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147-8-14_湿原の案内人(挿絵あり)

 天邪鬼は、無表情でこちらを向いた。


「友達……」


 それだけ言うと、彼女は、視線を下に落とした。


 何か言いたいことがありそうだけど。


「どうしたの?」


 そう聞いてみると、天邪鬼が寂しそうに言った。

 

「……精霊様、赦す。赦さない」 


 精霊様が赦さない? 水の精霊のことかな? この子は、水の精霊に何か言われてるんだろうか? 


「何かあったんだ?」


「言う。言わない。言ってもいい。言わない」


 天邪鬼は、視線を合わせようとしない。 


 何か事情がありそうね。


 しかし、これ以上聞いても、彼女は悲しくなるだけみたいだ。


「それなら、私が精霊様と話をしてもいい? 精霊様が赦せば友達になってくれるんでしょ?」


 彼女にそう言うと、天邪鬼は、一度、首を横に振り、その後、コクリと頷いた。


 この子、やっぱり、いい子じゃないの!


 何かの事情で、天邪鬼は精霊から咎められているようだけど、それが水の精霊だとすると、話せば分かってくれるかもしれない。そうすれば、彼女は友達になってくれる。今の豪雨で混乱しそうになったけれど、天邪鬼と話していて、ようやく気持ちが落ち着いた。とは言え、服も髪もずぶ濡れだし、タオルが欲しいところだけど、ここには何にもない。それに……。


「うっ、寒っ! 風邪ひきそうだわ」


 雨は止んだものの、足元は、まだ、くるぶしまで水に浸かっている。


 どうしたもんかしら?


 遠くに視線を向けると、白く霞んだ景色の先に、洞窟から出た時に見えていた薄い灰色の山が、また見えるようになった。


 それにしても、ここは、何処だろう?


 イニシエーションの途中であることに間違いないだろうけど、ここには空がある。さっきまでの洞窟とは違い、とても広い空間だ。


「何処に向かえばいいの?」


 後ろの崖は切り立っていて、登ることは出来そうにない。左右は山が連なっているし、進む方向は、やはり、この湿原の先だろうけど……。


 どちらにしても、もう少し水が引かないことには進むのが危険だし、しばらく、待つしかなさそうだ。


 しかし、その時、暖かく乾いた風が頬を撫でていった。


「あれ~? 何か、いい風だ〜」


 風が顔に当たって気持ちいい。目を閉じて風を感じる。そして、腕を広げ、ワンピースの裾から風を取り込んだ。すると、その風は、段々と強くなり、ドライアーのような温風になっていった。これなら、髪も乾きそうだ。


 しかし、これは流石に……。


 そう思って隣を見ると、天邪鬼が両腕を回すように動かしている。


「これも、あなたね? まるで温風乾燥機だね」


 どうやら、天邪鬼は風や温度まで操ることが出来るようだ。しかし、天邪鬼は、相変わらず無表情だった。


「助かるわ〜」


 温風に当たっていると、寒さもなくなり髪の毛とワンピースも乾いてきた。そして、くるぶしまであった水の高さは、足の指が見える程度まで下がってきていた。


「これなら、もう少しすれば動けるかもね。でも、先に行くなら、この湿原の奥に進むんだよね?」


 今は、このまま、川に沿って進むくらいしか思い浮かばない。川の水が引けば出発できるだろう。川に落ちないよう注意して先を急ごう。それにしても、このイニシエーション、もう少し説明が欲しかった。天邪鬼はイニシエーションのこと何て知らないだろうけど、一応聞いてみよう。


「ねぇ、水たまりの磐座って知らない? 私は、今からそこに行かなきゃならないの」


 すると、天邪鬼がこちらを向いた。


「知らない」


 天邪鬼はそう言って、霞んだ山の方向を指さした。そして、彼女は、両手の人差し指を口の中に入れると、大きく息を吸い込み、力いっぱいお腹を凹ませて指笛を吹いた! 彼女の指笛の高音は、湿原を一直線に響き渡り、そして、大気に吸い込まれるように消えていった。


 何だろう? 何かの合図かな?


 湿原の中を弱い風が吹く。しかし、川は、相変わらず轟轟と音を立てて流れていた。


 どうしようかな?


 そう考えながら立ち尽くしていると、遠くに、大きな岩のようなものが揺れながら動いているのが見え始めた。


「ん? 何? 何かこっちに来るみたい」


 その大きな塊は、じゃぶじゃぶと大きな足音を立ててやって来る。


「何だろう?」


 目を凝らす。


「もしかして、カメ?」


 天邪鬼が答えた。


「カメじゃない」


「カメね」


 そのカメは、体長が十メートル近くあるほど大きい。赤茶けた甲羅に黒い肌、太い四本脚に鱗に覆われた厳つい顔。正に、カメだ。


 近くまでやってきたカメを、前から後ろまで興味深く見る。


「凄ぉ〜い! 立派なカメだ〜! カッコいい!」


 近くで見ると、まるで怪獣だ。大きくて頑丈そうだし、目が鋭くて強そうだ。


「男前ね!」


 すると、褒めたことに気を良くしたのか、カメは、流し目で視線を送り、何か言った。


「ガウッ!」


 ん?


