201-10-4_祈りの石板
アリサは驚いて直立不動の姿勢になったので、彼女の腕ごとギュッと抱きしめた。
うわぁっ、ボリューム感あるっ!
アリサは、一瞬息が止まり、そして、押し殺したような声でべそをかき始めた。
「う、ううう~~~~。エ、エリア様ぁ〜〜〜〜っ!」
「ど、どうしちゃったの?」
驚かしちゃったのかな? 子どもみたいに泣いちゃったりして。
「ご、ごべんなざい~~~~ううう~~~~」
あらら、ウフフ。感極まっちゃったみたいね。
いつもしっかり者のアリサが、こんなに大人げない顔を見せてくれた。でも、可愛いかも。そして、彼女の肩越しに、そっと囁く。
「アリサ……本当に、あなたの事が好きよ。ずっと一緒にいようね……」
「うう~~~っ!」
アリサは、とうとう声を上げて泣き出してしまった。彼女は、ヒクヒクと息をしながら私に抱きしめられるままにしている。
「だ、誰にもぉ~~そんな風に~~言われた事~~ありませんでしたぁ~~~~ううう~~」
「そうなの?」
こんなに美人なのに。でも、アリサの人生を考えると、それは当然のことだ。彼女は、生まれた時から少女の年齢までずっと奴隷として生きてきて、一方的に搾取される存在だったのだ。誰からも愛を、その欠片一つさえ贈られることもなく、逆に、主人に対し、アリサの全てを与え続けたてきた。それは、想像できない程、辛い人生だったはず。だから、アリサは、他人から好意を寄せられるような経験は無かったのかもしれない。本来なら、こんな美人でスタイルのいいアリサに、男どもが心を奪われない訳が無いのだ。
それなのに、誰からも気持ちを伝えられなかったなんて……。
少なくとも、メイドになってからのアリサは、来客の目にも留まっていただろうに。きっと、洗練されたアリサのオーラに、彼女と出会った男どもは、皆、怖気づいていただけだ。まぁ、アリサが、男に興味を示さないっていうこともあるんだろうけどね。とは言え、私だって、他人にこれ程ハッキリと、自分の気持ちを伝えたことなんて無かった。
気持ちって、伝えなきゃと思った時にちゃんと伝えないとダメだね。これで、アリサに素直な気持ちを言えることができた。色欲の大悪魔が、そうしたければ、そうしなさいって言ってたし。女の子って、気持ちが昂ると言葉に出ちゃうのかな? 聖水婚で女性性が活性化しちゃったのかも、なんてね。でも、アリサって、こんな風に小っちゃい子どもみたいにもなっちゃうんだね。フフフッ。
彼女は、しばらく泣いていた。その間、彼女の頭をよしよしと撫で続けてあげた。その後、アリサがようやく落ち着くと、彼女は手際よく私の用意も整えてくれた。
さぁ! 気分を切り替えて。行くわよ。いざ、ローズ男爵領へ!
ーーーー。
転移は一瞬。目の前の景色が、いきなりローズ男爵領の教会から見る景色に切り替わった。丘の上に吹く風は、イグニス山の方向から山肌に沿って流れてくる。そして、その風は、教会を包み込んで、さらに、大地をなめるようにして広大な畑の方へと降りていく。
少し、肌寒い。
今日は、髪型を全てアップに編み込んでもらったから、首筋が露になっているせいもある。これは、あえてアリサにお願いして、そうしてもらったのだ。トラウマの首輪が目立っちゃうかもしれないけど、それを、自分ではチョーカーだと考えているから見えていても気にしない。隷属の首輪に似ているとしても、それはそれで、背徳的な姿の自分を楽しんじゃおうって思う。鏡を見て、自分でもぞくぞくするくらいだから、マニア受けはいいかもしれない、どこにマニアがいるのかは知らないけれど。寒さの方は、アリサにチョイスしてもらった温かい紺のカーデガンを羽織っているから大丈夫。もちろん、その下は、アクアディアさんに貰ったお気に入り、麻のワンピースを着ている。足元も、ローカットの黒いブーツを履いているから完璧。当然、魔法を使えば薄着でも問題ないんだけど、季節を肌で感じることも大切なのだ。
アリサは、目を閉じ、大きく深呼吸すると、改めて目を見開いた。
「エリア様! とても、美しいところですね!」
アリサは、ローズ男爵領には来たことが無いらしく、広々と見渡せる牧歌的な景色に感動していた。
「本当ね」
晩秋の空は、透き通るように高く、乾燥した空気が風景の色を一層鮮やかなものにしていた。
秋晴れだ……。
「ハハハ」
