146-8-13_湿原の少女(挿絵あり)
「あなた、鬼の子?」
「鬼の子」
「やっぱりそうなのね?」
「そう。違う」
「ややこしい話し方するよね」
しかし、この子の会話の特徴が何となく分かったような気がする。
「あなた、天邪鬼でしょ?」
「違う。でも、そう?」
「ほら、やっぱり」
ちょっと疑問形のような受け答えだけど、話し方の癖ね、きっと。この子は、何かを聞けば反対の事を言う天邪鬼だ、そうに違いないわ!
「天邪鬼って、本当にいるんだね〜。面白〜い」
ただし、この子の場合、話し方からすると、どうやら、二回目の言葉で本当のことを言っているように思う。
天邪鬼の少女は、つまらなさそうに両手を後ろに回し、右足の裏で、小石をコロコロと転がしている。
でも、前世の知識からすると、天邪鬼にしては、正直な方じゃないかな?
「雨、止んだの?」
「雨止んだ」
「あ、そう。雨降るんだね。ん?」
いやいや、ちょっと待てよ、なんか引っかかることあったっけ?
ほんの今しがた、交わしたばかりの会話を思い出す。
「え〜と〜、確か、雨止んだと言って、その後だ……」
そうだ! “洪水来ない“ ……だった……よね? つまり、雨が降り……洪水がやって来る? ハハハー。嘘よね……?
空を見上げた。しかし、視線を上げる暇もなく、大きな雨粒が一滴、頭の頂点を叩きつけた。
「痛っ!」
そして、次の瞬間、轟音が鳴り響き、突然、目の前に空が落ちてきたっ!
「ちょっと、何これ、ヤバいっヤバいっ!」
実際に、空は落ちたりしないけれど、本当にそう思ったくらいの光景だ。天から降ってきたものは、もはや、粒状ではなく棒のような雨だ。
土砂降り何てもんじゃないよ、これっ!
恐怖すら感じる雨。一体、どうすれば、空はこれだけの雨を抱えていられたのだろう。
「逃げようっ!」
一瞬でずぶ濡れだ。これはたまらない! 思わず、洞窟に引き返した。
「ふぅ~。真っ白。前が見えない」
天邪鬼は大丈夫だろうか?
彼女のことが気になったけれど、雨を操ると言われている天邪鬼のことだから、きっと大丈夫なんだろう。何の根拠も無いけど、そんな気がして勝手に納得した。しかし、そんなことを言ってる場合では無い。危険なのは自分だ。目の前の川が大変なことになってきた。川は急激に増水し、水が道に溢れかけている。
「これ、ヤバい! どうしよう? なんて言ってる場合じゃないよもうっ!」
ここにいると、流されそうだ。土砂降りだろうが何だろうが、洞窟から外に出る以外にない。慌てて外に飛び出すと、天邪鬼は、まだそこにいた。雨が激しく叩きつけ、彼女も濡れ鼠のように小さくなっている。
「ちょっと、平気なのっ!? こんなところにいたら危ないよっ! どこかに逃げようよっ!」
天邪鬼に大声で叫んだ。しかし、雨の音が邪魔して、聞こえないのか、彼女は下を向いたまま動こうとしない。川は、とうとう溢れ出し、土手との境界が分からなくなってきた。今いた洞窟の道は、既に川の一部になっている。そして、洞窟が呑み込めない濁流が洞窟の入り口付近に溜まりだした。更に、右手の草原から、この川を目指して水がどんどん流れてきている。もう、水がくるぶしを超えたっ!
「どうしようっ! どうしようっ! どうしようっ!」
どこか高い場所は?
しかし、見渡す限り平坦で、あたり一面、湿原のように水に浸かっている。
「避難出来ない……?」
天邪鬼は何してる?
彼女を見ると、うつむいた姿勢のままだ。彼女の足は膝まで水につかっているけれど、じゃぶじゃぶと、未だに足を動かし続けている。
「石ころ転がしてる暇があったら、雨、止めてよっ! 天邪鬼でしょっ!」
こんな小さな子に八つ当たりなんて、馬鹿げてる。でも、もう、ヤケクソだ。
「嫌」
「嫌って、何ぃ~~~っ! ッて、ん?」
嘘!?
「止んだ……?」
雨は、突然、ピタッと止んだ。まるで、水道のバルブを止めたみたいに……。
「ふぅ~。もう、ダメかと思った。でも、何、これ?」
もしかして……。
「あなたが、雨、降らせてたんだ?」
「違う。でも、そう」
やっぱりそうなんだ。
天邪鬼が、キョトンとした目をしながら私を見上げている。
無邪気な目? いやいや、天邪鬼に邪気がないなんて笑えるよね。ハハッ、可笑しい。
何だか自分で可笑しくなって、さっきまでの緊張感が無くなった。きっと、天邪鬼も自分の仕事をしただけなんだろう。少しは文句でも言ってやろうと考えたけれど、もういいか。それに、あんなふうに雨を操れるなんて……。
「ねぇ、あなた、凄いのね」
天邪鬼は言った。
「凄くない。でも凄い?」
あれ? 今、疑問形になった! じゃぁ……。
「ええ、あなた、とっても凄いし、いい子で、可愛い女の子よ」
褒めてみたらどんな反応するだろう?
「いい子? 違う。可愛い? 違う」
少女は、褒めると疑問形になるようだ。それに、聞き返す時、こっちを恥ずかしそうに見る癖がある。
それって、嬉しいってことだよね。ある意味、肯定している返事だ。
そうだ! いいこと考えた!
この子が友達になってくれれば、小麦畑に雨とか降らせてくれそう!
「ねぇ、いい子の天邪鬼? 私と、友達になってくれない?」
ーーーー
これ、ヤバい!
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