102-6-7_銀のネックレス
「マブ?」
彼女の言葉を聞いて、カリスが言った。
「マブ? もしかして、妖精王国の女王様?」
「ええ」
「妖精国の女王だって?」
どおりで、落ち着いた風格があるはずだ。
「女神様。妖精ニンフは、全て、私の子どもたちでございます。ですので、ウィル、いえ、このニンフも、本来は妖精王国に連れていくことが良いのでしょう。けれど、彼女は、女神様のご加護、女神の絆を得ることができたようなので、女神様の眷属となっています。羨ましいですわ。ですが、この子は、王女だった時の記憶を忘れているようです……」
「そうなんだ……」
トラウマの首輪を付けたどこかの少女と一緒だね。
「……もしも、この子が王女だった頃の名前でも思い出すことが出来れば、恐らくは、彼女の本当の力を取り戻し、妖精ニンフの権能、”魅了” を存分に発揮することができるでしょう」
「なるほどね。ウィル、君は、名前を思い出す必要があるようだね。自分の事、どう感じてるの?」
ウィルに聞いてみると、彼女は視線を一旦下に向け、考え出した。そして、話した。
「私は……もう少し、背が大きかったような……」
身長の話じゃないんだけどね。
今の言葉からすると、彼女は、自分が人間だったことをすっかり忘れている。妖精女王マブの話からしても、彼女は、僕の眷属になっているようだし、とりあえず、彼女が自分の名前を思い出すまで、ウィルを側に置いておくしかなさそうだ。
まぁ、クライナ王家の資料を調べれば、名前くらい直ぐに分かるだろう。
「ウィル、とりあえず、君は、僕と一緒においでよ。それでいいかな? 妖精女王様?」
「女神様、私の事はマブとお呼びください。ええ、もちろん、彼女にとってもそれが良いでしょう」
すると、アムがウィルの隣に座って、彼女と手を繋いであげた。そして、「よろしくねっ!」と言って、ウィルに向かって笑顔を向けた。
ところで、目の前の箱なんだが……。
マブが立ち上がり、言った。
「女神様、箱をお開けになってみてください」
「おお、そうだね。お宝、お宝……」
箱を手に取り、蓋を開ける。すると、箱の蓋は簡単に開いた。
「これが……王家の秘宝か?」
一番最初に目に着いたのは首飾りだ。それを取り上げて翳してみる。その首飾りは、トップがアーモンド形の透明の石で五センチ程の大きさがある。非常に透明度が高く光を取り込んで輝き出した。チェーンの部分は、幾何学模様の複雑な装飾が施された幅のあるもので、金でできている様だ。正に、王家の秘宝というに相応しい派手なデザインだ。
「こんなの、流石に恥ずかしくて王様くらいしか身に付けられないね」
首飾りをカリスに私、箱の中にある他のものも確認した。
「ティアラにブレスレット、イヤリングに、指輪もあるね。それに、小さな宝石がたくさん。ん?」
箱の中身をテーブルの上に取り出すと、一つだけ気になるものがあった。
「これは?」
それは、銀色をしたネックレスだった。全体的にはシンプルなデザインだけど、チェーンのひとこまひとこまがどれも平たく加工されていて、丁寧な作りをしている。そして、先端には、ティアドロップ型の青い宝石が付けられていた。
このネックレスだけ、王家の秘宝と言うにはちょっと落ち着いたデザインだけど。
何となく、そのネックレスを、ウィルの首に掛けてあげたくなった。
「ウィル、これはきっと、君のお気に入りのネックレスだったと思うよ……」
そう言って、ネックレスをウィルに付けてあげると、ウィルは少し恥ずかしそうにしてネックレスのトップを摘まんで見ていた。
その様子を見守っていたマブが言った。
「それでは、女神様、私は、王国に帰ろうと思います。是非、一度、王国にお越しになってください」
そして、「ウィルのことをお願いします」と言うと、キラキラと小さな光の粒を放って、消えていった。
何とかこれで、問題が一つ片付いた。心がスッキリした気分だ。
「じゃぁ、僕たちもそろそろ戻ろうか」
ところがその時、庭園の先の方から誰かの視線を感じた!
「誰っ!?」
今の視線は、三角錐の塔とは反対方向からだ。しかし、そちらを向いた瞬間には、既に気配が消えていた。
「おかしいな。今、確かに、誰かが見ていたような……」
しかし、他の三人は気付いていない。
気のせいか?
