして、もう一つ気になるのが顔だ。
僕は、どんな顔なんだろう?
顔を手で触ったところで、どんな印象かさえ分からない。レムリアさんは、成長すればとびきりの美人になるって言っていた。
あ~、早く鏡を見たいんだけど……。
ペタペタと自分の顔を触っていると、正面の若い女と目が合ってしまい、思わず視線を逸らす。
本当に、みんな奴隷なんだね。
檻の中にいるのは僕を含めて五人だ。僕以外は四人とも大人で、女と男が二人づつ。みんなの首には奴隷の象徴、隷属の首輪が嵌められている。
それにしても、この人たちも攫われてきたのかな? いや、流石に大人を攫ったりはしないか。
しばらくうつむいていると、正面の女性もうつむいた。また目が合わないようにこっそりと様子を見る。どうやら若い女だ。歳の頃は二十代半ばくらいに見える。
前世の僕と同い歳くらいかな。ちょっとやつれているけれど、優しそうな美人さんだね。
彼女の髪の毛は栗色のボブで、服装は、クリーム色の長袖ブラウスに、黄緑色で膝丈くらいのスカートを履いている。やや、やせ型だ。
その隣に座っているのは、四十歳くらいの女性。顔には、生活感が滲んでいる。彼女の髪の毛は黒く短めで、後ろで括ってまとめていた。服装は、こげ茶色の長袖ワンピースを着ているけれど地味なデザインだ。メイド服かもしれない。彼女は体形が少しふっくらとしていて、水仕事をしているような少し荒れた手をしている。そして、彼女は下を向いたまま、うつろな目をしていた。
そして、右隣には男が二人座っている。手前が三十代くらいと、一番端の男はもう少し年配に見える。
五十代から六十代くらい?
若い方の男は丸坊主で、上下白のコック服を着ている。見るからに料理人だ。体格は、がっしりとしており、腕を組み、胡坐を組んで目を閉じていた。
年配の男は、口髭と髪に白髪が混じり、顔には年季の入った皺が刻まれている。彼は、黒い長袖シャツを腕まくりし、そこから見える左の二の腕には、文字のようなタトゥーが入っていた。彼もまた、胡坐の姿勢で腕組みし、目を閉じていた。
どの奴隷も、生気がない様子で、力なく鉄格子にもたれたり、膝を抱えて座ったりしている。
気分がどんよりするね。
横を向いていると、また正面から視線を感じる。チラッと見てみると向かいの女性が悲しい目をしてこちらを見ているようだ。
何だろう? 気になるんだけど。でも、そんなに悲しい目をされると、こっちまで悲しくなっちゃうよ。
どうしてそんなに僕を見るの?
あんまり見つめるから、思わず僕も彼女をじっと見つめてしまった。
何か言いたい事でもあるのかな?
すると、彼女はそっと両手を伸ばしてきた。
どうしたんだろう?
見た目が子どもだから、彼女は、僕の事を可哀想に思っているのかもしれない。そう考えて女性の側に寄ると、彼女は僕を優しく抱き寄せ、膝の上に抱えた。僕の後頭部が彼女の顎あたりに当たっている。女性は僕をギュッと抱きしめて頬を僕の頬に押し当てるようにくっ付いた。すると、彼女の甘い匂いと体温が伝わってくる。
何だか照れ臭い。でも、人に抱っこされるのって、久しぶりだ。こんなに温かいんだったっけ……。
しばらく彼女に抱かれたままじっとしていると、今度は湿ったものが頬に伝ってきた。顔を離して見てみると、彼女の目から涙が流れている。
僕の為に泣いてくれているの? でも、さっき、転生してきたばかりだし、悲しい気持ちでは無いんだけどね……。
手で彼女の涙を拭ってあげた。彼女が僕を見る。
辛そうだね……。
そしたら、彼女はまたギュッと僕を抱き返し、肩を揺らして泣いた。
声は出ていないけれど……。
その時、突然!
ん? 何これ?
鼓動が高鳴る……。
どうしたんだろう? ちょ、ちょっと急に悲しいんだけど……。でも、これ、じ、自分の気持ちじゃないっ! これって、この女の人の感情じゃないの!? それに、この心当たりがない記憶は……彼女の感情と記憶が頭の中に流れてきたってこと!?
いきなりの事で戸惑ってしまった。
これも加護の効果なのかな?
それにしても、なんて事だ! この人、夫に奴隷として売られてしまったんだっ!
どうやら彼女は、浮気がバレて夫に捕まり、奴隷商に売られたみたいだ。ただ、その夫との間に子どもが一人いて、彼女はそのことを心残りに思っている。
どんな事情かは分からないけど、子どものことだけは忘れられないんだね。悲しい目で僕を見ていたのは、我が子のことを思い出したからなんだ。
でも、彼女の感情に当てられて、こっちまで辛くなっちゃうよ……。
いや~、それにしても、ちょっと驚いちゃった。人の目を見ると、記憶や感情まで読み取れるのか。女神の祝福って凄い加護なんだな。
彼女が落ち着いたので、そっと彼女から離れようとした。すると、隣のメイド服の女性が横にずれて、僕を彼女たちの間に座らせるように、僕の体を引き寄せた。そして、その女性は僕の頭を撫でながら優しい笑顔を向けてくれた。
奴隷として辛い目にも遭っているだろうけど、優しい人もいるんだね。
一人ひとりの事情は違っても、当たり前だけど、奴隷である前に一人の人間なのだ。
二人の女性は、両方から手を繋いでくれた。二人にそれぞれ笑顔を向けると、二人とも涙を流してしまった。
僕って、子どもに見えちゃうから、やっぱり不憫に思うんだね、きっと。
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ホントにこれで十八か?
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