148-8-15_ラケルタ人(挿絵あり)
トカゲ人間? イニシエーション中なんだけど、ここは、デマヒューマンの生活圏なの? 一体、どんな世界なんだろう?
色々と疑問が湧き出てくるけれど、カメは、多くのことを話さない性格だ。その彼が、こうして注意を促すのだから、相当、ヤバい存在なのかもしれない。
「何だかよく分からないけど、分かったわ」
本当なら、しつこく理由を聞きたいところだけれど、カメの機嫌を損ねても面倒そうだし、とりあえず、彼の言うことを聞いておこう。すると、カメが、突然止まり、右手を見るように言った。彼に言われたとおり右手の方向を見ると、五十メートル程離れたところに、緑色の人影が二人、立ち話をしていた。
「ガウッ」(奴らがラケルタ人だ)
あれが?
彼らの姿を見れば、ラケルタ人であることは一目瞭然だ。二人とも、特徴的な太い尻尾に、トカゲ顔をしている。彼らは、腰にスカートのような鎧を着け、左に湾曲した剣を持ち、右手の肘には丸く黒い盾を装備している。いかにも戦闘部族っぽい。
「ホント。絡まれたらやっかいそうね」
カメは、静かに動き出し、彼らから遠ざかるように左方向に進み始めた。しかし、しばらく進むと、今度は左手に、先程と同様のラケルタ人が二人、また、立ち話をしていた。今いる場所は、少し窪地になっているため、彼らには見つかっていない。カメは、行くぞ、と言って、止まる事無く歩みを進める。そこからまた、しばらく進むと、段々と水嵩が増していき、小さな運河のような地形になってきた。さらに進むと、両サイドの土手が高くなってきて、堀のような形状のところに入ってきた。そして、道は、少し進むたびに直角に曲がっていて、先の様子がよく分からない。カメは、曲がり角の度に止まり、前方を確認して慎重に進んだ。ところが……。
「これ、行き止まりじゃないの?」
前方は、垂直の土手の壁だ。
「ガウ!」
カメは、言った。
(しまった!)
しかし、後戻りする間もなく、前方と両サイド、そして、後方にも、剣を持ったラケルタ人が一斉に現れた。恐らく、二十人はいる。
「罠だったの? 囲まれちゃった! どうしよう!?」
ラケルタ人たちは、ニヤニヤと笑いながら見下ろしている。すると、カメが言った。
「ガウガウ、ガウガウガウ」(すまん、罠に嵌ったかもしれん)
「見りゃ分かるけど」
その時、ラケルタ人のうちの一人が、土手の上からカメの背に飛び降りてくると、笑顔で言った。
「ヨウッ! 客人たち。よく来てくれたな。ヘヘヘ。ここは、俺たちの縄張りだぜ」
声を掛けてきた男をよく見ると、この人物だけ他のラケルタ人とは、皮膚の色が違う。他の者は淡い緑色をしているけれど、彼だけは、黄色い皮膚をしていた。それに、身体もひと際大きく逞しい。身長は二メートルを優に超えているだろう。他のラケルタ人も、そこそこいい体格をしているけれど、彼の上腕や胸板、肩の筋肉は立派に盛り上がり、引き締まった肉体をしている。そして、彼が着けているスカート型の鎧は、他の者が着けているものとは違い、装飾が施してあり、右手の丸い盾も銀色でピカピカに磨かれていた。背中に背負っている剣も大きそうだ。見るからに、彼は、この群れのリーダー的存在だ。
「ヘヘヘッ、何だ、人間だな。可愛いお嬢ちゃんじゃねぇか」
彼がそう言うと、周囲のラケルタ人たちも、嫌らしい顔つきで笑った。
「この堀は、獲物を追い込む罠なんだけどヨ、まさか、こんな美人のお嬢ちゃんがひっかかるとはな。ヘヘヘ」
リーダーらしき男がそう言うと、土手の上のラケルタ人たちが一斉に笑った!
