050-3-15_模擬戦(挿絵あり)
今日は、朝食の後、ヴィースの試験が行われる予定だ。ヴィースは人間型に変身しているけれど、本当は水竜ヴィシャップなのだ。彼は、あらゆる水魔法と毒攻撃を得意とし、また、大剣、破山剣を所有していることから、戦闘力も相当なものだと思う。男爵の話では、竜種がその気になれば町一つ壊滅することくらいは造作もないらしい。
竜種の話は、歴史書に載るくらい珍しい事なんだよね。
さらに、ヴィースの血は、一たび剣に塗りこめば、その剣は毒効果が付与され、かすり傷でも致死となる恐ろしい猛毒だそうだ。しかし、そんなことが知れたら、ヴィースの血を求める人間から、逆に狙われるんじゃないの? と考えたこともあったけれど、危険を冒してまでヴィースに挑むより、他の毒を探す方が現実的だろうから、心配はいらない。どっちにしても、ヴィースの能力は、人間が対処できるレベルではないと思う。
今のところ、ヴィースが水竜であることを知っているのは、僕以外に男爵と執事のモートン。そして、メイドのアリサと使用人が数名。ヴィースが何者か知らない屋敷の他の使用人たちが、用心棒ヴィースを信頼できるよう、警備長相手に形だけの試験をすると男爵が言った。
さらに、男爵からは、くれぐれも警備長に怪我をさせないようにと言われている。それなら模擬戦をしなくても、魔法を見せるとかで、ヴィースの実力が分かりそうなもんだけど。しかし、そのあたりは、警備長も腕前に自身があるだろうし、男爵なりの配慮なのかもしれない。なにせ、模擬戦とは言え、竜種と剣を交える機会なんて、普通は一生無いだろうから。
後ろで、僕の髪を整えてくれているアリサに警備長のことを聞いてみると、警備長は、元王宮騎士団員だったと教えてくれた。
そうなのか、だったら、ある程度は相手になるんじゃないの? ヴィースの試験が楽しみになってきたね。
アリサが、僕のホワイトプリムを整えて、ようやく身支度が完了した。
「今日は、一段とお可愛いですっ!」
アリサはそう言って、いつものように肩越しから頬にキスをしてくれた。今日のいで立ちは、なんと、メイド風の恰好をしている。これは、僕の方からアリサにリクエストしたのだった。なぜなら今日は、ヴィースとローズ男爵領に現地調査に向かう予定なのだ。現地では、隷属の首輪に見える僕のチョーカーが目についても問題ないように、ヴィースの奴隷メイドとして振舞おうという訳だ。しかし、アリサがチョイスしたメイド服は、明らかに、メイドが実際に着る服ではなく、フリルが沢山着いている全くのお嬢様仕様だ。一応、色目は黒で白いエプロンもセットになっている。これで、なんとかメイドだという事は分かるだろうけど。みんなが着ているものでいいって言っても、アリサがダメって言う。あまり特別だと、カモフラージュ効果が無くなるんだけど。
まぁ、僕が、憧れていたメイドのコスプレに近いイメージで可愛いし、これはこれでありだね。
どちらにしても、ヴィースは不器用だから、主人の真似事何てできっこないのだ。だから、傍目からそう見えるだけでオッケーである。
「うん、いいね。イメージ通りだよ。これなら目立たないかな」
そういうとアリサが言った。
「完璧です。いいえ、可愛い過ぎて、逆に目立っていますでしょうか?」
「だよね」
アリサは満足そうに、にっこりと笑った。
女の子って楽しいっ!
いつものように長い朝食が終わり、お昼の休憩を挟んで、ヴィースの試験を行う時間となった。場所は、館から歩いて五分のレピ湖畔の砂浜。三日前にイリハとピクニックに来た場所だ。秋晴れの快晴。絶好の行楽日和。風も殆どないため、対岸の美しい黄葉の景色が湖面に逆さになって綺麗に写し出されている。カメラでもあれば、カレンダーの写真になりそうだ。
湖面の静けさとは反対に、こちらの湖畔はまるでお祭り騒ぎとなっている。模擬戦の立会人は、男爵ご家族ご一行様と使用人多数。そして、周辺警備も相当数が配置されている。男爵家上げての模擬戦観戦となった。僕もイリハの横に座った。模擬戦の審判は執事のモートンだ。彼はオールマイティになんでもこなす。
モートンは何をやっていた人物なんだろう?
そんなことをボヤっと考えていると、男爵が警備長について話してくれた。
「エリア、ヴィースの強さがどれほどのものか楽しみだな。しかし、うちの警備長もなかなか強いぞ。ヴィースも苦戦するのではないか……」
男爵によると、警備長のティグリースは元王宮騎士団員で、本部の副隊長をしていた男だという。クライナ王国の王宮騎士団は、王国の歴史そのもので、かつては軍隊組織だったそうだ。しかし、王国が周辺の領主を取り込んで大きくなるにつれて、王国全土から徴兵される軍隊とは一線を画し、王宮警護と王宮直轄地の治安管理組織として、精鋭が集まる、クライナ王国最強の武装集団に変貌してきたらしい。ただし、組織の大きさとしてはクライナ軍に遠く及ばないと男爵は言った。
「へぇ、それなら、相当強そうだね」
そして、男爵は、自慢げに言った。
「ティグリースはな、王宮騎士団に受け継がれているクライナ流剣術の使い手だ。彼が本気を出せば、湖の魔獣どもも恐れをなすんじゃないか。ハッハッハッ!」
何だよ、怪我をさせるな、とか言っといて、なんだか自信がありそうだね。
模擬戦は、木剣で対戦する。勝敗はどちらかの降参か、戦闘不能状態でけりをつけるそうだ。ヴィースにも、一応は、怪我をさせないようにと言ってあるけれど、戦闘不能にさせるんだったら、多少は怪我もありだ。そのときは、僕が回復させればいいしね。
両者が、湖の手前十メートルあたりで向かい合っている。執事のモートンが右手を高らかに上げた。いよいよ模擬戦開始だ。両者の距離は五メートル。ティグリースは両手で剣を握り、中段に構えた。一方、ヴィースは……。
「ん? あいつ、構えないのか?」
ヴィースは右手で剣を持ち、立ったまま、剣をだらりと下げているだけだ。モートンが号令を発し、右手を振り下ろした!
