043-3-8_女神の祝福
アリサの背中を擦ってあげていると、彼女は、少しづつ、落ち着きを取り戻していった。アリサはようやく上体を起こし、自分のハンカチを鼻と目に当てて涙を拭いた。泣き止んだ彼女の顔は、少女の様に幼く見える。
キュン!
「ア、アリサ、ごめんね。実は、ちょっとお願いがあって……」
そう前置きして、彼女に話し始めた。さっきアリサに言ったことは他の誰にも言ってない。だから、アリサの胸の内に留めておいて欲しい。いずれ、他の人にもバレるときが来るかもしれないけれど、まだ転生してそれほど時間も経過してないし、下手をすれば、女神の力を利用しようとする人たちによって、男爵家が争いごとに巻き込まれることにもなりかねない。そういう心配があるなら、アリサに話すべきじゃ無かったかもしれないけれど、アリサにだけは本当のことを伝えたかった。それは、彼女が僕を信頼してくれているというのもあるけれど……。
アリサって、何だか他人の様な気がしないんだよね。
だから、アリサとはいろいろと共有しておきたい。そう思っている。そして、彼女には、今の話をしばらく内緒にしていてほしいことと、僕の相談相手になってほしいと言った。それから、ヴィースについても、彼の正体を説明したうえで、ヴィースを、どうすれば男爵家の執事見習いとして雇ってもらえるようになるか、一緒に考えてもらえないかと頼んだ。アリサは、ハンカチを鼻に当てながら、笑顔になって相談に乗ってくれた。
「エリア様。恐れながら、私は、エリア様の母であり、姉でありたいと考えていました。しかし、今のお話を伺って、……も、もしかすると、パ、パートナーっ、なんて、い、いえ。ああっ、言っちゃった、ど、どうしましょう! 恥ずかしいっ! こ、これはお聞き捨てなさってください。ですから、是非、私に何でもご相談くださいっ! エリア様のお言いつけ通り、他言はいたしませんし、そして、彼、ですけども、彼のことは、私にいいアイデアがございます」
今、告白された? まぁ、女神に対してだろうけどね。でも、アリサにそこまで言われると、心がグラついてしまう。でもダメダメ。アリサの大切な気持ちは、胸にしまっておこう。だから、ここはスルーだ。話が違う方向にいっちゃいそうだしね。
アリサに、「どんなアイデアか聞いてもいい?」と言うと、アリサはそのアイデアを話してくれた。彼女のアイデアというのは、ヴィースが剣士であることを踏まえたものだ。それは単純で、男爵家の用心棒として、彼が雇われるように手筈を組むというものだ。つまり、ヴィースを男爵に売り込み、必要ならダニーのように試験をしてもらって、男爵に認めてもらうのだ。アリサの話では、ボズウィック男爵家は常に戦力強化に取り組んでいるとのこと。彼女のアイデアはそれに乗じたものだった。何故、男爵家が戦力強化に取り組んでいるのかについては気になるところだけれど、アリサのアイデアはなかなかいいアイデアだと思う。僕は別に、ヴィースに執事見習いをしてもらいたい訳じゃないしね。
ヴィースのことは、アリサのアイデアで行くことにし、アリサにヴィースを紹介した。
「アリサ。改めて、彼の名はヴィース。レピ湖の水竜だ。彼は見た通り剣使いであり、水魔法も得意なんだって。それから、後、見た目は二十歳くらいだけど、こういう存在には年齢なんてないからね」
アリサはヴィースに挨拶をした。
「私はアリサ。ここでメイドをしています。イケメン君、よろしくね!」
アリサのあいさつにヴィースが返事をした。
「私は、女神エリア様の剣である者。水竜、ヴィシャップのヴィースだ。貴様はエリア様の何だ?」
しかし、アリサは、ヴィースの問いかけを無視し、後ろに手を組んで、ヴィースの周りをぐるりと周り、彼を舐めるように見た。そして、最後に、ヴィースの顔に自分の顔を近づけたかと思うと、呟くように言った。
「本当にイケメンね。ヴィースがお屋敷に入ると、メイドたちがそわそわして、仕事が手につかなくなりそうね。私は男に興味ないけど」
すると、ヴィースもアリサに向かってぶっきらぼうに言った。
「私はエリア様の眷属だ。眷属の契り、接吻もさせていただいた。人間の女などに興味はない、貴様にもな」
「ちょ、ちょっとヴィースっ!」
仲良くしてくれよ、まったく。それに、今のはここで言わなくてもいいことだぞ。ほら、アリサの様子が変わったじゃないか。あれ? ちょっとふくれてる?
「ア・リ・サ?」
アリサが言った。
「エリア様~。どうしてこんな男と〜? 私も、私にもキスをっ!」
アリサが僕の目の前で跪き、両手を組んで祈る姿勢をとり、顎を上げて目を閉じた。
「いや、アリサそれは誤解だぞ。あれは眷属の契約だから仕方なかったんだからね。僕は見た目、七歳だからさ。その……アリサ?」
と言っても、アリサは話を聞いていない。
だめだ、アリサが微動だにしないぞ。キスをするまで動かないつもりだな。
それを見ていたヴィースが淡々と言った。
「エリア様、女神様の祝福は最高の誉なのです。その者の価値をお認めであれば、出し惜しみせず、祝福されるのがよろしかろう」
「なっ! 出し惜しみなんてしてないよっ! 女性とキス……、いや、女神の祝福なんてしたことないからね、ちょっと、戸惑っただけだよ。分かってるよ。アリサはあれだよ、祝福の価値があるの知ってるよ。だから、そうだね……おでこでもいいの? いいわけないよね~、分かってるよ……」
ヴィースの奴、僕が出し惜しみだなんて。真面目な顔してるけど、面白がってないよな? うぅ~、前世の自分に言ってやりたいよ。何でキスくらい経験しなかったんだって。女の子にキスする方法ってどうするの? ドラマで見た事あったっけ、顎に手をに添えて、上向かせるとか?
