066-4-15_ローズ男爵領(挿絵あり)
ローズ男爵領への出発の間際、アリサから荷物を手渡された。ダニーの作った弁当らしい。
「へぇ〜、ダニー、気が利くじゃないの」
「エリア様、くれぐれもご無理はなさらないでくさいね。それから、次は、私もお供させてください」
「ありがとう、アリサ。ぜひそうするよ」
そして、アリサに行ってきますと言って、ヴィースとともに、ホルトラスの家に転移した。今日もローズ男爵領はいい天気で、心地よい爽やかな風が吹いていた。ホルトラスとラヒナは、家の前で、丁度、畑作業を終えたところだった。
「こんにちわ、ホルトラスさん、ラヒナ」
そうやって声を掛けると、ホルトラスとラヒナが手を振った。そして、ホルトラスは、こちらに向かって歩きながら返事をした。
「エリア様、昨日は、ほんに、ありがとうございましたじゃ」
すると、ラヒナがホルトラスを追い越して、いきなり抱き着いてきた。
「エリア様っ! 良かった!」
ラヒナはほんの少し僕より背が低い。彼女が抱き着くと、小さい子ども特有の酸味のある香りが、彼女の髪から伝わった。ラヒナはしっかりと抱き着いている。
「ハハハ、どうしたの、ラヒナ?」
すると、ラヒナは、恥ずかしそうに言った。
「だって……昨日は幸せ過ぎたから長続きするか不安で……。もう、エリア様にお会いできないんじゃないかと心配になってしまって……」
愛い奴よ。
「なんだ、そんな心配してたの? 大丈夫だよ。それに、ラヒナの本当の幸せはこれからなんだからね」
そう言うと、ラヒナは、濁りがない綺麗な瞳をキラキラさせて、安心するように僕を見た。本当に、この子の幸せはこれからだ。そのためにも、絶対、ローズ家事件の真相を解明しないと。
「ホルトラスさん、ちょっと相談したいことがあるんだけど?」
「はい、ワシにできることなら何でもお手伝いいたしますじゃ」
そう言って、ホルトラスは、備中ぐわを左手に持ち、胸に右手をトントンと当てた。
「それなら、早速なんだけど……」
ホルトラスに、ローズ家事件に詳しく信用のおける人を誰か紹介して欲しいと言った。もちろん、ライラを救出することが第一の目的だ。
「それなら、セシリカ様しかおらんですじゃ……」
彼曰く、セシリカという人物は、ローズ男爵の秘書で、ローズ男爵家の帳簿を預かっていた会計責任者であるらしい。そして、その人物は、今も、男爵領の管理を行っている王宮騎士団との調整役として、男爵の屋敷で執務をしているようだ。
「丁度良いですじゃ。今から教会に寄った後、セシリカ様に用があって、お屋敷まで行こうとしておったところですじゃ」
彼はそう言って、手に持っていたクワを家の中に置きに戻った。隣で話を聞いていたラヒナも、慌てて手を洗ってくると言って、家の裏の井戸へと向かった。
ホルトラスは、教会への道すがら、午前中の出来事を話してくれた。それによると、ほんの先程、近くの村長がやってきて、今日の夕刻、今年の種まきのため、緊急に寄合をすることになったので、領内の農民たちへ連絡を頼むと言ってきたそうだ。そして、寄合にはいつもセシリカが同席している事から、寄合の予定をセシリカに伝えるために、屋敷にも行くらしい。ホルトラスは、セシリカには、少し早めに来てもらうように言っておくと言ってくれた。
セシリカという人物が、どんな人物かは知らないけれど、ローズ家の会計責任者をしていたのなら信用が置けそうだ。ボズウィック男爵が言っていた資金調達に奔走している使用人というのは、恐らく、セシリカの事じゃないだろうか。それなら、その人物は、主人を見限る事なく苦労を厭わずに、ローズ男爵家再興のためずっと尽力している人物ということになる。
その人なら、事件の話を聞けそうだな。
教会は、ホルトラスの家から、ものの五分のところにある。教会に着いて村の方を振り返ると、そこからは素晴らしい光景が広がっていた!
