051-3-16_イリハの魔法適性
その魔獣をよく見ると、ライオンのような顔に、象の足が六本、蛇のような尻尾にトゲのある甲羅という姿をしている。ヴィースが言っていたタラスコスの特徴そのままだ。
「てっきり、カメだと思ったよ」
それにしても大きい。体長は胴体だけで十メートル以上ありそうだ。男爵は腕を組んで、「ほぉお〜」と感心した。
「こんな魔獣が現れた話なんて、聞いたことがないが?」
珍しそうに見ている男爵に、ヴィースが言った。
「タラスコスは夜行性で夜にしか姿を現さん。それも、満月の夜に、湖の中ほどにある島に呼吸と甲羅干しをするため、ほんの数時間現れるだけだ……」
ヴィースによると、タラスコスは、本来、おとなしい魔獣だということだ。
おとなしい? さっきの様子だとおとなしいなんて想像できないけど。
三人でタラスコスの身体を見て回っていると、突然、タラスコスの喉が鳴り始めた。
「ゴボッ! ゴボゴボゴボッ! オエェッ、オエェーッ! ゲップ!」
男爵は、慌ててヴィースの背後に回り込み、身を小さくして隠れた。タラスコスは、何かを吐き出したようだ。強烈に臭い! 何かの腐ったような匂いがする。鼻をつまみながら見ると、タラスコスは、消化途上の大量の魚貝を砂浜にぶちまけていた。
「匂いの元はこれか?」
しかし、吐しゃ物に混じって、あれも大量にあった。ヴィースが、それの一つを拾い上げる。
「エリア様、これを」
ヴィースがつまんで見せた物は、六角柱の黒い石だ。ほんの少し色が薄い気がするけれど、間違いなくあの石だ。彼が持っている石を、男爵も、興味深く眺めた。
「コイツは、魚や貝と一緒にこれを食ってしまっていたのか?」
男爵の質問ともつかない独り言に、ヴィースが答えるように言った。
「普段、タラスコスは周囲の魔力を吸収するだけで、動きが鈍いが、春から秋は、湖底近くの魚や貝を餌にして活動を活発にすることがある。恐らく、砂と一緒にこの石を呑み込んだのだろう」
ヴィースは、タラスコスの生態についても良く知っているようだ。その時、突然、タラスコスが、「グーーーッ、ガゥッ!」と、力なく声を出した。
おぉっ! タラスコスが目を覚ましたね。
タラスコスが首をほんの少し動かすと、男爵は、またヴィースの背中に隠れた。
「ん? 何だろう?」
タラスコスの言っていることが何となく分かるかも。
タラスコスの声を聞いて、念話ではないけれど、タラスコスと意思疎通ができると感じた。ヴィースを見ると、ヴィースも僕を見ている。そして、ヴィースがタラスコスを見ながら、「タラスコスは我に返ったようです」と言った。どうやらヴィースの言った通りだ。
でも、魔獣とも意思疎通ができるなんて驚きだね。
ヴィースに念話で聞くと、魔獣は長年生き続けると自我を持つことがあるとのことだ。
なるほど。このタラスコスは自我を持っているらしい。それなら好都合だ!
