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108-6-13_ボズウィック男爵の憂い

「えっ、戦争っ!?」


「そうだ。それは、どういう形で始まるかは分からんが、ワシの見立てでは、そう遠い先の話では無いと思うておる……」


 男爵は、腹をしっかり据えるようにして姿勢を正し、座りなおした。


「すでに話したことではあるが、今、王宮は、かつてないほど弱体化しておるし、また、最近のアトラス共和国があからさまな動きをしておることからも分かる。そして、昨日、ピュリス様も、同様の懸念を示しておられた……」


 男爵は、昨日の夕食時に、ピュリスから、アトラス共和国にあるクライナ王国領事館からの情報を教えてもらったようだ。それによると、アトラス共和国は、表向きの動きではないけれど、どうやら、軍備を整え初めているとの事だ。


「本当に?」


「うむ。そこでだが、エリアよ。あの魔石の一部を、必要な時のために保管しておきたいのだが、どうだろう?」


「もしかして、戦備増強に使うとか?」


 男爵の言いたいことは分かる。アトラス共和国が攻めてくる前に、備えをしておきたいのだろう。しかし、前世の平和な日本で育ったからなのか、どうにも、もやもやして、素直に賛成できる気分にならない。


 すると、男爵が言った。


「いや、そうではない」


「違うの?」


「もちろん、戦争への備えも必要だが、アトラス共和国と全面戦争にでもなれば、今のクライナ王国では、長くは持ちこたえられんだろう。戦争の筋書きとしては、まず、内紛が起き、王宮に反旗を翻す貴族が相当数出てこよう。そうなれば、神聖レムリア王国も黙ってはおらん。このクライナ王国は、激しい戦場と化し、被害が拡大し、王国の崩壊は免れん。そこで、あの魔石を活用し、事前に準備をする事で、できるだけ被害を抑えようと考えておる……」


 男爵の話では、戦争が始まってしまえば、王国の国民にも大きな被害が出てしまう。そこで、王宮を説得し、内紛が起こる前に、神聖レムリア王国の支援を得ようと言う事らしい。


「……場合によっては、レムリア神聖王国の属国にならねばならんかもしれんが、しかし、王宮の現状を見れば、遅かれ早かれ、いずれかの大国に取り込まれてしまうだろう。そうなる前に、少しでも、条件が良い内に、密かに話を進めようと思うのだ……」


 男爵が、厳しい表情をした。


「……王宮は、すでに裸も同然である。王宮を守護するべき王宮騎士団は、国王陛下に絶対の忠誠を約束しておるとは言え、アトラス派貴族の出身者も多い。内紛になれば、彼らが、王宮の一番の敵となることも考えられる。いつ、そうした事態が起こらんとも限らんのだ。ワシは、そうした事も踏まえ、私設の戦闘部隊を育成してきたのだ。このモートンは、その部隊を統率する司令官でもある」


 モートンがこちらに向かってお辞儀をした。


「そうなんだ!」


 モートンが軍人だったとはね。普通の執事では無いと思っていたけど、そんな経歴があるなんてね。


 男爵は話を続けた。


「そして、ローラは、神聖レムリア王国の貴族の出身だ。ローラの実家を通じ、セリア教の大神官に話を通す段取りを考えておる。恐らく、そのための準備金は、相当の大金が必要となるだろう。もちろん、王宮が準備すべき話ではあるが、王宮の力は、経済力にも現れておるからな」


 男爵は、そんな先を見通しながら準備をしているんだ……。


 それにしても、今の話を聞いて、こちらまで男爵の緊張感が伝わってきた。僕が思っていたよりも早く、この世界は、戦争に向かって動いているようだ。


「……戦争は、出来る限り避けねばならん。もし、戦争となれば、初めは、アトラス派が優勢になり、神聖レムリア王国の後ろ盾があろうと、長引いてしまうだろう。レムリア派や反アトラス派でしばらくは耐え忍ぶ戦いをするとしても、相応の被害が出るだろう……」


 男爵の見通しは、かなり具体的なようだ。


「……しかし、上手く事が運べば、国民の被害は最小限に抑える事ができる。これには、資金の工面が課題であったが、今回、魔石が大量に手に入ったことで、準備が可能となりそうだ。もちろん、ワシ一人が王宮のために力を尽くす必要は無いのだが、先祖からの言い伝えを重んじてのことなのだ……」


 そう言って、男爵は、ボズウィック男爵家に代々伝えられてきた口伝を教えてくれた。


「ボズウィック家にはな、『ボズウィックの盾は王家の血の守護者たる証』という言葉が代々伝えられておってな、我が家系の家紋は、王家の血を守る盾に、生命の継続を示す木の葉となっておる。王家の血を絶やさぬよう力を尽くすことが、我が男爵家の誇りなのだ」


