045-3-10_謎の黒い石
モートンは使用人たちに指示を出し、メイド達がローラ夫人とイリハを別の部屋に連れて行くと、その他の使用人も一旦部屋を出て行った。談話室には、男爵とモートン、僕とヴィースの四人が残った。男爵は、大きなため息を一つ吐いて話し始めた。
「エリア、首長竜とて、滅多に見ることがない存在だ。もし近くに現れたなら、王宮騎士団に即刻通報して付近を立ち入り禁止とし、警戒すべき事件となる。ヴィースが首長竜だとしても驚愕の事実だぞ。もう一度聞くが、ヴィースは首長竜なのだな?」
男爵は肘をテーブルにつき、組んだ手で顎を支え、目を閉じたまま言った。祈るような姿勢にも見える。これは、もう正直に話すしかない。
「ごめんない。水竜でした」
男爵が黙ってしまった。そして、しばらくすると肩が揺れ出した。
「フッフッフッフッ、ハッハッハッハッ、ワァーッハッハッハッ……」
僕も一緒に笑う。
「ワァーッハッハッハッ 、ワァーッハッハッハッ 、ワァーッハッハッハッ……」
しばらく二人で笑ったが、笑いつかれて、お互い笑うのをやめた。そして、一瞬、間を置き、男爵が真面目な顔つきになって話し始めた。
「もう、ヴィースの詳細は聞くまい。それより、この黒い石だが、どこで見たかを思い出した。アルバスの屋敷だ。見つけたのはイリハの部屋で、あの子のベッドの下に二十本ほど落ちていたらしい。この石を見ていると何故だか気が滅入るのでな、即刻処分させたのを思い出した。あれはもう三年ほど前のことだ……」
そんなことがあったんだ!
男爵によると、アルバスというのは、ボズウィック男爵家の本拠地がある町の名前だそうだ。
「それなら、イリハが病気になったのはいつからなの?」
男爵が厳しい表情で答えた。
「労咳と診断を受けたのは今年の春先だ。しかし、イリハはその前からよく熱を出して寝込むことが多かった子でな。言われてみれば、あの石を見つけてからかもしれん」
この石は、何らかの良くない作用を周囲に及ぼしているようだ。男爵もイリハの病気とこの石が関係あると疑っている。
男爵はしばらく黙考してから言った。
「エリア、よく聞いてほしい。もし、イリハの病気がこの石のせいであるならば、誰かが意図的にそうしたことになる。目的は、イリハの命なのか、ワシに対するものなのかは分からんが、いづれにしてもこれは、今、この国で繰り広げられている貴族の派閥争いに関係するものであろう。レピ湖の件にしても関連があるかもしれん」
「派閥争い? どういうこと?」
何だろう? かなり陰謀めいた話だな。
「実はな……」
男爵が、貴族の派閥争いについて、詳しく説明を始めた。
「この世界は二つの大国が牽引しておる。レムリア神聖王国とアトラス共和国だ……」
男爵の話では、派閥争いの背景に、世界の二大大国が、魔力の活用と周辺諸国との関係において、相反したイデオロギーを持っている事に原因があるという事だった。
男爵は続けた。
「レムリア神聖王国という国は、魔力の活用を、古来から受け継がれている魔法を駆使することにより利用しようと説いておる。しかし、元来、魔法を使える者は少ないのだ。そうすると、どうしても、有能な魔法使いは大国に集中することになるのでな、周辺諸国との格差が生じておる……」
レムリア神聖王国? レムリアさんと同じ名前だ……。
男爵はさらに話を続けた。
「一方で、アトラス共和国という国は、独自の魔石技術を開発しておる。それは、魔力を汎用的に活用しようというものだ。ただし、魔石の製造技術はアトラス共和国が独占しておるので、周辺諸国は、アトラス共和国から高い魔石を買わされておるのだ……」
あ、魔石技術! なるほど、奴隷商の奴らが使っていた魔法は、アトラス共和国っていう国の技術なんだ!
