003-1-3_トラウマの記憶
「んんっ!」
女性は足を組んで咳払いをし、ツンと澄ました顔で言った。
「聞こえてなさそうだから、もう一度言うわよ。私はレムリア。二十五歳童貞の水沢和生君、君はついさっき、歩道を歩いているとおじいさんが運転を誤って、跳ねちゃったの。それで、君は死んじゃったのね」
言い方軽っ!
しかも言わなくてもいい事まで! 何で知ってるんだよ、事実だけど。絶対、さっきの意趣返しだ。ちょっと、見とれちゃっただけなのにね。
しかし、今、きっぱりと言われてしまった。僕にも、頭の隅にもしかしたらっていう気持ちがあったかもしれない……。
やっぱりそうか。僕は……死んでしまったんだ。まだ、女の子と一度も付き合ったこと無かったのに。
レムリアさんと言う女性は、落ち着いた雰囲気になってゆっくりと話した。
「君が若くして死んじゃったことは心残りかもしれないけど、魂はね、何度も生まれ変わるってこと聞いたことあるでしょ。今回はたまたま短い人生だっただけよ」
僕を慰めているのだろうか? それにしても、本当に死んだのか疑いたくなるくらい、身体は超リアルなんだけど。
これが魂ってねぇ?
魂ってもっと薄~い感じで、ふわふわしてるイメージだったよ。生きている時と何にも変わんないんだけど……。
「聞いてるのっ?」
うわっ、眉毛がつり上がっちゃってる?
「ご、ごめんなさい。生まれ変わりの話ですよね」
「分かってるなら、ちゃんとして!」
「す、すみません……」
何だよ、まったく! こっちは、まだ心の整理がついてないのにぃ~。それに、レムリアさんって、どういう人か分かってないんですけど~。ここの管理者って言ってるけどさぁ〜。
「いい? 今から大事な話をするわよ……」
ムゥ〜〜〜。訳が分からんのに、次々に言わないで〜〜!
「何!?」
「い、いえ、続きをどうぞ」
「……君は、これまでも何度となく生まれ変わって来たの。つまり輪廻転生よ!」
あー、そうそう、輪廻転生ね、それ聞いたことある。
「……まぁ、大抵の人は過去生の事なんて忘れてるから気にしなくていいんだけど……」
レムリアさんは腕組みをした。
「……でもね、本当は、決して忘れているわけじゃないのよ。魂の奥ではちゃんと覚えているわ。それに、思い出さないだけで、多くの魂には、蓋をして意識の奥底に追いやった久しい昔の共通の記憶もあるの」
「久しい昔の共通の記憶……ですか?」
魂共通の記憶ってこと? これは聞き初めだけど、僕と何の関係があるんだよ。
「ええ、そうよ。君にはぜひ聞いておいて欲しい話ね……」
レムリアさんは、真っすぐ目を見ながら話す。僕の注意が、また散漫にならないようにと思っているに違いない。
「この、人類共通ともいえる記憶、実は、恐怖や不安のトラウマなんだけど、それが原因で人間は同じ負の歴史を何度も繰り返してしまうの……」
「へぇ〜、そうなんですか」
「何? 興味無いみたいな言い方しちゃって!」
「そ、そんなつもりじゃ……」
そんなつもりですけど何か?
「ホントに! まぁいいわ。兎に角、そのせいで人類の意識がメビウスの輪のように同じところから抜け出せない状態になっているの……」
う〜ん、今聞いた話は、いろいろな物語で語られてきたような内容じゃないの……?
それにしても話が見えてこない。
「あの〜、何で、今この話を僕にするんですか?」
「いいから、最後まで聞いてちょうだい!」
「は、はい……」
ムゥ。
彼女は、一旦、視線をガゼボの外に向け、そしてまた僕を見ると、思い出を振り返るように話し出した。
「……それじゃ、そうね、まずは、双子の世界の話からしましょう……」
そう言って、レムリアさんはマイペースに説明を続けた。
「君の前世の地球には、対になる、ガイアという世界があるの......」
「ガイア?」
「そう、ガイアね。ただし、この双子の世界は、同じ物理次元には存在してなくて、人間が認識することはできないわ。でも、無意識の世界を通してお互いに影響し合っているわけ」
「双子の世界? 陰陽みたいな?」
「まぁ、そんなところね。それで、地球が物理法則の世界であるのに対して、ガイアは、自然エネルギーの世界。つまり魔法の世界なの。太古の昔には、今の地球より遥かに進んだ魔法文明が、ガイア世界に存在していたわ」
魔法文明ねぇ〜、まさか、ファンタジーじゃあるまいし。でも、レムリアさんの話に興味が湧いた訳じゃ無いけれど、相槌くらいは打っておいたほうがいい。
「マジですか?」
「マジよ!」
なんでドヤ顔? まぁ、本当に魔法の世界があるのなら楽しそうだけどね。
彼女は話を続ける。
「……で、その魔法文明が栄えていた頃のガイアなんだけど、二つの大国があったのね。でも、その大国はお互いにイデオロギーが異なっていて、次第に争いに発展してしまった……」
「戦争ですか?」
「……そうね。それで、遂には、どちらの国も……取り返しのつかない行動を……取ってしまったわ……」
「なるほど。で、どうなったんですか?」
「それはね……」
レムリアさんは、何故かそこで言葉を詰まらせると、視線を逸らす。そして、今度は、わざとらしく軽い調子を繕って言った。
「ガイア文明は、一度、滅んじゃったの!」
え、笑顔が、可愛い。でも、レムリアさん、なんか寂しそうに見えちゃうんだけど。
「……あの、文明が滅んだって事は、もしかして、それが人類共通の記憶とか?」
「その通り。この時の恐怖こそが蓋をした記憶よ。二つの世界において現在もなお人類の深層意識で共通のトラウマとなっているものなの」
「へぇ〜、そういう事だったんだ〜」
あれ? いつの間にかレムリアさんの話に引き込まれちゃってるよ。
「今までの話は分かってくれたと思うけど、私が君に一番伝えなきゃならないのは、次の事なの。それはね、今、ガイアでは、当時と似たような状況になっているって事。もし、ガイアで大きな戦争が起きれば、地球でも同じようなことが起きるでしょう……」
「そうなんですか……」
う〜ん、やっぱりちょっと話が重い。人類はまた滅亡に向かっているんだね。とは言え……。
「だとしても、過去生の記憶を思い出せないんだから、また同じ事の繰り返しになるんじゃ……?」
そういうことを言うとレムリアさんは、僕の言葉を最後まで聞いて、飲み込むように頷いて話した。
「そうね、そうかもしれないわね。でも、今の話を心に留めて転生することができれば、君の行動は変わらないかしら?」
僕の行動か……。まぁ、記憶を思い出さなくても、歴史を学べばって事だよね。でもどうだろう?
レムリアさんは、「君の良心を信じてね」と言って優しく笑った。
僕の良心なんて、それほど当てにならないけどね……。