117-6-21_セイシェル・ディア・クライナ(挿絵あり)
ピュリスの部屋に戻った後、経緯も合わせて、男爵に報告することにした。アリサからモートンを通じて男爵に伝えてもらい、報告は、午後のティータイムの時に、談話室で行うことになった。
ティータイムの時間になると、ピュリスとセイシェル王女と三人で談話室へと向かった。談話室には、既に、男爵とローラ夫人、イリハとラヒナが席に座っている。その他に、僕の方からはヴィースに声を掛けておいた。彼にも、話を聞いておいてもらいたい。ヴィースも、既に、壁際で仁王立ちして僕たちを待っていた様だ。もう一人、アムだけど、彼女は、今日の午後から御庭番見習いとして、門番のおじさんと一緒に仕事中であるため、談話室には呼んでいない。使用人の方は、モートンが男爵の後ろに控えており、そして、アリサとサリィが、手際よく、紅茶をワゴンに乗せて配ってくれている。僕の前には、サリィが、紅茶を注いだカップを置いてくれた。
「ありがとう、サリィ」
「は、はい……」
サリィは、それだけ言うと、目を合わせる事なく淡々と給仕を続けた。
ん? サリィ、疲れてんのかな?
でも、いつものサリィのようにも見える。
心配いらないかな?
彼女は、恥ずかしがり屋さんなのだ。
テーブルの上には、目にも楽しい色とりどりのクッキーが用意された。チョコレートチップの入ったものや、ドライフルーツが乗っているものなど、どれも、みんな上品だ。
美味しそう!
早速、チョコレートチップのクッキーを手に取って頬張る。
うん、美味しいっ! お行儀悪いかな?
しかし、男爵には、目の前にある香ばしいバターの匂いが届いていないようだ。彼は、どうやら緊張している。
「そ、そのー、ピュリス様っ。と、とりあえず、こちらの……み、魅力的な女性をご紹介していただけますでしょうか?」
男爵は、目のやり場に困っているように落ち着きがかない。
「あなた、こちらの方に失礼ですよっ!」
ローラ夫人が、男爵を窘めた。彼女は、男爵の言い方が下品に感じたようだ。
まぁ、セイシェル王女を見るとそわそわしちゃうよね。
もちろん、男爵の挙動が不信なのは、王女があまりにも魅力的だからだ。さっきから男爵は、目の玉だけをチラリチラリとセイシェル王女の胸の辺りに向けている。
自然さを装っても、もう、みんなにバレてるけどね。
すると、イリハがジトメになって言った。
「そうよ。お父様ったら。鼻毛伸びてるよ」
「鼻の下でしょ? イリハ」
ククッ! 黒イリハが出てきたよ。吹き出しそうになっちゃうじゃないの。天然なのか、わざとなのかどっちだよ、ホントに。でも、念のため、突っ込んでおかないとね。男爵の名誉のためだし。
イリハは、「間違った」と言って、テヘへという感じで舌を出した。
やっぱり、天然かな?
でも、男爵の肩を持つ訳ではないけれど、彼の振る舞いがそうなってしまうのは仕方がないことだ。今、セイシェル王女は、薄い生地の白いドレープを羽織っているだけで、彼女の胸の柔らかさが見た目からでも十分に伝わってくる様な姿をしている。もし、この上妖精ニンフの権能 ”魅了” を発動でもされていたら、男爵は天国にまで上り詰めてしまうだろう。もちろんそんな事をされたら大変だし、王女は、権能の発動はしないと言っていたので、男爵は何とか意識を保っている事ができているのだ。そして、実際、王女は何もしていない。それでもこれだけ男を惑わすのだから、ニンフとは恐ろしい妖精だ。
セイシェル王女は、ニッコリと男爵に会釈をした。男爵は、目を泳がせながら、何とか会釈を返した。そして、ピュリスがセイシェル王女を紹介した。
「ボズウィック男爵、こちらの方は、少し説明が必要なのだが……」
「レイナ、私、自己紹介させていただきますわ」
「そうですか。では王女、お願いします」
「男爵様、そして、奥様、私の名は、セイシェル・ディア・クライナと申します。エリア様のお力で、五百年の時を超えて、妖精として蘇りましたの。以後、よろしくお願いいたしますわ」
「セ、セイシェル・ディア、ク、クライナ……お、王女……様……?」
ピュリスの一言で、その場の空気が一瞬で凍ってしまった。今の今まで浮ついていた男爵は、一気に顔を強張らせている。そして、ローラ夫人は、言葉が出ずに、妙な作り笑いを浮かべていた。二人は、口角を頑張って上げている。恐らく、愛想笑いをしているつもりなのだろう。しかし、目は、全く笑っていない。イリハとラヒナは、周りの大人の顔をキョロキョロと見ており、よく状況が分かっていない様子だ。僕が、紅茶を一口飲んで、カップを皿に置いた。すると、食器が重なる甲高い音がして、男爵は、ハッ、と我に返ったようにようやく口を開いた。
「……き、聞き覚えのある、お、お名前だな、ロ、ローラ……」
「そ、そうでございますわね、あ、あなた……」
「エ、エリアよ、ま、間違いないのだな?」
「男爵様、それは、ちょっとセイシェル王女に失礼じゃないの?」
「そ、その通りですわ、あなた、お詫びを申し上げてください!」
「よろしいですのよ、お二人を驚かしたのはこちらなのですから」
「い、いえ、そういう訳にはまいりません。主人が、大変、失礼をいたしました」
男爵とローラ夫人が頭を下げる。すると、セイシェル王女は、ニッコリと男爵夫妻に笑顔を返した。
「それにしても、男爵様。私の事、今の時代には、どのように伝わっているのでしょう?」
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セイシェル・ディア・クライナ
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