149-8-16_戦士クータム(挿絵あり)
もう、こうなったら、アクアディアさんの言葉を信じるしかない。
危険が無いように見てるって言ってくれてたんだから、大丈夫よ!
砦の門をくぐり、中へ入ると、右手には、外から見えていた物見櫓が立っていた。土台を見れば丸太をロープで縛って組み立ててあるだけだ。
本当に急ごしらえみたいね……。
そして、すぐ目の前には、岩壁に大きな亀裂が入った自然の洞窟がある。どうやら、砦は、この入口を守るためのものらしい。
「へへへっ、あの洞窟が俺たちの村の入口だ」
リーダーはそう言って、洞窟の入口を指差した。
村の入り口にしては、小さいわね。中は広いのかな?
洞窟を外から見ると、ここが生活の場であるという雰囲気はしない。こんなところで、生活するなんて、きっと不便に違いないと思う。それとも、彼らの習性だろうか?
ところが、その時っ!
「ん?」
洞窟の中から、何かが飛び出してきたっ!
「何か来る?」
それは、四肢を使って、一目散にこちらをめがけて走ってくるっ!
え? 何? 女の子?
でも、頭の上に耳がある。
「猫っ?」
違う、獣人だっ! それに、小さい。
子どもだっ!
そして、それを追いかけて、ラケルタ人の男も走ってきたっ!
「クータムっ! そいつを捕まえてくれっ! 逃げやがったんだっ!」
「チッ! 何してやがんだよっ! おい、門を締めろっ!」
リーダーは、門番にそう言うと、腰のホルダーから短い杖を取り出し、こちらに突進してくる猫の獣人に杖の先を向けた。
「こんなもん、使いたかねぇんだがヨ。仕方ねぇっ!」
そして、彼は魔法を唱えた!
「英明なる霊木の杖よ、我の命に従い、この者を拘束せよ! スターっ!」
何っ! 隷属魔法っ!?
すると、その獣人は足を絡ませて転がり込むように倒れてしまったっ!
「ちょっとっ!」
クッ! 何てことをっ!
「早く魔法を解除してっ! このままじゃ気を失ってしまう!」
大声で叫ぶ! そして、獣人の所へ駆け寄った。
「この子、まだ子どもじゃないのっ!」
その獣人は、濃いグレーの毛をした猫耳で、尻尾が白とグレーの縞模様になっている。そして、地面に突っ伏したまま、身動き一つしない!
「早くしなさいよっ!」
「チッ! うるせっー! リセッティ!」
リーダーは、魔法を解除し、仲間のラケルタ人に、「早く、縄を持ってこいっ!」と言って、獣人の少女の様子を、上から覗き込んだ。慌てて、女の子を抱き寄せる。
「ねぇ、大丈夫!?」
かわいそうに!
彼女を抱き上げて、背中をさする。すると、猫耳の少女は息を吹き替えすように意識を取り戻し、ようやく目を開けた。しかし、その目は充血し涙を一杯に溜めている。
「……」
あれ? 声が出せないんだ!
「ちょっと、あんたっ! 沈黙魔法も掛けてるでしょ! 早く、この子をしゃべれるようにしなさいよっ!」
「ダメだ」
「何でよ、乱暴な事しないって言ったでしょ!」
リーダーは腕を組んで、目を閉じた。獣人少女を追いかけてきた大柄なラケルタ人も、リーダーの前にやってきた。
「すまねぇ、つい、目を離したスキに、逃がしちまった」
彼は、そう言いながら、こちらを向くと少し驚いたような顔をした。
「おっ、何だオイ!? 人間の女か? 上玉の獲物じゃねぇか? 流石だなクータム」
そう言うと、そのラケルタ人は、大きな手で顎を掴もうとする。
「触らないでっ!」
気持ち悪いっ!
男の手を叩いて弾き飛ばし、睨みつけてやった。
何なの、コイツら? それに、獲物って何よ!?
すると、その大柄なラケルタ人は、自分の顎に手を当てて、品定めするような目つきで上から下に視線を這わした。
「威勢がいい女じゃねぇか? クータム、この女どうすんだ? 奴らにやっちまうだよな。ちょっともったいねぇくらい、いい女だぜ。奴らに渡しちまう前に俺たちで楽しむってのはどうだ? ヘヘヘッ……」
なんて下種な奴らっ!
獣人の少女といい、女の子を攫っているに違いない。
奴隷狩りのようね。とんでもないところにきてしまったわ。何とかしないと!
しかし、彼は、そこまで言って、話すのを止めた。
「こ、この女、何でしゃべれる? 隷属魔法はどうした? おい、クータム?」
「うるせーっ! マグナスっ!」
クータムと呼ばれたリーダーは、急に怒鳴り声を上げた。
「それ以上、口を開くんじゃねぇっ!」
クータムに怒鳴られ、マグナスという大柄なラケルタ人は萎縮するように肩を寄せた。
やっぱり、コイツがリーダーだったんだわ。
クータムは、歯を食いしばり、手をギュッと握っている。
「クソッ! もうこんなもん止めだっ!」
クータムは、そう言って、その場に、ドスンッと胡座をかいて座り込んだ。
今度は、何っ!?
