109-6-14_聖剣に宿る精霊(挿絵あり)
「ピュリス様、やっと起きたんだ?」
そう言うと、アリサは微笑んで頷いた。
「はい。では、お部屋にご案内いたします」
アリサの後について、彼女の泊っている客室の前まで行くと、アリサが部屋のドアをノックした。
「ピュリス様、エリア様をお連れ致しました」
「どうぞっ」
中から聞こえた声は、元気そうである。アリサが扉を引いて開けた。
「おじゃまします」
お屋敷に来てから初めてこの部屋に入ったけれど、かなり大きな部屋だ。ピュリスの客室は賓客用で、一般の客室より広い。窓も二つあり、明るい日差しが部屋の中まで届いている。壁は、落ち着いたクリーム色で、草花の模様が、ところどころ小さく描かれている。部屋の中の一番奥には、クイーンサイズ程のベッドが窓のある壁の方を頭にして置かれ、見るからに豪華な花柄の刺繍が施された掛け布団が被せられている。ベッドの足元方向の壁には大きなクローゼットと、その横に鏡台が設えてあり、窓側の壁際には、重厚感のあるこげ茶色のロッキングチェアが部屋の主が座ってくれるのを待っているように、寂しそうにして窓の外を向いていた。そして、部屋の手前には、四人掛けで、艶が美しい木製の丸いテーブルが置いてある。
ピュリスは、水色の鮮やかなワンピースを着て、その丸テーブルのチェアに座っており、笑顔を向けながら僕に手招きをした。
「エリアちゃん、こっちに座って」
彼女は、そう言って、テーブルの向かいの椅子に座るように言った。
あれ? なんか昨日と印象が違う……。
ピュリスは、薄紫の長い髪を三つ編みにしてあり、昨日の彼女よりもさらに少女っぽく見える。彼女は、座っていても少し背が高そうに見えるけれど、身体の線が細く王宮騎士団の団長と言っても屈強さは皆無だ。昨日、彼女と目を合わせた時でも魔法は読み取れなかったし、騎士としての実力はよく分からない。
彼女を観察しながら様子を見ていると、ピュリスが話し始めた。
「昨日の夜は、恥ずかしいところを見せてしまったね。ハハッ」
ピュリスは照れくさそうに、苦笑いした。
「ピュリス様、よく眠れたの?」
そう聞くと、彼女はぐっすりと眠れたと微笑み気さくな雰囲気で言った。
「二人で話すときは、もう少し気楽に呼んでくれないかな?」
ピュリスはそう言って、昨日の夜、彼女が部屋に戻ってからの話を始めた。
「昨日はさ、セイシェル王女がずっと私の側にいてくれて、安心して眠れたよ。それでね、セイシェル王女にさ、エリアちゃんの話をたくさん聞いて、エリアちゃんとも話がしたくってさ……」
ピュリスは、昨日、子どもたちと一緒にいるときと同じで、友達とでも話しているように言葉を交わす。湖畔の時の印象では威厳を纏っていたけれど、今の方がとてもナチュラルで女の子らしい。
「起きた時には、セイシェル王女はもういなかったけど、王女のお陰で、私は、記憶のトラウマに向き合うことができるようになったよ。いや、君のお陰だね……」
彼女はそう言って、前世の記憶の話を始めた。
「エリアちゃんが言った通り、私には、前世の記憶があるんだ。とても恐ろしい記憶だよ。その時代の私は、セイシェル王女を殺そうとした罪で、大衆の面前で火あぶりの刑に処せられた……。何度も、何度も、繰り返し、事あるごとに、その記憶が甦るんだよ……」
彼女は、視線をテーブルに落とし、静かな声で話しを続けた。
