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121-7-2_メイド少女の異変

 意識が、急激に肉体に戻り始め、サリィの映像が記憶のベールの中に消えて行く。そして、瞼を動かした。


「んんっ」


 薄っすらと目を開けた。目に入ったのは、いつもの見慣れた天井の景色しかない。


「あれ? 夢……か……」


 それにしても、変な夢だったな……。サリィの事で何か心配していたわけでも無いのに、どうしてあんな夢を見たのだろう? 


 サリィに感じたあの違和感がぼんやりと胸に残っている。夢だったから、そう感じたのかもしれない。


「もう起きなきゃ」


 布団をめくり身体を起こすと、小指の先程の小さな黒い虫が慌てて逃げて行った。


 蜘蛛?


 その時、もう一度、ドアがノックされた。


「エリア様、お支度に参りました」


 あれ? この声は。


「マリーナ?」


「はい。マリーナでございます」


 マリーナが来てくれたのは初めてだ。


「どうぞ」


 そう言って返事をすると、マリーナがドアを開けた。彼女は、ドアノブから手を離すと、かしこまって丁寧なお辞儀をした。少し細身のマリーナは、栗色で短めの髪の毛をホワイトプリムで留め、部屋の入口で、両足を揃えて美しい立ち姿を見せている。彼女は、手をおへその下で重ねて組み、顎を上げた。ボズウィック家ではオーソドックスな膝下丈のメイド服を着用したマリーナは、メイドとしての振る舞いが身に付いてきたようだ。

 

「ありがとう、マリーナ。お屋敷の担当になったんだね。フワァ~……」


 欠伸をしながらそう言うと、マリーナは、ニッコリと笑顔を見せて言った。


「はい。まだまだ不慣れですので、至らぬところもございますが、精一杯頑張ります」


 マリーナは、そう言って寝ころんだまま、だらけている僕に両手を差し伸べてくれた。


 何だかまだ眠いよ。


 彼女の手を掴むと、マリーナが手を引いてベッドから立ち上がらせてくれた。そして、そのまま抱っこして僕を鏡台の椅子に座らせて髪の毛を整え始めた。


 へへ。甘えちゃった。


 彼女の手際は、アリサほど慣れているわけではないけれど丁寧に僕の髪の毛を扱ってくれる。


「マリーナ、ブラッシング上手だよね。ムニュムニュ……」


「本当ですか? ありがとうござます。アリサさんにご指導いただいて、まだ短いですけど、早く、ちゃんとできるようになりたいです。今日は、サリィさんと交代しただけなのですけど……」


 マリーナの口からサリィの話が出て来ると、一気に、頭が冴えてきた。


「サリィに何かあったの?」

 

「はい。実は、サリィさん、午後から体調がすぐれない様子で……」


「そうなんだ」


 マリーナの話によると、今日のシフトでは、本当はサリィが僕を迎えに来る予定だったようだ。しかし、サリィは、午後になって、突然、体調を崩し、急遽、マリーナがこの役目を担うことになったそうだ。


「いま、アリサさんが、サリィさんの様子を見ておられます。少し、心配ですね……」


 サリィは、体調を崩しているのか……。さっきの夢が気になってきくるね。


 夢の中で、とても悲しい目をしていたサリィ。


 サリィ、大丈夫かな……。


 マリーナに身だしなみを整えてもらい、ダイニングルームに向かった。


 夕食の時にも、やはり、サリィは姿を見せなかった。よく見るとアリサの姿も見えない。


 アリサ、まだサリィの様子を見てるのかな?


 夕食がほとんど終わった時間になると、ようやくアリサがダイニングルームに現れた。


 サリィ、どんな様子かな? 夕食が終わったらアリサにサリィの様子を聞いてみよう。体調を崩したのなら、ヒーリングをしてあげたほうがいいかもしれない。


 そう思っていると、アリサが、皿を引き上げるため側にやって来て彼女の方から小声で声を掛けてきた。


「エリア様、少し、サリィのことでお話したいことが……」


 アリサは少し腰を屈め、耳元でそう言った。彼女は、いつになく深刻な表情をしている。


「サリィの事なら、マリーナに話を聞いて僕も心配なんだ。この後、様子を見に行くよ」


「よろしくお願いします」


 アリサはそう言って、手際よく食事の終わった皿を引き上げて行った。そうして、夕食が終了すると、早速、アリサとともにサリィの様子を見に行くことにした。


 ダイニングを先に出た僕は、玄関ホールでアリサを待っていた。すると、彼女は時間を置かずにやってきた。そして、彼女に案内され使用人棟へと向かう。 使用人棟は、屋敷の裏手にあり、玄関ホールにある階段の横を過ぎ、その奥から繋がる渡り廊下の先にある。 


