028-2-9_ ボズウィック男爵家(挿絵あり)
イリハという女の子の治療を終えた後、一階の大きなダイニングに案内され、そこでしばらく待つように言われた。ダニールも既に案内されていたらしく、大きな身体を小さく縮ませるように背中を丸めて座っている。彼は、あの後何があったのか知らない。だから、まだ、自分が場違いなところにいる感覚のままなのだろう。
「エリア、僕も、一緒にいていいのかい?」
「当たり前だよ、ダニールの用事で来たようなもんでしょ?」
「そうなんだけどさ、ちょっと、お貴族様のお屋敷って、どうも落ち着かないんだ」
彼は、緊張して視線が泳いでいる。
「メイドさんに笑われるよ、ちゃんとしないと」
僕たちの座っている後ろの壁に、あのメイド少女が澄まして立っている。
後ろを振り返ると、メイド少女と視線が合った。彼女は、すかさず下を向いて、僕の視線を外した。
やっぱり、恥ずかしがり屋さんだね。
「ところで、あの後、マリーナの話はできたのかい?」
ダニールは、早速、本題を聞いてきた。彼は、早く用事を済ませたい様子だ。
「ごめんね。まだ、話せてないんだ。それよりも、ちょっと、予想外の展開になっちゃってね」
「何かあったんだ。お咎めになるようなことじゃないだろうね?」
お咎めと言っちゃえば、巨大火球を作った時点で、もう、二人とも死罪確定なんだからね。まぁ、そうはならなかったけど。
「実はね……」
ダニールに、今しがた起きたことを順に話したーーーー。
「それ、本当かい?」
ダニールは、驚くように言った。
何だか嬉しそうだね?
「お嬢さんの命を救ったんだ!? 凄いよエリア!」
彼に、肩をポンポンと叩かれた。
他人の幸せを一緒に喜べるなんて、ダニールは器が大きいよ、ホント。
「まぁ、たまたま、上手くいっただけだよ」
実際、たまたまというのはその通りだ。さっきのキスは自分でも驚いた。振り返ると、本当に不思議な流れだ。
そう、あのインスピレーション……。
最初のインスピレーションは、イリハの病気の原因が何だろうと考えたときだった。あの時、何気なく考えると、自分の中から答えが来たんだよね。言葉にするのは難しいけど、敢えて言葉にすると、”そうだと分かった” っていうのが一番しっくりくるかな?
そして、もっと不思議なのが、”女神の祝福” だ。その時は、全く自然に、迷いなく身体が動いていた。あのキスも、そうすることが必要だと知っていた、という感覚だ。
何だったんだろうね。
それにしても、レムリアさんは、女神の祝福加護って、魔法がイメージ次第で何でも使える加護だって言っていたけれど、キスをすれば治療効果がある何てことは言ってなかったよね。
もしかしたら、治療魔法みたいなもの?
しかも、普通の治療魔法よりも強い力がありそうだ。細胞の組織が破壊されていた骨や臓器が回復したんだから。
ホント、女神の祝福加護って、分からない事が多い。そんなことを考えていると、目の前に紅茶とケーキが運ばれてきた。
うわぁ、こんなのあるんだ!
「ダニール、凄いのが来たね」
異世界初のスイーツだ。でも、僕はスイーツにうるさいんだぞ。どれどれ。
ケーキはタルトのような生地に赤いベリー系のコンポートが乗ってある。その上はゼラチンの様なソースでコーティングされていて、ほのかにお酒の風味もしている。
なかなかの一品だ。まぁ、前世ではそれほど珍しいものでもないかな。
しかし、となりの男は様子が違った。
「こ、こんな美しい食べ物見たことも聞いたこともないよ。なんて言うんだろう?」
奴はなかなか食べない。
遠慮してるのか? それとも料理人の好奇心なのか?
ダニールは、まずは目で嘗め回すように見ている。
「赤い実は煮込んであるようだな。それから上にかかっている透明のものは何だろう? ちょっと酒の匂いもしているぞ、どうやって作ってるんだろう?」
やっぱ好奇心だ。さすが料理人だな。
「もったいなくて食べれないよ」
そっちかっ! 紅茶も冷めちゃうから早く食べて飲みなさい!
