071-4-20_セシリカのトラウマ
第二王女の事件については、セシリカもかなり納得がいっていない様子だ。しかも、見計らったように小麦が不作となり、ローズ男爵は補償金を支払うことが出来なくなった。しかし、全てが仕組まれたことだと考えると、第一王子の病気もアトラス派が関わっているということになる。
う~ん、そこまですると内紛が起きるよね。
ところが、セシリカは、全てにおいてアトラス派の関与を疑っているようだ。
「旦那様はよくおっしゃっていました。アトラス共和国の干渉が段々とあからさまになってきているから、アトラス派は何をするか分からないと。ここまでくれば、第一王子様のご病気も、その黒い魔石が原因なんじゃないですか? もし、そうだとしたら、その出所は、人工魔石を製造しているアトラス共和国ということになりますよ。つまりアトラス派貴族の……うっ!」
そこまで話すと、セシリカが急にハンカチで口を押さえて蹲った! 吐き気があるようだ! するとラヒナが、長椅子の上に膝立ちとなり、セシリカの背中をさすり出した。
「大丈夫よ、セシリカ!」
しかし、次の瞬間、セシリカは自分の肩を抱いて震えだし床に膝をついて、ヒーヒーと声を出し始めた。
こ、これは、過呼吸っ!?
するとラヒナは、椅子から降りると、慌てずセシリカに声を掛けた。
「セシリカ、ゆっくり息を吐いて、ゆっくりよ。いーち、にーい、さーん……」
ラヒナの対処が早い。彼女は一生懸命セシリカの背中をさすっている。その様子を、何もできずに見ていると、いつの間にかホルトラスも心配そうに側によって来た。
しばらくすると、段々とセシリカが落ち着いてきた。
「ラヒナ?」
「やっと、落ち着きました」
「セシリカはどうなっちゃったの?」
「セシリカは、嫌な事を思い出すと、よくこうなっちゃうんです」
ラヒナは、セシリカの背中をさすりながらそう言った。
ラヒナに介抱され、セシリカは少しずつ呼吸のリズムを取り戻す。どうやら、彼女は、何かのトラウマを抱えているようだ。
心的外傷後ストレス障害。最近、よくテレビで話題になってたよね。もしかすると、セシリカはそれかもしれないね。
セシリカの様子を見ながら彼女のことを考えていると、ヴィースが話しかけてきた。
「エリア様、彼女に女神の祝福をされてはいかがですか? 女神の祝福は肉体だけではなく魂も強化いたします」
「魂の強化?」
そうか。魂が強くなると、トラウマと向き合うようになれるということか。
女神の祝福がセシリカの魂にその力を与えるなら、彼女がその記憶と向きあう後押しができるかもしれない。確か、アリサも心が軽くなったと言っていた気がする。セシリカにどこまで効果があるか分からないけれど、彼女にも、前に進めるようになってもらいたい。ただ、本人は今、いろいろな判断ができる状態ではないだろうから、ラヒナに相談してみるか。
「ラヒナ、ちょっといいかな? セシリカは大きなトラウマを抱えているようだけど、彼女の思い出とか聞いたことある?」
「いいえ、無いです」
そうなんだね。ラヒナは詳しく聞いたことがないのか。セシリカ本人が、そのことを口にできないのだから当然だ。それなら……。
「ラヒナ、今、ヴィースが言ったようにね、セシリカに女神の祝福をしようと思うんだけど、どうかな?」
「女神の祝福というのは、昨日、エリア様からいただいたキスのことですか? それなら……」
ラヒナは、ぜひセシリカにもキスをしてあげて欲しいと言った。それは……。
「女神様に、ギュってしてもらえると、セシリカも嬉しいと思います」
女神の祝福ってそうい感覚があるんだね。自分ではあまりよく分からないんだけど。それなら、セシリカにも効果があるかもしれない。
セシリカはずっと自分の肩を抱いて震えている。
辛いだろうね。セシリカ。
セシリカの頬にそっと両手を添えると、彼女は、一瞬、身体をピクッと引くつかせた。彼女の目は開いているのに何処も見ていないように焦点が合っていない。きっと、襲ってくる感覚から逃げようと必死になっているんだろう。ただ、僕の手の温もりを感じたからか、触っても拒否反応は示さなかった。
彼女の様子を見ながらゆっくりと唇を近づける。セシリカの虚ろな目を見ながら、そのまま、彼女の唇に唇を重ねた。
彼女に、女神の祝福を!
