021-2-2_ 焚き火の灯りと彼女への想い
夕食を食べ終わった後、焚火の火をぼんやりと見ていると、彼が、マリーナの話を始めた。
「……思ったより、マリーナ元気そうだったな……」
彼女の話をする彼は、とても優しい眼差しをする。
「……白状するとさ、マリーナは僕の初恋の人なんだ……」
「ふ〜ん……」
まつ毛長いね、ダニール。
彼の横顔が、焚火の火にほのかに照らされる。
炎の黄色い光が彼の瞳に反射して、ゆらゆらと揺れていた。
「……マリーナのことは小さいころから知っていてね。近所で評判の美人だったんだ。僕はずっと彼女に憧れていた。マリーナだって僕の気持ちには気づいていたと思うんだ……」
「告白したの?」
「する訳ないよ。でも、いつか一人前になった時には、なんて思ってたかな。でも結局は出来なかった」
「って事は、マリーナさんにいい人が出来ちゃったんだ?」
「まぁね。彼女が二十歳のとき、町の有力者の倅に見染められてさ、あの時は、なんであんなロクでもない奴と、って思っちゃってさ。それから結構長いこと、気持ちを断ち切れなかったよ……」
「そんなに好きだったんだ?」
「ああ、大好きだったさ。もちろん今もだけど……」
彼が焚き火に薪をくべる。
「……ところが、僕が店を継いだ頃、彼女の母親が店に食事にやってきたんだ。……嬉しそうに孫が可愛くて仕方がないって話してたよ。それを聞いて、やっと、自分の気持ちにけりを付けることができたんだ……」
「随分と引きずっちゃったんだね」
「おかしいだろ?」
「……まぁ、僕にはよく分かんないけどね……」
彼は、小さく微笑んだ。
「……でも、今から一年ほど前のことだ。町に変な噂が流れだしたんだ」
「噂?」
「ああ、幽霊騒ぎさ。有力者の家に夜な夜な女の幽霊が出るっていうね。でも、真相はすぐに判明したよ。幽霊の正体はマリーナだった……」
「マジで?」
「……これは後から聞いたんだけど……マリーナはさ、旦那の浮気に愛想をつかして、一人娘を連れて家を出ようとしたらしい。だけど、使用人に見つかってしまって、娘とも引き離されたのさ……」
「それが幽霊騒ぎ?」
「その後だよ。マリーナは屋敷の離れに追いやられちゃってね、精神的に追い込まれたのさ。そんな彼女の様子を、誰かがからかって言ったんだろう」
「それは酷いね」
「そう思うだろ?」
「うん」
「……それからしばらくして、マリーナが突然僕の店にやってきたんだ。とても驚いたよ。最初、マリーナだとは気が付かなかったほど、やつれていたからね……」
「へぇ〜」
「彼女は、その後も度々僕の店にきてくれるようになったんだ。それで、様子を見てマリーナに声を掛けたんだ。それが、今から半年前の話さ……」
「そっか〜」
「……それからマリーナは、週に一、二回訪れるようになったかな。最初はずっと使用人ときていたんだけど、ここひと月はマリーナが一人で来るようになってたよ」
「良かったじゃん」
「まぁね……。ところがだよ……」
彼は、目を細めて炎を見つめる。
「……三日前のことさ。マリーナが食事をしていると、いきなり二人の男が店に入ってきて彼女を拘束しやがった。それで、強引に店の外に連れ出されたんだ。僕は奴らに掴みかかったけど、そいつらの後ろには官吏がいてね……」
「官吏?」
ダニールは長い薪を半分に折りながら、呟くように言った。
「……ああ、共和国から来てる執務官さ。だから、どうしようもできなかった……」
くべられた薪が小さく爆ぜ、パチパチと音を出す。
彼を見ると、その表情からは笑顔が消えていた。
「……どうやらマリーナは、浮気の咎で旦那から告発されたらしくてね、彼女を奴隷として売却する許可が下りたってことだった。後から官吏に抗議したんだけど、浮気相手が僕である疑いがある、なんて脅されて、引き下がるしかなかったよ……」
ダニールは話を続けた。
「僕は、このことがあって、やっぱり彼女のことを愛していると自覚したのさ。だから、店を形に金を作って、こうして彼女を追いかけてきたっていうわけ。ハハハ」
彼は、虚しく笑った。
「そうだったんだね。そりゃ、買えなかったら泣いちゃうよね」
「や、やめてくれ。カッコ悪いじゃないか」
「僕は、そういう人嫌いじゃないよ」
「ハッハッハ。そうかい?」
彼は、小さくなった火に薪をくべると、優しく笑って言った。
「さぁ、明日も早い。今日は、もう眠った方が良さそうだね。僕が見張をしているから、エリアは眠るといい」
彼はそう言って羽織っていたマントを外すと、僕に渡してくれた。
オレンジ色の光が、彼の影を揺らす。
ホント、いい男だね、ダニールって。