思わず、苦笑いしてしまった。何故なら、これから行う魔法を使えば、雨が降ることになるからだ。この天気が急変なんて、流石に違和感が半端じゃない。とは言え、それでも、やるしかない。村の人たちも、女神の御業を信じて疑わないのだから。彼らは、あの寄合の時、私を見て、教会を震わせるくらいに歓喜した。それは当たり前だ。ここの農民たちは、丸三年分の収穫が絶たれてしまい青息吐息で命を繋いでいる。中には、奴隷狩りに遭ってしまって、行方不明になった人たちもいるようだ。もう、後がない……。彼らからは、そうした思いがひしひしと伝わっていた。そんな人たちの、最後の希望なのだ。それが……隷属の女神。
この私だ。
そう言えば、あの時、彼らが奏上していたお祈り……。
アクアディアさんの言葉を思い出した。
確か、祈りには隷属の女神に対する、民衆の願いや期待が込められていて、今もそれらの言葉が残っているって言ってたよね。
アリサと並んで、広々とした畑の景色を眺めながら、そんな事を考えていると、教会の扉が開いて、中から、背が低く小太り体型の男が現れた。その男は、おでこから頭頂部まで剥げていて、側頭部と後頭部には、カールになったくせ毛の白髪が生えている。
「あっ、ホルトラスさんっ!」
彼は、いつものように、だぼついた白いシャツに茶色いズボンを履いて、鼻の下のグレーの髭を右手でつまむと、ニコニコと笑って、扉を開け放った。
「おぉ! やはり、エリア様ですじゃ! 今日、お見えになると思うて、朝から、教会でお待ちしておったのじゃ。いやいや、さぁさぁ、どうぞお入り下され」
「ホルトラスさん! ゴメンね、遅くなっちゃったかな?」
「いえいえ。まあまあ、どうぞ。そちらのお付きのお嬢さんも、さぁさぁ!」
「恐れ入ります」
アリサは、恭しくお辞儀をした。
ホルトラスに促されるまま、教会に入らせてもらうと、二人で、入口近くの長椅子に腰掛ける。すると、ホルトラスが司祭室から麦湯を運んできてくれた。
「いや〜、お疲れじゃろう。まずは、こちらで、麦湯でも飲んでくだされ」
「わ〜、ありがとう!」
温か~い。それに、香ばしい匂いがする。
「アリサ、遠慮なくいただきましょう」
「はい。いただきます」
アリサも、お屋敷にいるときよりも、少しはリラックスしているようだ。彼女には、出発前に言ってある。私は、男爵家の人間として扱われているけれど、それは、屋敷にいる時だけだ。外では、礼節よりも居心地の良さを優先したいと。なので、今もこうして、同じ長椅子で隣に座ってもらっているのだ。アリサには、できるだけ自然体でいてもらいたい。
それにしても、アリサの服装は、バリバリのメイドコスプレになっている。スカートも膝上丈で可愛いし、胸元も少し見えていて、ホルトラスにも目の保養になっていることだろう。きっと、アリサは、こういう服が好きなのだ。しかし、お屋敷ではもう少し大人し目のメイド服を着ていることが多い。
もしかすると、これが、アリサにとっての私服なのかもね。でも、それではダメよ、ア・リ・サ。
実は、アリサには内緒で、サリィといろいろ計画しているのだ。メイド達も、もっと自由にファッションを楽しんでもらいたい。それで、サリィに洋服を作ってもらっている。そして、さらに、男爵様にお願いして、メイド達の働き方改革をしたいと思っている。つまり、彼女たちの休日制度を作るのだ。そうすれば、彼女たちも好きな服を着て、町を歩く楽しみくらい味わえるだろう。
まぁ、この世界の習慣を一気には変えられないだろうけど。でも、上手くいけば、アリサとデートも出来ちゃうね。イヒヒッ!
アリサは、両手で、お行儀よく湯呑みを傾けた。
「やっぱり、この教会はいいわ。何だか、ホッとする」
「本当です!」
アリサはそう言うと、湯呑みを持つ手を膝に置き、頭をぐるりと回して、教会の中を見渡した。そして、最後に、祭壇の女神像に目を留めた。
「あれが、ラヒナ様が仰っておられた、エリア様そっくりの女神様の像でございますね」
アリサは、とても興味深く女神像の方を見つめいてる。
「そうだ! ホルトラスさん、この間ね、みんながここでお祈りの言葉を奏上していたでしょ? 私、覚えてないんだけど、お祈りの言葉ってどんなのだったかな?」
そう言ってホルトラスを見上げる。
「ほぅほぅ、祈りの言葉ですじゃな。それなら、ほれっ、女神像の台座の下に、石板がございますじゃろ。そこに祈りの言葉が刻まれておりますのじゃ。皆は、祈りの石板と呼んでおりますがな」
「へぇ〜、そんな石板があるんだ」
「面白いかも!」
「続きが気になるぞ!」
「この後どうなるのっ……!」
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