その後、二時間ほどして、館の主とイリハ、そして母親が入ってきた。母親は泣きはらしたような顔がまだ治まっていない。
ついさっきまで泣いていたみたいだね。
三人はテーブルの向こう正面に座ると、館の主が話し始めた。
「はじめに、私は、ライン・ボズウィックという者です。そして、私の妻、ローラ、それから、娘のイリハです」
名前を名乗ったぞ!
ボズウィックということは、やっぱりこの人が男爵なんだ。なんか緊張するね。それから母親と、娘のイリハか。
彼女は無茶苦茶元気そうで、ニコニコとこちらを見ている。
可愛らしい子だな。
「先程は、娘の命を助けていただき感謝いたします。いえ、私たち家族を助けていただきました。ありがとうございます」
そう言って男爵は席を立つと、ローラとイリハも席を立ちこちらに向いて頭を下げた。すると、部屋の端に整列していた執事とメイドたちも一斉に腰を九十度に曲げてお辞儀をした。それを見て、こちらも思わず立ってしまった。ダニールは慌てすぎて、椅子を後ろにひっくり返している。
「ダ、ダニール!」
まったく、もう! ホント、ドジなんだから。
彼の倒した椅子を後ろにいたメイドが起こしてくれた。男爵が椅子に座るとローラとイリハも椅子に座り、執事とメイドも顔を上げた。
もう座ってもいいのかな〜?
様子を見ながら、ゆっくりと座る。すると、僕たちが落ち着いたのを見て、男爵が改めて話し始めた。
「娘のイリハは、もう何か月も闘病生活を送りました。医者には労咳だと言われ、治る見込みは薄いとも言われました。この病は治療の術がなく、私どもは藁にもすがる思いで魔術師を集め、治療を試みました。しかし、何をやってもイリハの病状は回復せず、日に日に弱っていくイリハを見て、覚悟する時であることを悟りました……」
なるほど。そんな時に僕たちが現れたのか。だから、なんだか重苦しかったんだ。もう諦めモードになってたんだね。この世界の時代背景なら肺結核はきっと不治の病だろうし、仕方ないか。
男爵は話を続けた。
「あなた様は、一体、どなた様なのです? このような神の御業など、聞いたことがありません。失礼な言い方をして申し訳ない。しかし、まだ、夢じゃないかと不安になるくらいなのですよ。今言った通り、労咳は不治の病。これを治す魔法など、もう無いものだと諦めてかけて……」
「ううっ!」
男爵の話の途中で、ローラが突然声を上げた。彼女は、ハンカチを口に当て肩を震わせる。目を真っ赤にし、涙が止まらないようだ。
また、気持ちが込み上げてきたんだね。
すると、イリハもべそをかき始めた。
「す、すまん、ローラ。イリハも。もう、その話は止そう」
男爵は、そう言うと口をつぐんだ。そして、執事を呼び、彼に何かを伝えた。すると、執事は男爵に会釈をすると、近くのメイドに何かを指示した。メイドは、他のメイドにその指示を伝え、その後、彼女たちによって、新しい紅茶が用意された。
ここの紅茶、とってもいい香りなんだよ。
テーブルの周囲に紅茶のいい香りが漂うと、重たかった空気が和らぎ、ローラとイリハも、紅茶を口にした。僕も、お代わりをもらって、注ぎたての紅茶の香りを鼻からゆっくりと吸い込んだ。
ホント、いい香り。
場が落ち着いたのを見計らったように、男爵がようやく話し始めた。彼は、僕に向かって、ゆったりとした話し方で聞いてきた。
「いやぁ、それにしても、小さなお身体で、あなた様は不思議なお方だ。その首の隷属の首輪、いや、それとは少し違うのか? ま、まぁ、いずれにしても、奴隷を拘束するような魔法が効果を為していないようですが、し、しかし……」
やっぱり、男爵は僕の力がどうしても気になっているようだね。今回はやっちゃったからな。
目立たないようにするのは結構難しい。
まぁでも、レムリアさんも心のままにって言ってたし、どうしよう、本当のことを言っちゃうか。
ーーーー
…… お貴族様のお屋敷って、どうも落ち着かないんだ。
メイドさんに笑われるよ、ちゃんとしないと。
AI生成画像
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