 なるほどね。ちょっと、僕には、貴族の誇りっていう考えが、あまり理解できないけど、戦争が避けられないのなら、せめて、今より酷い世界にならないように動くしかない。第二王女を救うことは、僕の当面の目標だから、それが、王家の血筋を守ることにも繋がるし、その事が、いずれは、男性が優遇される世界の偏った価値観を変える一助になればと思っている。水の魔石の方は、もともと、男爵が好きなように使えばいいと思っていたし、何にどう使うかは男爵が決めればいい。セシリカの小麦現物買いの資金も必要だろうし。戦争になれば、女性や子どもたちが、一番、犠牲になるだろう。だから、男爵様の考えは、ある程度理解出来る。


 とは言え、モヤモヤした気持ちは消えないね……。


「倉庫の魔石は、男爵様が好きなようにすればいいんじゃない? 実はさ、箱に入り切らなかった魔石を、湖底に置いてあるんだ。僕はそれをいただくよ」


「そ、そうなのか? それなら、倉庫の魔石の半分を、活用させてもらうとしよう」


 男爵は、そう言うと、「すまん」と言って微笑んだ。そして、少し身を乗り出すと、もう一つ、話があると言う。


「エリア、前々からローラと話しておってな、色々と落ち着いてからになるが、アルバスに戻ったら、盛大にイリハとエリアのお披露目をしようと思うのだがどうだ?」


「お披露目?」


「そうだ。イリハの快気祝いをかねて、イリハとエリアのお披露目パーティーだ。お前たちも七歳の節目なのだからな。そして、あと二年もすれば、王宮魔法学園に入学する年齢となる。その前の通過儀礼のようなものだ。まぁ、あまり堅苦しいものにはせんつもりであるが、一応、付き合いのある貴族を呼んで、後は、そうだな、街の者も参加できるような催しを考えてもいいだろう……」


 男爵が楽しそうに話す。


 パーティーか。ちょっと楽しそう!


「ありがとう、男爵様。とても楽しみだよ」


 男爵は、「詳しくはローラに任せることにする」と言って満足気な顔をした。男爵からの話はそれだけだったようで、彼は、話の最後に付け加えるように言った。


「ワシからの話は以上だが、エリアよ、この先、予期せぬ事も起きるかもしれん。そのためにも出来るだけ準備はしておきたいのだが、何か気がついた事があれば、遠慮なく言って欲しいのだ」


 男爵は、改まって姿勢を正した。彼が言う通り、この先は、きな臭い出来事が起きるかもしれない。気になる事は口に出して、共有しておくのに越した事はない。


「ありがとう男爵様。それなら……」


 実は、一昨日から考えていたんだけど、男爵にして欲しい事、というか、お願い事がある。それは、森の病気、斑点病のことだ。精霊が存在するような高い自然エネルギーの場所が、何者かに破壊されつつあるかもしれないと聞いて、とても、他人事ではいられない。


 僕自身が、女神のエネルギーで、それは、自然エネルギーの事だからね。


 もし、男爵が言っていた通り、レピ湖やイグニス山のような事が、他の場所でも起こる危険があるのなら、事前に対処する必要がある。


「男爵様、早速なんだけどね……」


 男爵に、クライナ王国周辺で、精霊が棲むような自然エネルギーの高い場所が何処なのかと聞いた。すると、男爵が教えてくれた。


「王国の周辺では、レピ湖やイグニス山以外には、三カ所ほどになるだろう。一つは、ツンドラ大森林だ。あの森には、氷の精霊様が住むという。そして、二つ目が、ドライアド様のいらっしゃる太古の森だ。三つ目は、中央山脈の奥に聳える世界で最も高いとされるピュラトゥス山だ。そこには、世界の風の通り道と言われる場所があってな。風の精霊様がいらっしゃると伝えられておるのだ」


「ツンドラ大森林の精霊のことは、アムから聞いたよ。きっと、その精霊は、山犬精霊オンガのことかもしれない」


 男爵が、少し心配な顔をして聞いた。


「エリア、斑点病の調査を始めようとしておるのか?」


「そうだね。とても気になるんだよ」


 すると男爵が、顎に手を当てて何かを考えるようなそぶりをし、逆に、提案してきた。


「エリア、それなら、人手も多い方がいいだろう。ワシの私設部隊から何人か手練れを連れて行くとよい。モートン!」


 男爵に声を掛けられ、モートンが、「かしこまりました」と返事をした。


「それで、エリア、その調査は、いつから行うのだ?」


「そうだね、とりあえず、ローズ家事件が片付いてからにするよ」


「わかった。ワシの方でも準備をしておこう」


 男爵はそう言って、モートンに幾つかの指示を出していた。調査は、ヴィースやカリスがいれば人手はいらないように思うけど、男爵の厚意は有難く受け取っておこうかな。


 男爵は、また、何かあれば何でも言ってくれと微笑んだ。


 色々と心配してくれてるんだね、男爵様!


 男爵との話も終わり、談話室を出て、一旦、部屋に戻ろうとしたとき、扉の前でアリサに声を掛けられた。


「エリア様。ピュリス様がエリア様にお会いしたいと仰っておいでですが、いかがいたしましょう?」


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