024-2-5_男爵家の事情(挿絵あり)
「いい匂いがするね。あー、お腹減った」
階段の上から下の食堂を覗くと、六脚ほどあるテーブルは半分が客で埋まっていた。
「あそこにしよう」
「うん!」
階段を降りて一番近いテーブルに座ると、早速、給仕のおばさんが注文を取りに来た。しかし、おばさんは僕を見て怪訝な顔をする。
「おや? この子、奴隷かい? 何当たり前みたいに座ってんだろうね? ここは人様が食事するテーブルなんだよ」
「この子は俺の連れだ。もう二人前の宿代だって払ってるだろ!」
ダニールが口調を荒げてそう言うと、おばさんは何か言い足りないような顔をしながら口を閉じた。ところが、今の会話を聞いて、周辺のテーブルで食事をしている客たちがこちらをチラチラ見ながら、ヒソヒソと話をする。
なんだか鬱陶しいな……。
「やれやれ」
「気にするな、エリア」
ダニールは、周りに聞こえるように声を出すと、給仕を睨み上げた。
「おい、あんた。注文できるんだろ?」
ダニールにそう言われて、給仕のおばさんは不愛想に注文を取り、そそくさと厨房の方に入っていく。
なるほど、世間の態度はこうなるんだね。まぁ、ダニールの言うとおりだ。あまり気にしないようにしよう。せっかく、異世界初のまともな食事なんだしね。楽しみっ!
と言う訳で、僕が注文したのは、高原牛の乳と鶏肉のシチューだ。いわゆるクリームシチューだと思う。
「やっぱり牛って書いてあるな」
牛はこちらの世界でも牛なのかもしれない。
ダニールも僕と同じものにエールとチーズを追加注文していた。
エールか! いいなぁ、羨ましい。僕も飲んじゃダメかな? この世界じゃ飲酒は何歳からなのっ?
しばらく待つと、厨房から料理が出て来た。
店員が持つ盆の上には注文したシチューが乗っている。
湯気が上がって熱々だよ、いいね。
そして、料理は僕の正面に真っすぐ置かれた。
「おぉ! いい香り!」
ミルクの濃厚な香りと、バターの風味が鼻をくすぐる。そして、食べやすい大きさにしてある鶏肉には、おいしそうなきつね色の焼き色が着いていた。
中に入っている野菜は、カリフラワーのような形をしたものとオレンジ色のブロック状にカットされた野菜だ。
「ニンジンかな?」
玉ねぎみたいなのも入ってるよ。沢山入ってるね。もうお腹が鳴って大変! んんっ、旨そうだ。
「いただきますっ!」
スプーンに一匙すくって口に運ぶ。
「旨っ。これっ!」
ニンニク風味も効いていてパンチのある鳥ガラベースに濃厚なミルクがたまらない。異世界グルメ、あなどれないぞっ! って、ん?
ダニールがニコニコと笑って僕を見ている。
「食べないの?」
「エリアを見ていると、僕まで元気が出てくるよ」
「どう言う意味?」
「そのままの意味だよ」
何言ってるんだか分かんないけど、まぁいいか。
「冷めちゃうよ、ダニールも早く食べたら」
「そうだな。じゃぁ、僕も食べよう。いただきます」
その後はシチューに集中して、あっと言う間に平らげてしまった。
熱々の食事は久しぶりで、心までほこほこになった。思っていたよりも、店員の給仕は丁寧だったし、何も言うことは無い。ダニールも食べ終わり、三分の一ほど飲み残しているエールを、チビチビと口に含んでいる。
お腹が満たされ、まったりとしながら店内の様子を見ていると、すぐ隣のテーブルの会話が聞こえてきた。そのテーブルに座っていたのは、一人が年配でもう一人がやや中年の、どちらも行商人風の男二人である。彼らは食後に世間話をしている様子だ。自然と、その会話に注意が向く。
中年男が言った。
「最近、物の値上がりで大変ですな」
「ああ、仕入れが高くついてかなわんわ。この店もほら、パンの値段を上げておる」
「小麦の値段が先月より二割も高くなってますよ。数年前と比べれば三倍以上だ。我々の商売も難しくなる一方で、たまりませんな」
「全くだ」
中年男はコップの飲み物を一口飲んだ後、話を変えた。
「ところで今日、ボズウィック男爵様の屋敷に行ってきましてね、使用人はみな暗い顔をしてましたよ」
年配男がパイプに詰め物をしながら言った。
「そうだろうな。あの張り紙も、あそこに張られてから随分となる」
「ここいらでは見つからんでしょう。こんな田舎町じゃ治療術師なんて見かけないですしね。しかし、王都でも探しているでしょうに、まだ見つからんのでしょうかねぇ」
「クライナ辺りの治療術師では治らんご病気なのかもしれんな。西の大国にでも探しに行けば話は別だろうが」
そう言うと、年配男は、パイプに火を着け、スゥーっと吸い、フゥーっと大きく煙を吐いた。その後、彼らの話は別の話題に移った。 ダニールが僕に目くばせをする。
「エリア、今の会話、僕たちが行こうとしているところの話だよ」
「そうみたいだね、張り紙がどうとかって言ってたけど……」
「あれの事じゃないか」
ダニールが顎で指し示す。
男たちが言っていた張り紙は、店の壁の目立つ所に貼り付けられていた。
「僕、ちょっと、見てくるよ」
そう言って、テーブルの間を抜け、張り紙の貼られている壁の前に立つ。見ると、ボズウィック男爵家からのお知らせのようだった。
「なになに、『魔術師・治療術師を募集』か。ん? 治療術師の方が依頼料が高いようだね」
ふ〜む……。
自分のテーブルに戻り、ダニールに張り紙の内容を報告した。
「ねぇダニール、言っちゃ悪いけど、これってチャンスじゃない?」
「誰かが病気なんだろ? その言い方は良くないなぁ」
「じゃぁ、渡りに船? とにかくダニール。僕にいい考えがあるんだ」
「どうするんだい?」
「えとね……」
その後、ダニールと明日の計画を打合せた。彼の喋りがミソになる作戦だ。
「フッフッフ。これならいけるんじゃない?」
「ぼ、僕、出来るかなぁ」
「何言ってるんだよ、マリーナさんのためでしょ」
「そ、そうだね……とにかく頑張るよ」
話が終わると、店の客は、もう僕たちだけになっていた。
「……さぁ、明日の予定も決まったし、今日は、早めに眠った方がいい」
ダニールは、そう言って、テーブルに両手を付いた。
彼と目が合う。
あ、そうだった。ダニールに僕の印象を聞こうと思ってたんだよ。
「あのさ、ダニール、僕ってどう見える?」
腰を浮かせた彼に、前髪を指でくるくると巻きながら、そう聞いた。
「……どう見えるって、そうだな……銀色の髪はあんまり見ないな……」
ダニールは僕をチラ見しただけでそう言うと、さっさと立ち上がった。
「それだけ?」
「ああ」
何だよ、まったく。髪の毛だけの話じゃないのにね。さっきは照れてたくせに反応薄いよ、ホント! こんな美少女を目の前にして、この、朴念仁めっ!
その後、部屋に戻ると、早々に寝ることにしたーーーー。
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いただきますっ!
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