106-6-11_再会(挿絵あり)
ピュリスは、立ち上がったまま、セイシェル王女をじっと凝視した。しかし、彼女は、王女を見つめたままで、それ以上言葉が出てこない。
ちょっと、混乱しちゃったみたいだね。この先は、彼女にとって辛い話になりそうなんだけど……。
「ピュリス様……」
ピュリスは口を開けたまま、まだ、セイシェル王女から目を離せないでいる。
「……さっきの昔話は、結末が逆になってたんだよね。レピ湖に身を投げたのは王女の方でしょ? そして、ピュリス様は、前世で……」
本当に、次の言葉を口にしていいのかな? いや、言わないと、彼女が前に進めない!
「公開……処刑……」
ピュリスの呼吸が止まったのが分かる。
「……されたんだよね」
ピュリスの目が、大きく見開かれた! そして、唸りだしたかと思うと、嗚咽する!
「ううううっ! オッ、オエッ! オエッ! オエ〜〜〜〜ッ!」
彼女は、テーブルと椅子の間に蹲る! ピュリスが床に崩れ落ちた勢いでテーブルが倒れ、その大きな音にサリィが慌てて側に駆け寄ってくると、倒れたテーブルを端に寄せた。
「タ、タオルを取ってきます!」
サリィはそう言うと、走って屋敷に戻って行った。
「ピュリス様、大丈夫?」
やっぱり、ショックが大きかったよね。
自分が言った事にほんの少し後悔してしまう。
なにも、自分が関わらなくても良かったんじゃないのかな? 今よりもっと、彼女を苦しめてしまうかもしれないのに……。
そう思う反面、妖精女王から五百年前の話を聞かされて、放っておけない気持ちにがある。もし、出来るなら、僕の力で、なんとか彼女たちを救ってあげたい。それに、これも、王家の後継者問題にまつわる悲劇なのだし、今に至る貴族同士の派閥争いの原因なのだ。ウィル、いや、王女が僕の眷属になったのも偶然じゃないと思う。
きっと大丈夫。女神の力を信じよう!
ピュリスの背中を擦ってあげていると、彼女は少しずつ落ち着きを取り戻した。しばらくすると、サリィがアリサを連れて戻ってきてくれた。
「まぁっ! ピュリス様っ!」
アリサは驚きながらも、ピュリスの側に寄ると、彼女の口元を拭いてあげながら、手際よく彼女を介抱した。そして、ピュリスを一旦椅子に座らせ一呼吸置くと、屋敷に連れて戻るため、彼女の身体を支えようとした。しかし、ピュリスは、力なく右腕を上げそれを制止した。
「す、すまない。見苦しいところを見せてしまった。でも、もう大丈夫だ。それよりも……」
彼女は、一瞬、セイシェル王女を見ると、直ぐに王女の視線を避けるように下を向き、小さな声で呟くように言った。
「お、王女様が……セイシェル様が……ど、どうして……?」
セイシェル王女は、慈悲深い眼差しを向けるとピュリスの隣に腰掛けた。そして、彼女を子どものように優しく抱き寄せてあげた。ピュリスは、驚いた顔のまま、呆然としている。そんな彼女に、セイシェル王女が、囁くように言った。
「レイナ……五百年前のあなたに恐ろしい思いをさせてしまって……本当にごめんなさい……。とても、怖かったわね……。でも、もう、いいのよ。……苦しみは、私たちの前を……通り過ぎたわ」
夜のガゼボを通り抜ける風が、二人の髪を優しく揺らす。そして、ピュリスの目が、大きく見開かれる。
「う……ううう~、ううう~……」
彼女は、お腹の底から声を上げて泣き出した。ピュリスの瞳からは大粒の涙が溢れ出し、彼女の頬を止めどなく伝って流れ、顎の先からポタポタと滴り落ちる。彼女は、うめき声を上げながら、ただただ、大声で泣き続けた……。
ーーーー。
ピュリスは、しばらくの間泣き続けていた。その間、セイシェル王女は、ずっと、彼女の頭を優しく抱いていた。すると、ピュリスは、安心したのか、ようやく泣き止んだようだ。そして、彼女は、だらりと下げていた両腕をセイシェル王女の背中の方へと遠慮がちに回して、やっとお互いに抱き合えることができた。
セイシェル王女は、自分の頭をピュリスの耳にくっつける様にして、また、彼女の頭を優しく撫でた……。
ふぅ~、言葉はいらないようだね。
セイシェル王女は、ピュリスが落ち着くと、身体を彼女から離し、ピュリスの頬にキスをする。
「さぁ、お部屋に戻りましょう。今夜は、私の胸でお眠りなさい」
セイシェル王女は、そう言って、ピュリスの肩を支えながら一緒に立ち上がる。すると、王女の胸に下げられていた青いティアドロップのネックレスが、弾むように揺れた。
「そ、そのネックレス……」
ピュリスが、セイシェル王女の胸で光るネックレスに気がついた。
「フフフ。あなたが、私の十四歳の誕生日にプレゼントしてくれたネックレス。私の宝物よ」
「お、王女……」
そして、二人は、アリサに先導されながら、ゆっくりとした足取りで、屋敷へと戻って行った。月の明かりに照らし出されたピュリスの顔は、まるで子どものような幼さない表情をしていた。
これで、良かったのかな。ピュリスさん、今日は、セイシェル王女と一緒に、安心して眠れるんだろうね。
