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012-1-12_お頭

 気が付くと、幌に空いた小さな傷穴から、夕日のオレンジ色が差し込んできていた。その光は奴隷たちの頬や肩、胸のあたりを照らして揺れている。


 もう夕方だ。


 先程から荷馬車の揺れが少なくなった気がする。恐らく整地された道に入ってきたのだろう。町が近くなってきた証拠だ。速度も遅くなってきたし、何度か馬車らしき車両とも対向した。


 さらに、荷馬車の速度がゆっくりとなると、外からは他の馬車の音、商人の掛け声、人の話し声も聞こえてきて、周囲が賑やかしくなってきた。


 どうやら町に着いたようだね。やっと、荷馬車から降りれるのかな。もう、これ以上は身体が持たないよ。


 座っていたらお尻が痛いし、横になっても肩や腰が痛くなる。荷馬車になんて初めて乗ったけれど、昔の人は移動も大変だったんだね。


 しかし、降りられると思うと気持ちが楽になる。他の奴隷たちもホッとした顔をしているようだ。あの兄妹はと言うと、妹はとても不安げに眉を寄せて下を向いているけれど、兄が優しく寄り添っていた。


 その後、荷馬車は一度右折し、五分ほどゆっくり進んでから、車輪の軋む音を発して、ようやく止まった。


 やっと、着いたのか? 


 荷馬車を操っていた奴隷商の男たちが御者台から降りてきた。そして、幌をめくり、檻の扉を開けて奴隷たちに命令した。


「降りろっ!」


 男たちは、奴隷たちに手枷を嵌めて鎖でつなぎ、荷馬車の横で一列に整列させた。僕は、列の一番最後だ。


 夕日が、向かいにある建物の上部を照らして、そこだけ壁を黄色く染めている。間も無く日が沈む。今、立たされているところは、すでに、後ろの建物の陰に入っていて少し薄暗い。


 ここは何処だろう?


 と言っても、最初からこの世界の地理が分かんないからどうしようもないんだけど。


 それにしても砂埃が酷い場所だな。


 地面は乾いた砂がむき出しになっていて、通りの奥では、小さなつむじ風が砂埃を巻き上げていた。

 辺りを見ると数台の荷馬車が停車している。他にも連れてこられた奴隷がいるのかもしれない。


 そして、建物の方から男が一人こちらに向かって来ていた。その男は、湾曲した大きな剣を左腰に差している。この男も、やはり、さらりとした繋ぎの長い白い服を着ているが、奴の着ているものは、見るからに仕立てが上等そうだ。

 歳は四十前半くらい。その男は、浅黒く堀の深い顔に整えられた黒い髭をたくわえ、黒い目は眼光鋭く奴隷たちを睥睨している。


 アニキがその男に近づいてきた。


「お頭、途中でガキの女を拾いやして。こいつでさぁ」


 そう言って、アニキが僕を指さした。剣の男はお頭と呼ばれているようだ。奴は、僕の前に移動し、あごを下からつかむとぎゅっと握って口を開けさせ、僕の口の中を覗いた。


 ちょっと痛いっ、何すんだよっ!


 そして、お頭はアニキを見ることもなく、そのアニキに、「何も問題はなかったのか?」と尋ねた。すると、アニキは、あきらかに動揺してお頭に返事をした。


「へ、へいっ。なっ、何もなく予定通りでごぜぇます……」


 しかし、お頭は、僕から手を放してアニキに向き直ると、次の瞬間、いきなり右手で腰の剣を抜き払ったっ! 

  

 うっ、風切音っ!!! あっ……!?

 

 何かがアニキの右側頭部に当たるっ! すると、彼の髪の毛が飛び散るとともに、右耳が……。


 き、切れたっ……?


 一瞬のことで目にも止まらない。しかし、そこにいる者はみんな、その一部始終を目撃したに違いない。


 何だ今の!? 


 僕の目には剣先が見えていなかったけど、お頭の剣は、アニキに届いてなかったはずだっ! 剣先とアニキの距離は一メートル以上は離れていたのに……。


「ぐっ! ぎっ! ううっ!」


 アニキは、言葉にならないうめき声を発して、その場にしゃがみ込んだ。彼は、両手で右耳を押さえているが、指の隙間や腕を伝って、とくとくと赤い血が滴っている。お頭は何事もなかったように、淡々と同じ言葉をもう一度言った。


「何も、問題はなかったのか?」


 するとアニキは、しゃがんだままなんとか言葉を絞り出した。


「へ、へい。そ、そこの兄妹が目を離したすきに逃げようと、し、しやして、し、しかし、直ぐにとっ捕まえたんで、も、問題、あ、ありやせん」


 そう言って報告するアニキの後ろには、御車男が足を震わせて立っていた。


 いやぁ~怖い。


 それにしても、折角だから、アニキが女奴隷を強姦しようとしたことを告げ口してやりたいよ。でも、そうなれば、アニキの命は無いかもしれないね。


 怖いから、言えそうに無いけど。


 お頭は、「そうか」と一言いうと、兄弟奴隷の兄の前に行き、今度はゆっくりと剣を抜いて、彼のあご下に剣先を止めた。そっと横目で覗いてみると、彼はお頭を睨み返していた。彼も、アニキの耳が飛ばされたところを見ていたはずだが、他の奴隷とは違って、足が震えている様子はない。しかし、お頭は兄奴隷に淡々と告げた。


「お前が望むならいつでも自由にしてやろう。だがその身体は主人の所有物だ、置いていけっ!」


 そう言うと、お頭は、腰を落として半身に構えなおし、抜刀して兄奴隷の首に切りかかったっ!  


 わっ!


 早くて切っ先が見えないっ!


 風が来るっ!!!


 さっきの空を切る音はせず、強烈な風圧が彼だけにぶつかった!


 な、何だっ!?


 風圧は彼の髪を全てオールバックに流し、そのまま後ろの荷馬車に当たったようだ。後ろの荷馬車は、車輪が一瞬浮いたように、車体が揺れるガシャリという音と振動がした。しかし、彼は、前のめりに姿勢を取り、歯を食いしばってしっかり立ったまま、依然としてお頭を睨みつけていた。


 彼も凄い気迫だ! 


 辺りは沈黙が支配し、周りの人間は誰も動かなかった。


 いや、動けなかったんだ。僕だって息を止めちゃってたよ。


 横を見ると、お頭の剣は、彼の首元でピタリと制止している。そして、彼の目を真っすぐに見ながら言った。


「俺の威圧に耐えた奴隷は、お前が初めてだ。しかし、次は、首が飛ぶことになる」


 そう言うと、眉毛一つ動かさず剣を鞘に納めた。全ては一瞬の出来事だった。


 お、驚いちゃった〜! 口も開いたままだったよ。あー、喉が渇く!


 お頭は、去り際に僕を見ると、「おとなしくしているんだ」と言ってその場から離れていった。


 緊張し過ぎて疲れたよ、まったく。やっと、荷馬車を降りれたかと思ったらこれだ。もう、くたくただっ!


 それにしても、あのお頭というのは何者だろうか。凄まじい覇気だった。兄奴隷は、本当によく耐えたものだ。今の技は、威圧と言っていたけれど、アニキの耳を切断した技は、斬撃を飛ばす技だった。


 違う技なのかな? でも、あんなの魔法で防げるの?


 まぁ、ああいう剣技があることを、早く知れただけでも良かったと思うべきか。


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