タラスコスに向かって、魔力に意図を乗せ流してみた。彼に、異常な行動をした理由を聞いてみたのだ。すると、タラスコスがまた声を出した。
「ガウッ! ガウッ! グワッ!」
なになに? ふむふむ、そうか。
どうやら、タラスコスは腹が痛くなり、無我夢中で陸に上がろうとしたらしい。しかし、浜に上がると、目の前に剣を持った人間がいて、パニックになり攻撃をしてしまったとのこと。
模擬線の最中だったからね。
「でも、あの時、口から何か出そうとしていただろっ! 毒息でも出そうとしたんじゃないのか?」
タラスコスにそう言うとと、「ガウッ!」(申し訳ない)と言った。
「いきなり毒攻撃なんて、とんでもない奴だなっ!」
もし、一瞬でも毒息なんて出していたら、タラスコスは、ヴィースに殺されていたに違いない。
「命拾いしたんだぞっ! お前!」
タラスコスに説教をしておいた。しかし、原因は人間の投棄した異物だろうから、謝らないといけないのはこちらの方かもしれない。タラスコスは、うな垂れながら、重そうな図体を起こし、湖に帰ろうとしている。湖の方を向いて動きかけたタラスコスに、後ろから声をかけた。
「タラスコス、ちょっと待ってくれ、頼みがあるんだよ」
そう言ってタラスコスを引き止めた。こんな絶好の機会もない。折角だし、あれをやってもらおう。
イリハの魔法適性検査だ!
急遽、男爵に事情を説明した。男爵にすれば突然の話で困惑するかもしれない。すると、男爵は腕組みして考えた後、少し眉根を寄せて言った。
「お前たちがいれば危険はなさそうだが、どうするのだ?」
すると、ヴィースが男爵に向かって説明した。
「タラスコスにイリハの尻の匂いを嗅がせるのだ。そうすると背中のトゲが反応して光る。その光で魔法適性を判断する」
「何だと?」
男爵の顔が真っ赤になってきた。興奮しているようだ。
「ぬぬぬっ、ば、馬鹿を申せ! イリハは七歳と言えどレディだぞっ! そんな破廉恥なことをさせられるかっ!」
「でも男爵様、イリハの決意は固いんだけど。しないと言うなら、ちゃんとイリハに説明してよね。勝手に決めると、イリハに、なんて言われるか知らないよ!」
「ムムムッ、よ、よし、分かった。そ、それならローラとイリハに相談してくる!」
男爵は、渋々ながらそう言った。
よっぽど、イリハに嫌われるのが怖いんだね。
男爵は、日よけテントまで戻り、そこでイリハやローラ夫人と話したようだ。そして、イリハとともに、トボトボとこちらに戻ってきた。ローラ夫人は、こちらに向かって手を振っている。
イリハがヴィースの腕に掴まり、腰を引きながら、言った。
「エリア、この大きなカメがタラスコスだったのね」
しかし、イリハの目はランランに輝いている。一方、男爵はと言うと、肩を落とし、トホホな感じだ。
説得できなかった男爵が悪いんだよ。
「そうなんだ、イリハ。やってみる?」
「もちろんよっ! でもちょっと怖いから、エリアとヴィースは近くにいてね。お父様は、お母様のところで待ってて!」
イリハは、ヴィースには優しく、男爵にはちょっと厳しい。
親父は辛いね。でも流石にイリハだって、男親の前では嫌でしょ。
男爵は肩を落としたまま、「イリハに傷をつけるなよっ!」と捨て台詞を吐いて、背中を丸めながらローラ夫人のところに戻って行った。
「はいはい」
そして、タラスコスに湖で顔を洗わせ、準備を整えた。
「イリハ、準備はいい?」
イリハは緊張しているようだ。
「う、うん、大丈夫よ」
「じゃ、後ろを向いて。始めるよ」
そう言って、イリハをタラスコスの顔の前に後ろ向きに配置させた。僕は、イリハの手を握りタラスコスに向いて立っている。ヴィースは、タラスコスのトゲが良く見える位置で待機だ。
「じゃ、タラスコス、頼む」
そう言うと、タラスコスが長い首を器用に動かし、イリハのお尻に鼻先を付けた。
「ガウッ! ガウッ!」
タラスコスが何かを言って、イリハのお尻をつついた。
「キャッ!」
イリハが驚いて僕に抱きついてきた。タラスコスが僕に言ったことをイリハに伝える。
「イリハ……」
「な、何? 私、ダメだったの?」
イリハが結果を心配して言った。しかし、タラスコスが言ったことはそんなことではない。
「タラスコスはね『匂いが分からないから、もうちょっと、お尻を突き出せ』と言ったんだ」
「え~~~っ! 嘘でしょ?」
イリハが泣きそうな顔になっている。しかし、イリハは恐る恐る後ろに振り向き、膝に手をついて腰を曲げ、お尻を突き出した。
「こ、これでいいの?」
しかし……。
「ガウッ!」
「今度は何なのよっ!」
イリハの顔が悲壮な感じになってきた。しかも逆切れしそうだ。
「えーとね、『そのひらひらしたものが邪魔だ』と言ってるよ」
イリハは膝上丈の白いプリーツスカートを履いている。
「ちょっと、どうしろって言うの?」
「スカートを捲り上げないとダメなようだね」
これは女の子にきつかったかな?
