122-7-3_虫の知らせ
グリーンの光がベッドに横たわる彼女を包み込む。そして、キラキラと輝く光の粒になりサリィの身体に浸透していくと、ゆっくりと収束していった。そうしてヒーリングが完了し、サリィは、スースーと寝息を立て始めた。
今の魔法には、眠気を誘う効果を少し強くしておいた。彼女には、少し眠ってもらった方がいい。一旦、心をリセットすれば、何か対処法が見つかるかもしれない。
「これで、しばらくは落ち着くと思うけど、サリィから話を聞く必要があるかもしれないね。彼女が起きたら、一度、話をしてみよう」
「ありがとうございます……」
そして、アリサは、今晩、サリィの側に付き添うと言った。
「アリサも無理しないでね」
アリサは、サリィを妹のように思っている。彼女も心配でじっとしていられないのだ。だからと言って、アリサが身体を壊すと元も子もない。念のため、アリサにもヒーリング魔法を掛けておいた。その後、一旦、使用人棟を後にすることにした。サリィに施したヒーリング魔法なら、誰かに起こされない限り、朝までぐっすり眠れるはずだ。もし何かあれば、アリサが知らせてくれるだろう。
ーーーー。
自分の部屋に戻ってきてベッドに入ったものの、なかなか寝付くことができない。転寝をしてしまったせいだろうか。何だか、睡眠のリズムが狂っちゃったみたいだ。時計を見ると、もう、夜中の十一時を回っている。真っ暗な部屋の中、ベッドの上で上半身を起こした。
「サリィ、大丈夫かな?」
そう言えば、さっきのあの夢……。
夕方、転寝をしているとサリィの夢を見た。彼女は、この部屋までやってきたけれど部屋に入らず、ただ、悲しそうな顔をしていた。
「何でサリィはあんな悲しい目をしていたんだろう? それに、あれは、僕に会いに来たってことだよね……」
夢とは言え、かなりリアルだった。あれは単なる夢じゃないと思う。きっと、サリィが何かを伝えたがってるんだ。
サリィは、普段から少しおどおどしたような話し方をする女の子だ。それは、彼女が恥ずかしがり屋さんだからだろうと勝手に考えていた。しかし、夢で見たサリィは、おどおどした様子は無く、ただ、悲しい表情をしていた。今思うと、あれは、彼女の心の中を映していたのかもしれない。
あれが、サリィの本当の顔だろうか? そうだとしたら、ちょっと深刻かもしれないね……。
そう言えば少し前に、サリィと約束してた事があった。普通の女の子と違う雰囲気を持っているサリィに、彼女のペットの蜘蛛の事や、サリィが得意な手芸などの話を聞かせて欲しいとお願いしていたのだ。
「あの時、サリィとちゃんと話しておけばよかったかな……」
彼女が何か問題を抱えているなら、その時に、何か気付いたかもしれない。
ところで……。
「もう、いい加減姿を現したらどうなの?」
真っ暗な部屋の中、扉の方にいる存在に向かって声をかけた。すると、何かが高いところから床に落ちたような音がした。
「部屋を明かるくするけど、いいかな?」
「……」
魔法でライトを薄暗く灯し、仄かな明るさで部屋を照らした。ライトは、蝋燭の炎のように揺らぎながら宙に浮いている。見ようによっては、おどろおどろしい光景に見えるだろう。何故なら、そこにいるのは……大きな蜘蛛なのだから。
「やっぱりだ。君、夜行性だもんね?」
魔法ライトの明るさを、弱くしておいて正解だ。明るければ、蜘蛛を驚かせたに違いない。その蜘蛛は、小型犬くらいの大きさだ。色が真っ黒で、タランチュラという蜘蛛をそのまま大きくしたような姿をしている。
「……」
しかし、蜘蛛は話をする様子がない。
おかしいな? この蜘蛛は、話ができないのかな? こちらの意図は、理解していると思うんだけど……。あぁ、念話か?
そう考えて、念話で話しかけてみた。
「君は、サリィと仲良しの蜘蛛でしょ?」
しかし、やはり返事がない。
「う~ん、やっぱり返事が返ってこないな」
それに、先程から気になっているけれど、どうも、この蜘蛛は魔力が小さい。
サリィに感じていた妖精の気配は、こんなもんじゃ無かったんだけど……。
すると、その蜘蛛は鏡台の椅子の上に登り、こちらに背を向けて鏡の方を向いた。
何する気だ? 鏡に何かを映そうとしているの?
目を凝らして鏡に集中する。
「ん? んんん? えっ? サリィ……?」
驚くことに、鏡台の鏡に女性の姿が映っている。シルエットから、それがサリィだと直感した。しかし、明かりが少ない中で、鏡に映るサリィの姿は、背後の部屋の暗さに溶け込んでいて、良く見えない。そこで、魔法ライトを動かし、蜘蛛の側に寄せてみた。すると……。
「ど、どういうこと?」
魔法ライトの光が蜘蛛の正面を照らすと、鏡に映っているサリィも光に照らされ、彼女の表情や華奢な身体まで、はっきりと見える。転寝で見た夢と同じ悲しい顔をしたサリィ。しかし、服を着ていない生まれたままの彼女の身体は、目を覆いたくなるほど痛々しい姿だった!
「うっ!」
思わず、口を押さえる。
「それは……火傷……?」
蜘蛛が映す彼女の身体には、目を覆いたくなるような火傷痕が ”刻まれて” いた。その傷は、長さが短いもので三センチ程、長いものは、十センチ以上あり、傷の幅は、太いもので三センチ程ある。そして、それらの傷は、彼女の胸から足首まで、全身に残されていた。特に酷いのは胸の傷だ。
サリィの身体つきは、メイド服の上からでは全く分からなかったけれど、細身の割にはふくよかな胸をしている。しかし、彼女の胸の正中の辺りから乳房の上部まで、沢山の火傷の跡が残されていた。
「な、何てこと……」
全身から力が抜けていくような脱力感に襲われる。
もしかして、この蜘蛛は、僕にこの事を教えるために……。
こんなの事実であってはならない! 蜘蛛のことを疑いたい気持ちがする一方で、どうしようもなくいたたまれない気持ちに襲われる。
サリィ……これは本当の事なの?
もしも本当の事なら、彼女は、これほどの傷を負いながら、今まで、アリサにさえも話さずに生きてきたのだ……。気が付けば、涙が出ていた。サリィの代わりに泣いていた訳じゃない。ただ、彼女が何を思い、どうやって生き続けてきたのかと考えると胸が締め付けられてしまったのだ。
でも、僕が泣いていても仕方がないんだ。
「確かめないと! 直ぐに、行くよ!」