073-4-22_魔獣襲撃事件
セシリカは、泣きはらした顔で、ハンカチを鼻に当てながら、ゆっくりと話し始めた。
「エ、エリア様、私の奴隷の記憶を……聞いてもらえますか?」
「大丈夫?」
「はい……」
セシリカは、そう言って、話し始めた。
彼女は、奴隷として買われていったその日から、毎晩、伯爵に呼び出されたようだ。そして、その度に、恐ろしさのあまり、全身の血液が止まるような感覚を覚えたと言った。セシリカは、隷属の魔法をかけられ言葉を出すことも出来ずに、身体の震えが止まる事は無かったらしい。その時彼女は、恐怖に怯える表情を見せていたに違いない。しかし、伯爵は、そのようなセシリカの反応にかえって愉悦し、執拗なまでに彼女に恐怖を植え付けた。セシリカは、繰り返される恐怖と苦痛により、いつしか、自分の身体が自分ではないような感覚に陥ってしまったと言う。
その後、彼女が、様々な症状を発症すると、倉庫のような部屋に押し込まれ、程なくして奴隷商に売りに出されたのだった。
セシリカは言った。
「奴隷商に売られた時、もう、あの恐怖から離れられると思って、少し、ホッとしたようなところもあったんですが、自分の身体を少し離れたところから見ているような感覚もあって、他人事のように感じていたのです……」
その後、セシリカは、ローズ男爵の屋敷に連れてこられ、忙しい日々を過ごす中で、何とか日常生活を送ることができるようになったようだ。
彼女は続けた。
「しかし、私はただ、恐怖の記憶に蓋をしていただけだったようです」
ラヒナは、そっとセシリカから身体を離し、彼女の顔を見上げた。セシリカは、ラヒナの髪の毛をかき上げて、彼女の涙の後を指で拭った。ラヒナは、心配そうにセシリカを見ている。すると、セシリカは、ラヒナに微笑みかけて言った。
「ラヒナ様、ご心配かけて、ごめんなさい」
そう言って、またラヒナを抱きしめた。そして、ラヒナも、セシリカの背中に腕を回して、彼女を抱っこした。重苦しい空気に満ちていた教会内は、セシリカの泣き叫ぶ声によって浄化されたかのように、いつの間にか、軽い空気に変わっていた。
セシリカは、ラヒナを膝の上に抱きながら、恥ずかしそうに言った。
「エ、エリア様……その……自分が、こんなに泣けるなんて……。やはり、エリア様は女神様なのですね? まるで、女神様に寄り添われていたようで、泣いていても、安心するような感覚がしていたんです」
するとラヒナが、鼻をすすりながら、言った。
「分かったでしょ? グスッ……セシリカも。グスッ……エリア様が、女神様だってこと……グスッ」
セシリカがラヒナの頭を撫でながら言った。
「はい、本当に女神様でした」
言い切っちゃったね。
セシリカが落ち着いたので、改めてローズ男爵領に起こった一連の出来事について、彼女の考えと僕の考えを擦り合わせることにした。彼女は、やはりアトラス派の仕業だと疑っている。
「第二王女様の件につきましては、状況からして、王宮騎士団のレックスが仕組んだものと考えます。それは、あのがけ崩れが、そもそも、奴の仕業ではないかと……」
セシリカによれば、王宮騎士団のレックスは、土魔法を操る魔法の杖を手にしているということだった。もちろん、そのことを確認できたのは、事件から随分経ってからだ。レックスが酒に酔った勢いで、屋敷の若いメイドに魔法の杖を自慢していたことがあったらしい。それに、セシリカは、がけ崩れの現場にも赴き、現地の状況を確認したとのことだ。すると、街道を塞いでいた土砂は、まるで地面から盛り上がったかのような状態だったらしい。しかも、現場付近の街道に面している斜面は勾配が緩く、崩れるというのは不自然だったとのことだ。セシリカの考えでは、レックスは、王宮から第一王子の病気を王妃に伝達する早馬が出ることも知っていて、計画を実行したのではないかということだ。彼ら王宮騎士団は、街道を馬車が通行できないように土砂で塞いだ上で、偶然を装いローズ男爵屋敷の第二王女一行に合流し、がけ崩れの情報を伝えた。その後、早馬で第一王子の病気を知った王妃が出立を急ぎたいと言うと、迂回路を通ることを提案し、護衛の補助を申し出た。そして、これらの計画は、全てアトラス派が背後で糸を引いている。これが、セシリカの推察だ。
セシリカが続けて言った。
「王宮は、アトラス派貴族たちに煽られ、王位の跡目争いが絶えないと旦那様はおっしゃっていました。恐らく、第一王子様や第二王女様のお命が、アトラス派によって狙われているのではないでしょうか?」
なるほどね。ただ、イリハもそうだったけど、命を狙うのであれば、もっと確実な方法があるはずだけど……。
もしかすれば、アトラス派の狙いは、王宮の弱体化なのかもしれない。あまり目だった動きになれば、レムリア派やレムリア神聖王国の干渉が強まり、そうなれば、争いが表面化してしまう。アトラス派の背後にあるアトラス共和国にとっては直接的な戦争よりも、クライナ王国が内紛状態になり、アトラス派貴族の後ろ盾を継続する方が望ましいだろう。
やっぱり、内紛が狙い? 考えすぎかな……。
いずれにしても、王宮の力が弱くなり、貴族たちの横暴が止められなくなっているようだ。
王国としては、末期状態だよね。
これは、本当にいつ内紛が起きてもおかしくない。彼女の推察は概ねが正しいと思う。ただし、話が大きくなりすぎて目標を見失わないようにしないといけない。
「それで、ライラさんの事なんだけど……」
そう言って話を振り出しに戻した。
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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