「ヘッヘッヘッー!」
「ヒッヒッヒッー!」
「ヒャァッヒャァッヒャァッー!」
ちょっと、ヤバい雰囲気ね……。
警戒していると、リーダーの男が言った。
「まぁ、そんなに固くならなくてもいいぜ。せっかく来たんだしヨ、俺たちの村に案内するぜ」
リーダーの男はそう言うと、左手を差し出した。
「お嬢ちゃん、俺が手を引いてやろうじゃねぇか。ヘヘッ」
カメは黙り込んで何も話そうとしないけれど、これだけ囲まれたのなら、彼らの言うことを聞かないと何をされるか分からない。とりあえず、彼らに従うしか無さそうだ。
「乱暴なことしないわよね?」
そう言って、リーダーの男に一応、釘を指し、彼の左手を取った。周囲のラケルタ人間たちが、またニヤニヤと笑っている。男の左手は私の左手をしっかりと掴み、ゆっくりと身体を引き上げた。そして、彼は、掴んだ左手に視線を向けた後、ニンマリと笑って言った。
「する訳ねぇぜ。俺たちは、みんなジェントルマンだ。ヘヘッ!」
彼はそう言うと、土手から下ろされた梯子に私を掴まらせて上るように促すと、自分はサッとジャンプして、やすやすと土手の上に乗った。
「ガウガウ〜」
梯子を登ろうとしたとき、カメが後ろで握手がどうとか言ってたけれど、良く聞こえない。
今、彼らに逆らうことは、得策じゃないわよ……。
土手を登ると、そこは広々とした草地になっていて、先程までの湿地とは違い、地面に水が浮いておらず歩きやすい。そして、広場の奥の方を見ると、そこには、背の高い杭を打ち込んだ、砦ような塀が設置されていた。
「あれが俺たちの村だぜ」
リーダーのラケルタ人は、そう言うと、馴れ馴れしく肩に手を掛けて歩き出した。
ちょっと嫌な感じ……。男に身体を触れられるのは、生理的に無理かも。でも、ここで反抗しても多勢に無勢だ。気持ち悪いけど今は我慢するしかない。
後ろでは、カメもラケルタ人に手伝われて、何とか土手を登ってきたようだ。とりあえずは、乱暴されている様子はなさそうだ。ただ、この人たちが何を考えているのか分からなくて、気味が悪い。
「ところで、お嬢ちゃん。その首のもんは、人間どもが奴隷に付けるやつだろ? 何で、そんなもん着けてんだ? お前さん、奴隷なのかい?」
リーダーの男が、覗きこむように私の首輪を見た。
「あぁ、これね。隷属の首輪じゃなくてチョーカーよ」
「何だ、俺ぁ、てっきり嬢ちゃんが奴隷抜けでもやらかしたんじゃねえかと思っちまったぜ、へへへ」
「それは何なの?」
「ん? 奴隷抜けを知らねぇのか? そりゃぁ、お前ぇ、主人から逃げる事だぜ。まぁ、殺される覚悟だけどヨ」
「ふ〜ん……」
そして、リーダーはニヤニヤと笑みを浮かべながら後ろを振り返った。後ろを歩いていたラケルタ人たちは、相変わらず嫌らしい笑い方をする。
何か、やっぱり、変な事考えてるんじゃないよね? この人たち……。
肩もずっと抱かれたままだ。
やっぱり気持ち悪い……。
リーダーに、ピッタリと身体を寄せられたまま、歩きながら何か考えなくてはと焦る。しかし、今、できる事と言ったら、少しでも、この人たちのことを観察するくらいしかない。それなら、彼らの特徴くらいは把握しておかないと。
まず、私の肩を抱いている彼の左手。皮膚は黄色く、爬虫類特有の鱗がある。陽光を反射し、虹色に見える時がある。
近くで見ると、案外、綺麗よね。
手は、指が五本あり、その先は鋭い鈎爪になっていて、人間の皮膚くらいなら抉ってしまいそうな鋭い爪だ。
次に、足元を見る。足は大きく、指の間には膜のようなものがあり、やはり、足の指にも鋭い爪が生えている。
水辺に棲む人たちの特徴ね。
この足なら、湿地の地面でも滑ったりしないだろう。そして、さっと、視線を斜めに上げ、顔を見る。すると、額からずっとトサカのように固そうな白い毛が生えていた。そして、目は鋭く大きくて、目の玉が金色をし潤いのある瞳をしている。口は大きく、大抵のものは丸呑みできそうだ。
本当にトカゲだ!
「俺のことが、気になるのか? ヘヘッ」
リーダーは私の視線に気付き、目玉だけを下に動かしてそう言った。慌てて目を逸らし前を向く。
こっそり見たつもりだったのに……。
それにしても、見たところ、彼らは運動能力が高そうだ。魔法が使えない今の私は、彼らと戦うことは難しいかもしれない。出来ることと言えば、彼らの目を盗んで逃げるくらいのことしか思い付かない。
困ったわね……。
そうこうしているうちに、砦の前までやってきてしまった。
「どうだ、俺たちの砦は。実はヨゥ、たった三日で作ったんだぜ。急ごしらえにしては上出来だろ? へへへッ」
彼は、自慢するように言った。
そうなんだ。でも、だから何だというのよ? そんな事言われたって、興味ないんだけど。それとも、何か別の意図でもあるのかな?
砦は、丸太を縦に地中へ埋め込んで、奥の岩壁を囲うように四角く作られており、正面の幅は、端から端まで三十メートルほどだ。そして、塀の高さは三メートル程で、それ程高くもない。また、塀の上部は、丸太が切り揃えられることもなく、互い違いになっていて、雑な印象を受ける。そして、砦の内側から外を見下ろすように、人が二人乗れば精一杯と思われる物見櫓が設置されていた。今はそこに、弓を持った見張が一人いる。確かに、人力で作るには骨が折れそうだ。それよりも、なぜ、急に砦を作る事になったのか、そっちの理由の方が気になる。
リーダーが、見張りの男に向けて指笛を吹くと、正面の観音開きの門が、軋んだ音を出しながら、内側へとゆっくり開いた。
「さぁ、入った入った」
そう言って、リーダーが私の背中を押した。しかし、このまま、砦の中に入ってしまうのは良くないように思う。ここは彼らの住処だ。何をされるか分かったもんじゃない。
とは言え、魔法が使えないのに、どうやって彼らから逃げる?
ここまで運んでくれたカメを見捨てるのも、何だか違う。
こういう時は、どうすれば……。う~ん、心のままに、心のままに……。ダメだ、何も思いつかない。
立ち止まっていると、リーダーが急かしてきた。
「お嬢ちゃん、何してるんだ。取って食ったりしねぇって。さっき言ったろ? 俺たちはジェントルマンなんだからヨ!」
ーーーー
ラケルタ人
ちょっと嫌な感じ……。
AI生成画像