「ほぉ〜〜〜、綺麗な景色だね」
思わず言葉が出てしまう。
教会がある場所は、小高い丘になっているため、そこからは、緩やかな傾斜とともに広大な畑を、遠くまで見晴らすことができる。畑は、淡く霞がかかっており幻想的な景色が広がっていた。
「美術館で見たことある油絵みたいだな」
何処までも続く畑の中には、白壁の建物がぽつりぽつりと建っており、それぞれの三角屋根から突き出る四角い煙突からは、白い煙が上がっている。深呼吸をしてみると、鼻から入る空気には、土の匂いと、微かに煙の匂いが感じられた。茶色い大地とそこに根ざす農民の息遣いを肌で感じる。
「キャンバスに書き留めたい気分だな、なんちゃって」
「エリア様、絵を描くの?」
ラヒナがニコニコしながら尋ねる。
「描けない描けない、言ってみただけ」
「私なら、エリア様をモデルにして描いてみたいですね」
「ラヒナは絵が得意なの?」
「はい!」
「へぇ〜、そうなんだ」
そして、畑の方向とは反対側となる教会の背後には、ローズ男爵の白い大きな屋敷が建っていた。屋敷は、教会の場所より少し低い位置だけど、その背後は深い森に続いており、さらに遥か奥には雄大な山容を望むことができる。
「こっちの景色も凄いね。それにしても、あの山、とても堂々としてるよね」
「あれがイグニス山、村の守り神ですじゃ」
ホルトラスが指差した方向には、どっしりとした長大な尾根の向こうに、黒い頂が天を突くようにして聳えていた。
「……あそこに蛇神様の神池がありますのじゃ」
「へぇ〜」
山頂を眺めていた視線を、再び麓に引き戻す。イグニス山の裾野は広大で、ローズ男爵領は、その山麓から、さらに地平線の先まで広がる田園地帯だった。
「美しいところだね」
景色に見とれていると、ホルトラスが教会に入っていき、旗を持ち出してきた。
そう言えば、寄合の連絡はどうやってするんだろう? 寄合があるのは今日の夕刻だと言っていたけど……。
ホルトラスは、教会の外にある掲揚柱に、持ってきた旗を取り付けて掲揚した。
「エリア様、教会からこうして寄合の合図を出しますじゃ。そして、教会の鐘、三つを三回鳴らしますじゃ。すると、寄合の合図じゃ。寄合の時間は夕刻と決まっておりましてな、夕刻にはみなここに集まってきよりますじゃ……」
そう言ってホルトラスは、教会の鐘、三つを三回鳴らした。すると、しばらくして、あちこちから鐘が鳴りだした。ホルトラスによると、どの村も物見櫓を持っており、教会の鐘が鳴ると望遠鏡で旗を確認することになっているらしい。そして、それぞれの櫓で教会と同じ旗を掲げ、鐘を鳴らすと、教会が見えない村まで伝わり、領地の隅々まで情報が行き渡るという仕組みとなっているそうだ。また、教会や物見櫓では旗を掲げるだけでなく、旗を振る動作によって様々な情報伝達を行うらしい。これが、ローズ男爵領の望遠鏡による通信手段なのだった。ホルトラスの話では、ローズ男爵は情報伝達手段の向上に力を注いでいたということだ。特に、王都の小麦相場をいち早く知るために、旗振り通信を積極的に行っていたらしい。相場を早く知れば、有利な値段で小麦を販売できるからだ。それが農村間の情報伝達にも取り入れられていたようだ。
なるほど、これが連絡方法なのか。鐘の音が辺りに響いて壮観だな。
村々の鐘の音は、景色の中に溶け込むように響き渡っていった……。
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ローズ男爵領の畑
AI生成画像
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