138-8-5_古代遺跡の管理者(挿絵あり)
彼女は、一見すると二十代中頃の普通の女性だ。光沢のあるウェーブの掛かった青い髪を背中まで伸ばし、瞳は透き通った水色をしていた。スッと通った鼻筋と、その下には唇が艶々と優しく弧を描いている。
それにしても……。
彼女が着ている服は、どう見てもこっちの世界のものじゃない。襟のあるストライプのシャツとデニムパンツを履いていて、前世ならとても街に馴染むスタイルだ。ところが、この水の古代遺跡では違和感が半端じゃない。
彼女は、ソファの背に持たれずに、手を軽く前に組んで優しく笑って言った。
「楽にしてくださいね」
「は、はい」
ちょっと緊張する。
女性も、背中をもたれさせずに背筋を伸ばして座っている。しかし、僕とは違ってゆったりとリラックスしており、とても自然体でソファに落ち着いている。
あれ? でも、足だけは素足なんだね。
女性は、優しい眼差しをして話し始めた。
「エリアさん。私は、女神ガイアの眷属、水の精霊の意識を具現化した存在です。そして、この遺跡の管理をしています。それから……」
彼女は、ここが神聖な場所なので、みんな裸足になってもらうと言った。
「そ、そうですか」
心の声が漏れちゃったかな? それにしても、水の精霊も女神ガイアの眷属なんだ。火の精霊と同じだね。でも、具現化した存在ってどういう意味だろう?
「どういう意味だ、ですか?」
「えっ?」
気持ちを読まれた?
「はい、読みました」
「いっ!」
女性は、「フフフッ」と笑って言った。
「後で、私の言っている意味が分かります。とりあえず、私の事はアクアディアと呼んで下さい。まぁ、たくさんお聞きになりたいことがあるでしょうけど、まずは、私のほうから説明するわね」
そう言って、女性は、また優しく笑った。
「私は、エリアさんがここに来るのを、随分と長い間、心待ちにしていたのよ。ようやくこの時がきました……」
アクアディアは、微笑みながら、僕がここに ”呼ばれた” 理由を説明した。彼女によると、僕は、これまでの人との出会いや出来事を通じて、必然的にこの場所へと導かれたらしい。
「エリアさんは、どうしてウィンディーネが一方的に眷属契約を解除したかということを疑問に思っているわね……」
そう! それ一番聞きたかったやつだ。
僕がこの世界に来て、初めて話をした非物質存在たちが、レピ湖の住人たちだ。彼らは、既にその時、ウィンディーネから眷属契約を切られてしまっていた。
アクアディアは、ニッコリと笑顔で言った、
「……それは、エリアさんをお迎えする準備なのです……」
何だって!? 僕のせいなのっ? それなら、わざとって言う事になるよね?
彼女は、話を続けた。
「眷属達との契約は、エリアさんがこの世界に転生するより数年前に解除いたしました。そうすれば、レピ湖の者たちは、魔力の高いエリアさんがやってきたときに繋がりを求めようとするでしょう。彼らは、自分たちにとって、強力な主が必要であることを知っているからなの。そして、あなたには、支えとなる仲間が必要……」
確かに、実際にそうなった。つまり、レピ湖の存在たちが、僕の力になるように仕向けたってことか……? やっぱり、意図的なんだ。それなら……。
「ちょっと、確認なんだけど?」
「どうぞ」
「黒い魔石が湖を汚染したから、湖から居なくなったんじゃないんだ」
彼女は、「あぁ」と思い出すように言うと、クスクスと笑って言った。
「人間の行いは目に余りますが、水の精霊にとって、その事は大した問題ではありません」
「そうなんだ!?」
水が汚染されたんだけど? それなら、イグニス山でのククリナの事や森の病気の斑点病も、四大元素の精霊なら大した問題じゃないんだろうか?
「ただし……」
アクアディアは視線が据わり、厳正な気を放った。
「……それを、容認している訳ではありません!」
うっ!
人を畏怖させるような、圧倒する神気が放たれたっ! 今のは、威圧? しかし、その気は直ぐに霧散した。
「冗談です。ごめんなさい」
「いやいや、冗談に取れないって!」
「フフフ」
彼女は、手の甲を口元に当てて笑った。流石に、水の精霊は格が違うようだ。精霊というよりも、神様と言った方がしっくりくる。それにしても、やはり、人間のバランスを欠いた行為は、自然の存在から厳しい目で見られている事には違いない。
アクアディアは、また、元の優しい雰囲気に戻り、話を続けた。
「何でも、度を超すと調和が崩れるでしょ? エリアさんも、人間世界のバランスを整えるために転生されたのだから、人間の社会に関心を向けている点では、私と同じようなものね。しかし……」
彼女は、精霊たちが崩れたバランスを整える場合には、自然災害を起こすことになると言った。それは、往々にして人間社会に容赦のない結果をもたらすことになるとのことだ。つまり、精霊は、人間の営みには干渉せず成るがままに任せておき、調和が崩れたときにはじめてその力を使うようだ。
彼女は続けた。
「……これは、自然破壊の事だけを言っているのではありません。その元となる人間の価値観の塊である集合意識と、ガイア意識との調和のことを言っているのです。エリアさんは、非物質存在と違って、積極的に人間社会に干渉することができます。あなたは、自律的に人間の生活を送ることができ、その中であなたは、人間社会に何らかの影響を与えることができるでしょう。あなたの存在が人間の集合意識に変化をもたらすのよ。私たち精霊を初め、殆どの非物質存在たちは、この世界が悲しい結末に向かわないよう願っているのですから……」
悲しい結末に向かわないように……。そんな話を聞くと、逆に、今の世界は悲しい結末に向かっていると言われているようなものだ。
アクアディアは、さらに話を続けた。
「エリアさんは、八柱の精霊と絆を結び、八人の巫女を探すようにご神託を受けているわね? 水の精霊は、八柱のうちの一柱です。そして、八人の巫女は、それぞれの精霊が示す人間たちで、巫女たちは特別な役割を果たすでしょう。そう。巫女たちは、元々人間であるということが、重要な点となるのよ……」
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楽にしてくださいね。
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