082-5-8_エイルの能力
転移窓を、教会内部の天井辺りに出して様子を見てみると、すでに、教会の長椅子には、殆ど空席がないくらい人が入っていた。
祭壇の方には、昼間に会った村長が立っており、その横にホルトラス、脇の方にセシリカ、そして、ヴィースが並んでいた。そこにラヒナの姿は見当たらないけれど、それは予定通りの事だ。彼女は、レックスの目にかからない方がいいので、一人、司祭室で控えてもらっている。ヴィースには、たまにラヒナの様子を見てもらうように言ってあるので、ラヒナの事は心配いらない。
転移窓を、教会の祭壇から全体を見渡す場所に位置を変えて、しばらく様子を見ることにした。しかし、残念ながら、転移窓からは音が聞こえてこない。そのため、人の動きから想像して状況を見ることにしている。必要なら、その都度エイルに通訳してもらえばいいのだ。彼女なら、その場の状況をリアルタイムで把握できる。
ククリナとアム、そして、エイルも一緒に転移窓を覗いた。すると、エイルが無声映画のような映像を見て、つまらなさそうに言った。
「転移窓って声が聞こえないわね」
「そうね。でも、エイルが実況中継してくれるんでしょ?」
エイルにそう言って暗に実況をお願いした。
「それもいいけど、でも、何人か同時に話をすると難しいわ。シンクロする? エリア様?」
「シンクロ? 何それ?」
そう言うとエイルは、「言ってなかったかしら?」と言いながら説明を始めた。
彼女曰く、エイルの能力であるシンクロとは、エインセルが分身した際、分身体と感覚を共有する能力だということだ。つまり、エイルの能力を直接利用できるらしい。
「そんな凄いことできるんだ! 早速お願いっ!」
そう言うとエイルは、「わかったわ」と言って、小さな親指を立ててグッドサインを出すと、頭の上に乗っかった。そして、準備ができたのか、エイルが合図をくれた。
「エリア様、いいわ。私をイメージしてみて!」
エイルに言われた通りに、目を閉じて彼女をイメージしてみると、瞼の裏に明瞭なイメージが現れた。すると、音が認識できるうえ、匂いや肌の感覚までも、とてもリアルに感じることが出来た。僕は今、ヴィースに付いているエイルそのものになっている。
「凄いよ、エイル!」
そう頭の中で呟くと、「当然でしょっ!」と声が返ってきた。シンクロの最中でもエイルと念話で会話ができるようだ。
何て能力! いけないこと想像しちゃいそうだ!
つい、男だった時に抱いた願望の事を考えてしまった。すると、エイルの声が聞こえた。
「エリア様って不思議よね。一体、エリア様って、男と女どっちが好きなの?」
言葉を話すようにエイルに呼びかけても、頭で考えただけでも、結局、エイルには全部伝わっている様だ。
「女の子だけど、それがどうしたの?」
そう意図すると、エイルが素で言った。
「それなら女の子の裸を覗いても、誰にも怒られないじゃない」
あっ! 確かにそうだった。僕は、今、女の子なのだ。それなら、メイドさんたちの湯浴み、覗いちゃう? なんちゃって。
「そんなの、何が楽しいの?」
エイルと念話しつつ、教会の様子はしっかりと見ている。どうやら、間もなく寄合が始まりそうな雰囲気だ。そして、昼間に畑で会っていた村長が話し始めた。
「え~、皆の衆、昼のお疲れのところ、ご苦労さんじゃのう。早速、寄合を始めるが、改めて言わんでもええと思うが、話は、今年の種まきの事じゃ……」
村長は、みんなに向かって、今年の種まきについての意見を求めた。すると、向かって左側の席の、前から二列目に座っていた年配の男が、手を挙げて言った。
「わしのところは、もう、あと一回分の種しか残っとらん。もし、今年もダメなら、小麦は作れんようになるわい。そうじゃけん、この土地では続けられん。他所に移ることも考えねばならんと思うとるが……」
その年配男はとても不安そうに言った。その意見を聞いた他の者も、同様の意見を言うものが何人も現れたようだ。そうした農民の意見を聞いていると、彼らの中には、農地を諦めて男爵に返還してでも、最後の種を守ろうとしている者もいるらしい。小麦農家が求められている今なら、他の貴族の領地で農地を借りることができるかもしれない。しかし、長年受け継がれてきた良質の種は、もう手に入れることが出来なくなる。そう考えているのだろう。
彼らの意見を聞いて、村長が腕組みしながら何か思案し出した。寄合の意見は、今年の種まきはしないという方向に傾きつつある。村長は、その流れを、どうにかして変えたいと考えているようだ。
村長さん、昼間にホルトラスと三人で話していたことを、みんなに伝えたいのかもね。でも、まだ言っちゃダメだよ。
セシリカの作戦では、まだ、そのタイミングじゃない。ホルトラスも村長に目くばせをして、事実の公表を思いとどまらせていた。
その時、教会の扉を無遠慮に開けて、王宮騎士団の制服を身にまとった、三人の男が教会に入ってきた。彼が、レックスで間違いなさそうだ。レックスと二人の隊員は、ドスドスと乱暴な足音を立てながら、ふてぶてしい態度で中央の通路を進むと、祭壇の前までやってきた。そして、レックスを中央にして、二人の隊員が彼の両脇に並んだ。
エイルが感心するように言った。
「なるほど〜。あの男は、分かりやすい悪役よね〜。一番最初にやられちゃうタイプだわ。負けフラグが立ってるわね」
「よくそんな言葉知ってるわね?」
「エリア様の思考にあるじゃないの」
「なるほど、エイルの能力を使えば、相手の思考を読めるのね」
「使い方間違っちゃうと、相手にバレちゃうから気を付けないといけないけどね」
「そうなんだ。それでも恐ろしい能力ね」
「天才と言ってちょうだい」
はいはい。
教会では、レックスが、剣を杖代わりにして身体の前に突き立てると、農民たちを見渡して、大声でしゃべり始めた。
「おい、農民どもっ! 今年の種まきをちゃんと予定通りやらねぇと、どうなるか分かってるんだろうなっ?」
酒の匂いが、ぷ〜んとする。
何、この男、酒臭い! 一杯飲んできてる。最低ね!
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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