ーーーー。
朝、目が覚めると、ベッドの上は大変な状況になっていた。
「身体が……言うことを効かない……」
それも当然だ。イリハの右足が頭に、そして、ラヒナの頭が、右腕に乗っかっている。さらに、何か、鼻がムズムズすると思ったら尻尾だ。アムは、自分の頭を僕の足元の方に向け、僕の左足を抱きかかえている。そして、彼女の尻尾が、顔に覆いかぶさっていた。三人とも、まだ、気持ちよさそうに寝ている。
う、動けない……誰か……早く、アリサ……。
しばらくして、ドアがノックされた。
アリサが来てくれた! ようやく子どもの国から解放されるっ。
ノックをしたのは、やはりアリサだった。彼女は、イリハを起こすと、彼女をイリハの部屋に送って行った。イリハは、「何だか眠れなかったわ~」とか言いながら、寝ぐせのついた頭のまま、アリサに手を引かれて部屋を後にした。
イリハならどこでだって生きていけるよ。
そして、アムは、目が覚めるといきなり、「朝の散歩に行ってきます!」と言って、彼女も部屋を出て行ってしまった。窓から見ていると、アムは、屋敷の扉から出て来るなりものすごい速さで走り出し、門をやすやすと飛び越えてレピ湖の方向に向けて、あっという間に姿を消した。
「山犬族、自由だね」
ラヒナは、そんな二人を微笑ましく見送ると、ベッドにちょこんと腰を下ろし、夜中の出来事について聞いた。
「エリア様。昨日の夜、ガゼボで何かあったんですか?」
ラヒナは起きていたのか。
「うん、ちょっとね。落ち着いたら話ができるよ。それまで待っててね。王国に関係あることだから、ラヒナにも聞いておいて欲しいんだ」
そう言うと、ラヒナは、「はい」と返事をして、ニッコリ笑う。
ラヒナ可愛い。
しばらく部屋で待っていると、扉がノックされた。アリサが戻ってきたようだ。アリサは、昨日と同じように、ラヒナから身支度を始めた。
ラヒナの髪はオレンジ色で肩までの長さだけれど、今日は、サイドが三つ編みにされて括られたスタイルにされている。
良く似合ってるね。
服は、長袖のフリルワンピースで色が水色だ。丈は膝下で上品なデザイン。ラヒナの髪色ともマッチして、正にお嬢様って感じだ。ラヒナが支度される様子を見ているのも楽しい。そして、僕の方だけど、今日の髪型は、僕も三つ編みでそれをアップにされてまとめられている。
これは、また、雰囲気が上品だね。
服装は、僕もフリルワンピースで、ラヒナとお揃いだけど、丈が足首までと長い。色目は薄いピンクで、とても女の子らしい。
いいね。
アリサは、「今日も、とても可愛いですわ」と言って、頬にキスしてくれた。鏡に映ったラヒナは、また、ニタニタと笑ってこちらを見ていた。
丁度、身支度が整ったところで、サリィが部屋に迎えに来てくれた。今日は、みんなで朝食を取るらしい。
ピュリスさんも来るのかな?
ダイニングルームに行くと、今日も、入口でイリハが待っていた。イリハの服装もフリルワンピースだ。色はクリーム色。しかし、丈が少し短くて、膝上丈になっている。三人とも、フリルワンピースなのに、丈がそれぞれ違っているという心遣い。
昨日もそうだけど、本当に誰の配慮なんだろうね。ローラ夫人かアリサかどっちかだね。
イリハに続いて、昨日と同じ席に座った。アムはもう席についていて、昨日セシリカが座っていた場所に掛けている。そして、男爵とローラ夫人も既に座っていた。
「あれ? ピュリス様は……?」
僕たちが椅子に掛けたところで、男爵が話し始めた。
「みな、おはよう! ピュリス様は、お部屋でご朝食をお召しになるようなので、我々だけで朝食を始めるとしよう」
だろうね。きっと、泣きはらした顔をしてるんだよ。
男爵が挨拶を終えると、食事が運ばれてきた。今日も、新鮮な野菜と温かいスープ、そして、特製ハムに小麦粉の香り高い焼きたてパンだ。
う~ん、いい匂い! いただきま〜すっ!
朝食の時間は、いつものようにゆっくりと進んだ。そして、みんなが、朝食を食べ終わると、男爵が昨日のことを尋ねてきた。
「エリア、アリサから大体は聞いておるが、昨日の件は、エリアに任せておいて大丈夫なのだな?」
「そうだね。まだ、ピュリス様と話がちゃんとできてないんだ。でも、きっと驚くような報告ができると思うから、楽しみにしておいてよ」
そう言って、ニッコリ笑った。男爵は、「ならばよし」と言って微笑んだ。しかし、昨日はピュリスが突然やってきてしまったことで、予定が随分と狂ってしまった。あの話を、男爵に言いそびれている……。
「男爵様、ピュリス様のこともあるんだけどね、水の魔石の報告をしたいんだ」
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……苦しみは、私たちの前を……通り過ぎたわ
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