018-1-18_奴隷市場にやってきた青年
彼女は、檻に飛び付くと指で目尻を拭った。
そして、二人は鉄格子を挟んで手を取り合った。
あの男は知り合いなのか。彼女、あんなに嬉しそうにしてさ……。
しかし、間が悪いことに、 大きな湾曲刀を腰に下げたお頭が……。
うわっ、こ、こっちに向いて来てるんじゃないの? お二人さん、いつまでイチャイチャしてんのさ、あれに見つかっちゃったらどうなるか分かんないぞ〜って、言葉をかける訳にもいかないな……。
ところが、二人はそんなことに気づく様子もない。
一方、お頭は……。
あの様子はもう気づいてるね、ちょっとヤバいかも……。
お頭が、真っすぐにやって来る。
おいおい、何してんの、お頭きちゃってるよぉ〜!
お頭の左手が刀の鞘にかかった。
ちょ、ちょっと何する気? まさかそんな事で切ったりなんてしないよね……?
ところが、お頭は……。
「うわっ、ダメだ、目が怖い。どうする? どうすんの? あー、どうしよう? マズイよ、これ~」
お頭が剣に手を添えて構えた。
マジかっ! も、もう、こうなりゃ仕方ないっ!
指先をこっそりと二人に向けて念じる。
ほらっ、力一杯やっちゃってっ!
すると次の瞬間、彼女が、男を両手で力一杯突き飛ばした。
(ドンッ!)
「お〜〜〜っ、とっとっとっ!」
完全に不意を付かれた彼は、、腕をぐるぐると回しながらそのまま大きく尻もちを付いてしまった。
(ドスンッ!)
「い、痛てててて、こ、転んじゃった。ハハハハハ、ど、どうしたの、急に?」
彼女も目をまん丸くして口に手を当て、反対の手を鉄格子の隙間から彼に伸ばした。それを近くで見ていた案内係の男が、慌てて駆け寄って来た。
「この野郎っ! 売り物に手出してんじゃねぇぞっ!」
男は怒鳴り声をあげ、ドジ男の顔面に蹴りを入れた。
「ブハッ!」
しかし、彼はすぐに身体を起こし、必死で巾着袋を案内係に向かって掲げた。
「ま、待ってくれ! 違うっ! 僕は客だ。ほ、ほら見ろ、金もあるっ! ゴホッ、ゴホッ」
「客だろうが、金を払うまでは、売り物に手出しは厳禁だ、馬鹿野郎! 次しやがったらタダじゃ済まねえからな。覚えとけっ!」
案内係の男はそう言い放つと、忙しいと言わんばかりにそそくさと行ってしまった。彼女が、鉄格子にしがみついて彼を心配そうに見ている。少し離れた位置でその様子を見届けたお頭は、身体の向きを変えてゆっくりと歩きかけた。立ち去る際、お頭と目が合う。
いっ!
しかし、お頭は、何も言わずに行ってしまった。
ふぅ~、ヤバっ。お頭、こわっ! ドジ男のヤツめ、空気読めって、まったく! こんな奴隷市場でラブラブやってんじゃないっつうの! まぁ、僕も、放っときゃいいんだけどさ……。
咄嗟に思い付いたのは、”男に手を握られたら突き飛ばす魔法”だ。思いの外上手くいったようだ。
それにしても、案内係の男がいてくれて助かったな。ああでもしなきゃお頭が刀を抜いてたよ、きっと。ドジ男君、命拾いしたの分かってんのかな?
向かいの檻を見ると二人はようやく落ち着いたようで、今度は少し距離を開けて話している。
まったく、人の気も知らないで仲良くしちゃってさ。何話してんだろうね?
耳を澄ませると二人の会話が聞こえてくる。
「この金で必ず君を買い戻す。マリーナ……」
ん? 彼女を買い戻す?
ドジ男がそう言うと、彼女が筆談で何かを手のひらに書いた。
それに応えるようにドジ男が言った。
「気にしないでくれ。君と二人なら食堂なんてすぐにできるさ」
すると、彼女がまた何かの言葉を手のひらに書いた。
そして、ドジ男が答える。
「大丈夫さ。じゃあ、交渉してくるよ。待っていてくれ」
彼はそう言うと、手を振って嬉しそうに走っていった。
ふ〜ん、恋人かな? 彼女は浮気がバレて奴隷に売られたんだよな。なるほど! 浮気相手はあのドジ男君だな。
彼女は、彼の背を追うように鉄格子にしがみついている。
でも、ドジ男君は結構真剣だよな。彼女を買いに来たようだし、浮気というよりは本気だよあれは……。
気が付くと彼女が僕を見ていた。また、憐れんでくれてるんだろうか。そんなに悲しい目で見ないで欲しい。そんなことを思ったとき、彼女の思いが、スゥ〜ッ、と頭に入ってきた。
え? この気持ちって……。
何だろう? ドジ男君の手持ちでは、自分を買えない? そうか。さっき、いい身なりの人が見に来てたからね。彼女、もう諦めちゃってるよ。でも、そのことをドジ男君に言わなかったのか? そりゃそうだな。あんなに真剣な彼に、それを告げるなんて出来なかったんだね。あぁ、結末を見るのが辛いんだけど……。
しばらくすると案内係の男と内覧に来ていた紳士的な男がやってきた。
彼女は、一瞬、僕を見ると、奴隷商の男に引っ張られて行った。
やっぱり、買われちゃったか……。
トボトボと歩いて行く彼女の背中を見送った。
……悲しいけど、僕にはどうすることもできないよ。買ったのは金持ちそうな人だったし、酷い扱いは受けないんじゃないかって願うしかないか。
主の居なくなった檻は、寂しそうに扉が閉じられた。
気づけば、周りでもそういう檻がところどころで見られ始める。最初は女奴隷の檻から空になり、売れ残りの奴隷は半分ほどになってきた。僕もその一人だ。
誰からも必要とされないってのも何だかなぁって感じだけど、だからって、買われても困っちゃうよね。でも、このまま売れ残ったら、今夜、ここを逃げるか。
そんなことを考えながら鉄格子の間から周囲の様子を覗いていると、何故だか、あのドジ男君が目の前にやってきた。
落ち込んじゃって、やっぱりショックだったんだろうね。けど、どうしたんだ? 何か僕に用でもあるのかな?
ドジ男は、力無く視線を落とし、そして、徐に言葉を口にした。
「……ぼ、僕は、彼女を買うことができなかった……ううっ……」
見りゃ分かるけどね……。
「ボズウィック男爵っていう貴族に……負けたんだ……」
そうなんだ……。
「……彼女は、お嬢ちゃんのことを気にしていてね……も、もし、僕が彼女を買うことができなかったときは、お嬢ちゃんを買って孤児院にでも連れて行ってくれないかと頼まれたんだ……」
は? 何それ?
「……僕は、彼女を買えると信じていたから、気にも留めなかったけど……ううう」
ドジ男は、下げた両手を握りしめて震えていた。
あ〜ぁ、大の大人が泣いちゃってるよ。
「ぼ、僕は、彼女を愛している……グスッ……諦めることはできないんだ。だから、この金で君を買うことはできない。申し訳ないが、分かってほしい……」
かぁ〜、律儀な男だよ、まったく。わざわざ僕に断る必要も無いでしょうに。まぁ、ドジ男君の人がいいのは確かだね。
彼が悲しい目で僕を見つめる。
う〜ん、よく見ると、結構男前だな。ん? ……ふむふむ。いいこと思い付いたぞ。よし! 彼にとっておきのもの見せちゃおう。へへへ、ドジ男君、どんな顔するかな?




