076-5-2_山犬のアム・ニタイ(挿絵あり)
放った威圧の気は、樹木の間を波紋のように広がって行った。次の瞬間、キノコ魔獣たちは、止まりかけのコマのように揺れて地面に転がり、開いていた笠も強風に煽られたように裏返しになって、ひだの部分をさらけ出した。
「これが威圧だな」
どうやら、キノコ魔獣たちには、効果があったようだ。
「エイル、上手くいったみたいだよ……エイル……エイル、あれ?」
エイルがいない。
「エイルどこ?」
彼女を呼びながら、よーく、辺りを見回すと、足元で薄羽がピクッと動く。
ん?
下を見ると、エイルが目を回してひっくり返っていた!
「わっ! エイル大丈夫っ!?」
慌てて、エイルを手で優しくすくい上げ、彼女にフッと息を吹きかけた。すると、エイルは目を覚まし息継ぎしながら言った。
「か、加減てものを……し、知らないようね……」
「あはは~、ゴメン」
「い、威圧を当てる対象を……ちゃんと、い、意図しなさいよ……」
「わ、分かった! 気をつけるよ」
森の中を先へと進むにつれ、どんどんと敵意の気が強くなっていく。しかし、今のところ魔獣が現われる気配は無い。
「エリア様のさっきの威圧、やっぱり強過ぎたんじゃ無いの? これじゃ、調査にならないわ」
「た、確かにね……」
まぁ、出てこられてバトルになっても困るんだけど。
もともと好戦的な魔獣ならいざ知らず、黒い魔石の影響で人を襲う様になっているなら、僕がやっつけてしまうのは違うと思う。
魔獣だって自然の一部だからね。
森の中は、もう真っ暗になってきた。魔力感知が無ければとっくに道迷いしているだろう。
それからまたしばらく歩いていると、何やらうめき声のような音が聞こえた。エイルが警戒するように耳に掴まる。
「何かいるわね」
「そうみたいだね」
でも、おかしいな? 魔力感知に引っかからない。何故だろう?
音のするほうに近づいていくと、大きな倒木のところに薄っすらと人影のようなものが見える。しかし、ここからでは何をやっているのか分からない。
もう少し近づいてみるしかなさそうだな。
気配を出さないように魔力を抑え、倒木の十メートルほど手前にある太い木の陰まで近寄った。そして、よーく目を凝らして見る。すると、何やらその人影は、倒木に身体を擦りつけて、「ハァハァ」と荒い息をしているように見える。
「何やってるんだろう?」
これだけ近づいても、暗さのせいか、まだその人影が、何をやっているのか分からない。
「仕方がない。もっと近づこうか」
エイルにそのまま木の陰で待つように言って、倒木のすぐ隣まで近づいた。すると、人影は、やはりその倒木に抱き着き、身体を擦り付けながら荒い息をしているようだ。声からすると怪我をして唸っているわけでも無さそうである。しかし、暗い森の中というのは視覚が殆ど効かず、すぐ目の前の人影がどんな存在なのか認識することができない。とは言え、その人影も、まだこちらには気が付いていないようだ。
何してんのかな?
こうなったら、本人に聞いた方が早そうだ。そして、威圧を解除し、目の前で黒く動くその人影に聞いた。
「何してるの?」
「ギャッ! ガルルルルーーーーっ!」
すると、その人影は変な声を上げると、咄嗟に地面を蹴って大きく後ろにジャンプし、こちらと距離を取って唸り声を上げた。
警戒されてる! そりゃそうか。とりあえず、辺りを明るくしよう。
そうして、右手の掌に光を作り、それを上空に移動させて四方を明るくした。すると、一瞬で周辺の状況を把握することができた。
どうやらここは、小さな広場のようになった場所だ。辺りは、草が生えておらず、約二十メートル四方の地面は、土が剥き出しになっていた。その広場を囲むように、苔の生えた大きな倒木が何本か横たわっており、野宿には丁度良さそうな場所だった。そして、目の前には、四肢を地面について身を低くした存在が、今にも飛びかかってきそうな気迫でこちらを睨んでいた。
なんだろう? 魔獣? じゃないっ!
何と、目の前の存在は、頭に、モフモフのピンと立った耳と、お尻には、ふさふさの尻尾が生えている。
嘘? 獣人! しかも、女の子!
どう見ても、幼い少女の獣人だ。その少女は、牙を剥き出しにし、唸りながら少しずつ左右に動き、飛びかかるタイミングを見計らっているようだ。
もしかしてっ、これが、獣人ってやつかっ!? 感動的!