 僕は、使用人達が気を遣うといけないので、普段から使用人棟に行かないようにしている。そのため、使用人棟に行くのはマリーナの様子を見に行った時以来で、これが二度目だ。しかし、いつも廊下の窓から見える使用人棟の建物は、母屋と比べると屋根の形や窓の形状がシンプルな造りになっているものの、決して簡素では無く、重厚感のあるしっかりとした煉瓦とコンクリート造りの構造になっているようだ。この辺りは男爵の使用人たちに対する配慮が窺えるように思う。


 使用人棟は、一階が共用室と男部屋、二階が女部屋となっている。しかし、それ以上のことは知らないことから、アリサが、歩きながら使用人棟について教えてくれた。彼女によれば、一階は男部屋と共用室以外に、食堂と談話室、使用人用の湯あみ室とトイレがあり、共用室から裏に出ると雨除けの屋根が設置された洗濯場となっているそうだ。そして、使用人たちが使う部屋は、全て個室となっており、プライベートは完全に確保されているらしい。

 アリサは、使用人の個室の広さは、縦八キュビト、横五キュビトだと言っていた。一キュビトが五十センチという事なので、一部屋、大体、六畳ほどの広さということになる。そして、各部屋にはベッドとクローゼット、全身を映すことができる姿見が備えられており、女部屋には鏡台が、男部屋には鏡台の代わりに机があるということだ。また、それぞれの階の奥には少し広めの部屋があり、それらは、執事長、メイド長、料理長、警備長の部屋となっているそうだ。それら各長の部屋は、執事長のモートン、料理長のモーリス・ボキューズ、警備長のティグリースがそれぞれ使用しているとのことだそうだけど、メイド長の部屋は空室となっているようだ。アリサはメイドのリーダー役ではあるけれど、メイド長では無いため、他のメイドと同じ部屋を使っていると言う。また、モートンもお屋敷の控室にいることが多く、殆ど使用人棟の部屋は使用していないらしい。

 アリサは、使用人棟について手短に説明すると、次に、サリィの様子について話し始めた。


「サリィは、これまでも、時々、熱を出したりして、体調が悪くなることがありました。ところが、今日のサリィはいつもと様子が違っていて、身体を震わせながら、何かに怯えたように蹲ってしまって……」


「何かに怯えたように?」


「はい……」


 これは、メンタルの方の問題かな?


「何か話をしたの?」


 そう聞いてみると、アリサは、「あの子は、何も話せそうにありません」と言った。アリサの様子からすると、サリィの状態は、やはり、相当深刻かもしれない。


 使用人棟に入って直ぐのところに、二階の女部屋へと上がる階段がある。そして、アリサの後に続き足早に階段を上がると、幅一メートルくらいの廊下が右手の方向へと延びていた。廊下に沿って等間隔で奥へと並ぶベージュ色の扉。アリサに案内されたのは手前から二つ目の扉だ。


 アリサが部屋の前で立ち止まった。


「こちらです」


 そう言って、アリサは左手でドアを指し示した。扉には、布で作成された黄色い花畑の風景の壁掛けが飾られている。 


「中へ入ろう」


 アリサがドアを開けサリィの部屋の中に入る。扉と同様に、部屋の壁にも、レース編みや可愛い花柄の刺繍などが飾ってあった。


 女の子らしい部屋だね。


 すぐに視線をサリィに向け、ベッドの脇に寄る。サリィは、そのベッドの上で身体を丸め、こちら側を向いて小刻みに肩を震わせていた。


「サリィ……?」


 そっと声を掛けて彼女の顔を覗き込むと、サリィの目は、開いているのに焦点が何処にも合っていない。そして、アリサの言う通り、彼女は何かに怯えているように身体を震わせ続けている。


 サリィの肩を抱いてあげたいけれど、やめた方が良さそうだね。


 彼女がどのような反応を示すかわからないし、下手をすれば、パニックを引き起こしてしまうかもしれない。


 アリサが心配そうに言った。


「どうでしょうか?」


「そうだね、サリィは、何か心の問題を抱えているように見えるけど、無理やりどうにかしようとすると良くないと思うんだ。とにかくヒーリングしておこう」


 そう言って、サリィに向けて腕を翳した。


「デア・オラティオ!」

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