144-8-11_恋しくて……。
そして、瞼の裏の彼女のイメージは……消えた。もう、言葉も浮かんでこない。
「どうして行っちゃったの? うううっ……恋しい……恋しくて……仕方ない……。ううう〜〜〜、こ、こんな気持ち、初めて……」
自分の事なのに……私、なんで……?
服の胸あたりをギュッと掴む。そうせずにはいられない。そして、息を呑み込んだ。呼吸がひくついてしまう。
き、きっと、今、ここに、僕? 違うっ、私の中に、エリアがいる。自分の事が、こんなに愛おしいんだもん……。
「うううっ」
頬に涙が伝う。
「会える……きっと。絶対……思い出すからっ! エリア! ううっ……ううっ……」
暗闇の中しゃがみ込んだまま、一人きりで、泣いた……。
ーーーー。
しばらくすると、ようやく、感情の昂りが収まってきた。涙もいつしか止まっていて手で頬を拭った。
「ふぅ~」
そして、大きく息を吐く。
あ〜〜〜、今のは何だったんだろう?
とんでもない感情の昂りだ。自分の中にこんな思いがあったなんて驚いた。イメージの中の女性を僕自身だと自覚してから、目まぐるしく感情が湧きおこり、自分でも、どうすればいいのか、分からなくなった。けれど、はっきりしたことがある。それは……。
エリアの記憶は、僕、いえ、私の魂の一部……。それは、私から欠けてしまったもの。さっきは、一瞬、エリアの記憶が私と重なりかけた。けれど、まだ一つにはなれなかった。突然のことだったし、私に、彼女のことを受け入れる準備ができていなかったのかも知れない。彼女の事を、他人のように感じてしまった時に、また、喪失感に変わってしまった。
私は、どうすればいい……?
ゆっくりとした鼓動が聞こえる。寂しい感情を引きずってはいるけれど、思考が働き始めると、何とか気持ちだけは落ち着きを取り戻せたようだ。そして、洞窟の壁に手をついてゆっくりと立ち上がる。
もしかすると、アクアディアさんが言っていた気が抜けない場所って、ここじゃないの?
今の私のように、感情が揺さぶられて先に進めなくなることだってありそうだ。
「でも、やらせてって言ったのは、僕? じゃなくて、私?……だから最後まで行かなきゃ……」
あれ? 僕、それとも、私? 何だろう? 自分のこと、私って呼ぶ方がしっくりくる感じ……。
内向きだった気持ちが外側に向き始めると、洞窟内の変化にも気がついた。いつの間にか、光る石は、元のように淡い光を放っている。
「真っ暗闇って、内心が表に出ちゃうのかな?」
不思議な暗闇に独り言を呟きながら、気持ちを切り替えて、また、前へと歩き出す。程なくすると、音が聞こえてきた。この音の元が何なのかはすぐに想像がつく。
「この先に、川がある!」
洞窟の奥から聞こえてくる音は、シャーシャーと言う水が流れる音だ。その音に向かって先へと進む。ようやく単調な洞窟に変化の気配が出てきた。
先に進むにつれて、音は大きくなり、そして、とうとう川に行き当たった。
「洞窟の中に、こんな川があるんだ!」
細い洞窟から出ると、今までの圧迫感がある天井と壁よりは随分と広い。そこは、大きな空洞となっている場所で、さっきの洞窟よりかは明るくなっている。明るいと言っても、洞窟の中であることには変わらず、多少程度の明るさではあるけれど……。
色の無い空間だね。
周囲を観察すると、その洞窟は、いたるところに柱のような細い岩が天井を支えているように立っていてかなり奥まで続いている。この川の洞窟は、上流に行くに従い広くなっているようだ。そして、その柱のいくつかに、大きめの光る石が埋め込まれており空間をぼんやりと明るくしていた。目の前の川は、幾筋かの小さな流れが交錯し、そして、川下の先で一つの流れになって暗闇の奥へと続いている。今、細い洞窟から出てきた場所は川の縁の道のようで、この道は、奥に広がる川の洞窟の上流へと続いていた。川下の方へは行けそうにない。ここは、上流に進むしかなさそうだ。
「今更だけど、やっぱり、魔法が無いと不便よね」
裸足で歩くのも、地面の固さが直に伝わり、結構、足が疲れてくる。しかし、イニシエーションというだけあって、いかにも精神鍛錬だ。
まるで修行ね。
でも、少し疲れた。
「どこかで、休憩できそうなところないのかな?」
川の端を見たところ、腰掛ければどこでも休憩できそうだけれど、もう少し落ち着ける場所がいい。そもそも、落ち着けるかどうか分からないけれど、せめて、川から離れた高い岸のような場所を探そう。どうも流れる水の近くというのは、リスキーな気がしてならない。
そう考えて、また、先へと進む。この川の洞窟は、先程の細い洞窟と違って、足元も良く見えるため、少しは歩きやすくなった。
「あぁ~、ちょっとお腹空いた。ダニーにお饅頭でも作ってもらえばよかったなぁ」
そう言えば、今頃はティータイムの時間だ。
「今日のお菓子、何だったんだろう?」