「チュッ!」
セシリカの目が一瞬大きく見開かれ、瞳孔が小さくなった。唇から唇へ、女神のエネルギーが流れていく。彼女の唇は、先程の治療魔術が効いている様で、しっとりとして柔らかく、瑞々しかった。
十秒ほどしてゆっくりと彼女から離れると、セシリカはその場に倒れこんで、眠ってしまった。
「このまましばらく、彼女を眠らせてあげよう」
そうして、ヴィースに彼女を司祭室のベッドへと運んでもらった。
ーーーー。
セシリカが目覚めるまでの間、ラヒナからローズ家のいろいろな話を聞いた。
ローズ男爵は、貴族であってもどちらかと言えば質素倹約を実践していたようで、そのため、ローズ家の屋敷に常駐していた使用人は、それほど多くは無かったらしい。ローズ男爵家の使用人の数は、執事が一人にメイドが六人。雑用をなんでもこなす男の使用人が一人。後は秘書のセシリカに庭師のホルトラスということだった。しかし、王都には、もう一つ屋敷があり、こちらにも使用人が数名いたそうだ。
ラヒナの両親はとても優しく、仲も良かったようだ。彼女は、姉のライラと少し年齢が離れていた分、両親の愛情を一身に受けて育ったのだろう。だからラヒナは、両親の無事を一生懸命女神像にお祈りしていたのだ。しかし、彼女は両親の話になっても涙を見せない。
ラヒナは、やっぱり我慢強い子だな。
そう思いながらラヒナの話を聞いていたが、話題がライラのことになった途端、ラヒナは、目にいっぱい涙をためながら、一生懸命に話し出した。
「ライラお姉様……は……グスッ、学園から戻られると、いつも、私を……グスッ、ギュってしてくれました。どうして王様は、お姉様まで……」
そう言ってラヒナは自分の肩をギュッと抱いた。ラヒナの話では、ライラは王都の王立魔法学園の寮に入っていたけれど、夏と冬の長期休暇には必ず帰り、屋敷にいる間中、ずっとラヒナと過ごしてくれたのだそうだ。ラヒナからすれば、ライラはとても清楚で美しく天使のような優しい姉で、きっと、王都の学園でも、みんなの人気物だったに違いないと言った。また、ライラは歌が上手で、耳の不自由だったラヒナにも、妖精の力を介してよく聞かせてくれたらしい。そして、ラヒナは胸の前でお祈りのように手を組み、その歌をハミングしてくれた。ラヒナが口ずさんだその歌はどことなく聞いたことがあるメロディで、懐かしい感じがした。ライラは、この歌は久しい昔の歌だと言っていたそうだ。
ラヒナは、お姉さんっ子なんだね。
そんなふうに話をしていると、午後三時頃ようやくセシリカが司祭室から現れた。三時間は眠れたようだ。きっと睡眠不足もあったのだろう。彼女は、頭がぼさぼさで、あくびをしながら現れたけれど、よく見るとスカートを履いていない。それを見たラヒナが真っ赤になって言った。
「ちょっと、セシリカ。恥ずかしいでしょ! みんないるのに!」
そう言ってセシリカを司祭室に押し戻して、ラヒナも一緒に入って行った。次に出てきたセシリカは、ちゃんとスカートを履き、一応、髪もさっきよりましになったようだ。
ラヒナは、口を尖らせて言った。
「セシリカってお父様やお母さまの前ではちゃんとするのに、寝ぼけるとだらしないんですよ。お屋敷にいるときにはね、夜、おトイレにいくときに下着のままだったりするんです」
彼女はそう言って、眉毛を寄せながらセシリカを見上げていた。セシリカは、恥ずかしそうにしゅんとして、ラヒナの横に立っている。
セシリカって、ラヒナの前では、逆に子どもみたいだね。
「ご心配おかけしました」
「もう大丈夫なの?」
「はい、スッキリと」
ラヒナは、水がめから水を汲んできて、セシリカに渡すと、セシリカはその水を一気に飲み、ハァー、と大きく息を吐いて、ラヒナに、「おいしいっ」と言って微笑んだ。そして、彼女は、空になったコップを手に持ちながらそれを見つめ、ポツリポツリと話し始めた。
「実は、私、以前は奴隷だったのです……」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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