そして、国力が大国に次いで中堅規模であるこのクライナ王国は、今のところ、どちらのイデオロギーにも偏らず、中立の立場であるとのことだった。しかし、大国は、この国の有力な貴族を通じて、王国の内政に干渉しようとしているらしい。
男爵は、一度目を閉じると、大きく息を吐き、鋭い目つきになって言った。
「クライナ王国は、大国の対立を国内で体現している状況なのだ。この国の貴族は、レムリア派とアトラス派に分かれており、足の引っ張り合いをしておる。もちろん、王宮はあくまで中立であるが、貴族達は、対立する派閥の貴族を追い落とそうと躍起になっていてな。そして、このボズウィック家だが、どちらにも肩入れしておるわけではないのだが、我が男爵家は代々、セレス教を信仰しておることから、レムリア派と見られておるようだ」
なるほど。それなら、イリハの命を狙ったのはアトラス派貴族の可能性が高いわけか。でも、イリハの命が狙いなら、こんな悠長な方法より、もっと直接的な方法を選ぶように思うけど。何か他の目的があるのかも。
「イリハのベッド以外の場所も調べたんだよね?」
男爵にそう聞いてみた。すると、男爵は、「もちろん調べた。しかし、その時は何も出なかったと記憶しておる」と言った。
そうなんだ。それならやっぱりイリハの命が狙いだったのかな?
それとも、男爵家の人間なら誰でも良かったとか。でも今は、考えても答えが出ない。
男爵が言った。
「それ以来、あのような石は見ておらんが、念のためアルバスにも注意するよう促しておこう。イリハの回復を手紙で伝えてあるので、今日か明日にはその返事が来るだろうから、何かあれば、その手紙で知らせてくるだろう」
そして、男爵は、心配症の父親の顔になって言った。
「すまんが、エリア、イリハにはまだこの話を言わんでもらえないか。あの子が怯えるかもしれん。できれば、あの子のことを目に掛けてやってほしい。その代わり、アリサをエリアの専任とさせよう」
「そうだね、その方がいいと思う」
イリハは僕の妹だから、イリハの力になるのは当然だし、アリサのことも助かると返事をした。そうして、男爵との会談を終え、再び男爵はみんなを談話室に集めた。男爵は、ヴィースの話をレピ湖の主と言うあいまいな言い方で説明し、そして、そこにいる全員とモートンに向かって言った。
「全員、このことは他言無用だ。そして、モートン、王宮騎士団の詰め所に伝達し、石の調査と湖畔の警備強化を依頼せよ! それから、ヴィース、我がボズウィック家は戦力強化が課題であるし、お前の望みであるならば、その実力を見たうえで、私が取り立てるとしよう。それでどうだ、エリア」
使用人たちは、ヴィースのことをそれ以上詮索などしないと思う。彼らは男爵への忠誠心が厚く、誰も男爵が行うことに間違いがあるなどと思わない。それに、メイドのみんなは、イケメンのヴィースが屋敷に入ることを大歓迎するに違いないからね。
その後、男爵に礼を言い、談話室での報告は終了した。ヴィースの試験は、二日後にレピ湖の湖畔で行うことになった。
とは言っても、形だけの試験だね。
男爵は、ヴィースが水竜であることを知っているし、談話室にいた使用人は気付いているだろうしね。しかし、それ以外の使用人達には言っていない。だから、ヴィースが屋敷のみんなから信頼を得られるよう、実力を示すための、体裁上の試験が必要ということだ。男爵は、試験でこの屋敷の警備長と模擬戦をさせると言ったけれど、警備長に怪我をさせるなと念も押された。
これでヴィースのことはなんとかなった。アリサのおかげだね。それにしても、少し軽率なことしちゃったな。
イリハは、水の精霊が湖にいないと知った事で、落ち込んでしまったかもしれない。
イリハに、ちゃんと説明してあげないと……。
「面白いかも!」
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