011-1-11_兄妹奴隷
その後、荷馬車は、馬の休憩を挟みながら三時間ほど走った後突然停車し、奴隷商の男が御者台から降りて誰かと話し始めた。
「こいつらだ」
「そうかい、よし、やつに金を払ってやれ」
「へい。アニキ、これでいいんですかい?」
「そうだ。ほらっ、代金だ」
「ん? 若い女は値が上がってるって聞いたんだが、これじゃ少な過ぎる」
「チッ、後一枚渡してやれっ!」
「三枚だ!」
「二枚にしとけ!」
「いいだろう」
「よし、お前らはこいっ! 暴れるんじゃねえぞ!」
足音が近づいてくると、御車男は、「早く入れっ!」と言いながら、若い男女の奴隷を檻の中に押し込んだ。
転がるように檻に入れられた二人。
さっきの奴らは若い女と言っていたけれど、確かに女の方は若そうだ。男の方もそれなりには若く見える、二十歳くらいだろうか。
二人の奴隷は正面に落ち着くと、男の方は周囲の様子に注意を向けていた。ところが、若い女の方は泣き出しそうな顔をしている。
そりゃそうだ、この後どんな目に遭うのか分からないんだから。でも、この二人、目元が似ているから、多分、兄妹だろうね……。
そうやって女の方を見ていると、今度は男の方が僕に鋭い視線を向けてきた。
何だよ、ちょっと見てただけじゃないか。
口は開かず、ただ男の目を逸らさないで見ていると、彼の記憶が頭の中に勝手に流れてきてしまった。
え? これは……。
彼の考えが伝わってくる。
なるほど、二人はやっぱり兄妹か。妹の方は宗教関係者? 司祭みたいな仕事かな? 兄の方は――護衛役だ。あ〜可哀想に、この兄妹は、さっきの奴らに騙されて売られちゃったのか。村ごとグルになるなんて、とんでもない話だな。
兄妹奴隷は暴れることもなく、荷馬車は再び走り出す。
しかし、ガイアってこうもあっさりと奴隷になっちゃう世界なんだね……。
荷馬車は、心無しスピードを上げて走っていた。
ところが、しばらく行った先で、突然、荷台が大きく揺れて激しく傾いた。
痛たたたっ! 今度は何なんだっ!?
鉄格子に、後頭部を思いっきりぶつけてしまった。いきなり過ぎて、何が起きたか分からない。他の奴隷たちも、どこかしら鉄格子にぶつけて、痛そうにしている。
「おい、なんだちくしょうっ!」
前方で、御者の男が大声で叫んだ。すると、アニキが、御車の男に怒鳴り声をあげる。
「馬鹿野郎っ! 後ろの車輪が路肩を外しちまったみたいだぞっ! てめえっ、何やってやがるっ!」
「すいやせんアニキ、クソッ、ついてねえぜまったく」
「遅れちまったらお頭にどやされる! 奴隷どもに荷馬車を押させて車輪を上げろっ!」
アニキは、そう言って御者男に命令すると、御車男は、「へいっ!」と返事をし、御者台から慌てて降りてきた。
「奴隷どもっ! 荷馬車から降りやがれっ! 大人どもは後ろから荷馬車を押すんだよっ! 早くしろってんだっ!」
奴隷たちは、全員荷馬車から降ろされると、鞭を持った男に威嚇されて移動する。
怪我の心配すら無いよ、まったく。まぁ、頭をぶつけただけで怪我もしていないから良かったけどね。でも、久しぶりに外にも出られそうだ。
奴隷たちが降りるとき、新入り奴隷の若い男が真っ先に降りて、女性奴隷たちに手を差し伸べてあげた。そして、彼は、僕が降りるときも身体を抱えてくれた。
あ、ありがとう。なんだ、意外に優しいじゃないか。
声に出せないから、精一杯、彼に笑顔を向けた。すると、彼も、白い歯を見せてニッコリと笑う。
おやおや、いい男。
みんなの後に続いて荷馬車の後方に向かう。見ると左の後輪が道から落ちていた。
でも、全員で押せば何とかなりそうだな。
ところが、御車男は、煩わしそうな顔をして邪険にする。
「おいガキっ! ちょっと離れてろ、邪魔だっ!」
そう言って、男は、乱暴に払いのけようとした。
危ないじゃないか。なんだよ手伝ってやろうと思ったのに。
そして、御者男は叫けぶように言った。
「奴隷どもっ! 逃げようなんて考えるなよ! てめえらにはもう自由なんてねえんだから、このおれに余計な手間かけさせるんじゃねぇぞっ!」
奴隷に八つ当たりなんかしちゃってさ、お前がドジっただけじゃないか。ヘタレだね。
少し離れて見ていると、若い奴隷たちの様子がおかしいのに気が付いた。兄が妹の手を引いて奴隷商の男達から見えにくい荷馬車の影に移動した。
あ、逃げようとしてる?
妹はとても不安そうな顔をしながらも、兄に着いて少しずつ後ずさりする。
大丈夫か?
そして、急に振り返ると、二十メートルほど先の森に向かって全速力で走り出した。
ところが……。
うわっ、妹が転んじゃった! あ~ぁ! 見てらんないよ。
兄は振り返り、すぐさま彼女を起き上がらせようとするが、そこで御車男に見つかってしまった。
「奴らが逃げやがった! くそっ!、言ったそばからこれだ!」
男はそう叫んだが、アニキは既に、懐から三十センチほどの短い杖を取り出し、逃げた男に向けて杖を構えていた。
「英明なる霊木の杖よ、我の命に従い、彼らを拘束せよ! スターっ!」
何だ、魔法っ?
アニキが呪文を唱え終えたと同時に、兄妹は二人揃って動きを止め、そのまま気を失ったように倒れ込む。アニキは杖の先から石を外して懐に仕舞うと、倒れたままおとなしくなった兄に近寄った。そして、足の先で兄奴隷の頭を小突きながら、面倒臭そうに言葉を吐いた。
「手間かけさせやがって、お頭にバレたら怖えんだぜ」
そうして、杖の先に別の石を嵌め、二人に向かって呪文を唱えた。
「英明なる霊木の杖よ、我の命に従い、彼らの罰を赦せ! リセッティ!」
あれも呪文だな。
アニキは杖を懐にしまうと、荷馬車の方に向き直り二人の男奴隷に命令した。
「おいっ、そこのお前とお前、車輪が上がったらこいつらを荷馬車に運んどけっ!」
アニキはそう言って鞭を手に取った。
奴隷たちはそれを見て荷馬車を懸命に押し上げようとする。ところが、重そうでなかなか上がらない。
そりゃそうだよ、男手は二人しかいないのに。お前らも手伝えっての。
とは言え、奴らが手伝うはずもないから荷馬車の下に潜り込んで、ひょいっ、と荷台を押し上げてやった。そんなに重くない。
奴隷たちは、お互いに顔を見合わせていたけれど、アニキに急かされて気絶していた兄妹を運び込んだ後、行儀よく荷馬車の檻に入った。
「出発だ!」
アニキの掛け声とともに、荷馬車は再び走り始めた。
う〜む。それにしても、アニキが使った魔法って、レムリアさんが言っていた魔石技術だよね。魔法の度に石を嵌め変えていたから、多分、いろんな種類の石が用意されているんだよ。あの方法なら、誰でも魔法使いになれるじゃないか、簡単そうだな。それに引き換え、僕の魔法は扱いが難しいよ。しっかりコントロールしないと無差別殺戮兵器になっちゃうね。
やっぱり魔法はイメージかぁ……。
その後も、荷馬車は止まることなく走り続けた。




