026-2-7_重苦しい屋敷
玄関の中に入ると、ホールは吹き抜けとなっていて、正面中央には上の階に上がる立派な階段があった。そして、階段の前に敷かれている鮮やかな赤い絨毯が、一際目を引いた。ホールの右側を見ると、そこには重厚な木の扉の部屋があり、中央の階段とその部屋の間からは、奥のほうへと廊下が続いている。左側も同じような構造だけど、右側に比べ部屋の扉は小さく、数も二カ所あった。メイド少女が、右側の重厚な扉の前で立ち止まりノックをすると、中から声がして扉が開かれた。扉を開けたのは別のメイドだ。彼女も若いが、メイド少女よりは年上に見える。
うわぁ〜、こ、この人、す、凄い美人さん!
彼女が着ているメイド服はオーソドックスだけど上品で、膝下丈のワンピースだ。引き締まったウエストと服の上からでもわかるボリュームのある胸、少しだけ見えている細い足、それに、小さな顔が、彼女を垢抜けた存在として印象付けている。
彼女に案内されて中に入ると、部屋の中央には、ベージュ色の大きな長方形のテーブルと、木製の椅子が七脚ずつ両側に整然と配置されていた。テーブルの向こう正面とこちらの手前側にも、一つずつ椅子が配置されていて、向こう正面の椅子には、整えられた黒い口ひげを生やした四十代くらいの男性が、右手の肘掛けに寄りかかるようにして座っていた。その男性の左後ろには、先程の執事が立っている。
口ひげの男性は、右手で顎のあたりを支えながら、虚ろな目でこちらを見ていた。
あの人、かなりやつれているように見えるけど。あんまり元気が無さそうだね……。
扉を入ってすぐのところに立っていると、口ひげの男性が執事に何かを告げた。そして、執事が僕に向かって言った。
「奴隷の子よ、そこの椅子に掛けなさい」
そう言うと、先程、扉を開けてくれたメイドが、僕をテーブルの手前側の椅子に案内した。ダニールの方を見ると、彼は、手をもじもじさせてどうしたらいいのか分からないといった感じだったけど、僕たちを最初に案内してくれたメイド少女に先導され、部屋を出て行った。僕が案内されるままに椅子に腰かけると、口ひげの男が話しかけてきた。
「私は、この館の主だ。奴隷の子よ、通常は奴隷をこの屋敷に招き入れるなどということはあり得ないが、今日は特別だ。奴隷の子よ。お前、歳はいくつだ?」
この館の主か。男爵だろうか。
貴族って、こういうものの言い方なんだね。まぁ、奴隷に見える僕に名前を名乗るわけもないだろうけど、僕の歳が知りたいのかな? この場の雰囲気がとても神妙な感じだし、こちらの話ができるような雰囲気じゃなさそうだから、とりあえず、流れに任せるとするか。
「僕は十八だよ。見た目は七歳くらいに見えるんだけど」
返事をすると、執事男が何かを言いかけたが、館の主がそれを制するように手で合図をした。そして、主人は話を続ける。
「まぁよい。そうか、まさかイリハと同い歳とはな。奴隷の子よ、お前が先ほど行ったことは死罪に値する行為だ。我が屋敷の前で危険な真似を行ったのだからな。本来なら、二人とも捕らえるところだが、先程も言ったように、今日は特別だ……」
げげっ! 死罪。マジか?
何も考えなかったよ。確かに危険な行為だったな。このままここにいると僕もダニールもヤバいんじゃない? どうする? 転移してダニールと逃げるか?
でも、捕まえるならとっくにそうしてるだろうし、今日は特別なんて言ってるけど、逃げるのはいつでもできそうだから、もう少し様子見たほうがいいかもしれない。
館の主は話を続ける。
「お前が光を出したとき、イリハが目を開けた。私もローラも驚いたよ。もう目覚めないで逝ってしまうものだと思っていたんだ……イリハ……私の可愛い娘……クッ……」
館の主は、テーブルに両膝をついて頭を抱え、肩を震わせた。それを見て、執事とメイドが駆け寄ると、メイドの方が館の主を椅子から立ち上がらせ、部屋から連れて出て行った。
何だ?
彼は、かなり憔悴している様子だ。
イリハという彼の娘が死にそうなのか?
館の主が部屋を後にすると、執事が僕の方にやってきて言った。
「旦那様と奥様は、お前をイリハ様のところへ連れて行って欲しいとおっしゃっておられる」
執事はそう言うと、自分の身体の向きを扉の方に向け、僕に振り返り、移動するよう促した。
そうか、僕をイリハという娘のところに連れて行けば、また、目を開けると考えたんだね。何だか辛そうなシーンを想像しちゃうな。目を開けたのを最後に死んじゃうんなんてことになったら、僕とダニールはどうなるの? とんでもないことに首を突っ込んだんじゃないか、僕たち……。
ど、どうする……?
執事に案内され、階段を上がって二階にやって来た。廊下を少し歩くと花柄の文様が描かれた可愛らしい扉があった。そして、執事は、その扉をノックすると、自ら開けて中に入る。僕も続いて部屋に入った。
部屋をサッと見渡すと、まず目に入ったのは壁の柔らかい色調だ。それは、上下でツートンカラーになっていて、上段がオフホワイト、下段が淡いブルーだ。色目の境には植物の絵が部屋を一周ぐるりと描かれている。
きっと、イリハという子は花が大好きだったんだね。
窓は閉じられ、レースのカーテンが閉めてある。雲が太陽を隠しているのか、窓からの明かりは薄く、部屋の中は少々暗かった。
部屋の端には、シルクのように光沢のある花柄の布で飾られた、天涯付きのベッドが、頭を窓際の壁に向けられるように据えられていた。
ベッドの左脇には女性が椅子に座っていて、ベッドで眠っている女の子の右手を、両手で上下に挟むように、そっと握っていた。
執事がその女性の後ろから声を掛けると、彼女はそのまま振り向くことなく頷いた。そして、執事は僕のところまで来ると、右掌をベッドの方に差し向けて僕の背中を押した。
この子がイリハか。
重々しい空気だ。
この子はまだ生きているのか?
執事に促され、そっとベッドの右側に歩み寄った。近くに来て女の子の様子を見ると、彼女の顔は白っぽく、頬はこけ、目は窪み、唇が割れ、肌がカサカサになっている。
この子の命はもう、頼りない蝋燭の火のようだな……。
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