彼女によると、前世の彼女は、レイナという名で、今と同じ公爵令嬢だったらしい。彼女は、セイシェル王女より三つ年上で、王女とは、本当の姉妹のように仲が良かったそうだ。しかし、貴族の派閥争いから、王家の跡目争いの道具とされてしまったようだ。そして、ピュリスは、今世でも、物心ついた時から前世の記憶に悩まされ続けてきたと言った。本当なら、そんな恐ろしい記憶に苛まれ続ければ、まともな生活を送ることはできない程だ。しかし、彼女が、これまで、無事に成長し、王宮騎士団の団長にまでなることができたのは、彼女が、自分の命のように大切にしているものの力があったからだと言った。
「まぁ、王宮騎士団の団長職を務める事は、公爵家の責務というのもあるんだけどね……」
ピュリスはそう言って、立ち上がると、クローゼットから騎士の剣、レイピアを持ち出してきた。彼女は、レイピアをテーブルの上に置くと、「どうだい?」と言って、その剣を手に取るように勧めた。
「いいの?」
「ああ、もちろんだよ」
彼女が差し出したレイピアは、鞘に納まっている刀身が一メートル程で、柄が二十センチ程の長さだ。鞘は、丁寧に磨かれたシルバーで、鏡のように輝きを放っており、竜の金細工が全面を覆うように施されている。柄の部分は、刀身に近いところから、全体がハート形になった銀色の左右対称リングがあり、クロスガード、そして、曲線のナックルガードまで一体となった形状になっていて、持ち手のグリップはねじりが加えられたデザインだ。さらに、柄の頭には、美しい真っ赤な石がはめ込まれていた。
これは、魔石か?
レイピアを手に取ってみると、結構、ずっしりと重い。そして、鞘から、刀身をゆっくりと抜いて、真っすぐ上に掲げた。
もしかして、この剣……。
「精霊が宿っているよね?」
「やっぱり分かるんだね。エリアちゃんは不思議な女の子だな。君を初めて見た時から、普通の子どもじゃないとは思ってたんだよ……」
そして、ピュリスは、レピ湖で目が合った時から、僕の首輪が気になっていたと言った。
「何だ、やっぱり、気にしてたんだね」
「まぁね。ボズウィック男爵は奴隷を持たないはずだし、それに、私は王族の一員だから、女神ガイア様が守り神なんだよ。だから、隷属の首輪を見ると、女神様を思い出すからね……」
なるほど。
そう言えば、セイシェル王女も、王位継承者を示す首飾りが女神ガイアからの授かりものだと言っていた。ピュリスは、この首輪に、女神ガイアとイメージを重ねていたのかもしれない。
本当は、隷属の首輪じゃないんだけどね……。
レイピアを鞘に納めてピュリスに返す。彼女はレイピアを手に取ると愛おしそうな眼差しをして言った。
「この聖剣はね、どのくらい前からか分からないんだけど、王家に代々伝えられていてね。陛下の弟である私の父、プロディ・ディア・クライナ公爵が、王位継承権を放棄したときに、その証として陛下からお預かりしたんだよ。陛下をお守りするための剣としてね。私は、陛下のお許しを得て、この聖剣の所有者となり、王宮騎士団の団長を務めているという訳さ」
彼女は、そう言うと、椅子から立ち上がり、剣を横に両手で持って腕を前に突き出し、呪文のような言葉を発した。
「我が聖剣、サンクトゥス・ガウディウムに宿りし火の精霊よ、契約に従い、その力を示せ!」
彼女がそう唱えた途端、剣が眩い赤色の光を放ち、ピュリスを包み込んだ! そして、その光は、収束しながら彼女の身体を覆い、ピュリスの身体がぼんやりとオレンジ色の輝きを纏った!
おおっ! ピュリスさんの覇気が驚くほど大きくなった!