「始めっ!」
ティグリースは、剣を下段に構えなおし、じりじりと間合いを詰めようとしている。しかし、ヴィースは相変わらず直立不動のままだ。
ティグリースが踏み込むぞっ!
「あっ、何だあれ?」
対戦する二人の、その向こうの湖面が、突然、盛り上がった! そして、大波が寄せた瞬間に、盛り上がった水面から巨大な魔獣が現れたっ!
「なんだあの巨大なカメは、早いぞっ!」
二人が危ないっ!
会場が騒然となった! しかし、既に、ティグリースは低い姿勢で地面を蹴り、下段からの剣をヴィースに叩きこもうと迫っている! それと同時に、巨大カメが二人の頭上から、切株のような大足を振り下ろしたっ!
「危ないっ! 逃げろっ!」
誰かが叫んだっ!
しかしヴィースは落ち着いている。彼は直立不動の姿勢のまま、左掌を魔獣に向けると同時に、右手の剣を下から上に軽く振り上げた。すると次の瞬間、風霧音が聞こえ、それと殆ど同時と言ってもいいくらいのタイミングで爆発音が湖畔に響き、巨大カメが仰向けにひっくり返った! 周囲の者は、その場に立ち尽くしている。しかし、巨大カメは器用にも直ぐに起き上がり、太い足を踏ん張って首を長く伸ばし、今度はこちらに大口を開けた。
「うわっ、グロテスクな口だな!」
「キャァァァーーーーッ!」
異様な光景に、誰かが悲鳴を上げた! ヴィースは巨大カメに向き直り、木剣を両手に持ちかえるとそれを上段に構え、そのまま腰を落とし、思い切り振り下ろしたっ!
金属音っ!? 違うかっ!
その瞬間、さっきよりも高音の風霧音が鳴ると同時に、巨大カメの首に大きな衝撃が命中した。そして、大音響とともに、魔獣の首が、くの字に折れ曲がったっ!
「やったかっ!?」
一瞬の間、静寂が湖畔を支配する。
しかし、巨大カメは、巨体を支えていた足が崩れると、大きな音を立てて地面を振動させ、その腹底を地面に落した。どうやら、巨大カメは、ヴィースの一撃で気絶したようだ。すべては、あっという間の出来事だった。
ヴィースは、斬撃に魔力を込めていたね。
一瞬、空間が切断されたように見えた。凄い技だ!
みんな巨大カメにばかり注意を向けていたけれど、よく見ると、ティグリースも吹き飛ばされて倒れていた。男爵がようやく我に返り、「モートンっ!」と大声で言った。すると、モートンは慌てて最初の位置に戻り、右手をヴィースに差し向けて宣言した。
「勝者、ヴィース!」
周囲から、「オ〜」と、どよめく声が聞こる。使用人の中には、腰を抜かしている者もいたが、モートンの宣言で一気にその場の空気が整った。二人の男性使用人が、担架をもってティグリースに駆け寄り、彼を日よけテントに運んだ。
男爵が言った。
「いやぁ、なかなかの迫力だな」
「ホントだね」
僕の左手には、イリハが、ガシッとしがみついていた。それでも、彼女は、目をしっかり開いて、模擬戦を観戦していたようだ。
これは、とても見応えのある模擬戦だったよ。
巨大なカメが出てきた時には、僕が対処しないといけないかなと思ったけど、ヴィースが僕に念話してきたんだよね、「問題ありません」って。そういやヴィースは念話できるんだったよ。それにしても、ティグリースも結構強いんじゃないのかな、人間の中では。良くやったよね二人とも。
ヴィースは、別々に迫る敵を同時に相手して対処した。ティグリースへの対処は、右手でだらりと下げていた剣を、下から上に振り上げただけだ。あれも斬撃を飛ばす技だった。
軽く木剣を振り上げるだけで、斬撃が飛ばせるのか。ほんの少し魔力を纏わせていたようだけど。
そして、巨大カメへの対処だけれど、始めに左掌から放ったのは小さな水蒸気爆発だったと思う。その衝撃で、巨大カメはひっくり返った。その次の攻撃は、これも、木剣によって斬撃を飛ばす技だった。しかし、ティグリースに放ったものとは桁違いの威力だったようだ。真剣だったら巨大カメの首は切り離されてたんじゃないのと思う。それにしてもあの巨大カメは何だったんだ……?
男爵が、使用人たちに巨大カメには近寄らないように言って、男爵と僕、それにヴィースだけが巨大カメの顔の前に集まった。
男爵がヴィースに聞いた。
「こいつは何だ?」
すると、ヴィースが答えた。
「こいつはタラスコスという魔獣だ」
「こいつが?」
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AI生成画像
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