024-2-5_男爵家の事情(挿絵あり)
食堂は、四人掛けの四角いテーブルが六脚ほど並んであり、自分たち以外に三組の客がある。ダニールと一緒に階段に一番近いテーブルに座ると、給仕のおばさんが注文を取りに来た。しかし、おばさんは僕を見て、やはり、怪訝そうな顔をする。よく見れば、周辺のテーブルで食事をしている客もこちらをチラチラ見ながら、なにやら話をしている。
僕に対する視線が、鬱陶しいな。
レムリアさんに言われていたとおり、僕の首の模様は隷属紋と同じに見られるようだ。何かで隠せばいいのかもしれないけれど、このアザは女神ガイアが人々に変わって引き受けた心の痛みなんだ。隠すと言うのは違うという気がする。だから、人に見られても気にせずにいたいんだけど。とは言っても、こういう雰囲気になっちゃうんだね。やっぱり何か対策を考えた方がいいのかな? せめて食事の時くらいはゆっくりしたいしね。
ダニールは僕に、「気にするな」と言って給仕のおばさんに言った。
「注文できるんだろ?」
ダニールにそう言われて、給仕のおばさんは、不愛想に注文を取り、そそくさと厨房の方に入っていく。まぁ、おばさんの態度も気にしないようにしよう。それはともかく、異世界転生して初めてのまともな食事だ。
とても楽しみ!
僕が注文したのは、高原牛の乳と鶏肉のシチューだ。いわゆるクリームシチューだと思う。
「やっぱり牛って書いてあるな」
牛はこちらの世界でも牛なのかもしれない。ダニールも僕と同じものにエールとチーズを追加注文していた。
エールか! いいなぁ、羨ましい。僕も飲んじゃダメかな? この世界じゃ飲酒は何歳からなのっ?
しばらく待つと、厨房から料理が出て来た。店員が持つ盆の上には注文した料理が乗っている。
湯気が上がって熱々だよ、いいね。
そして、料理は僕の正面に真っすぐ置かれた。
「おぉ! いい香り!」
ミルクの濃厚な香りと、バターの風味が鼻をくすぐる。そして、食べやすい大きさにしてある鶏肉には、おいしそうなきつね色の焼き色が着いていた。
中に入っている野菜は、カリフラワーのような形をしたものとオレンジ色のブロック状にカットされた野菜だ。
「ニンジンかな?」
玉ねぎみたいなのも入っている。
沢山入ってるね。もうお腹が鳴って大変! んんっ、旨そうだ。
「いただきますっ!」
スプーンに一匙すくって口に運ぶ。
旨っ。これっ! ニンニク風味も効いていてパンチのある鳥ガラベースに濃厚なミルクがたまらない。異世界グルメ、あなどれないぞっ! って、ん?
ダニールがニコニコと笑って僕を見ている。
「食べないの?」
「エリアを見ていると、僕まで元気が出てくるよ」
「どう言う意味?」
「そのままの意味だよ」
何言ってるんだか分かんないけど、まぁいいか。
「冷めちゃうよ、ダニールも早く食べたら」
「そうだな。じゃぁ、僕も食べよう。いただきます」
その後はシチューに集中して、あっと言う間に平らげてしまった。
熱々の食事は久しぶりで、心までほこほこになった。思っていたよりも、店員の給仕は丁寧だったし、何も言うことは無い。ダニールも食べ終わり、三分の一ほど飲み残しているエールを、チビチビと口に含んでいる。
お腹が満たされ、まったりとしながら店内の様子を見ていると、すぐ隣のテーブルの会話が聞こえてきた。そのテーブルに座っていたのは、一人が年配でもう一人がやや中年の、どちらも行商人風の男二人である。彼らは食後に世間話をしている様子だ。
中年男が言った。
「最近、物の値上がりで大変ですな」
年配男が答えた
「ああ、仕入れが高くついてかなわんわ。この店もほら、パンの値段を上げておる」
「小麦の値段が先月より二割も高くなってますよ。数年前と比べれば三倍以上だ。我々の商売も難しくなる一方で、たまりませんな」
「全くだ」
中年男はコップの飲み物を一口飲んだ後、話を変えた。
「ところで今日、ボズウィック男爵様の屋敷に行ってきましてね、使用人はみな暗い顔をしてましたよ」
年配男がパイプに詰め物をしながら言った。
「そうだろうな。あの張り紙も、あそこに張られてから随分となる」
中年男が言った。
「ここいらでは見つからんでしょう。こんな田舎町じゃ治療術師なんて見かけないですしね。しかし、王都でも探しているでしょうに、まだ見つからんのでしょうかねぇ」
「クライナ辺りの治療術師では治らんご病気なのかもしれんな。西の大国にでも探しに行けば話は別だろうが」
そう言うと、年配男は、パイプに火を着け、スゥーっと吸い、フゥーっと大きく煙を吐いた。その後、彼らの話は別の話題に移った。 ダニールが僕に目くばせをする。
「エリア、今の会話、僕たちが行こうとしているところの話だ」
「そうみたいだね、張り紙がどうとかって言ってたようだけど……」
「あれの事じゃないか」
男たちが言っていた張り紙は、店の壁の目立つ所に貼り付けられていた。ダニールが顎でその張り紙を指し示す。
「僕、ちょっと、見てくるよ」
そう言って、テーブルの間を抜け、張り紙の貼られている壁の前に立つ。その張り紙を見ると、ボズウィック男爵家からのお知らせのようだった。どうやらボズウィック男爵は、魔術師や治療術師を募集しているらしい。特に、治療術師は依頼料が高いと記されている。
ふ〜む……。
自分のテーブルに戻り、ダニールに張り紙の内容を報告した。
「ねぇダニール、隣の男たちの会話と張り紙の内容からすると、ボズウィック男爵家の誰かが病気で、男爵は、その治療のために魔術師や治療術師を集めているんだよね」
「そうらしいね」
「これは渡りに船だよ、ダニール。僕にいい考えがあるんだ……」
そして、その後、ダニールと明日の計画を打合せた。
「……さぁ、明日の予定も決まったし、今日は、早めに眠った方がいい」
ダニールは、そう言って、テーブルに両手を添えた。
あ、そうだ。ダニールに僕の印象を聞こうと思ってたんだ。
「あのさ、ダニール、僕ってどう見える?」
腰を浮かせた彼に、前髪を指でくるくると巻きながら、そう聞いた。
「銀色の髪はあんまり見ないな」
ダニールはこちらを見ないで、そう言うと、さっさと立ち上がった。
髪の毛だけの話じゃないんだけどね。さっきは照れていたくせに反応薄い! 彼はきっと朴念仁に違いない。
その後、早々に部屋に戻って寝ることにした。
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いただきますっ!
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