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115-6-19_火の竜

 磔台の前では、執行官がレイナの罪状を読み上げたところだ。間もなく、レイナの足元に積み上げられた薪や柴に、火が放たれる。


 いよいよか。見るのが辛い。でも、目を背けてはダメだ……。


 ところが、その時、上空から金属が擦れるような甲高い奇声が轟くとともに、大きな影が空を覆った!


「何だ?」


 えっ! あれはっ!?


「ファ、ファイアドレイクっ?」


 上空を見上げると、広場の真上を、赤褐色のファイアドレイクが一頭旋回していた。翼を広げたファイアドレイクは、幅が二十メートル以上はありそうだ。


「大きいっ!」


 広場の民衆たちは、突然現れた巨大な竜に、驚きの余り、時間が止まったように言葉を失った! 広場は、一瞬、静まり返る。しかし、その静寂を切り裂いて、断末魔の叫び声が響き渡った!


「ギャァァァァーーーーッ!」

 

 その悲鳴を合図に、辺りは一気に騒然となる! それまでレイナに向けられていた怒声は、我先に逃げようと、隣の人間に向けられることとなり、体の小さい者や、女、子どもは、押しのけられて突き飛ばされた。広場には、怒号と悲鳴が飛び交う。そして、逃げ惑う民衆が大通りに集中し、そこで将棋倒しとなって、大勢の人間が折り重なるように倒れてしまった。広場は、パニック状態だ! 傍観しているこちらまで、緊張感が走る!


「どうなっちゃうんだ!?」


 刑の執行官たちも、上空を見上げて右往左往と狼狽えている。ファイアドレイクは、そうした地上の様子にお構いなく、空中を悠々と旋回すると、翼をはためかせて滞空し、上を向いて、大きく息を吸い込んだ。


「何かするよっ!」


 あっ!


 言葉に出す間も無いっ! ファイアドレイクは、突然、青白く強烈に眩しい光を放ったっ! その瞬間、広場は真っ白になり、そこにある物体の影は、足元に集まって点になった。そして、その光線は轟音を轟かせて、地上へと一直線に伸びたっ!


「うわっ! ヤバイっ!」


 光線が到達すると、たちまち、大きな爆風が発生し、人々は吹き飛ばされた! 磔台の向こうの建物は、門などの構造物が一気に破壊され、三階建ての建物の窓ガラスは、粉々になって一瞬で消え失せる!


「何て事するんだっ!」


 しかし、ファイアドレイクが標的にしたのは、磔台だったようだ。爆風で瓦礫と化した建物の入口とは違い、光線の当たった辺りは、地面の焦げた後以外何も残っていない。すると、セイシェル王女が、静かに言った。


「あの炎に焼かれると、物質は一瞬で昇華してしまうでしょう」


「えっ? そんな! ちょっと待って! 何も残らないなんて、レイナさんは、どうなったの?」


「……これが、実際に起こったことなのです」


 そう言って、セイシェル王女は、視線を下に落とした。


「な、何で、ファイアドレイクはこんなことするんだっ!?」


 まさか、こんな最後だとは……。


 しかし、レイナが苦しまずに済んだのなら、それは、せめてもの救いと言えるのだろうか。


 これは、過去の記憶だから、もう、済んだ事なんだよね……。


 そう思うしかない。レイナの魂の奥にある記憶ということだったけれど、これが事実だということはセイシェル王女も知っていることであり間違い無いのだろう。


「磔台のところをご覧ください」


 セイシェル王女は、そう言って指を差した。彼女が指し示す方向を見ると、何か小さな物が鮮やかに赤く光っている。


「あれは?」


「火の魔石です。あの魔石には、先程の火の竜のエネルギーが転写されています」


「えっ!? それって、もしかして?」


「はい。あの子の得物、聖剣サンクトゥス・ガウディウムの守護精霊です。火の竜は、理由も言わず、あの魔石を残していきました」


 セイシェル王女によると、彼女は、レイナが昇華された後に残った火の魔石を、刀匠に打たせたレイピアに仕込み、聖剣サンクトゥス・ガウディウムが誕生したらしい。


 火の竜のエネルギーが宿る剣。セイシェル王女は、王位継承の跡目争いの戒めとして、王位継承権を放棄した王族に、その証として聖剣サンクトゥス・ガウディウムを授け、後世に引き継がせることを彼女の遺言にしたようだ。


 セイシェル王女は続けた。


「私は、レピ湖に身を投じる前に、レイナへの償いと、王位継承者としての、せめてもの責務を果たしたつもりでした。しかし、残念ながら、王位継承の跡目争いが無くなることはありませんでしたね……」


 そう言って、セイシェル王女は、悲しそうに作り笑いをして見せた。


 そんな事があったんだね。


 五百年前の王都で起きた王位継承の跡目争いは、あまりにも壮絶な結末だった。セイシェル王女の話を聞き、後味の悪さが残る。


 人間は、ホント、いつまでも変わらないね……。


 しかし、その時、突然、頭の中に声が聞こえた!


