016-1-16_美しく禍々しい女性(挿絵あり)
その靴音は、固く尖った響きをしていて、いかにもヒールの踵の音だとわかる。そして、ゆったりとした等間隔リズムを刻み、まるで、その音を耳にした者をひれ伏させるような威圧感を伴っている。それまで雑然として騒がしかった会場がいつの間にか静かになり、その靴音だけが乾いた空間に響き渡っていた。
やけに堂々とした足音だけど。
まぁ、どうせ、内覧に来たどこぞの金持ちだろう。有閑マダムが暇つぶしに若い男奴隷でも買いに来たんじゃないか?
しかし、靴音は途中で止まる様子はなく、段々とこちらに近づいてくる。
男奴隷の檻は素通りして来たのか? まぁ、でも、僕には関係ない。
そう思っていたけれど、もう、ほんのすぐ側まで靴音がやってきた。そして、とうとう、最後の靴音を、カツンッ、と立てて、目の前でピタリと止まった!
んっ?
さすがに、気になって通路側を見る。すると、とてつもない美人が一人、この場に全くそぐわない恰好をして、口元に薄く笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。
うっ……。
言葉が出ない。と言うよりも、喉が緊張して息をしているのがやっとの状況だ!
な、何だ、この威圧感!
先ほどから側にいた作業着の親子も、彼女の存在に圧倒されている。父親の方は腰が曲がって前傾姿勢だったはずが、後ろへ反り返って、倒れないように檻に掴まったまま固まっている。息子はというと、その場にへたり込んで後ずさりしていた。彼女は、部外者を排除するように、一瞬、彼らを横目で見ると、父子は、逃げるように慌ててどこかへ行ってしまった。
な、何なの、この人?
この女性は、僕の魔力感知に一切引っかからずにここまでやってきた。普通の人間なら微量の魔力を常に流しているはずだ。つまり、この女性は、魔力をコントロールしている。
な、何者なんだろう?
こうなったら関係無いとか言ってる場合じゃない。そして、布を除けて立ち上がった。
しっかりと彼女を観察しなければ!
しかし……。
クッ! す、凄い覇気だっ!
この人は、さっきまで魔力をコントロールしていたはずだ。それなのに、今は解放したのだろうか。それにしては、周囲の奴隷が普通にしている。
み、みんな平気なの? 何で?
何とか、萎縮しそうになるのを抑えながら彼女を見る。それにしても、覇気に纏われている禍々しさが半端じゃない。
見た目は若いのに、雰囲気はまるで若い娘なんかじゃないぞ。でも、この人、僕の事を知っているような目で見るけど、どうして?
「ぼ、僕に何か用?」
鉄格子に近づき彼女にそう聞いた。すると、彼女は、「フフッ」と笑っただけで答えなかった。
怪しすぎっ!
彼女は、とてもフォーマルなタイトドレスを着ている。それは鮮やかな濃紺色で、肩から袖にかけてと、ブイネックになっている部分はレース生地になっていた。裾は足首まであるロングだけれど、左側が大きく切れ込んだスプリットで、透き通るような白い太ももが、股関節あたりまで見えている。
い、色気が大人だ。それに、人間離れした美しさ……。
そして、彼女の髪は真っ黒で背中までの長いストレートにしてある。とても艶がありサラッとして軽い印象だ。目は切れ長で瞳は透き通った赤。口紅も赤く顎が小さい。首も華奢で細身なのに、胸だけは大きく張っている。ウエストは細く、その分、ヒップのラインから太ももの曲線が強調されていた。耳たぶにはダイヤのピアスだろうか、控えめな大きさの粒がゴージャスに輝いている。
ほぇ〜、見惚れちゃう……。
彼女は、左手で右手の肘を抱き、右手を顎に当てて、優しく笑いながらこちらを見ていた。
こんな美人がいるんだねぇ〜。
しかし、そんな人がこの場にいると、豪華な映画祭に出席した女優がそのままの格好で、薄汚れた監獄をうろついているような場違いさがある。
違和感、半端ないね。
そこで女性が、ようやく言葉を口にした。
「あら、今回はオシャレなチョーカーですのね……」
えっ?
「……それにしても、まだまだお身体に馴染んでおりませんわ。まぁ、でも、あの色気の無いバカ女の説明では無理もないのでしょうけれど……」
彼女はそう言うと、膝を閉じてそっとしゃがみ、着けていた紺色のレースの手袋を外すと、左手に持っている黒いハンドバッグから何か小さなものを取り出した。そして、黒いネイルの親指と人差し指でそれを摘まみ、「あ~ん」と言って僕の口元に差し出した。
何が何だか分からない。
いやいや、そんなの口を開ける訳ないって!
そ、それなのに……。
しないしない、そんなの口に入れるはず無いでしょ!
頭ではそう思っているのに……。
な、何で、口が勝手に開いちゃうの~〜〜〜っ!?
「あ~ん」
ゴックン!
うわっ、の、呑み込んじゃったぞっ! ど、どうしよう? 今の、何っ? 毒じゃないよね? 何? 何だったの、今のはっ!?
彼女は満足そうな顔をして言った。
「今のは、魔法をかけた種ですわ。女性そのものの名が付けられた、とても可愛い花の種ですの」
た、種? 何でそんなものを。いや待て待て。落ち着け。何か言わないと……。あれぇ? 何だか身体が熱くなってきた……。お腹の下の方が……熱くて……ジンジンするよ。それに……頭もぼんやり……してきたじゃ……ない……か……。
ーーーー。
はっ! ど、どうなった!?
飛び上がるように身体を起こした!
い、今、僕、眠ってたの……?
目を開けると檻の前で座ったまま、一瞬、眠ってしまっていたようだ。目の前には、以前としてあの女性がいる。彼女は、しゃがんでだままでニコニコと僕を見ていた。
「僕、ど、どうなったの?」
「男性性が、拒否反応を示してましたわね」
女性は、そう言ってから、種の説明をしてくれた。あの種は、さっきも彼女が言ったように、花の種のようだ。しかし、ただの種ではない。
「……花の名前は、クリトリアと言いますのよ。女性の、つまり、一番繊細で大事な女性器の形に似た、とても可愛らしい花を咲かせますわ……」
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な、何なの、この人?
AI生成画像
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クリトリアの花