 どうやら、彼は、「乗せてやる」とクールに言っている……気がする。天邪鬼は、私のために、水浸しの湿原を渡れるよう、カメを呼んでくれたようだ。


「天邪鬼、カメを呼んでくれたのはあなたね。ありがとう。カメさんも。じゃぁ、遠慮なく乗せてもらうわ」


 天邪鬼にそう言って、カメの甲羅によじ乗った。


 おおっ~! やっぱり大きい!


「ガウッ、ガウッ!」


 カメは、出発するぜ、と言った。


「ええ、お願い。それじゃ、天邪鬼、約束だからね」


 天邪鬼に手を振ると、彼女も小さく手を振った。しかし、表情は、やっぱり無表情だ。


 でも、絶対、迎えに来てあげるから……。


 天邪鬼のおかげで、湿原の先に進む事ができそうだ。


 イニシエーション中、まさかこんな出会いがあるなんて、思わなかったわ。


 それにしても、川の洞窟で悠長に休憩しなくて本当に良かった。もし、洞窟内でぐずぐずしていたら、今頃、洪水に流されていたところだ。そんなことになれば、イニシエーションも失敗ということになるかもしれない。


「再チャレンジなんて、ないかもしれないしね」

 

 ツイてたかも!


 先に進む見通しがついて、少し、気持ちにも余裕が出てきた。カメに降り落されないように、甲羅の上に足を開いてお尻をペタッと付いて座る。カメの背中は丸くなっていて勾配も緩めだけれど、多少揺れるので、お尻が、甲羅の真ん中からズレると一気に滑り落ちそうだ。


 結構、バランス取るの難しいわね。


 それ程景色に集中出来ないけれど、カメの上からだと、視点が少し高くなって、湿原の遠くまで見渡す事ができる。湿原は、ところどころ低木が立っていて、密集した草地も見える。さらに、前方左手の奥には、白い肌の樹木が、林のように立ち並んでいた。どの植物も新緑の黄緑色をしており、現実の季節とは違っているのが不思議な気分だ。


 植物の色が初夏のようね。


 カメの背の上で感じる風は、湿気を含んでいるものの、気温がそれ程高くはないため、案外、爽やかなものだ。後ろを振り返ると、もう、天邪鬼の姿を確認できない。


 カメって、進むのが結構早いんだ。


 それに、さっきの雨で、所々、池が出来ていて、池の中に入るとさらにスピードが上がる。カメは、池の端に生えていた大きな葉っぱの草を、口で徐に引きちぎると、それをこちらに差し向けた。


「ガウガウッ!」


「あ、ありがとう。優しいのね」


 カメは、雨が降るといけないから、それを持っていろと言った。彼が引きちぎった葉っぱはとても大きく、茎もしっかりとしていて、傘の代わりになりそうだ。しかし、先程のような降り方をすれば、傘なんて役に立ちそうにない。でも、その行為はありがたい。

 さっきから、カメは、必要な事以外あまり話をせずに、川に沿ってもくもくと進む。しかし、居心地が悪くなりそうだから会話でもしよう。


「カメさんは、ここに住んでるんだね」


「ガウッ、ガウガウ、ガウッ」(俺は、精霊魔獣だ。この場所を任されている)


「へぇ~、そうなんだ。天邪鬼とは友達なんだね」


「ガウ? ガウガウ、ガウッ!」(バカを言うな。奴は、精霊様の罰を受けているのだ。ここの罪人だ)


「うそ? 何があったの?」


「ガウガウガウッ!」(俺が話せる訳ないだろうっ! 精霊様に聞け)


 カメは、やっぱりクールだ。それに、水の精霊に忠実でもある。そして、彼は、あまり世間話が苦手なようだ。それ以上、カメとの会話は続かない。ところが、それからしばらくすると、カメは、突然、緊張したように話しかけてきた。


「ガウッ、ガウガウ、ガウッ」(ここからは、爬虫類種族の縄張りに入る。注意しろ)


 いつの間にか、川から離れた場所を歩いていて、辺りは、ところどころ、背丈ほどの茂みが点在していた。


「爬虫類種族? 一体、何に注意するのよ?」


「ガウッ! ガウッ、ガウッ、ガウッ」(奴らを見ても無視しろって事だ! 特に、ラケルタ人の奴らには気を付けろ。もし、目の前に現れても、決して奴らの左手を取るんじゃない)


「ラケルタ人? 何それ?」


「ガウガウガウ!」(トカゲ人間の事だ!)


ーーーー

挿絵(By みてみん)

それじゃ……

AI生成画像

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