143-8-10_心の片割れ(挿絵あり)
この暗さでは、目を開けていても閉じていても変わらない。というよりも、目が開いているのか閉じているのかさえ、分からなくなるほどの暗さだ。身体を動かせば、頭を岩にぶつけそうで、歩を止めたまま一歩も動くことができない。視覚が使い物にならない状況に、不安が増してくる。
「何これ~? こんなの、どうしろって言うのよ?」
目を空けていると、何かの拍子に目を傷つけそうで、ギュッと目を閉じた。そして、時々薄目を空けて、明かりが戻っていないか確認してみる。
「でも、ダメ。全然、暗い。全く、明かりが点かないよ……」
こうなったら、焦っても仕方ない。
「はぁ~~~~っ」
息を一つ、大きく吐いた。こういう時は、リラックスする方がいいアイデアが浮かんだりするかもしれない。意識を、胸の中心に置いているとイメージして、深く呼吸を続ける。
「インスピレーションでも閃かないかな?」
すると、その時!
来たっ!?
遥か遠くに光の点が現れた。
何あれ? 洞窟の出口? そんな訳ない。今は、動かずにじっとしているし目も閉じているんだから。それなら、あれは……?
暗闇の向こうに現れた光は、少しずつ大きくなっている。
こっちに向かってきてるの? それとも……。
自分が光に向かって進んでいるようにも思えてしまう。とても不思議な感覚だ。
えっ!? でも、来たっ! 来たわっ!
やはり、光はこちらに向かっている!
は、速いっ!
光は猛スピードでやってくるっ!
うっ! ぶ、ぶつかるーーーーっ!
……ことはなかった。それは、瞼の裏に広がる明瞭なイメージだった。
お、驚くじゃないの! でも、何? 夢を見てるの?
もう一度、大きく息をした。意識は、はっきりとしていて、眠っているわけではなく、起きていると自覚もしている。
白昼夢……?
それにしても、映像がクリア過ぎて、イメージの世界に引き込まれてしまいそうだ。
何これ、映画を見てるみたいっ!
そのイメージは、はっきりと人物の表情まで、つぶさに分かる。その美しいイメージは、一人の女性が、大きな礼拝堂のような場所で何かの舞いを踊っている様子だった。
綺麗……。
白い清楚なドレスを纏っているその女性は、細い指先をしなやかに動かして、両腕とともに身体を大きくくねらせながら右足を大きく上げて上体を水平にまで反らせると、今度は、左足一本でしゃがみ込み、右足を折りたたんで跪く。そして、自らの肩を抱き、頭を下げて床に小さく丸まった……。彼女の身体が、流れるように形を変化させる度、ドレスの裾が宙に浮いて、また、ふんわりと下がる。透き通るような薄いドレスは、彼女の引き締まった身体のシルエットを映し出し、爽やかな色気を漂わせている。その踊りは、とても優雅で繊細な踊りだ。そして、イメージは、踊りの様子とともに、彼女の感情までも伝えてくる。
今、彼女が踊って表現しているのは、感謝の気持ちだ。水の循環。その身に清も濁も受け入れる受動の心。そして、また、清浄へと循環させる水と大自然への感謝だ。
彼女は、淡い高揚感に包まれながら、身体いっぱいにその気持ちを表現しようとしている。
水への感謝の踊りなんだ……。
そして、彼女は、乙女と呼ばれるには、まだ幼くも、しかし、美しく、それが、かえって儚さを感じさせた。礼拝堂の天井から天使の梯子のように光が差し込み、彼女に降り注ぐ。彼女の髪は銀色だけど、それが、陽光に照らされると、ぼんやりと金色に輝いているように見えた。踊っている彼女は、ときおり目を開けて、天井へと視線を向ける。その時、映像が、彼女の瞳をクローズアップさせた。まつ毛が長く、少し切れ長で透き通るような水色の瞳にはキラキラと金色の粒が入っていた。小さな顔は、鼻筋がとおり、あどけなさの残る顎のラインから細いうなじ。透き通るような白い肌。凛としていて、近寄りがたいほどの神々しさだ。
胸が、締め付けられそうになる。紛れもなく、彼女は……。
「エリア・ヴェネティカ・ガイア」
僕だ!
でも、僕には、踊りを踊っていた記憶なんて、一切無い。同一人物ではあるけれど、イメージの彼女は、やはり、僕とは違う別の人格のような気がする。
あんな風には、踊れないよ……。
しかし、そう思った時、突然、とても切ない感情が湧きおこってきた。
うううっ! 急に何? えっ? ちょっと、泣いちゃいそうになるんだけど。
それは、好きな人への秘めた思いに似ていて……。
いきなり襲ってきた感情に、どう対処したらいいのか分からない。暗闇の中、その場に蹲ったまま、自分の肩を思いっきり抱いた。
「ううっ、何なの? この気持ち。寂しい、寂しくてたまらない……会いたいのに……」
一体、誰に会いたいの? これって自分の感情? いや、どうだろう? 分かんない……こんなこと、初めてだよ……うううっ……。
彼女のイメージが、消えそうになる。
ああっ!
その時、言葉が浮かんだ。
「思い出して……」
「何?」
声が聞こえた訳ではなく、自分で思い付いたように浮き上がってきた言葉。
インスピレーション?
「思い出して……」
「エリア?」
「ひとつに……なりたい……」
言葉が、勝手に湧き上がってくる!
で、でも、同時に、切ない気持ちも、とても強くて……。
「……ううっ……恋しい。誰を? エリア? ううっ……。で、でも……恋しくてたまらないっ!……うううっ……エリア? あなたでしょ?……うううっ」
いつの間にか、口から言葉にしてしまっていた。
何なのこれ? 変な気持ち!?
そして、最後に湧き上がってきた言葉……。
「片割れ」
片割れって……何……?
ーーーー
綺麗……水への感謝の踊りなんだ……。
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