「エリアちゃん、私は、この聖剣サンクトゥス・ガウディウムによって、騎士としての力が発揮されるんだ」
「凄いね!」
思わず口に出た。今の彼女は、ティグリースより圧倒的に強い。首長竜だった時のヴィースには及ばないだろうけど……。しかし、これなら、王宮騎士団の団長に相応しい実力を示すことができそうだ。
これは、人間離れした強さだよ、きっと。
ピュリスは、また剣を前に差し出し目を閉じた。すると、彼女を纏っていた光が消えて、彼女は元の女の子に戻った。
「驚いちゃった! でも、ピュリスさん、この剣の凄さは分かったけど、どうして僕に見せてくれたの? あんまり、他人には見せない方がいいんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけどね。実は、昨日、セイシェル王女が言ったんだ。聖剣をエリアちゃんに見せるようにって」
ピュリスは、「私にも、その理由は分からないんだけどね」と言いながら、作り笑いをした。その時……。
「あっ! ピュリスさん、それっ!」
「えっ!?」
ピュリスがレイピアに目を向けた瞬間、レイピアの柄にはめ込まれていた赤い石が、突然、透明感のある真っ赤な光を放ち出すと、辺りに光が広がり、部屋全体を赤い光で満たしてしまった!
「大丈夫っ、ピュリスさん?」
眩しくて、彼女の姿も見えない。しかし、ピュリスからは返事がない。ところが、次の瞬間、一瞬で光が消えると、部屋の様子が元に戻った。
「あー、驚いた」
んっ!? いや、違う。そこに……精霊が……いるっ!
「うっ!」
その精霊は、テーブルの左側の床に片膝をついて跪き、頭を下げていた。
「誰?」
そう言うと、その存在は立ち上がって、両手を腰に当てると、ニタっと笑って言った。
「あたいは、ファイアドレイクなのだっ!」
「ファイアドレイク?」
その存在は、翼と鱗のある細長い尻尾が生えている女の子だっ!
何だ、この子?
彼女の見た目は小学生くらいで、身長は、今の僕より随分低い。髪の毛は真っ赤で、天然パーマのようにくりくりとしている。頭には迷彩柄のカチューシャのような物を付けており、目はぱっちりとして大きく、口には二本の犬歯……。
じゃなくて、牙だな。そして、服装は……。
エナメル風に艶のある、真っ赤なレオタード。足には、長靴……ではなく、赤いブーツを履いている。腕にはドラゴンの爪のようなナックルか? いや、あれは本当の手じゃないか?
そして、首に、これも赤いチョーカーと、赤い石のイアリングを両耳に着けていた。
「真っ赤っかだね。それに子どもだ」
「子どもじゃないのだっ! あたいは、火のドラゴンだぞ、女神様っ!」
それにしても、何で、カチューシャだけ迷彩柄なんだ? あり得ない。
「その、頭のやつ、気に入ってるの? かっこいい!」
「そ、そうなのか? エヘヘ。本当は、衣装もこの柄にしたいんだぞっ!」
やっぱ子どもだ。何かややこしいのが出てきちゃったよ……。
フッと見ると、ピュリスは椅子にもたれ掛かって気を失っている様だ。
「君、あれでしょ、その聖剣に宿ってた精霊だよね」
「ワハハー、そうなのだっ! 女神様、お願いがあるのだっ!」
何だ? いきなり!
自分のことをファイアドレイクと名乗る、生意気小学生のような彼女は、無遠慮に、突然、お願いがあると言ってきた。
ちょっと、馴れ馴れしいな。ろくでも無いよ、きっと。
しかし、理由も聞かないというのはどうかとも思う。この精霊は、長い間、聖剣に宿り、ピュリスを守ってきたのだ。決して、悪い存在では無いだろう。それに、彼女から悪意などは感じない。ウィル、いや、セイシェル王女が、ピュリスに対して、聖剣を僕に見せるように言ったということは、もしかしたら、この精霊が言おうとしているお願い事というのも、まともな理由があるのかもしれない。それに、変なのでも精霊は精霊だ。
まぁ、聞くだけ聞いてみようか。
「何? お願い事って?」
「女神様よっ、この女に、チューしてやって欲しいっ!」
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もしかして、この剣……精霊が宿っているよね?
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