少し後ろ髪を引かれながら、転移魔法で元の浜に移動する。地上に戻ってみれば、もう日が傾きかけていていつの間にか夕方になっていた。そして、カリスは、アムに手合わせをしようと言って、今から模擬戦をすることになった。判定はヴィースがするらしい。
カリスにしてみれば、遊びだろうけどね。
ウィルが怪我しちゃいけないので、少し離れる。戦闘力は、魔力を読み取れば概ね分かるけれど、カリスとアムでは実力に違いがありすぎるだろう。それでも、アムは強い相手と戦うことが好きだから、カリスもそんなアムのことを可愛いくらいに思っている様だ。
ヴィースが開始の声を上げた。
「始めっ!」
アムは、低い姿勢になると、いきなり地面を蹴ってカリスに飛び掛かっていった!
アムの武器は両手の鈎づめナックルだ。彼女は、山犬の身体能力を存分に発揮し、目にも止まらぬ速さで移動する。アムは、正面から鈎づめナックルで襲い掛かる、かと思いきや、地面を蹴り、一瞬で方向を変えると、今度はサイドに回り込み足払いを放つっ!
「おぉっ!」
しかし、カリスはアムの下段攻撃を簡単にかわした! ところが、アムも、二段攻撃で反対の足の後ろ回し蹴りを繰り出したっ!
それもかわされる。
するとアムが、今度は大きく上にジャンプし、高速前方回転をしながらカリスの真上へと位置取って、そのままカリスめがけて落ちて来たっ!
「ぶつかるっ!」
大きな音とともに砂が大量に舞い上がった!
「どうなったっ!?」
爆発した砂のせいで、今の瞬間、アムの攻撃が当たったのかどうか分からなかった。しかし、攻撃でできた大穴からアムが立ち上がると、キョロキョロと見回している。
あれっ、カリスがいない? 攻撃が当たらなかったのか?
しかしその時、アムの背後の砂の中から二本のカニバサミがズバッと現れた! そして、一瞬で、アムの胴体を両側からガシっと掴み上げたっ! アムが、両手両足をバタつかせて、「わぁ~! わぁ~!」と叫んでいる。カリスはゆっくりと砂から出てくると、両腕でアムのモフ耳を掴んだ! アムは、両耳を握られると、何故か急におとなしくなる。
「勝負ありっ! カリス!」
「ハハハッ! カリスは、最初からアムのモフ耳狙いだったね。獣人族って、耳を掴まれるとおとなしくなるんだ? 面白いね!」
ウィルも、静かに拍手を送る。カリスは、ゆっくりとアムを地面に降ろすと、アムの頭をくしゃくしゃと撫でてやった。アムは、テヘへとにやけながら嬉しそうにしている。
「どうだった、アム?」
アムに模擬戦の感想を聞くと、掌を上にして両手を広げ、言った。
「カリスさんには、全く、歯が立ちません。強すぎです」
するとカリスが言った。
「アム、いい動きをしていたわよ。まだまだ強くなれるわ」
そう言ってアムを労っていた。
カリスもなかなか面倒見がいいね。
「カリスもご苦労様。なかなか面白かったよ」
カリスにそう言うと、カリスは、「ご観覧いただき、ありがとうございました」と言ってお辞儀をした。
カリスって、やっぱり武闘派だな。礼儀までしっかりとして、大したもんだね。
アムは、カリスの右側で彼女と手を組みながらがヴィースに向かって言った。
「今度はヴィースさんとも模擬戦してみたいです」
そう言うアムに、ヴィースがすげなく、「湖の上を歩けるようになったらな」と言う。
ヴィースは、どこまで本気で言っているのか、良く分からない。ヴィースの言ったことに、アムが呆れたような顔になってカリスに尋ねた。
「ヴィースさんって、機嫌悪いんですかね?」
「いつもこんな感じよ」
そして、ヴィースは、フンッ、と鼻を鳴らした。
アムも、やっぱり獣人族だけあって、人間よりは圧倒的に強いだろう。きっと警備長のティグリースと互角かそれ以上だ。そう言えば、アムのことをどうするか決めないといけない。ヴィースのようにボズウィック男爵家の使用人になるか、カリスやククリナのように敢えて決めないことにするか……。
本人に聞いてみるか。
「アム、ところで、アムは僕のお供になるって言ってるけど、一体どうしようと思ってるの? 僕と一緒にいるなら、ボズウィック男爵の使用人になる必要があるけどね。カリスやククリナみたいに、必要な時に会いに来るって言うのでもいいと思うんだけど」
そう言うと、アムは、「御庭番がいいです」と言った。
「御庭番か? そうだね、門番のおじさんなら優しいし、いいかもしれない。山犬族には打ってつけの仕事かもね。男爵様にお願いしておくよ」
もう、すっかり日が沈んで、夕焼けのオレンジが薄くなり、代わりに空の水色が濃くなってきていた。
「そろそろ帰ろうか?」
そうして、カリスと湖に、僕とヴィースとアム、そして、ウィルは屋敷に戻ることにした。