025-2-6_湖畔の別荘(挿絵あり)
翌日の朝、ダニールと決めていた通り、朝食も取らずに宿を出ることにした。僕が顔を洗っている間に、ダニールは、既に出発準備を済ませ、宿で買った干し草を馬に与えていた。彼も気持ちが逸っているようだ。
「おはよう、ダニール!」
後ろから声を掛けると、彼も、「おはよう」と言って、作業を続けた。彼は少し気が張っているのかして、会話はそれだけだ。しばらくすると、馬も準備ができたようで、その後、直ぐに出発した。
町は、全体が朝霧に包まれていた。気温は低く、今着ているシャツでは肌寒いはずだけど、魔力で身体を覆っていたので問題ない。それに、馬の体温が伝わって温かいしダニールが背中にいるので寒さはあまり感じなかった。ダニールはこげ茶色の外套を羽織って防寒している。
馬に揺られながら、スゥ〜ッ、っと大きく息を吸い込んだ。
あ〜、空気が美味い!
そして、明るくなった街並みをキョロキョロと見回す。
昨日は暗くてよく分からなかったけれど、町の様子はどこも小綺麗で気持ちいい。建物はみな重厚感のある木造で、壁はレンガや白い漆喰のような質感など、町のイメージと景観がとても馴染んでいる。そして、玄関の脇や窓の外側には花が植えられてあり、華やかな明るい雰囲気を醸しだしていた。どうやら宿街は町の中心だったらしく、様々な店が立ち並んでいる。朝早い時間なので、どの店も開店前だけれど、武器や防具の店、レストラン、パン屋など、木の看板が各店舗の入り口に吊るされていた。
「いろいろ楽しそうな町だね。時間ができたらゆっくり見て回りたいな」
「話が上手くいけば、エリアもきっと町に来ることくらいはできると思うよ」
「そうだね」
町の中心街を出ると、一旦、湖を目指す。石畳の道は、湖に向かって緩やかな下り坂になっており、ダニールは、轍の後を避けながら馬を進めた。しばらく進むと、道は石畳から土の道に変わり、辺りの霧はさらに濃度を増してきた。
湖に近づいているようだけど……。
しかし、まだ湖は見えない。
この霧じゃ。流石に見えないか。
ダニールは、道を外さないようにゆっくりと馬を進めた。それからさらに進むと分かれ道に差し掛かる。
「これはどっちに行くの?」
「右だと思うよ。左の道は、多分、湖の桟橋に向かう道だろう」
ダニールの勘にも頼りながら、湖の北岸を西へと進む。そして、分かれ道からさらに一時間ほど進んだだろうか、道は湖畔を離れて右方向の山側に迂回するように大きく曲がっており、その手前には再び分かれ道があった。これまで通ってきた道から枝分かれした直進方向に進む道だ。そして、その直進する道の先には、霧の中に木製のゲートが見える。ゲートは幅が広く、直進の道を塞ぐように閉じられていた。
進入路だな。
ゲートの側まで近づいてみると、ゲートの支柱脇には、「ボズウィック家の敷地につき関係者以外立ち入り禁止」と看板に表示されていた。
「ここだ」
ダニールはそう言うと、ゲート横の草地に馬を誘導し迂回して先に進む。しばらく行くと、今度は薄っすら霞む景色の中に館が見え始めた。そして、上空を見上げると、ところどころ青空が見えていた。
霧が晴れてきたね。
さらに館に近づく。すると、霧は風に流されたのか消えて無くなり、大きな別荘は、その美しい姿を現した。
おぉ〜!