「我、女神ガイアの眷属なり」


「誰だっ!?」


 セイシェル王女が、僕の声に反応してこちらを向いた。

 

「女神ガイアの子よ、我の力を使うが良い。その人間の魂を、そなたの元へ参らせよう……」


「何だ!? 誰なんだ?」


「どうかなさったのですか?」


 王女は、不思議な顔をして聞いた。


「今、声が聞こえたんだ」


「声ですか? あっ! レイナ、あなた、やっと現れたのね」


 セイシェル王女と話していると、後ろからピュリスが、突然、現れた。王女は、抱いていた赤ん坊をピュリスに差し出すと、彼女に言った。


「さぁ、あなたの心を、しっかり抱きしめなさい」


 そう言って、セイシェル王女は、ピュリスに赤ん坊を渡してあげた。


「あ、ありがとうございます。セイシェル王女」


 ピュリスは、王女から赤ん坊を渡されると、ぎこちなく胸に抱いた。彼女は、小さな子どもの扱いが不慣れなようで、胸に抱かれた赤ん坊は収まりが悪そうだ。それでも、赤ん坊は、ピュリスの胸に抱かれると、すぐさま光の粒となってピュリスの胸に浸透していった。


「あー、やっと、心が一つになった気分だよ」


 ピュリスはそう言うと、自分の胸に両手を重ね、感情を味わうように目を閉じた。


「良かったね。ピュリスさん。心が戻って」


 そう言って、セイシェル王女と顔を見合わせる。


「それにしても、あのファイアドレイクの炎は凄すぎだよ。あんなのが街にやってきたんだね」


 セイシェル王女にそう言うと、彼女が、その時の事を教えてくれた。


「あの時は、軍隊も出動し、やっとの思いで追い払ったのです。追い払ったと言っても、火の竜が興味を失っただけなのでしょうけど」


 そうか、やっぱり竜種の対処は大変なんだね。歴史書の言っているとおりだ……。


「あっ!」


 これかっ!


 そんな事を考えていると、ピュリスが、バツが悪そうにして言った。


「いやぁ、私の火あぶりの刑は、火の竜が執行官だったね。ハハハハ!」


「まぁ、確かにね」


「わ、私も、気絶してからの記憶は無かったんだけどね。ナハハハハ!」


 ピュリスは、言い訳のように説明した。セイシェル王女は、少しあきれ顔になっている。


「つまり、ピュリスさんには、刑を執行された恐怖の記憶は無いんだよね。まぁ、それなら良かったじゃない。でも、ファイアドレイクの炎はどうだったのさ?」


「それなんだけどさ……」


 ピュリスは、戸惑うように言った。


「実は、さっき、磔台の上で、記憶を追体験していたんだよ。それで、気絶するところまでは、五百年前と同じだったんだけど、今回はその後も、ぼんやりと周囲の状況が分かっていてね、火の竜の炎を受けたときは、熱くも苦しくもなくてさ、逆に、癒されたような感覚があったんだ……」


 彼女は、おぼろげな意識の中で、突然、青い光に包まれ、気持ちが落ち着いて楽になったと言った。


「そうなの? こっちからだと、一瞬で昇華して消えちゃったように見えたんだけど」


「ええ、確かにそのように見えていましたわ」


 セイシェル王女も、ピュリスの様子が、僕と同様に見えていたようだ。


 ピュリスは話を続ける。


「その後……気が付いたら、そこにいたんだ」


 そう言って、ピュリスは、今、彼女が立っていたという方向を指さした。


「それなら、ピュリスさんは、ファイアドレイクに癒されたっていうことなのかな? そう言えば、さっき、頭の中に声が聞こえたんだよね。あれは、きっと、ファイアドレイクが話しかけたんじゃないかって気がするんだよ……」


 そう言って、先程、念話のように聞こえてきた声の内容を、二人に話した。


「本当でございますか? そう言えば、エリア様、先ほど、何か仰りかけておられましたわよね……」


 そう言って、セイシェル王女は、右手人差し指を自分の顎にあて、左手で右手の肘を抱えて言った。


「……つまり、女神ガイア様の眷属と仰られたのですね。それなら、あの、火の竜は……四大元素の精霊様ではないかしら?」

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