いや、もう向いてるし……。
アリサが手を組みなおし、片目を開けて僕をチラ見した。催促しているようだ。
頭で考えたら緊張してきちゃうよ。でも、もう、アリサには、僕が童貞なのバレちゃってるんだから、今さら繕ってもしょうがない。経験が無いからって笑わないよね。ヴィースにもあんな言われ方したんだ。
僕だって、やるときはやるんだからねっ!
アリサに向かって近づく……。
「じゃ、かる~くね、アリサ、動かないでね」
そう言って、唇をツンと尖らせてから、アリサの唇に近づけていく。アリサは目を閉じている。まつ毛が長い。綺麗な肌をしている。唇がピンク色だ。
うっ、近くで見ると、美人が際立って! い、いいのかね? こんな独身童貞で。いやいや、今は見た目が七歳の女の子だった、本当は十八だけど。
両手でアリサの頬を支えて、そ~っと、口づける。唇が、ふ、触れた。その時……。
ん? ア、アリサ、ダメ、ダメだよ。ダメ、んんっ!
アリサは、逆に僕の頬を両手で押さえると、柔らかくしっとりとした唇を押し当ててきた。
甘くいい匂いがする。アリサの匂いだ。そして、滑らかな感触が……。また、お腹の下がジンと熱くなるあの感覚がやってきた。も、もう、力が……。
身体が脱力して、両腕がだらりと下がる。そして、濃密な時間がしばらく続いた。
アリサは、離れ際に恍惚とした眼差しで僕を見ると、「女神様!」と呟いて僕を抱きしめた。アリサに抱きしめられていると、僕の中の種が、また、ほんの少し開いたように感じた。そのイメージに気を取られて、しばらくぼんやりとしていたけれど、ヴィースが言った言葉で我に返ってしまった。
「これでお前もエリア様の眷属だ。よろしく頼む、同胞よ」
アリサは、僕からゆっくり離れると、ヴィースが言ったことに、にこやかに答えた。
「ヴィース、困ったことがあったらなんでも私に言ってね。同胞さん!」
ヴィースは、相変わらず澄ました姿勢を崩さずに、フンっと鼻を鳴らした。
こ、これで、アリサと僕は特別な関係なんだろうか? ま、まぁ、お互いの秘密を全部知った仲なんだから、特別に決まってる。
その場が落ち着くと、アリサが僕を鏡台に座らせて身支度を始めた。今のキスといい、さっきの僕の話を聞いて、アリサにはもう子ども扱いしてもらえない感じかな。そう思っていたけれど、アリサはとても機嫌が良く、何事もなく、いつものように僕の支度をしてくれた。
今日の髪型は両サイドからの三つ編みが後ろでまとめられたスタイルだ。ワンピースはピンクのフリルが付いた白いワンピースで、袖が膨らんだ形をしている。
今日も可愛い。トラウマの首輪も銀色に光っていい感じ。
アリサが満足そうだ。そして、彼女が言った。
「やはり、エリア様は女神様です。先程、エリア様が女神様になられたように見えて、頭が真っ白になりました。女神様のキス、いえ、エリア様のキス、とても熱いキスでした……」
「あ、ありがとう」
何とか、無事にできた。
でも、僕が女神様になった? アリサも頭が真っ白になったのか。何かイメージでも見えたのかな?
そしてこの日から、支度が完了すると、アリサは僕の頬にキスしてくれるようになった。肩越しから今日のキスをもらったところで、気になっていた屋敷の様子をアリサに聞いた。
「アリサ、お屋敷に何か変わったことない?」
「はい、幸い、気絶した子も落ち着いておりますし、みないつも通りでございます。それから、男爵様が談話室でエリア様をお待ちでございます。エリア様がお目覚めになられれば、お連れするようにと」
そうか、それならヴィースも連れて行って同時に話を切り出そう。
そして、アリサに頼んでモートンに繋いでもらうことにした。モートンに事前の説明をした上で談話室に向かうのがいいだろう。
身支度が整った後、サリィがワゴンに軽食を乗せて運んできた。アリサは、扉の外でそれを受け取ると、部屋の中で朝食の準備をしてくれた。今日はハムとチーズのサンドイッチだ。紅茶とともにいただいた。
お腹空いてたんだ。美味しそう!
ヴィースも一緒に、おいしそうに食べた。
こういう存在でも人間のもの食べるのか?
軽食を食べた後、モートンが部屋にやってきた。アリサが、うまい事話しをしてくれたようだ。モートンには、人間が湖に捨てた黒い六角形の石の話と、それに関する懸念について湖の代表が男爵に話したいことがあると言う事と、これを機会に、彼は、用心棒としてボズウィック男爵家に雇われたい旨であると説明した。そして、ヴィースを連れて談話室に向かった。彼の物騒な破山剣は僕のベッドの下に置いて。
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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