145-8-12_洞窟の先の草原
道は、洞窟の中央へと向かっているようだ。途中、小さな川を何度か渡りながら進む。川は浅く、足場になる適当な大きさの岩が、川面から頭を出していて、川を渡るのにはそれほど苦労はいらない。しかし、足を滑らせないように注意が必要だ。川幅は狭く、そこを渡り切ると、今度は、川の対岸に道が続く。それまでの道に比べて、石ころも少なく、歩きやすい。
まだまだ続きそうな道ね。
単調な道歩きになると、知らず知らずのうちに、今し方起こった出来事を、思い返していた。
それにしても、さっきのイメージ……。
エリアは、踊り子みたいだった。彼女は、礼拝堂のようなところで巫女のように、美しく踊っていた。
あの礼拝堂は、どこにあるんだろう? 彼女は、どうして踊りを……。
あの踊りは、水の精霊への感謝の踊りだった。エリアは、あの踊りを踊る事によって、水の精霊エネルギーの循環を表現していた。私が与えられた女神の祝福。この加護は、エリアも持っていたはず。この加護の真の力を得る事と水の精霊の踊りとは何か関連があるに違いない。
「私も、あの踊りを踊れるようにならないといけないのかな……」
過去世で、あんな風に踊れていたのだとしたら、少しくらい覚えていても良さそうなものだけど……。
まぁ、思ってもみなかったものの、エリアの記憶のほんの一部でも、それを思い出すことが出来た。私の女性性を育てていくために必要なエリアの記憶だ。
「踊りを踊れるようになれば、もっともっと思い出すのかな?」
前世でも、踊りには全く興味なかったけれど、踊れるようになってみたいという気持ちが湧いてきた。
水の精霊の踊りって、誰に教わればいいんだろうね……。
道を進んでいるうちに、いつしか、洞窟は狭くなっていて、天井を支えていた柱も無くなり、川は、幅が三メートルほどの一本の川となったいた。
かなり進んで来たけど、この洞窟ってまだ続くのかな?
上流の方向を見ると滑滝がある。川の水は、その滑滝を静かに滑リ落ちていた。歩いて来た道は、滑滝の右斜面を九十九折れになりながら滝の上部へと続いている。
「上に行くのね?」
九十九折れの道を上がると、広い空洞が終わり、また洞窟が見える。しかし、その洞窟の先には、光があった!
「やった―、外に出られるっ!」
洞窟の先に何があるかも分からないのに、暗い世界ばかり歩いてくると、今よりはずっといい場所のように思える。川と平行して伸びる左岸の道を上流に向かって進み、洞窟へと入って行った。その洞窟は、幅が広く十メートルほどありそうだ。天井も高く、三メートルはあるだろう。川は、その洞窟の真ん中を細い幅で流れていて、水は少ない。
洞窟の中を、川に沿って真っ直ぐに進む。出口まではもうすぐだ。
あっ、草が生えてる!
どうやら、出口の向こうは、明るい草原のようだ。見たところ、膝の高さくらいの草が、いくつかの塊になって、点在している。そうして、やっと、洞窟を出ることが出来た。
ふぅ〜!
「うわぁ、眩しいっ!」
外の光が、暗闇を凝視してきた目に染みる。
やっぱりここって……。
「広い草原みたいっ!」
洞窟の外は、潤いのある新鮮な空気と、広々とした景色が広がっていた。
う〜ん。気持ちいい! 空気も美味しい!
辺りは、草の青さに湿った土の匂いが混ざった様な湿地特有の香りがしている。洞窟の出口から数歩出た所に立って、遠くの景色を見晴らした。遠方には、空に溶けそうな灰色の山が霞んで見える。そして、左右には、草原を挟む様に、目に鮮やかな新緑に覆われて脈々とした雄大な山並みが、景色の遥か奥の方まで連なっていた。どうやら、ここは、山に囲まれた大きな湿原のようだ。草地を見渡すと、細い葉をした緑色の草が地面を這うように生い茂り、所々その中を、五、六メートルほどの高さの灌木が、黄緑色の新芽を伸ばして、静かに立っていた。
それにしても、岩屋と言われていたはずが、どういう空間か分からないけれど、空がある。そして、空はどんより曇っていて、今にも雨が落ちてきそうだ。
間違って外に出ちゃったんじゃないよね?
少し不安がよぎる。しかし、その時、突然、人の声がした。
「雨、止んだ。洪水……来ない」
「えっ!?」
その声がする方を見ると、右手の崖になった岩壁に、小さな女の子が持たれて、空を見上げている。
「人間?」
「人……間……」
少女は、たどたどしく言った。
分かってるんだけど、つい、口に出ちゃった。こんなところに人間がいる訳……。
ん?
「人間って言った!?」
「人間……言ってない」
「今、人間って……」
「言ってない。言った。人間。でも違う」
ややこしい。何だこの子?
少女は、さっきから、つまらなさそうに空を見上げている。
まだ、小さい子ね。
その、水色のノースリーブワンピースを着ている少女は、真っ白の髪をしており瞳は赤で、目尻が少し上がり気味のキュートな女の子だ。そして、頭頂部の両端から鼠色の小さな可愛い角が生えていた。よく見ると、鬼?