何が起こっているのか、よく分からない。女の子が放してもらいたそうにしたので、そっと降ろしてあげた。そして、周りにも注意を払う。
こいつらは人攫いだ。でも、何か様子がおかしい。仲間内で揉めている? 逃げるなら今がチャンスかも。でもダメだ。今、逃げれば、また、この子に魔法を掛けられるだけだわ。やっぱり魔法が使えないと不便だ。
う~ん、どうする?
「どういう意味っすかっ?」
クータムの後ろにいた小柄なラケルタ人が、棍棒を片手に近寄って来た。すると、周りのラケルタ人も、ゾロゾロとリーダーの周りに集まってきた。そして、先程、洞窟から少女を追いかけてきたラケルタ人が、リーダーの前に進み出た。
「クータム! 何言ってやがる! 奴らが来るのはもう明日だぜ!」
クータムは、奥歯を噛んで、「チッ!」と舌打ちをした。
「ああ、そんな事は分かってる。でもヨ、こんな、奴隷狩りの真似みてぇな事してもヨ、奴らは、俺たちを皆殺しにするに決まってるぜ。やっぱり、俺たちゃ、戦士らしく、戦うしかねぇ」
クータムを取り囲んでいたラケルタ人たちは、沈痛な表情で肩を落とした。そして、クータムの後ろにいた男が、申し訳なさそうに言った。
「ク、クータムさん! お、俺たちの家族は、どうなるんだヨ?」
クータムは、少し後ろを向き、周りを取り囲む男たちに向けて言った。
「すまねぇ。みんなで決めた事なんだけどヨ、でも、奴らの言う事は、やっぱ、信用できねぇ。俺たち男どもを殺して、女子どもは攫われちまうだろう……」
辺りを重苦しい空気が包む。
クータムは話を続けた。
「……だったらヨ、戦えない奴らを逃しちまって、俺たちで時間稼ぎでも出来りゃヨ、一人でも、生き延びる事が出来るかもしれねぇ。その方がマシじゃねぇか?」
何だか、話し合いが始まったみたいだ。と言うか、リーダーの一方的な話だ。しかし、誰も、クータムの意見に反論するような者はいない。
何の話だろう?
注意深く彼らを観察する。その一方で、手を繋いでいる獣人の少女の様子も気になる。彼女はさっきよりも落ち着いたようだけど、まだ隷属魔法は解除されず話す事が出来ないでいる。
マグナスが言った。
「クータム、オメェ、戦って死にたいだけじゃねえのか?」
ところが、周りのラケルタ人たちは、気を落としているのかと思ったら、逆に、彼らの目は鋭くなり笑みを浮かべている者もいる。
何? コイツら。変な奴らね。
クータムは、マグナスにそう言われると涼しい目をして微笑んだ。
「へへへ! まぁ、そういうこった!」
「何だ、チキショウ! クータム、テメェ、言うの遅せぇんだヨ」
マグナスは何だか嬉しそうだ。
「だったら、仕方ねぇ。リーダーがそう言うんじゃな」
彼はそう言うと、周囲を囲むラケルタ人みんなに向かって言った。
「おい、みんな、俺とクータムは腹を決めたっ! 戦って死ぬってな! だけどヨ、みんなは、俺たちのワガママに付き合うこたぁねぇ。戦いたくねぇ奴は、今からでも、家族を連れて逃げてくれ!」
マグナスは、清々しい表情だ。
戦って死ぬって何? さっき、奴らが、って言ってたけど、誰かと戦争でもしようと言うの?
獣人の少女は、私の手をしっかりと握っている。そして、ラケルタ人たちを見ると、マグナスが言った言葉に答えるように、群れの中から誰かが大声を上げた。
「バカ言わないでくれよ。リーダーと副リーダーが戦うって言うのに、逃げるなんて出来るわけないって、なぁ、みんな!」
すると、群れのみんなからたくさん声が上がった。
「そうだぞ!」
「もう、俺の腹も決めてるヨ!」
「俺たちは、ラケルタの戦士だ!」
「みんなで、死のうぜ!」
「おぅっ!」
「オメェら……」
クータムは、ニンマリと笑みを浮かべ、立ち上がった。そして、こちらに向かって言った。
「そう言うこった。お嬢ちゃん。もう、奴隷ごっこは終わりだ」
あ? そうなんだ。それなら良かった、のか?
何だか分からないうちに、逃がしてくれそうな話になった。
「逃がしてくれるの?」
獣人少女が、繋いだ手にギュッと力を込めた。クータムは、背中の剣を抜いて、地面に刺すと、杖のようにして、両手を乗せた。
「ああ、ただし、オメェさんは、もう、俺の嫁だ……」
「はぁっ?」
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もう、こうなったら、アクアディアさんの言葉を信じるしかない。
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