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018-1-18_奴隷市場にやってきた青年

 次の瞬間、彼女が目の前の彼を、思いっきり付き飛ばしたっ! 


 彼は、完全に不意を付かれ、腕をぐるぐると回して二、三歩足後ろに下がり、バランスを取ろうとした。しかし、勢いが強くてそのまま倒れ込み、大きく尻もちを付いてしまった。彼にはあまりにも突然のことで、とても驚いたに違いない。しかし、男を突き飛ばした方は、もっと驚いている様だ。彼女は、左手を口に当てて目をまん丸くしながら、右手を、鉄格子の隙間から彼に差し出している。


「ゴメンね。緊急事態だったんだ」


 彼女も、何が何だか分からないと言った様子だ。ところが、それを近くで見ていた案内係の男が慌てて駆け寄ってきた。そして、男は、後ろ手に身体を支えていた彼の胸を、思い切り足の裏で蹴り飛ばし、大声で怒鳴った!


「この野郎っ! 売り物に手出してんじゃねぇぞっ!」


 彼は、床に倒れ込んでしまったけれど、すぐに振り返ると、案内係の男に言い訳をした。


「違うっ! 僕は客だ。ほら見ろ、金もあるっ!」


 そう言うと彼は、巾着袋を案内係に掲げて見せた。案内係の男は、倒れこんだ男の襟首を掴み上げて言った。


「客だろうが、金を払うまでは、売り物に手出しは厳禁だ! 次しやがったらタダじゃ済まねえからな。覚えとけっ!」


 案内係の男はそう言い放つと、忙しいと言わんばかりにそそくさと行ってしまった。彼女が、鉄格子にしがみついて彼を心配そうに見ている。少し離れた位置で、腕組みをして男を睨んでいたお頭は、その様子を見届けると、身体の向きを変え、ゆっくりと奥に向かって歩きかけた。お頭が立ち去る際、目と目が合ってしまった。


「くぅ~、やばっ。お頭、怖っ!」 


 あのお頭は、感が鋭そうだ。


「なんで僕を見たのだろう?」 


  魔法を使ったことはバレなかったはずだけど。


 でも、あのドジ男。空気読めよな! こんな奴隷市場でラブストーリーやってんじゃないっつうの! まぁ、何んとか収まったから良かったよ。


 あの時、咄嗟に彼女に魔法を掛けて正解だ。男に手を握られたら突き飛ばす魔法、という名前でほんのたった今考えた魔法なのだ。案内係の男もいてくれて助かった。ああでもしなければ、お頭が刀を抜いていただろう。


「ドジ男君、命拾いしたの分かってるのかな?」


 僕も関わらなければいいんだけど、心のままに動いてしまった。


「あんなの放っておけないよ、ホント」


  向かいの檻を見ると二人はようやく落ち着いたようで、少し距離を開けて話しているようだ。真向いなので二人の会話が聞こえてくる。


 ドジ男が、「この金で必ず君を買い戻す。マリーナ」と彼女に言った。すると、彼女が筆談で何かを言った。それに応えるようにドジ男がまた、「気にしないでくれ。君と二人なら食堂なんてすぐにできるさ」と言う。彼女がまた何かの言葉を掌に書いた。そして、ドジ男が答えた。


「大丈夫さ。じゃあ、交渉してくるよ。待っていてくれ」


 やっぱり、二人は知り合いのようだ。


 ふ〜ん、恋人同士なのかな? 彼女は浮気がバレて奴隷に売られたんだよな。なるほど! 浮気相手はあのドジ男君だな。というか、ドジ男君は結構真剣だよな。二人の会話はなんとなくしか分からないけど、ドジ男君は彼女を買いに来たようだし、浮気というよりは本気だよあれは。


 気が付くと彼女が僕を見ていた。また、憐れんでくれてるんだろうか。そんなに悲しい目で見ないで欲しい。そんなことを思ったとき、彼女の考えが、スゥ〜ッ、と頭に入ってきた。


 え? これって……。


 彼女を見ると、その表情はやはりそれを語っていた。


 もう……諦めてる……。


 あの女性は、ドジ男君の手持ちの金では、きっと彼女のことを買えないと思っている。何故ならさっき内覧で彼女を見に来た客の中に、ボズウィック男爵という貴族の使いがいたようなのだ。男爵の使いは、メイドにするための女奴隷を見に来たようだった。


「彼女、そのことをドジ男君に言わなかったのか。そりゃそうだな。あんなに真剣な彼に、そのことを告げるなんて出来なかったんだね。僕は、結末を見るのが辛いよ」


 案の定、心配した通りになってしまった……。


 しばらくすると案内係の男と内覧に来ていた男がやってきて、彼女を連れて行ってしまったのだ。彼女は、一瞬、僕を見ると、奴隷商の男に引っ張られて行った。


「買われちゃったか。切ないね」


 でも、今の僕にはどうすることもできない。暴れて彼女を逃がすことができたとしても、彼女も一生追われる身になるだけだ。男爵家のメイドなら、酷い扱いを受ける可能性も少ないと願うしかない。


 あちこちの檻では奴隷たちがちらほらと買われて、売れ残りの奴隷は半分ほどになった。僕もその一人だ。内覧には変態親父どもが来たけれど、僕を買う気も無さそうだったし。


「買われても困るけどね」


 どうやら、僕は、このまま売れ残りそうだ。もし売れ残ったら、今後のことをゆっくり考えよう。そんなことを考えながら鉄格子の間から周囲の様子を覗いていると、何故だか、あのドジ男君が目の前にやってきた。彼は、僕の檻の前で力なく立ちつくしている。彼女のことを買えなかったんだろう。


 けど、どうしたんだ? 何か僕に用でもあるのかな? 


 彼は、力無く視線を落とし、しばらく口を閉ざしていたが、徐に言葉を口にした。


「……ぼ、僕は、彼女を買うことができなかった……ううっ……。か、彼女は、お嬢ちゃんのことを気にしていてね……も、もし、僕が彼女を買うことができなかったときは、できるならば、お嬢ちゃんを買って孤児院にでも連れて行ってくれないかと頼まれたんだ。僕は、彼女がそんなこと言ったところで、彼女を買えると信じていたから、気にも留めなかったけど……」


 ドジ男君は、下げた両手を握りしめて震えていた。


 泣いているのか? 


 やっぱり泣いている。彼は、半べそかきながら、話を続けた。


「ぼ、僕は、彼女を愛している……グスッ……。諦めることはできないんだ。だから、この金で君を買うことはできない。申し訳ないが、分かってほしい……」


 かぁ〜、律儀な男だよ、まったく。まぁ、誠実で純真って事だね。


 ドジ男君の人がいいのは見ていてよく分かる。それなら、彼にいいもの見せてやろう。


 どんな顔するかな? へへっ。

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