イリハの顔が真っ赤になっている。砂浜の向こうではみんなが注目していた。ヴィースは腕組してイリハの様子を見ている。彼女は、みんなに注目されて恥ずかしそうだ。しかし、イリハは直ぐに決心し、タラスコスにお尻を向けて言った。
「わ、分かったわ。こうすればいいんでしょっ!」
そう言って、イリハが、また、腰を曲げスカートを捲り上げてお尻を突き出した。タラスコスとヴィースから見ると、イリハの下着が丸見えになっているはずだ。イリハは、殆ど逆切れ状態で言った。
「早くしなさいよっ、タラスコスっ! 私はレディなのよ。レディにいつまでもこんな恥ずかしい恰好させるもんじゃないんだからねっ! ヴィースはあっち向いてっ! 絶対こっち見ちゃダメよっ!」
「グワッ!」
タラスコスが声を出し、そして、イリハのお尻に鼻先を押しつけ、グググーッと音を出しながら息を吸った。イリハは左手で、捲り上げたスカートの後ろを掴み、右手で前を押さえながら、足を内また気味に閉じて下を向き、目をギュッと閉じている。
今度は、タラスコスがブゥゥーッと息を吐いた。
どうだ!? タラスコスのトゲは……。
すると、タラスコスの甲羅にある灰色のトゲが、一旦、乳白色に変化した。そして……。
おっ!
「見て見てイリハっ! 色が変わったよ! イリハは魔法適性があったよ」
イリハにそう言うと、イリハはスカートを整えて振り返った。
「えっ! 本当?」
そして、ヴィースのところまで行って色を確認した。
「緑色だ!? エリアっ、ヴィースっ! これ、魔法適性があるってことよね、ヤッターっ!」
イリハが大はしゃぎだ。
そして、彼女は、ヴィースに、「ねえねえ、ヴィース、緑って何の適性なの?」と聞いた。
「色が濃い緑だ。恐らく樹木属性だろう。お前はよくやった」
そう言って、ヴィースはイリハを労った。
なんだ、ヴィース、イリハに優しいじゃないか。
イリハはヴィースの言葉にとても興奮している。
「ほんとう? 樹木かぁ。楽しみだな、早く精霊様を見つけなきゃ! それにしてもヴィース! 私の下着、見てないわよね? まぁいいわっ、ちょっとなら。今、優しかったから」
ヴィースだったらいいんだ?
イリハは、スカートの上から両手でお尻を押さえた後、ヴィースに笑顔を向けた。そして、両親に向かって手を振りながら、日よけテントの方へと走って行った。ヴィースは腕組みし、フンッと鼻を鳴らして澄ましている。
イリハもヴィースに優しいね。
それにしても、イリハに魔法適性があって、ホント良かったよ。イリハにとっては、レイナードの存在が大きいようだから、兄貴と比較してかなり自分を追いつめていたようだし、両親のレイナードに対する期待も大きいから余計だろうね。
「ガウッ!」
タラスコスが声を出した。
「ゴメン、ゴメン、タラスコス。ありがとう、助かったよ」
すると、「ガウ、ガウ」と言って、タラスコスは湖に入って行った。
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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