その館は、ベージュの壁に深緑色の屋根で、重厚な金属の門扉の向こうに、どっしりと存在していた。
「これが貴族の別荘かぁ〜。大きなお屋敷だね〜」
小さな声で、ダニールにそう言うと、彼は一瞬だけ口元を緩めた。
少し手前で馬を降り歩いて門の前まで来ると、宿の張り紙にあった家紋と同じ紋章が目に入る。門扉越しに中の様子を見ると、館は二階建てで、三角の高い屋根からはいくつかの煙突が小さく突き出ていた。館の両端は丸い塔のような形状をしており、特徴ある円錐形の屋根がメルヘンチックな雰囲気を醸し出している。屋根には全て、鱗型の屋根瓦が履かれていて、その形状が、無機物の建物全体を有機的な景観へと変えていた。
「へぇ〜、お姫様でも住んでそうだな」
門扉から館までは、地道が庭の真ん中を蛇行して玄関に続いており、庭の右側は綺麗に刈り揃えられた芝生と、もみの木のような太く背の高い針葉樹が数本植えてある。その向こうには白いガゼボが小ぢんまりと配置されていた。そして、左側は、美しく手入れされた自然美をたたえるイングリッシュガーデンになっている。その先の正面扉前には、大理石のように白い女性像の噴水が見えた。
「豪華だねぇ〜。まさにセレブ」
屋敷の方を覗いていると、門の内側にある小屋から男が現れた。恐らく門番だろう。その男はこちらを見て、何用かと尋ねてくると、ダニールは門番の男に訪問の目的を話した。
「はい、あの、魔術師を求める張り紙を見て参りました」
昨日ダニールと打合せしたとおり、あの張り紙を利用する作戦だ。しかし、門番はめんどくさそうに言った。
「今はもういらない。旦那様はお静かになさりたいのだ。用が済んだら立ち去れ」
塩対応だな。
よくわからないけれど、門番の言い方からすると、事情が変わって魔術師の募集はもう終わったということらしい。しかし、このまま引き下がるわけにもいかないのだ。
ダニールは、身振り手振りを加えて食い下がるように言った。
「ちょっとお待ちください。男爵様のご事情は察しております。ここにいるのは子どもではありますが、強力な魔力を扱う魔術師でございます。必ずやお役に立てます。これをご覧ください」
ダニールはそう言って僕に目くばせをした。これも打合せどおり。想定の範囲内だ。しかし、門番はダメだと言いながら野良犬でも追い払うような仕草をした。
よし、少し驚かせてやるか。
右掌を上に向け門番の顔の前に差し出し、直径五センチほどの火の玉を出して見せた。しかし、門番は相変わらず面倒そうに、必要ないというように手で僕たちを追い払う仕草を続けている。
門番め、ちゃんと見てろよ。
最初は五センチだった火の玉を段々と大きくしていく。まずは二十センチ。
どうだ?
門番は目を閉じて首を左右に振っている。では五十センチ。
どうだ?
まだだめか。なら一メートル。
ん?
ちょっと見たか。
でも、まだだな。なら五メートル。いや、十メートル、もう面倒くさいっ!
両手を上にあげて、上空に特大火の玉を作った。
直径二十メートル! フフフ。ちょっとヤバい大きさだぞ、どうだ!
館の壁を火球の光が照らしている。館に当たれば大惨事になるだろう。
門番はどうしてる?
アハハー、腰抜かして怯えながら後ろに倒れてるじゃないか。よしよし。
ん?
横を見ると、ダニールも腰を抜かして倒れていた。
「何やってんだよ、まったく! 打合せ通りにやってよね」
火の玉を消すと、ダニールが慌てて立ち上がり門番男に言った。
「い、いかがです? お役に立てそうでしょ?」
門番はしゃべることができないでいる。すると、館の扉が開き、執事服の男とメイドの女が一人、早歩きで門までやってきた。執事服の男は、白髪と白い口ひげを綺麗に整え、背筋をピンとした立ち振る舞いだ。そして、鋭い視線で僕たちを睨んでいる。メイドの方はまだ高校生のような若い女の子だった。彼女は、足首まである落ち着いたこげ茶色のメイド服を着て、執事の背後に控えていた。
「何をやっている。今の眩しい光は何だっ?」
執事が言った。門番は執事の声を聞き、我に返って、怯えながら話した。
「こ、この者たちが、館ほどもある大きな火の玉を魔法で出しまして……」
「何ぃ!? お前たちは一体……」
執事がこちらを睨みながら何の用だと聞いた。ダニールが改めて張り紙の話をする。すると、執事は少し考え込み、そして、言った。
「今はもう魔術師は必要ない。が、魔術を使ったのはその子どもだな。治癒魔術は使えるのか?」
ダニールがこちらを向いたので頷いた。治癒魔法はやったことないけれど、イメージは十分繰り返したから出来ると思う。
「使えるけど……」
すると、執事がしばらく待つように言って、メイドとともに館の方に入って行った。そして、しばらくすると、先程のメイド少女だけがこちらにやってきた。彼女は目の前で立ち止まると、ちょっとうつむき加減でしゃべった。
「あ、あのっ、だ、旦那様が、お、お会いになるそうです。ど、どうぞ、こ、こちらへ」
この子、相当恥ずかしがり屋さんだな。
メイド少女がおどおどしながら言うと、門番が門を開けた。何んとか中に入れるようだ。
ヨシ! とりあえず第一関門は突破だ。
それにしても、メイド少女は幼く見える。まだ十代中頃のようだ。彼女は、黒髪で髪型をボブにしてあり、頭にはホワイトブリムを付けている。瞳はブラウンで目尻の少し下がった愛らしい印象の顔立ちだが化粧はしていない。
身体の線は細くてやせ気味だし、この子は、食が細くて食べるのが遅いタイプだな、きっと。
彼女の後ろ姿を見ながら勝手な想像をしていると、館の玄関前へと案内された。
ーーーー
あ、あのっ、だ、旦那様が、お、お会いになるそうです。ど、どうぞ、こ、こちらへ
AI生成画像
メイド少女
AI生成画像
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
と思ったら
下の ☆☆☆☆☆ から、作品への応援お願い申し上げます。
面白かったら星5つ、つまらない時は星1つ、正直に感じたお気持ちで、もちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に励みになります。
重ねて、何卒よろしくお願い申し上げます。