異世界でやりたい事リスト上位五番以内にはランクインする、夢の存在との遭遇だ。
「き、君、じ、獣人、だ、だよね?」
興奮して、言葉が引っかかってしまった。すると、エイルが耳元にやってきて、早い口調で言った。
「獣人に、自分を弱く見せると襲ってくるわッ!」
「えっ、あっ、今の言い方、まずかったかな?」
「ちょっと、エリア様とちっちゃったから、まずかったかも……」
エイルも、少し焦っている。
「ガルルルルーーーーッ!」
獣人の少女は、唸り声を上げ続け、動きを止めた。そして、身体を沈み込ませ、お尻をぷるっと震わせると、後ろ足を引き寄せたっ!
「来るっ!」
ダメだ。仕方ないっ!
獣人少女が地面を蹴るっ! それと同時に放つっ!
「威圧ぅーーーーっ!」
気の塊が空気を振動させ、彼女の正面からその後方へと突き抜けたっ! しかし、獣人少女は、既に大きくジャンプしている。そして……。
……? あらら、そのまま地面に落ちちゃったよ。
「エヘヘヘ~〜〜」
「なっ!?」
彼女は、地面に落ちると、直ぐに自分の尻尾を抱き枕のようにして、ゴロゴロと転がりだした。しかも、その顔は、満足して悦に浸っているように、ニタニタと笑っている。
「な、何、してるんだ、一体?」
「変わった獣人ね?」
エイルも、先程までの緊張が消え、不思議なものを見るように獣人少女を観察している。しかし、いつまでも、こうしているわけにもいかないし、話しかけてみるか。
「ちょっと、そこの獣人の女の子。君、何してんの?」
獣人少女は、ハッとして我に返ると、サッとその場で正座をした。そして、頭を掻きながら作り笑いをした。
「ヘヘヘヘっ。ご、ごめんなさい。さっきの、気は、あ、あなた様なんですね。エヘヘヘ~」
彼女の姿を改めて見ると、やはり、まだ幼い少女のようだ。十歳そこそこくらいだろうか。
獣人少女は、ゆっくりと立ち上がり、手を前に組んで真っすぐに姿勢を正すと、自己紹介した。
「あ、あの……あたしは、山犬族のアム・ニタイと言います」
「そ、そうなんだ」
何だ、さっきはものすごい敵意で襲ってきそうだったのに、何だか、いい子そうだね。
彼女の髪の毛は、チャコールグレーで短くショートにしてあり、目は少し垂れ気味で瞳は黒い色をしていた。そして、彼女のスタイルは、白のキャミソールの上から、革製の長袖ショート丈ブラックジャケットを羽織り、ボトムは、革製の黒いショートパンツ姿で、足元は、長いストラップのサンダルを履いている。さらに、両腕には金属製の鉤爪ナックルをはめ込んだ灰色のグローブを装着していた。
そして、モフモフ耳と尻尾が、か、可愛い!
「僕たちも、驚かせてごめんね。獣人の人に合うのが初めてだったし、怖がらせちゃったね。それにしても、魔力感知にも引っかからなかったようだけど、ここで何してたの?」
彼女は冒険者だろうか? こんな危険な森に、少女一人で何していたんだろう。
「あたしは、神威の里からやってきました。神威の戦士です」
「神威の戦士? 神威って何だ?」
「あー、それは、私の里の名前です」
アムによると、神威とは山犬族の村の名前で、彼女は、神威の里から一人でこのイグニス山の異変を調べに来ていたようだ。
「この森の魔獣の異変は、あたしの里でも心配されています。あたしも良く分からないのですが、神威の里の近くで斑点病という森の病気が起きたんです。あたしは、その原因を調べるために、里長の命により各地の調査をする旅に出ました。そして、最初にこの森へとやって来たんですが……」
アムは、自分の気配を消しながら、森の中で魔獣を探していると、突然、圧倒的な強者の気を感じ、その気に身体が絆されてしまったと言った。
やっぱり、ちょっと変わった子だね。
この子の反応は置いておいて、森の病気の話は少し気になってしまった。それにしても、気配を消されると魔力感知が効かないようだ。魔力感知のやり方を考えないといけない。
アムは続けた。
「あたしは戦士なので、強い相手に会うと戦ってみたくなるんですが、でも、あなた様とは、戦いたいというよりも……」
彼女の尻尾がビュンビュンと大きく揺れる!
「あたしを、お、お供にしてもらえませんかっ!」
「お供だって?」
ーーーー
き、君、じ、獣人、だ、だよね?
AI生成画像
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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